苦労する者に奇跡あれ
四つある闘技場はそれぞれ性質が違う。
ルールや闘技目的、選手のレベル様々だ。
その内の一つ。
金樹の家から出てすぐに垣間見える闘技場がある。
メイド長らの頭上に大迷宮牛鬼を落とした例の闘技場。
あそこは闘技場マニアの間では、
最もポピュラーな場所として知られている。
【双】 東の闘技場
双頭の蛇が互いに牽制し合う姿がシンボルの闘技場。
ルール無用の決死戦が主な闘技場という場所で、
東の闘技場だけが、試合に明確なルールが存在している。
①選手は登録制 好きな日時に試合を予約できる
②試合は一騎討ちであること
③試合時間が明確に定められている
④時間制限を超えた際、怪我の具合等で勝敗が決定
⑤選手の死亡以外に選手の気絶等で試合の勝敗が決定
双は大衆と闘技者をメインに置いた闘技場。
観客は入場料さえ払えば、賭けをする必要すらない。
ただ闘技を観戦するだけでも歓迎される取っ付きやすさ。
賭けをする場合でも、どちらに賭けるかだけで完結する。
闘技者の目的は売名、金稼ぎ、訓練と様々ある。
だがそのどれもがここでなら満たされる。
観に来る観客数もダントツ。
勝利すれば勝利金と賭け金の三割。
選手層は一定の実力者しか登録できない。
加えて死亡以外でも勝敗が決する場合がある分、
死傷のリスクも他と比べて緩い。
どんな試合でも一定の観客数。
どの試合も一定の迫力を提供する。
双は東西南北ある闘技場で最もポピュラーであり、
満足度の高い試合を提供する事をモットーにしている。
「マズい不味いまずい! 今日開催する試合の中でも、超絶な試合だったのによぉ!! なあんであんなに簡単に決めちゃう訳ぇ!?」
小声で慌てふためくこの男は双の解説役兼オーナー。
客の財布の紐を緩めるべく、日々喉を酷使するエンタテイナー。
普段の生活では喉をセーブする為、小声が基本。
喉に効く薬とハチミツ入りの鉄瓶は常に持ち歩いている。
そんな彼が焦っている理由。
それは前試合で行われたスペシャルマッチが即決してしまったからである。
「(圧倒的な力の差を勝ちをモノにするのは偶にでいい! しかもこんな特別試合でそれをやられたら……!! 観客が観たいのは壮絶な絶戦だってのに)っチクショウ!!」
自分の部屋の壁を殴る。
じんわりとした痺れと痛み。
苛立ちが止まない。
むしろ痛みで増した。
問題はもう一つある。
それはこの闘技場の強みであり弱みでもあるルール。
双は試合の時間が決められている。
『〇〇時〜〇〇時にA選手とB選手の試合。それが終わり、休憩を挟んだ後に次は〇〇時〜〇〇時にC選手とD選手の試合が始まる』
この様な形で試合が組まれている。
先のスペシャルマッチは、二時間の長期戦として予定されていた。
それだけ二人の戦力は拮抗していると思ったからだ。
だが蓋を開けてみれば大勝大敗。
試合時間は五分にも満たない瞬殺劇で幕を閉じた。
残った殆ど二時間、この闘技場は何も提供できない。
提供できる仕組みではないからである。
選手は事前に日時を指定する方式を取っている為、在中している選手は居ない。
「(今からこの都市にいる選手を探すか? このクソ広い都市でどうやって二人も見つける!? しかも二時間持たせられる選手……いないなぁ。となると二組は欲しいがァ無理無理! 無理感が更に増した!!)」
闘技場で飼っている魔物は何匹かいる。
大迷宮牛鬼もその一匹であった。
ではそれで場を繋げれば、という単純な話でもない。
魔物の試合はすぐに決着がつく。
しかも大半が単純な獣の闘争で見応えがない。
時間まで連戦を組めば凌げるが、そんな試合を観客は何度も観たいとは思わない。何よりそんな簡単に消費していい程、魔物は安くはない。
「(常に試合をお届けするのがモットーなのに、二時間も空けるわけにはいかない。一度ここを出た客の考えは『今日はもういいかな』。一度出た客は戻らない。となるとこの後に予定している試合の利益が平均を大きく下げる! しかも観客が薄くなれば、闘技者達のやる気に直結!! 今後の信用信頼に関わ、っ)ゲホッゲホ!!」
ストレスが喉に伝わる。
ぬるい蜂蜜で喉を濯ぐ。
「あーーどうしよッ」
両の頬を両の手で撫で下ろす。
こうなった以上、やれることは二つ。
諦めるか、魔物の総当たり戦をするか。
「どっちも不利益〜……はあ、都合よく選手が登録に来ないかなあ。選手さえ来れば、後は引き伸ばしようがあるのによお」
ぶつぶつ小言を言いながら、部屋の扉を見つめる。
部下が飛び行り、朗報を伝えに来ないかな。
そんな淡い期待を込めて視線を送る。
「……都合よくいかないよなあ」
「オーナー! 飛び入りで試合をさせろという非常識な輩が!!」
「マジで!!!?」
思わず試合中に出す声量を発した。
椅子が後ろに倒れたが知った事ではない。
部下に近寄り肩を持ち、前後に激しく揺らす。
「誰だ〜そんな馬鹿なやつ!! ここの闘技場を知らない新参者かあ〜馬鹿野郎! すぐに試合を組め! いやいや待て、どんな選手だ? 種族体格実績、ぱっと見の実力を洗いざらい教えろ!!」
「は、ハイ! 種族はオークの雌でかなりガタイはイイです。身体中傷だらけでしたし、戦闘経験も豊富かとッ!」
「オーク! 戦闘特化の種族じゃなあいか!! ヨシ、だったらちょっと強めの魔物を出せば、無名選手の初試合でも観客は乗るな。後は言葉巧みに延ばし延ばしで……よおし、早速試合を組め! 全員に試合内容を通達!!」
頭の中でシナリオが完成した様子。
すぐさま準備に取り掛かる。
メイクに喉の最終調整、衣装の着直し等等。
「オーナー、それで試合相手は誰に?」
「ん〜〜〜〜……前試合がかなりの大物だったから、ここで軽いやつは出せないネ。となれば【鮮血の令嬢】に出張ってもらう感じでヨロシク!」
「!? まじですかオーナー」
部下は冷や汗を流す。
そのあだ名は闘技者関係者でなくとも轟いている。
「ほらほら早く準備して。彼女が出張るなら、色々人手がいるでしょう?」
白いメイク顔中に塗りたくる。
唇には真っ赤な紅を施す。
「ん〜ッフ! ここからがワタシの独壇場で御座いまする!!」