庶民的な金持ち
中央に聳える一本の支柱。
地下都市を支える大黒柱。
その周りを囲むように金樹の家があった。
家。屋敷ではなく家。
ドーナツ場の形状を除けば、内装は至ってシンプル。
ベッドではなく布団が隅に畳まれている。
雑多な家具や調理器具は拾い物に譲り物。
食材は売り物にならない奇形ばかりを安く買い揃えている。唯一客人用の茶菓子だけは高級品を置いている。
「むさ苦しいところでは御座イですが」
足の短いテーブルに振る舞われる茶菓子。
カップの模様は滲み、皿は欠けている。
出された菓子は有名なパン屋のパウンドケーキ。
程よいパンの弾力と干し葡萄の強烈な甘味。
安い紅茶のありきたりな味には丁度いい。
ネイヴの屋敷で味わう菓子と同品格。
周りに強面の護衛が居なければ、少しは気が休まっただろう。
「突然の来訪を快く受けて頂きありがとうございます。金樹様」
「突然では御座イません。貴方達が来ることは知っておりました」
「知ってた? なんで」
「ガラプ、言葉遣い」
「構いません構いません。いや何、かの有名なネイヴ先生の所の使用人が遠出するという噂話が、たまたま私の耳にまで届いただけのことですハイ」
にこやかにそう口にする。
一見、そうですか程度の話題。
だがこれはネイヴ側への牽制だった。
「(監視されている。ここに来る道中で目立った動きはしてこなかった。にも関わらずこの男は、我々が来るのを知っていた)」
「ヴァネッサさんが旅立たれて、屋敷も静かになられたのでは? 彼女はとても賑やかで、笑顔を絶やさない女性でしたから」
「(コイツ、ヴァネッサの事まで……!)」
この街は全てに価値が生まれる。
情報などはありきたりに価値が付く。
ネイヴの情報は特に価値の高い情報だ。
死者を蘇生できるという理由が一つ。
それに加えて、裏では名が通っているにもかかわらず、彼の過去関する情報が全く明るみになっていないという、秘匿性が価値を釣り上げている。
『ネイヴの所で住み込みをしている使用人の姿を見た。何かデカい荷物を持っている』
『オークの女が漏らしていた。行き先は黄金都市だと』
『ヴァネッサという使用人が屋敷を出たらしい』
情報は早期売却である程価値がある。
そして金樹は二日前に来訪の情報を買った。
二日もあれば対抗策も来客の準備も整えられる。
「……金樹様、実は今回こちらにお邪魔したのは、ネイヴから言葉と品を預かっているからなのです」
「ネイヴ先生が自分に? はてさて何故でしょう……お名前はよく耳にしますが、交流は不運にも恵まれていなかったはずですが」
金樹は身振り手振りで疑問を装う。
その表情は一貫して笑顔のままだ。
ここまで旅を共にしたキャリーケース。
屋敷からずっと封は閉じられている。
中身はこの場ではメイド長以外知らされていない。
「二人は外で自由出ていてくれますか。ここからは私一人で、金樹様とお話をしますので」
「はあ? ならなんで俺たちを連れて来させた……って荷物か。でもそれなら護衛にやらせれば良かったろ」
「そんなことを口に出せますか」
アーメットが小声で忠告する。
ガラプも『そりゃそうか』と渋々納得はする。
が、何処か釈然としない。
「ではお二人には別室をご用意しましょう。いや……何なら外と散歩なさるのもよろしいかも。【闘技場】で何か行われるかもしれません」
二人の返答を待たず、金樹は手を二度叩く。
立っていた護衛の内、二人が前に一歩出る。
「護衛を付き添わせましょう。妙な商談を持ち掛けられずに済みますし、彼らがいれば何かと融通が効きます。さあお前達、御案内を」
「「お任せ下さい」」
二人は金樹が買った異種族の奴隷である。
奴隷の証明として首には焼印が刻まれている。
しかし彼らの身なりや言葉遣いはしっかりとしている。
金樹の貧乏性は、彼らには及んでいない様子。
胸元には金のバッヂが付けられている。
アーメット、ガラプは流されるままに部屋を出される。
部屋を囲う様にやっていた護衛全員も、
それぞれ扉から退出していく。
周りから視線が無くなった。
あるのは真正面の相手の目線だけ。
二人だけになった。
威風堂々のキャリーケースが存在感を放っている。
「これでよろしいで御座イ?」
「わがままを聞いて頂きありがとうございます」
「そんなお礼を言われる様なことは。それより紅茶のおかわりは如何?」
主人自らがティーポットを持ち傾ける。
メイド長、嫌とは言えない。
ティーポットに手をかけていなければ、断っても自然だった。
だが手に取って質問をされた以上、断れば置くという動作が加わる。その加わった時間が不愉快に思う人間は多い。
メイド長は感謝を一言述べた。
金樹はにこやかに紅茶を注ぐ。
淹れ方は普通、むしろ不細工な淹れ方だった。
紅茶を二、三度啜る。
パウンドケーキはガラプが平らげた。
だからこの紅茶の味を相殺する甘味はない。
ただひたすらに安っぽい味が口に広がる。
コレも金樹なりの嫌がらせなのだろう。
自分の空のカップには淹れていないのだから
一呼吸を挟み、笑顔を向ける。
コレでようやく話の体勢に入る。
「ネイヴは金樹様に感謝していました。多くの経験を積めた、と」
「感謝に経験? ほぉ〜、裏に住む畜生な自分が高尚なネイヴ先生にその様な態度を示される所以は思い当たりませんな」
「本当に感謝していらっしゃいましたよ。心の底から」
ポケットから鍵の束を取り出す。
何重にも掛けられた錠は一つ一つ専用の鍵で閉じられている。
「楽しみですよ。それだけは私も知らないので」
情報を買って仕入れている。
そのことを最早隠しもしない。
分かっている前提の嫌味。
分かっていなければ無知と利用される。
メイド長は横顔を見せながら、口角を上げる。
不敵な笑みは嫌味に対する返答であり、
理解しているという証明でもあった。
ガチャリ ガチャリ ガチャリ
これだけで時間がかかる。
床に置かれた錠の数は九つ。
最後のダイヤル式の錠に正しい数字を当てる。
カチンッという甲高い音か響く。
キャリーケースは横開き。
メイド長はまるで主人の扉を代わりに開けるかの様に、金樹に笑顔を向けたまま、その中身を誇示した。
「……ほほう、これはこれは」
襲撃者の事件の際、二階の窓から侵入してきた男。
あの男はあの後どうなったのか。
その答えがキャリーケースの中にあった。
四角いキャリーケースと同じ幅で、少し背が低い大きさのガラスケースが詰まっている。ガラスケースの中には水に似た、半透明で少し粘り気のある液体で満たされていた。
少し変わった水槽か。
何かが泳いでいるという点では水槽だ。
ただし泳いでいたのは魚ではない。
人間の臓器がふらふらと漂っている。
臓器は静脈と動脈で繋がっている。
だが敷き詰める肉や骨がない為開放的だ。
小腸や大腸が出来立てのスモークソーセージの様。
心臓の上に肝臓があり、肺の上で膵臓が寝ている。
そして背の低いガラスケースには理由がある。
足りていない上部分には頭部があった。
まるでペットボトルのキャップの様に取り付けられ、首の下から出ている管は臓器と繋がっている。
「我が主人からの言伝です」
メイド長は反対側のポケットから紙を取り出す。
『金樹殿、この男は数ヶ月前に我が屋敷に不法侵入し、我が家を荒らし、情報を持ち出そうとした不届き者である』
『男は金樹に雇われた。あの無駄に太った小悪党に雇われた、などと見苦しい言い訳を口にしていた。聡明な貴方様が、こんな愚鈍な輩を差し向けるはずも無い。だから無礼者として罪を重くした。その結果がご覧の有様だ』
『今後この様な輩が現れない事を祈ります。貴方の名を騙らないような浅はかな輩が。此方の品を差し上げます。ネイヴより』