アンデッド
もう少しだけ過去編は続くのじゃ
ローズは虚ろな目で外を眺めている。
無気力で無感情に。ただ頭がそちらに向いていた方向に窓があったという理由だけ。真っ赤に腫れた目で眠る事なく視線を落とした。
「お早う、ローズ君」
「……」
「気分はどうだ」
「……」
反応を示さない。
ただ浅い呼吸を繰り返している。
ネイヴは言葉を止めた。
果物の入った籠をベッド横の机に置く。
倒れている椅子を起こし、
昨日と同じ体勢で同じ本を読み始める。
何もせず、ただそこに居続けた。
〜〜〜〜 〜〜〜〜 〜〜〜〜 〜〜〜〜
「……私に、生きる価値があるのですか」
何時間か経った頃、ローズは口を開く。
今にもまた泣き出しそうな震え声だった。
姿勢はそのままで目からは涙が溢れ伝う。
生きる価値。
死んだという事実の偽装。
過去の姿からかけ離れた醜悪な姿。
凡そ生物の理から外れた行為。そうまでして出来上がった今の姿に価値があるとは到底思えなかった。
「依頼主であるマネー氏はそう望んだ。少なくとも彼にとってキミは、小袋一杯の金貨の価値はあると判断したようだ」
「マネーが……! 小袋……たった、たったそれだけの為に私は」
夫を呼び捨てに。
その声は怒りがこもっている。
隠そうともしない感情をネイヴは追求しない。
「ああ、ワタシもそう思うよ」
ネイヴは籠から果物を一つとる。
備え付けのナイフで皮を剥く。
皮には殆ど果肉が付いていない。
慣れた手つきだった。
「キミの体は正常に機能している。肉や魚を食べても問題はない。だがそんな気分ではないだろう。だから果物を用意した。この時期に採れる新鮮な果物だ」
「……」
「拘束具を外そう」
腹部を締め付けが解かれる。
四肢の3/4が無い分、拘束具の数も一つで事足りる。
体勢を起こし、腰に枕を挟む。
「貴方は、ネイヴ、さん」
「ワタシの名はネイヴ。職業は医者だ」
職業まで口にする。
聞かれる事を分かっているからだ。
そしてその後にくる質問も知っている。
「いしゃ? 医者って、死んだ人を無理やり起こす人の事ですか」
「依頼されれば蘇生も請け負う。だがそれだけを唯一の職務とはしていない。回復魔法で治らない怪我を治すのが医者の役割。そう聞かされた。この世界ではそういう仕組みなのだと」
真っ当な疑問に形式上の説明を返す。
ただそれに紐付いた私情も含まれているが。
それからローズはひたすらに質問を投げかけた。
ネイヴ自身のこと。
死者を蘇らせることに対する道徳。
医者という存在の不透明さ。
自分はアンデットではないのか。
本当に自分はローズなのか。
それら全てにネイヴは、
やはり形式上の説明で投げ返した。
「ワタシの父も医者だった。ワタシは父の生写しだ」
「誰しも『誰かを たった一人を蘇らせたいと思う気持ち』を持っている。それを叶えているだけだ」
「詳細を語れば認められるものでもなし。だがこんなワタシを求め訪れる人間がいる。それは事実だ」
「アンデットなどという不特定多数の名で、キミを呼ぶつもりはない。ローズ。それがキミという個人の名前だ」
「キミはローズだ。少なくともワタシはそう接するつもりだ」
今のローズが求めている答え。
専門的知識を踏まえた返答。
全肯定をしてくれる優しい返答。
違う。
ただ話し相手が欲しいだけだ。
できれば肯定してくれる相手を。
例えネイヴが怒りに満ちた感情で接したとしても、
彼女は言葉を続け、謝り媚び諂ってでも話す。
ローズは不安だった。
自分が今、生きているのか。
一度死ねば、二度目はない。
それが生であり、命というもの。
だからどれだけ言葉を話しても実感が湧かない。
生きているという実感が湧いてこない。
「……っあ」
身体は正直だ。
泣くという行為はれっきとした運動。
それを丸一日続けていれば腹も鳴る。
「どうぞ」
差し出されるカットされた果物。
それをベッドテーブルに置く。
生唾を飲み込む。
視線が果物に集中して離れない。
鼻腔を通るほんのり甘い香り。
白黄色に輝く果肉を刺すフォークの感触。
しゃくりといい音を奏でる。
季節の新鮮な果実という言葉は偽りではなかった。
食べ慣れた一般流通している普通の果物の筈なのに、ローズは甘味を初めて食べた様な感動を覚えてしまう。
自然と涙が流れる。
狂い出た昨日の涙とは別物。
温かく、それでいて胸の内がスッとする。生きているという事実に喜んで出た涙だった。
「私は……生きて、」
「ええ、生きていますよ。ローズ・ロールさん」
【ローズ・ロール】 21歳死去 死因:爆発事故
麗しい平民の淑女として有名だった。
白い肌と炭のように真っ黒な長い髪。
しなやかな腕、すらっとした脚。
男は魅入り、女は羨む。
それが彼女を知る者の印象だった。
しかし立ち寄った飲食店の爆発に巻き込まれ即死。
白い肌には焼け痕と、
色の違う皮がツギハギに縫われている。
しなやかな腕、すらっとした脚はない。
かろうじて左腕だけは残っている。