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異世界に医者はいらない  作者: 技兎
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沈む太陽


 外へ出る為の荷物は少なく。

 持ち過ぎると動き辛く、

 何より野党に狙われる恐れがある。


 金銭をバラつかせるのは鉄則。

 袋の小分けや靴の中に隠すのがいい。

 (わずら)わしいが、全財産を盗まれるよりマシだ。


 服装は地味な物が良しとされている。

 とはいえ庶民服はどれも同じブリオー。

 丈と(すそ)が長い上着を一生物で着続ける。

 近年では服装の多様化も進んではいるが、まだまだ原色一色のブリオーが市街地では目立つ。


「どうよ、アタシの服装!」


「どう、って言われてもな……どうだローズ? お前の方が詳しいだろこう言うの」


 藍色のブリオーをベースに。

 首元と裾に白い絹を縫い合わす。

 腰元には大きいリボン。

 普段着であるメイド服に比べれば抑えた装飾(デコ)ではあるが、(おおよ)そ旅に出かける見た目ではない。


「う〜ん……街へ買い物しに行くには凄くいい服装だとは思いますよ。最近はチョイ足しが流行ですしおかしくは無いです。ただ旅ってなると」


「駄目? 結構抑えたんだけどな〜」


「せめて腰のコレは外しとけ。戦いの中で枝に引っ掛かりでもしたら、一巻の終わりだぞ」


「戦いなんてしないって全く!」



 一ヶ月の準備期間を経て、

 ヴァネッサは屋敷を出る事に決めた。

 この屋敷から去って行った先輩達。

 彼らに挨拶して回る、数ヶ月程度の旅路である。


 ネイヴの厚意で旅銭(たびせん)

 そして信頼のおける護衛役も付けてもらえた。

 諸事情で護衛役とは二つ先の街で合流する。

 それまでは完全な一人旅になる。


 一人旅の経験はない。

 それ以上に外への経験が圧倒的に少ない。

 メイド長の付き添いで出歩く事はあったがそれ止まり。装飾の素材もその時に買った物。


「いい? 知らない人について行かない。知らない人の話は半分無視。困った事があればギルドか教会に聞く。それと貴族は大抵碌でもない奴ばっかだから、基本近寄らない」


「ハイ……ハイ、もうわかったよぉ」


 子供が大人に外のルールを教え込む。

 (はた)から見れば逆に思われる光景。


「一人旅をさせるのは不安ですね」


「しゃーねーよ。俺もお前も街中じゃ目立つんだから。それにアイツ、お前らが思っている以上にキッチリしてるしな」


「……寂しく、なりますね」


 ヴァネッサは話の起点をよく(にな)っていた。

 明るい性格で誰にでも良く接していた。

 無知な部分もあったが、

 かえって話のタネになったりと優遇されていた。


「馬車の準備ができたわよヴァネッサ」


「は〜い!」


「いってらっしゃい ヴァネッサさん!」


「ハイハ〜イ。すぐに戻ってくるからね〜……あっお土産とか聞いといた方がよかったかな?」


「馬鹿言ってないでさっさと行け! お前がいなくたって、俺たちはやっていけんだからな」


「も〜姐さんの意地っ張り。アタシがいない間、お菓子がないからってぐずらないでよね?」


 最後の最後まで

 ヴァネッサとガラプは仲が良さげだった。


 二人を見ていると羨ましく。

 そしてどこか懐かしい気持ちになるローズ。

 彼女もここに来る前。マネーの家に(とつ)がされる前は普通の庶民の女性だった。


「それじゃあ行ってくるよ〜! お土産はお菓子で決定ね〜!!」



 今日も今日とて雨は降り続ける。

 傘の下、屈託のない笑顔で別れを言う。

 軒の下、彼女の笑顔で自然と顔が笑顔になる。


 彼女は壮絶な人生を送った。

 死んでもおかしくない人生だった。

 そんな彼女が笑顔を見せている。

 燦々(さんさん)と輝く太陽の様な優しく温かい笑顔を。



「……行っちゃいましたね」


「さてと俺達も屋敷に戻るか。あいつが作り置きしてくれた菓子をつまみながら」


「そんなにパクパク食べたら、すぐにストックが無くなるよ。もっと惜しみ惜しみ食べないと」



 またすぐに戻ってくる。

 そう信じているから悲しい顔にはならない。

 両手一杯に菓子の入った袋を抱えて、旅路の話を聞きながら、変わらない日々を送れると。



 そう信じていた。




 一区切りです!

 次からは新章を予定しています!

 もしかしたら、小話を挟むかもしれないけど。

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― 新着の感想 ―
[一言] なんか嫌な予感がするんですよね…ヴァネッサ、手篭めにされたり、ひどく傷ついて帰ってきたりしそうで心配です。短いながらも不吉でどうなってしまうのかわからない状態にさせられるなんて、作者さんの筆…
2022/07/24 23:25 退会済み
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