金めっき
「送り付けた連中全員行方不明……? 馬鹿も休み休み言えッ!!」
奇声と共に投げられたティーカップ。
壁に激突して中の紅茶を滴らせる。
ゴールド邸で行われる報告会。
依頼人は陽気な気持ちでここに訪れた。
一切の憂いはなく、報告される内容は自分に都合のいい事ばかりだと確信していた。
以前と同じ客間に通される。
テーブルの上には客用の高価な紅茶。
菓子は低価格素材を使った手作り。
菓子をひと齧り、しかめっ面を隠さない。
折角の紅茶を口直しにガブガブと飲み干す。
到底名のあるマネー家の当主とは思えない。
だから失敗という言葉に
これ程敏感で過剰に反応を示すのだろう。
「一体全体、どういう事だゴールド。四十人はいた筈だ。それが全員行方不明?? まさか俺の金をちょろまかす為に、嘘を吹いてるんじゃないだろうな」
完璧主義者で短絡的。
マネーは不実な男。
都合が悪いとすぐに取り繕う事をやめる。
「ご自身の執事を向かわせたと聞き及んでいます。であれば私が嘘をついているかどうか、直接問いただせば分かると思いますが……そう言えば彼は、また馬車で待機ですか?」
「っ……休暇だ。休暇を与えた」
分かりやすい男だ。
都合の悪い時、嘘を言う時言葉に詰まる。
そして顔を背けて言葉を繰り返す。
コインは風邪を引いた。
雨の中、何の雨具も付けずの尾行。
老体に鞭打つ重労働が祟ったのだ。
「そんな事より、説明をしてもらおうか。全部、逐一にだ。俺は依頼人なんだからな!」
一呼吸後、ティーカップを置く。
「話す事は全てお伝えした。数日が経過して何の報告もなされない。確認の為、信頼出来る人間に確認してきてもらった所、全員行方不明という事で依頼は凍結されたそうです」
「身内が四十人も消えたんだぞ! 対策や私への補填は!!」
「ありません。依頼者不明で出した依頼に対しての対策が凍結なのです。補填を申し出たとしても、金目当ての偽物とされるのが関の山でしょう」
仲間を殺された憤りや義は皆無。
四十人誰一人戻って来なかった。
その話題性で井戸端会議のネタに留まる。
大規模な人員投入が失敗に終わる。
本来であれば信頼を失う損失だが、
裏のトップが全員が関わっているとあって、
批判の矛先とはならず、皆見て見ぬ振りをする。
「ふざけた……こんなふざけた事があってたまるか! 女を弄ばれ、挙句その報復すらままならない!? 馬鹿けた事を!!」
「……マネー氏、悪い事は言わない。もう彼の人物に関わらない方がいい。これ以上深追いすれば、更なる不幸がのし掛かることになる」
「っは! 不幸? たかだか身銭を切っただけで不幸呼ばわりとは。貧乏生活が板についてきたんじゃないですか、ゴールド」
年上への尊敬を欠いた態度。
怒りを超えてゴールドを呆れさせる。
「とにかく、俺はまだ諦めていないからな! もう一度、今度はどんな手を使ってでも、あの男に痛い目を合わせてやる。でなければ、俺の気が収まらない!」
非常に退屈な時間が過ぎていく。
聞いてもいない熱弁を繰り返す。
聞く側の表情など御構い無し。
やれあの男は詐欺師だ
やれ自分がどれだけ可哀想か
やれどんなに妻を愛していたか
ゴールドは適当な相槌を打つ。
正論や議論は求められていない。
ただ相手は気持ち良くなりたいだけ。
自己満足の陶酔。
「(無知な男を眺めるのは愉快だ。昔の私なら、首を刎ねていただろうが。こんな滑稽な芝居をタダで観れるなら、細く短い付き合いをするのも悪くない)」
日も暮れ出した頃合い。
息を切らして尚言葉を連ねる。
痺れを切らしたのは執事代理。
「こんな時間……また機会を見て来てやる。こうなったら一心同体。お前には付き合ってもらうぞ!」
「承知しました。ではメイドに外まで送らせましょう」
「その必要はない! オイ、さっさと帰るぞ!」
マネーは苛立ちを抱えたまま出て行く。
若い執事は何度も頭を下げていた。
上の傲慢にしたが苦労する最たる例。
鼻で笑いそうになった。
だがゴールドにその資格はない。
自らを律して舌を噛む。
「彼は貴族よりも吟遊詩人か活動家にでもなった方が、天職だったかもね〜」
姿形は子供の執事見習い。
ノックも無しに部屋へと入室。
しかもポテトが盛られた竹編み皿片手に。
叱り飛ばすのが屋敷の主人であり大人の行動。
ゴールドは声を声を上げない。
執事の元にまで駆け寄り、
膝をついて平伏の構えをとった。
「お待たせ致して申し訳ありませんダリア様」
「仰々しいのやめてよ。僕様はネイヴじゃないし、貴族だったのも過去の話なんだしさ」
執事長改めてダリア・ダイアル。
貴族階級のトップに君臨するダリア家。
過去に剛腕で慣らしたゴールド家とは繋がりがある。
それとは別にネイヴとの関係も。
「私にとって貴方達は神よりも尊い存在。少なくとも起結の挨拶だけは、最大限の礼を尽くさせていただく事をどうか承諾して頂きたい」
「(アーメット並に強情だな……)」
パクリとポテトを一齧り。
ゴールドが椅子へと案内しようとする。
しかし執事長は拒み、
扉の縦枠に腰を乗せて話を進める。
「マネー家が今回の件に関わってるのは漏れてた。ついでに裏ギルドのトップ連中が、ウチと知りながら手を貸したのも。ただあの坊ちゃんとは違って、証拠らしい証拠は何も残っちゃいないけど」
「襲撃者達から情報を聞き出せなかったので? 連中にそれだけの忠誠心があるとは思えませんが」
「聞き出したよ。聞き出したとしても、それは証拠にはならない。だって向こうが寄越したのは捨て駒。彼らの証言なんかを証拠として出したら、かえってこっちが不利になる」
「では今回の一件は痛み分けという形に……」
「とはいかないんだなそれが。詳細は省くけど、まあこれ以上馬鹿が馬鹿しないように、裏の人達に釘は刺しとけるから、ギリギリ僕様達の勝ちになる予定」
ゴールドは胸を撫で下ろす。
万が一の事態になったとしても、
今の彼に出来ることは限られている。
執事長の第一目的は完了した。
結果報告。それがここへ訪れた理由。
マネーの愚行を事前にネイヴ側へリーク。
更には裏の動向も逐一伝達してくれた。
四十人の襲撃者。
協力がなければ面倒な事になっていた。
最悪、人体蘇生が漏れる可能性もあった。
「こっちに飛び火する事は無いだろうけど……した所で大丈夫か。厄介事の対処はゴールドの専売特許だもんね」
「だいぶ衰えましたが。少なくとも情報を漏らすような真似は、例え死後世界へ行ったとしても致しはしません」
「ならよかった! ……あー、そうそう。ラナンキュラスは元気してる? 久々に会って話したいんだけど〜」
ゴールドは眉をピクリと動かす。
だがそれ以上の反応は見せない。
声の色も肉体の微動すら起こしはしない。
「ラナンキュラス? はて誰のことか……メイドに聞いてみましぃうか?」
「ふふん、流石流石。メイドさんは呼ばなくていいよ。その代わりと言っちゃなんだけど。もしラナンに会ったらこう伝えておいてよ。『ヴァネッサの特権治療が終わった』ってね」
「おお、ヴァネッサさんが遂に。って、何方へ?」
「僕様ご帰宅帰りマース!」
「是非お泊まりになってください。積もる話も御座います」
「嬉しい申し出だけど。僕様、久々に故郷の街に顔出そうかなって予定してるんで」
空になった皿を棚の上に置く。
「それじゃあまた。馬鹿が馬鹿したら呼んでちょ」
「ハイ、その際は迅速に。また此方へ来る機会がありましたら、どうか気軽にお越しください」
用件と他愛もない話を少しだけ挟む。
非常にストレスのない会話をした。
一人部屋に残ったゴールド。
窓から執事長を見送る。
メイドが屋敷の扉を閉めた事を確認すると、
備え付けのベルを鳴らして彼女を呼ぶ。
「お呼びですか?」
音を聞き付け部屋を訪れる。
呼び出されたのは唯一のメイド。
棚の上の皿とテーブル上の食器類。
命令されずとも、率先して片付け始める。
「……ダリア様が言っておられたんだが、ラナンキュラスという女性に会ったら伝えて欲しいことがあると」
「……」
向かい合っての会話ではない。
ゴールドは窓を眺め、メイドは片付けの最中。
しかし部屋の中には二人。
自然と片方の言葉に耳を傾けるのは自然。
「ヴァネッサさんの特権治療が終わったと。そうラナンキュラスに伝えてくれと」
メイドは眉をピクリと動かす。
だがそれ以上の反応は見せない。
テーブルの上を拭き終え、
食器類を手に持ち部屋を後にする。
「失礼します」
メイドは部屋の扉を閉めた後、
暫く扉の前で立ち尽くした。
何か特別な事を思ったのか。
口角を少し上げて微笑む。
呼吸を整え、再び職務へ戻る。
まるで何事もなかった様に。
静かに彼女はうちに芽生えた喜びを表現した。




