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異世界に医者はいらない  作者: 技兎
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帰郷


 起床から数時間。

 ヴァネッサは合わせ鏡から離れようとしない。


 何度も背中を見返す。

 肩が()りそうになりながらも

 腕を後ろに回して探る。


 それに付き合うネイヴ。

 何一つ文句は言わず。

 けれども他のことに目移りする事なく、

 裸体のままのヴァネッサを見守っていた。


「んー? んお? 無くなってる。ウン、無くなってる。いや待て、少し力を入れて押してみたら……イタタタ! 肩がっ!!」


 何度も繰り返す。

 何度も繰り返さないと気が済まない。

 ネイヴの手術を信用していない訳ではない。

 むしろ信じているからこそ、

 何度もその喜びを噛み締めている。


 背中に刻まれた紅い蝶々。

 ほぼ全面に及んだ(センセイ)の超大作。


 床に()(たび)、凹凸に悩まされた。

 入浴の際に波が体の内にまで流れる感触。

 前屈すれば割れて骨が浮き出る。


「本当に。本当に、何ですよね? 夢じゃないですよね? 顔をツネったら、またあの場所に戻ってたり……」


 ネイヴはヴァネッサの前に立つ。

 そして望みに従い、頬をつまんだ。


「いひゃいです」


「ワタシとの出会いを夢幻で片付けないでくれ。キミはヴァネッサ・フルール。ワタシの家族だ」


「ごひゅじん……いひゅまでとゅまんでいるんでしゅ」



 ヴァネッサ。

 あの時はスイートとしてだったか。


 彼女の容態は以前にも記述した通り。

 不特定多数に暴力を振るわれ、

 隈無(くまなく)全身に骨折と打撲を負っていた。


 連れて来た男は裕福な貴族の坊ちゃん。

 マネーと同じ人種だが、アレよりもタチが悪く胸糞の悪い男だった。


『この子を蘇らせたい理由は?』


『手違いだったんだ。いつもの調子でやってたら、壊れちゃって。マズいんだよ、コイツが壊れた事が他の貴族。特に(センセイ)周りに知れると、僕の立場がない』


『蘇生内容は半年前』


『どうせなら買ったばっかりの新品で戻って来て欲しいんだ。その方が気分が良い』


【彼女を助ける為 貴方はどれだけの犠牲を払えるか】


『たかが奴隷の子供だ。小袋銀貨(このくらい)でいいだろ』



「(先代のメイド長の強い懇願と激しい依頼人への殺意を抑える為でなければ、キミはこの場に立ってすらいなかった。人助けなんて、ワタシのガラじゃないのだが……)」


「ぬんっ! 痛ぃ……あ、それによく考えてみたら、アタシ裸じゃん。いやん、ご主人のエッチ。アタシの完璧な体に惚れちゃっても良いのよ?」


生憎(あいにく)ワタシには心に決めた人がいる。それに裸体なんぞ、寝ている間に何度も見て見飽きたわ」


「アハハ〜、ばっちり記憶に刻まれた感じで。もうお嫁に行けないかも〜」


「軽口を叩いている暇があれば、用意した服に着替えて、彼女たちの元へ行ってやりなさい。一ヶ月、キミの帰りを待っていたんだからな」


「……一ヶ月? え嘘。前は一週間くらいだったじゃん?」


「傷の度合いが違う。それくらいはかかっ」



 ネイヴの言葉の最中でも御構い無し。

 パンツを履き、ブラジャーに腕を通し。

 掛けられていたメイド服を着るというより

 腕で押さえて部屋の外へと飛び出た。


 屋敷の様子に変わりはない。

 たかだか一ヶ月。

 早々変わるはずもない。


 だが時刻は昼時。

 暖炉の火の具合を確認する為、

 メイドが二人、玄関ホールを横切ろうとしていた。



「……姐さああああん!!! ローズちゃああああん!!!」


 掻き集められる空気を肺に。

 吐き出された声は屋敷史上、

 最も大きくて五月蝿(うるさ)かった。


「! うるせえぞヴァネッサ!!」


「ヴァネッサさん!!」


「姐さん……行くよ!」


 二階から飛び降りるヴァネッサ。

 向かう先は二人のいる位置の少し手前。

 意図を察したガラプは

 車椅子から手を離し持ち場に着く。


 宙を舞う衣類達に惑わされず、

 見事ヴァネッサの体を捉えた。

 自然と彼女の背中に意識が集中する。


「……夢じゃなかったろ?」


「うん! ……ウン」


「良かった。無事に終わって。本当に…本当に、良かった……!」


 大粒の涙を惜しげもなく流すローズ。

 高鳴る心音を聞かれてバレバレなガラプ。

 二人は心からヴァネッサの事を心配していた。


 勿論二人だけではない。


「おかえりなさいヴァネッサ。元気そうで何よりだわ」


「おおヴァネッサ嬢。無事そうで何よ、っ!?」


「わお、ヴァネッサ裸ん坊。治療もバッチリみたいだし。めでたしめでたし、ダネ」


 声に誘われ皆がこの場に集まる。

 皆が皆、ヴァネッサの帰りを待っていた。


 同じ境遇の同類だから。

 そんな堅苦しい義務的な感情ではない。

 一人の友人として、家族として心配していた。


「皆……ただいま!」


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― 新着の感想 ―
[良い点] ヴァネッサのあれは過去の話…いや、よかったです…もうヴァネッサが不幸にならず、明るく楽しく生きられることを願います!
2022/07/15 16:20 退会済み
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