裸体
『ンフフ』
最後の仕上げに興奮気味の老人。
楽しげに最後の仕上げにかかっている。
仕上げ。スイートの背中の蝶々に模様を刻む。
熱したヘラに比べればマシ。
出来立ての火傷痕の上から、
刃物で数ミリの傷を付けるだけ。
スイートは声ひとつ上げない。
完成したばかりの紅い蝶々。
生々しく痛々しい見るに堪えない作品。
『嗚呼、純粋ナル子供。ソノ身ニ我ガ芸術ヲ捧ゲラレテ、至福ノ限リ……』
背中に生暖かい弾力が触れる。
ナメクジの様な。しかし彼らより力強い。
ゆっくりと背中の隅々を駆け巡る。
熱い空気がしきりに当たる。
当たる度に老人の喘ぎが漏れ出る。
老人はスイートの背中を舐めていた。
入念に執拗に丹念に。
取り憑かれた様な恍惚な表情を浮かべながら。
その後のスイートの記憶は曖昧だった。
断片的な記憶は動画ではなく静止画。
あまりに停滞した時間だった。
人形になったスイートを、
ガード達は手取り足取りサポートしてくれた。
食事の時間は手となり口となり。
垂れ流れた排泄を丁寧に処理してくれた。
数週間が経過した辺り。
スイートは背中が開いた服を着せられ、
馬車に数時間揺られた。
『感傷ニ浸ッテシマウ。ガラデモ無。ヤハリ、君ハ特別ダ』
涙を流す老人。
それに釣られ涙するガード。
椅子の背を前にして座らされる。
背中を、これから観覧する観客達に魅せる為。
口々に褒め称えられる。
やれ完成された芸術品。やれ師の最高傑作。
そんな事を言っていた気がした。
評論家の言葉は記憶に残らない。
言葉が軽薄だからか。
ただスイートの精神の問題か。
『金貨金貨!』
『金貨! 金貨金貨!!』
金勘定が遠くで聞こえた。
どうでもいい。記憶の停滞が進んでいく。
『ぼ、僕が君の飼い主だよぉ……はぁはぁあ、何て可愛いんだ! すごく可愛』
老人の姿はこの先の記憶にない。
代わりに太った貴族の男がいた。
老人とは違った意味で興奮している。
主に下半身が。
つまらない。非常にどうでもいい。
この男は色々な事をスイートにした。
性欲も躾も押し付けてきた。
だがどれも記憶には残っていない。
その程度の男だった。
『所詮』が頭に付く男。
凡人の域を出ない道楽貴族。
『お前はッ! 何でッ!! 僕をッ!!! 愛してッ!!! くれないんだッ!!!!』
馬乗られて殴打を注がれた。
何がいけなかった。
否、何が気に食わなかった。
幼児の奴隷でも買った気でいたのか。
ロリコンを拗らせたのか。
愛されるとでも思ったのか。
スイートは生き人形。
額縁に入れて完成する絵画。
設置して完了する石像とは訳が違う。
理解力の欠如。
だからこの男は所詮の男。
大枚を叩いた芸術品を自らの手で壊した。
「やっと……死ねる」
───── 手術室 ─────
激しく高鳴る動悸。
流れる汗が目に沁みる。
ヴァネッサは目を覚ました。
長い夢、過去の旅を終えた。
『ここ……私……どこ? 私は……』
「お早う、ヴァネッサ君」
「! ご主人ー!!」
リアルな追体験に困惑していた。
だがネイヴの言葉を耳にした途端、
一瞬にして疑惑の霧が晴れた。
ベッドから飛び出し抱きつこうとした。
途中、羽織らせていたタオルが落ちる。
今ヴァネッサは生まれたままの姿。このまま抱きつかれれば、たわわな実りが顔に当たる
「風」
地面を蹴れば、車輪付きの椅子は後ろに転がる。
固い地面に急降下するヴァネッサを、
風魔法のクッションで助ける。
「あふんっ」
「お早う、ヴァネッサ君」
「お、オハヨウです。ご主人……」




