5W1H:後編
───── 為事如何 ─────
今までは人形の『ような』生活だった。
ここに来てからは
人形そのものの人生を送っている。
『自由時間』
朝食前、間食後、晩食後に訪れる。
その度にガードが手取り足取りを手伝う。
朝食前なら寝巻きから普段着へ。
晩食後なら普段着から寝巻きへ。
ダイニングルームの移動さえ彼らの腕で。
『食事時間』
朝食、間食、晩食の知らせ。
ガードに連れられダイニングルーム。
その場にはここに住む全員が集められる。
食事は鉄トレイに乗せられている。
内容はパンとスープとサラダが絶対。
細身の身体が豊になる。
『入浴の時間』
新たに設けられた晩食前の習わし。
全身を隈無く洗浄される。
頑固な汚れだった。だが奮闘の甲斐あって、今では汚より美に目を惹かれる。
一見して順風満帆な生活。
何の不満があるというのかな
不満はない。
けれどもそれは満足でもない。
この生活に子供達の意識は無い。
毎度違う愛らしい服を着させられ。
三つの時間に支配される生活。
何の為に子供達はここにいる。
あの場に立ち、選ばれなかった子供。
子供では駄目だったのか。
『私達は何の為にいる』
───── 何故 ─────
『カランッ』
食事の時間に響く鉄音。
子供の誰かがフォークを落とした。
起こり得る事象。当然の現象。
他の子供は知らぬ存ぜぬ。
黙々と食事を口へと運ぶ。
落とした子供は席から降りる。
落ちたフォークを取る為に。
『ゴースト』
老人の一声にガードの一人が反応する。
ゴースト。
そう呼ばれる黒髪の男の子。
フォークに伸ばす腕を掴まれる。
力任せに、荒々しく。
『……ぃたっ』
ゴーストの可愛らしい声。
声変わりする前の可愛い声。
愛らしい声を漏らした。
愛おしい声で訴えた。
『連レテ行ケ』
抱き抱えなどしない。
腕を強く引っ張り、命令に従う。
ゴーストが座っていた椅子が、
足に引っ掛かり、横に倒れてもお構い無し。
部屋の扉から連れ出されるゴースト。
重苦しい空気は流れない。
普段通りの漠然とした食事。
普段通りに過ごせばそれでいい。
普段通りに 普段通り?
『私達は何故いるの?』
───── 紅い蝶々 ─────
ゴーストは姿を消した。
三つの時間に姿を現さなくなった。
ゴーストだけでは無い。
ステルスも知らぬ間に消えた。
ミストは入浴の時間に連れて行かれた。
バニッシュの声が部屋の外から聞こえた。
残ったのはスイート一人。
悲しみを覚えない。疑問にも思わない。
ただ従順に三つの時間に従う。
自由時間は不動で立ち尽くす。
食事の時間は黙々と口へ運ぶ。
入浴の時間に感情を現れない。
スイートは生き人形だ。
人と同じ性質なだけの木偶人形。
コレこそが老人が求めた子供だった。
『スイートヲ連レテ来ルンダ』
老人の声が響く。
ガードは声に従う。
スイートの体を抱き抱える。
運動をしない毎日。
栄養のある食事で少し肥えた体。
腹回りが少しだらしない。
知らない道を進む。
知らない階段を降りる。
血生臭い香りが膨れる。
壁や地面に鮮血の跡が塗られている。
遠くから悲鳴が聞こえてくる。
『待ッテイタ。スイート』
終着点は石造の部屋。
至る所に蝋燭に火が灯されている。
至る所に多種な画材が散乱している。
赤々と輝く石窯には棒が。
壁に吊るされた多様な刃物が。
鎖の付いた品々が配置されている。
そして一際目を引くのは十字架。
部屋の真ん中に置かれたそれには、
先日消えたバニッシュが打ち付けられていた。
『師、素晴らしい作品でございますね』
『慧眼無、貴様ガ語ルナ。此レハ出来損無。純粋ノ皮ヲ被ッタ粗悪品』
【暴食のバニッシュ】
鍋やコップが体の前面に。フォークは顎の下から。
インクの入った瓶が脹脛から溢れ。
鉛筆は眼球の斜め下から生えている。
それ以外にも至る所に物が刺さっている。
否、その様子は宛ら食事風景。
無作為に暴食している途中のよう。
滴り落ちる血。その下にはネームプレート。
そこに暴食のバニッシュと書かれていた。
『消化不良ダ。スグニ準備ヲ』
『了解いたしました師』
スイートを鉄のベッドの上でうつ伏せに。
両腕両足に拘束具を幾つも装着。
身体をゆする以外の動作が出来ない。
『スイートハ久々ノ傑作ダ。君ヲ見テイルト創作意欲ガ湧イテクル』
石窯から棒を一本取り出す。
棒の正体はヘラ。
先端は炙られ赤々としている。
『イクヨ』
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!」
スイートが初めて出す感情。
スイートが初めて発する声。
熱せられたヘラを背中に押しつける。
押しつけたまま、背中の皮を力一杯剥ぐ。
溶けて柔らかくなった皮が焦げ、
『にゅるり』とヘラの先端にへばりつく。
「回復魔法」
ガードが一斉に回復魔法をかける。
傷を癒す為ではない。
回復魔法は重症は治せない。
コレはスイートを生かす為。
脳が死を選択しないようにする為の処置。
コレでショック死は出来ない。
「モット、モット深ク削ガネバ。一切ノ憂慮ヲ排除シナクテハ」
より一層力を込める。
表皮は溶かされ、真皮を削り。
皮下組織や血管を容赦なく抉る。
死んでもおかしくない。
気絶して当然の行為。
なのに逃げられない。
どれだけ叫んでも どれだけ泣いても どれだけ喚いても どれだけ抵抗しても どれだけ吐いても どれだけ漏らしても どれだけ苦しんでも どれだけ死にたくても どれだけ助けを求めても
『純粋なる帆布 汝材として何時』
『純粋なる子羊 汝贄として何処』
『純粋なる奴隷 汝悦として誰彼』
『純粋なる子供 汝作として如何』
『純粋なる少女 汝傑が故に何故』
耳元で囁き続けられる呪言。
作品が完成するまでの間、
一人一人バラバラに言葉を唱える。
完成するまで終わらない。
完成するまで背中は焼き抉られる。
完成するまで耳元で囁き続けられる。
完成すれば終わる。
スイートの声が途絶える。
気を失ってはいない。
未だに痛む。未だに聞こえる。
足掻いても無駄だと悟った。
感情を剥き出す無意味さを痛感した。
一瞬顔を見せた精神が死を選んだ。
人形に戻りたい。
人形で在りたい。
人形で終えたい。
『素晴ラシイ。出来損ナイノ模造品トハ違ウ一級品。スイート、君コソ純粋ナ子供ダ』
何時間も芸術を表現させられた。
納得がいくまで、誰も飽きもせず。
『流石は師』
拘束具が解かれる。
ガードは拍手喝采で老人を讃える。
スイートは放心状態のまま。
『貴様ラは愚者ダ。マダ未完ノ作品ダ。時間ヲ置キ、仕上ゲル。飾ッテオケ』
『了解しました師』
天井から伸びる拘束具。
腕に取り付け、吊り下げる。
『題名ハ【紅い蝶々】名前ヲ刻ム必要無。真ニ名誉アル芸術品ニハ敬意ヲ捧ゲネバナ』
【紅い蝶々】
未完の大作は爛れている。
グツグツと沸騰し、熱を放出している。
背中の筋肉はボロボロに壊された。
普通の生活は期待できない程に。




