5W1H:前編
紆余曲折あり何とか形に
普段よりも文章が長く地の文が多いです。
この世に生まれ落ちたのは理由がある。
我が子を愛さない親はいない。
絶望ばかりの人生など存在しない。
贅沢な言葉だ。達観している。
新聞か小説でも読んで
感化されて出た薄い決め台詞に過ぎない。
極微な希望を与えないでくれ。
人間は希望にさえ縋ってしまう生き物。
明日 未来 何時
そんなものは存在しない。
少なくとも彼女の人生には無かった。
───── 今無何時 ─────
小さな箱に子供が一人。
子供は捨てられた人形の様に
埃を被りピクリとも動かない。
『食事の時間』
箱の外から聞こえる誰かの声。
少女の前方の壁の下が小さく開く。
鉄のトレイに乗せられた食事が滑る。
端を千切ったパン
生暖かく味の薄いスープ
毎度種類がバラバラな野菜クズ
『……ゅ……ぅ……』
壁から体を剥がす。
パンを手に取って貪る。
備え付けのスプーンでスープを掬う。
同様のフォークで野菜を刺す。
機械の様に作業的に口へと運ぶ。
食後トレイを下の出入り口に戻す。
『自由時間』
誰かの声に従う。
自由な時間を無駄に費やす。
時折部屋の端の穴に排泄する。
それ以外の時は虚空を見つめている。
次の言葉が来るまで。
───── 此無何処 ─────
もし物語の主人公だったら。
この状況に感情を豊かにさせていた。
『どうです、師。ご注文通りの出来で御座イ』
一人は巨漢で体型が丸い男。
ぴちぴちに張った白いスーツ。
体に纏わせる煙草の匂い。
『……』
一人は杖を突いた老人。
伸びた髭と眉毛は白。
鼻の欠けたガードを何人も連れている。
『貰オウ』
一呼吸の後、老人がそう言い放つ。
後ろのガードがジャラジャラと鳴る袋を一つ、
巨漢の男に譲渡した。
破けて見えたそれは金貨だった。
『毎度』
別のガードが箱の中へ。
少女の手を優しく取り、
お姫様抱っこで箱の外へと連れ出す。
ガードは笑顔を絶やさない。
口角を常に吊り上げている。
箱の外には別の人種。
少女と同じ格好の男女。
皆、ガードの腕の中に収まっている。
『また来年のお越しをお待ちしてます』
金貨の入った袋を従え
巨漢の男は深々と頭を下げる。
老人とガードは歩み出す。
子供達を連れて歩み出す。
子供達は何も思わない。
疑問も恐怖もない。ただ従順で静か。
命があるだけの人形に過ぎない。
大きな壁が行く手を阻む。
左右の壁には白スーツの男。
一行の到着を視認すると動き出し壁を開く。
『おお! アレが今回に画材か!!』
『素晴らしい慧眼だ。実に素晴らしい』
『あの子いいわねぇ。欲しいわ』
『師もそうだが、ニナマタもよく揃えられたものだ』
『アレに描かれるのか。次の傑作が』
『見たい』 『観たい』 『視たい』
『みたい』 『ミタイ』 『満たい』
色んな大人達が左右に並んでいた。
多種多様な体型と服装。
しかし一貫して仮面をつけている。
大人達は下品に涎を垂らす。
下半身を膨らませ、
恍惚とした眼で見定める。
『素晴ラシイ』
老人が振り返り声を溢す。
子供達は人形のままだ。
この状況に慄く事も涙を流さない。
或いは精巧に作られた人形なのでは。
そんな風に勘違いする大人もいる程に。
───── 私無誰彼 ─────
『ゴースト ステルス ミスト バニッシュ』
老人は一人一人に名を付ける。
無意味だと知りながら。
人形は名前の有無で意識は芽生えない。
『スイート』
最後は件の少女。
子供達の中で最も特徴的な少女。
赤い髪は一際目につく。
だからだろうか。
老人は頭に手をポンと乗せた。
『自由時間』
いつもの台詞。
ただ少し意味合いが変わる。
子供一人につきガードが一人。
抱き抱えられ、連れていかれる。
その先は箱。
以前よりずっと広い部屋。
余裕のある人間が持つ部屋。
そこに連れてこられ、放置される。
真の意味での自由な時間。
就寝に読書に遊戯、何をしてもいい。
だが何もしない。何もしてこなかった。
次の命令があるまで立ち尽くす。
それは連れてきたガードも同じく。
次が来るまで待つ。
『入浴の時間』
何処からともなく響く声。
ガードは動き出し、子供を抱き抱える。
部屋を出ると別の子達も同様だ。
聞いた事のない言葉。
子供達の脳は初めて困惑する。
連れてこられた先はお風呂場。
子供達は服を脱がされ全裸に。
ガードは着衣をしたまま入る。
先んじて爪を切る。
長く割れた爪を鑢で丁寧に。
染み付いた糞尿の香り。
高価な香り付き石鹸で誤魔化す。
触れると粘液が付く髪。
熱い湯水で洗い取ろうと試みる。
全肯定が終了するのに一時間。
それが終わり初めての入浴。
初体験する全身を駆け巡る温もり。
子供達は思わず、互いの顔を見合う。
『食事の時間』
一行はダイニングルームへ。
長テーブルとその先には老人が待機している。
子供達は指定の席に座らされる。
目の前には見慣れた鉄のトレイ。
そして見慣れぬ食事があった。
出来立てのパン
具沢山で暖かいスープ
新鮮で瑞々(みずみず)しいサラダ
フォークとスプーンも新品
普段とは明らかに違う食事。
しかし先程の風呂程の困惑は見られない。
寧ろ何処か落ち着いた様子。
子供達は普段通りに食事を開始する。
椅子の背もたれから少し体を剥がす。
パンを手に取って貪る。
備え付けのスプーンでスープを掬う。
同様のフォークで野菜を刺す。
環境は違えど心境に変化無し。
その光景を老人はワイン片手に眺めていた。
『自由時間』
再び部屋へと戻される。
そしてまた次の命令が来るまで。
だと思っていた。
柱時計が奏でる音。
それに合わせてガードが動く。
子供達を抱き、ベッドの上へ。
部屋の明かりを消して出て行く。
数時間ぶりの一人きり。
しかし何をする事もない。
ただ普段より少し疲れた。
身体の状態も良く、寝床が柔らかい。
子供達の瞼は自然と落ちた。




