執事達の会話
アーメットの担当である庭の手入れ。
基本的には通路にまで伸びた枝や葉の伐採。
窓まで伸びた蔓草の駆除が主な仕事だが、
今回は襲撃者が踏み荒らした地面の手入れをしなくてはならない。
一人孤独で地味な光景。
アーメットはそんな作業が好きだった。
兜を日常的につけ始めるようになってから、
特に一人で黙々と行う作業を率先するようになった。
「どろドロ〜♪ どろドロ〜♪ 土のダ〜ル〜マッ! どろドロ〜♪ どろドロ〜♪ 土のダ〜ル〜マッ! どろドロ〜♪」
「何ですか執事長、その妙ちくりんな歌は」
「お気に召さない? 僕様作曲の泥歌は」
今日は執事長がそばに居る。
といっても玄関下で泥を掬い、
歌の通り小さな泥だるまを量産しているだけで、手伝ってはくれない。
「どろドロ〜♪」
「……執事長、小粋な音楽で仕事を盛り上げてくれるのは大変恐縮です。しかし今日は。いや今日も生憎の雨です。部屋の中で、ヴァネッサ達とお菓子でも食べながら休まれてはどうです?」
「残念、僕様を排除しようたってそうはいかない。今日は子供らしく泥で遊びたい気分なの。それに特権治療が近付いてるからかな。ヴァネッサ達の会話、いつもよりハネないんだよね」
今回の特権治療対象はヴァネッサ。
治療箇所は背中の火傷及び傷の修復。
アーメットは実物を見た事はなかった。
見る=裸に出くわしたという事。
であれば早々男が見れるものではない。
執事長は見たらしい。
「当然でしょう。今回は彼女にとっては一つの山場。完治という意味でも、過去との訣別という意味でも。真剣に向き合うのは自然な事だ」
「そんなに難しく考えることかな。『怪我が治る→やったー嬉しい』以上じゃない? 完治してここから退院するのか残留するのかは気になるけど、訣別だーなんて。深く考える必要ないと思うけど」
「皆が皆、貴方みたいに楽観的に物事を捉えれはしません。というより、言葉が少々下品ではありますが。異常なんですよ執事長。自分を死に追いやった怪我、それに至る傷。深く考えない方がおかしい」
「そんなもんかな?」
執事長であるダリア・ダイアル。
彼は過去と比較しても特異な患者である。
自分の死因を隠す気が無い。
聞かれれば、聞いていること以上に話し出す。
幸いかどうかはわからないが、
この屋敷で粗方を知っているのは
ネイヴと当時は一般使用人だったメイド長のみ。
「過去は過去だと思うんだけどなー」
「……正直羨ましいですよ。そんな風に思えたら一番いい。私なんかは、そんな風には考えられない。少なくとも今は」
兜に手を当てる。
下がどんな風になっているのか。
それを知るのはネイヴだけ。
風呂場の時は一人の時を見計らう。
「ふーん……もう何回も言うけどさ。僕様は自分の事だけじゃなくて、他人様の怪我にもあんまり関心がない。だから僕様とかネイヴとか、そこら辺の人の前だったら兜外したら? 息苦しいでしょ」
「それだけは……申し訳ない。共の屋根の下、同じ境遇の仲間だと言うのは重々承知しています。ですが……」
「コレも何回も言うけど、無理強いはしていないよ。定期的にキッカケを供給しているだけだからさ。適当に聞き流しちゃって、ぇあああ! だるまが崩れた!!?」
「貴方という人は……」
ダリアは子供らしい。
泥遊びに興じている今を心から楽しんでいる。
ぬいぐるみは寝る時には欠かせない。
だらしない一面もよく同僚に晒している。
執事長はその立場に相応しい。
職務放棄の前例はなく、忠実にこなしている。
他の患者との交流も定期的に行い。
時には過去の触れづらい話題にも物怖じせず、彼なりの見解を込めて付き合ってくれる。
メイド長ほど的を得た回答はない。
だが幼い執事長だからこそ答えられる問いもある。
少なくともアーメットは、
時折訪れるこの時間が好きだった。
「それにしてもご苦労様だね。今日くらい休んでいいって、ネイヴも言ってたのに。昼から働き出すなんて」
「休んでいてもやる事がありません。ただそれだけです。それに昨日に事で痛感しました。ガラプさん以上に、私の体は鈍っている。少しは身体を動かさないと」
「身体を動かす。それならちょっといい話があるかも」
泥だるまの頭を指で弾き落とす。
「二階にも一人、襲撃者が来たのは言ったよね。アイツの持ってった魔石が原因で、少し相手さんに『お礼の品』を渡しに行くかもしんない」
「魔石が原因。どういった……と、私が深く聞いたところでか」
「まあ今度は下っ端相手じゃないし。向こうもコッチといざこざするのも避けたいだろうし。話し合いで終わると思いたいけど!」
話をしている間に地面は整地された。
後は勝手に自然が苔を生やしてくれる。
泥だるまも十体並び作られた。
大小様々、形もそれぞれ違う。
「コレで後は」
「裏の鍵を閉めるだけだね。それは僕様も付いてくよ」
裏の鍵。
襲撃者を流し入れた穴のこと。
アレには扉があり、普段は閉じられている。
「十三の錠に鍵をカけ。上から土を被して隠蔽」
「執事長、いちいち実況しないでください」
「いや、毎度毎度律儀だなって思って。こんなメンドくさい作業。しかもどこに通じているか、使用人は誰も知らされてない」
「そういうルールです」
「でも気になる。先生の死者復活や特権治療の事を考えるとぉ……」
「事実も知らないで憶測だけで話す。貴方らしくもない。気になるなら旦那様に直接聞いてみては? まあ既に聞いたのでしょうが」
「ご名答。返答は特権治療百年分で真相を話すだってさ」
「泥の歌を歌って、泥のだるまを作って。そんな様子事ではとてもじゃないですが、足りないですね」
「五十年に負けてくれないかな〜。そしたら最近の新人みたいに、バリバリ働くのに」
ローズはあの日以来、
まじめに職務をこなしている。
本来の使用人としては正しい。
だがこの屋敷だと気を張り過ぎている。
暖炉の管理など、数時間に見回るだけで十分。
それを三十分間隔で見回っている。
当然ヴァネッサ達の茶会も断っている。
それと車椅子での頻繁な移動は、
見ている側からしてみると非常に危うい。
ローズ自身、汗水垂らして車輪を漕いでいる。
「確か特権治療の話を聞いて、でしたか。真面目なのは非常に好感が持てます。誰かさんにも見習ってもらいないくらいだ」
「ガラプのことかなー?」
「ただ彼女はまだ日が浅い。体が前ほどに万全ではない事を、考慮してくれているといいのですが」
「ああいうタイプに子は言っても聞かないよ。一回痛い目に遭わない限りね。それより仕事も終わった事だし、風呂にでも入らない? 牛乳、冷やしといたよ」
「良いですね。では先に入っておいてください。貴方が上がったら、その後に私が入ります」
「『お先にどうぞ』って形式だけは言っとくよ。どうせ譲るつもりはないんだろうけど」
「ハイ勿論です」