何処へ通じるその穴は
三人の男女が森の奥深く。
ザクザクザクと土を掘る。
無数の死に体を傍らに。
現状を意味ありげに説明すると
あたかもその三人が、
無数の死体を森の奥に遺棄しているかのよう。
隠蔽する為、スコップを手に穴を掘っている。
だが実際は逆。
地面に埋まった人間を掘り返している。
何処かのメイドが張り切って埋めた後始末に。
「ふんぬらッ!! っと!!? ……駄目だ、首が。あぁ……」
「『事前に敷いていた』柔らかい泥を貫いて、その下の地面に頭を叩きつけるとは。オークの豪力あっての芸当ですね」
「馬鹿な俺でも。この状況ならその台詞が嫌味ってことくらいはわかるぜ? 悪かったよ、久々の多人数戦で気合が入っちまって……」
成人男性の全頭高23cm
成人女性は22cmとされている。
更に今回は肩まで埋まっている個体もある。
30〜40
場合によっては50cmも埋まっている。
頭が埋まる事態は想定していたが、
オークが持つ全般的な力は想像を絶していた。
「そらよッ!!!」
「ガラプさんガラプさん! そんなに縄を締めたら、今度は体の骨が砕けますよ」
「ああ?? ったくよお、そもそもオークに手加減して戦えっていうのが無理ってなもんだ。縄で相手を縛るなんて、同胞に知られたら笑われちまうよ」
「ですから先生も『出来る限り生捕り』と譲歩してくださったのでしょう。こうなることを想定して」
荒くれは全員縄で縛り拘束。
埋まっている者も掘り返し次第拘束する。
中には息をしていない、いわゆる死体もある。
だがそれも縄で縛り纏める。
警察に突き出すのか。
なら何故わざわざ死体まで縄で縛る。
そんな疑問を思い浮かばせるより前に、
コインには別に考えることが山のようにあった。
「(逃げろ逃げろ逃げろ!! こんなことになるなんて想像だにしなかった! 今すぐここから離れっ。いやいや待て待て待て! まだ向こうはこちらに気付いていない。このまま帰れば、坊ちゃんに何をされることやら……せめて何かしらの情報を持ち帰らねば!)」
「(そんなことを言っている場合か?! よく考えろ、私は老い先短いぞぉ。わざわざこんなところで体を張らずとも、挽回の余地はまだあるはずだ。そうだ、そうだともさ! こんな場所に送り出されはしたが、私はマネー家の執事! しかも古株だ。きっと許される。少し手痛い代償を払うくらいで済む筈!)」
何かしらの土産が欲しい私。
今すぐ逃げたい私。
そんな精神の板挟みに
肉体は足をバタつかせる。
腹が痛い。
そうこうしている内に
使用人サイドに新たな動きがあった。
「それではお二人共、力仕事は任せました。中でホットミルクと、先生が特別に買ってきて下さったお菓子を用意して待っています」
メイド長は屋敷の中へ。
後に残ったのはガラプとアーメット。
それと襲撃者とメイド長が持ってきた荷車だけ。
「メンドくさッ!」
「愚痴っていても仕方ありません。さっさと済ませてお風呂に入りましょう。実は先程から、この兜の中が蒸し蒸しして……正直ツラい。息苦しい」
「へーへー、分かりましたよっ!」
「……人を投げ入れない。それと先に投げ入れるなら、死体にしてください。下敷きにするんですから」
「へーへーへー、分かりましたよッ!」
一束三人。
それを片手で持ち上げ、次々荷台へ投げ入れる。
一番下にはアーメットの助言通り
死体がクッション代わりに敷かれている。
骨が嫌な音を立てた場面もあったが、
死体なら問題はないだろう。
「(い、一体どこへ連れて行くんだ? 屋敷の中か?)」
コインがコソコソと後を付ける。
荷車を押す二人は屋敷の裏側。
正面口から回り込まなければ入れないこの場所。
外とは高い塀と棘の生えた蔓植物が、招かれざる客に侵入を拒んでいる。
コインも本来であれば、
二人の動向を覗き込めはしない。
塀はともかく植物が邪魔をして見下ろせない。
だが何故だか空いているスペースがあった。
コインは深く考えもせず、
『あったあった』
くらいの感覚で覗き込む。
覗き込んだ先で二人は荒くれ共を、どこへ通じているかもわからない穴へと投棄していた。
「な、なにをすっ……!?」
「うーっし、コレで全員だな」
「最後、意識を取り戻していたな。顎にでも打ち込んで、気を失わせるべきだったか?」
「さーね。でも俺達の知ったこっちゃない、だろ? こっから先は『センセイの仕事』。そういうルールなんだし、いいじゃん。それよかさっさと、さ……サクショイッ!! ……ァー」
「……くしゃみをするときは手で押さえてください。レディーでしょう貴方は。全く、いくら兜をつけているとはいえ不快なんですよ」
「ぁーった。次から覚えてたらするわ」
「服の襟で鼻を拭かない!」
二人は仕事を終えて和気藹々(わきあいあい)としている。
それがより一層不気味だった。
少なくとも一部始終を見ていたコインには、
生涯の中でも一二を争う恐怖体験であった。
全員はどこへ落ちていったのか。
殺されたのかそれとも。
「(逃げる)」
「(逃げる)」
最早思考にズレはない。
この場に一秒だって居たくはなかった。
主人に叱責を受けようと構わない。
起こりうる最悪に比べれば、随分マシだ。
腹の痛みなど忘れて、
コインは無我夢中でこの森から逃げ去った。




