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異世界に医者はいらない  作者: 技兎
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金狂


 不穏さが加速し始めた。

 画策が動き出した。


「社会経験だと思いなさい。そして、彼にこれ以上近付かない方がいい」


 男の名はゴールド。

 口髭を整えた、今年で六十の貴族。

 それ以上の情報を

 ここで話す理由はない。


「それじゃあ納得しないといっているんですよゴールドさあん……! 俺は貴方の話を信じて、愛する女の死体をあのネイヴに託したんだ」


 ゴールドに食って掛かっているのは、

 愛しの妻を亡くしたばかりのマネー。


 あの日、ローズの姿を見た後、

 マネーはもう一度病院へと向かった。

 だが既に家の中はもぬけの殻。


 そして次に向かった場所が、

 ネイヴという死を覆す医者の存在を教えてくれた張本人。

 ゴールドのいる屋敷であった。


「そして生き返らせてもらった。私が貴方に話した通りの結果だ」


「ただ生き返るだけじゃない、俺は『完璧な蘇生』を望んだんだ。あんな冒険者が退治するような醜いアンデットの姿で蘇るなんて知っていたら、こんなことはしなかった」



 冷静な口調で話しているつもりのマネー。

 たがその態度は不遜(ふそん)

 苛立ちが声からも伝わって来る。


 片やゴールドは静かな様子だ。

 (さと)そうとも、怖気付いてもいない。

 優雅に午後のティータイムを(たしな)んでいる。



「『醜いアンデット』か。それでも愛した妻なのだろう。ならばやはり、どんな姿でも愛するというのが夫としての矜持(きょうじ)って奴じゃないかな?」


「ッハ! 矜持??? ゴールドさん、あんたに矜持云々を語られたくはないですねぇ。貴族として、守るべき領民の生活を(おびや)かした『金狂(きんきょう)』さんにはねぇええ」



 貴族は人生の勝ち組ではあるが、

 一生を楽に暮らせるという訳ではない。


 割り振られた領地に住む領民の安全の保障。

 隣地の貴族からの侵略行為からの防衛。

 貴族の集まりでは常に情報戦を()いられる。



 そんな貴族間の戦いの中で、

 勝利を収め続けた貴族が数組存在する。

 マネー家もその中の一つ。

 そしてゴールド家も十数年前までは、

 古株の由緒正しい勝ち組貴族であった。


 だが馬車が事故に遭い、

 一人娘を失ったゴールドは凶行。

 蓄えていた資金の全てを快楽に注ぎ込み、

 一気に没落貴族の仲間入りを果たしてしまった。


 金狂(きんきょう)とはそんなゴールドに対し、

 貴族達と領民が呼んでいるあだ名である。



「今ならわかりますよおお、剛腕を唸らせていたゴールドさんが『娘を失ったくらいで』何であんな馬鹿をしでかしたのか」


「……」


 ゴールドは態度を変えない。

 ただ紅茶を(たしな)むばかり。


「そう、娘を失っただけじゃなかったんだ。そうだろ?! あのネイヴん所に死体を持っていって、見るも無惨な姿に(かえ)られたんだ!! 俺と同じように、そうだろ?!!」


 ゴールドの娘を見た者はいない。

 死んだのだから当たり前といえば当たり前だ。


 娘を亡くしたゴールド家は衰退。

 家は売り払い、数年前まで牛舎で暮らしていた。

 財を全て無くし、農民に混じり収入を得ていた。

 領民達の罵詈雑言に耐えながら。


「……娘が死んだ。そして私は愚かになった。それだけです。それが全てなんです、マネーさん」


「強情だな。そこだけは昔のままってことか?? ……まあいいさ。それより今日はあんたにいい話を持って来たんだ」


「いい話?」


「さっきも言ったが、俺とあんたは同じ穴の(むじな)だ。愛する者を失い、藁にもすがる思いで噂を頼り、あの男に託して裏切られた、いわば被害者だ。被害者には復讐の権利があるとは思わないか?」


「……何が言いたいんです。復讐? 彼は言われるがままに仕事を果たした。復讐の権利なんて、我々にありません」


「別に復讐って言っても殺す訳じゃない。蘇らせるとか期待を持たせておきながら、アンデット化させたアイツを()らしめるんだよ。今後、俺たちみたいな被害者を増やさないための、言っちゃえば『慈善行為』だ! その手伝いをしてほしいんだよ、ゴールドさあん」



 最近のマネーは寝付きが悪かった。

 ローズの変わり果てた姿を夢に見るからだ。

 飛び起きる(たび)、ネイヴを憎んだ。


 ()らしめる。

 と言っているが、それは建前。


 マネーは共犯者が欲しいだけ。

 自分の行為を正当化するために、

 身近な人を巻き込みたいのだ。



「(アイツを殺す! 俺をコケにした代償はでかかったってこと、死ぬ寸前まで後悔させ続けてやる!)」


「お断りします。私にはそんな暇はありません」


 貴族という地位にいるが、

 今では窓際族に近い、地位だけのお飾り状態。

 果たすことだけを果たすだけ。

 勢力を伸ばす気などさらさら無くした。


 娘を亡くしたあの日から、

 ゴールドは己を農民として生活をしている。

 畑を耕したり、家畜達の世話で忙しい。


「っ! ……ゴールドさん、言わせないでくださいよ。あんたは俺の人生の先輩ではあるが、お願いをする立場にはいない。俺は『命令』をしてるんだよゴールド」



 先程の説明には疑問が残っていた。

 数年前まで牛舎生活のゴールドが、

 如何にして貴族の屋敷に返り咲いたのか。


 結論からいえば、マネーの支援である。

 マネーが貴族として相応しい衣食住を整え、

 ゴールドを肩書きだけの貴族から

 れっきとした貴族に昇格させた。


 つまりゴールドは、

 マネーに対して恩がある。



「……私には何もできない」


「出来ないことはないさ! 俺には財があり、あんたは人生の先輩だ。色々と顔が利くだろ?」


 そう言って金貨の入った袋を取り出す。


 資金面はマネーが請け負い、

 その手の仕事をこなす人間はゴールドが集める。

 そういう意味合いだ。


「到底成功するとは思えませんが」


「その時はその時だ。少なくとも嫌がらせくらいにはなるだろ。安心しろ、あんたは集めるだけでいい。物資やら何やらはこっちでやる」


「(自分の名前も姿も出さず、ゴールド家の名だけ使い、いざという時は私を切る腹積りか)」


 マネーの言う通り、

 ゴールドは人生の先輩であり、顔が利く。

 だから小僧の浅知恵もすぐさま察しがついた。


 だが断れない。

 ゴールドは少なからず、恩を感じている。

 例え(けつ)の青い子供であろうと恩は恩。

 果たせる時に果たさねばならない。


「……分かりました。集めておきます」


「流石はゴールドさんだ!」


「しかし数日いただきますよ。何せ久々ですから」


「そうか、なら一週間後にまた来るからその時に」


 時間制限をかけてきた。

 コレが上に立つ者の特権だ。



「それじゃあ俺は、自分の領地に帰らせてもらうよ。本当ならこの辺りで宿を取りたいんだが、こんな農村地には、まともな宿はないだろ?」


 キングサイズの羽毛ベッド。

 食べたい食事を食べたいだけ食べる。

 忠実で愛らしい使用人達。


 それらが揃っていなければ住むに値しない。

 例え一週間であろうと耐えられないワガママ。


 ゴールドの屋敷も軽く侮辱している。

 この屋敷には彼と一人の使用人しか住んでおらず、空き家だらけなのに、選択肢にすら入れていない。


「こんな僻地(へきち)で申し訳ありません。帰りの馬車までは、使用人に送らせます」


 ゴールドが鈴を鳴らす。

 すると一分もしないうちに使用人がやってくる。


「お帰りですか。ご案内いたします」



 そばかす顔の如何にもな農民顔。

 橙色の編み込みツインテール。


 彼女はゴールドが屋敷を構え、

 使用人を(つの)った際、

 いの一番に応募して来た。



「全く、あんたも物好きだ。使用人もこっちで選りすぐると言ったのに、わざわざこの村で募って。しかも、こんな女を雇い入れるなんて」


 その時、何かが割れる音がした。

 マネーが振り返り見ると、

 ゴールドが手に持っていたティーカップの持ち手が砕け、落下したカップが割れた音だった。


「……失礼。骨董市で買ったティーカップでしたので。持ち手にヒビでも入っていたのでしょう……」


「そ、そうか。今度来る時には、新品のティーセットも持ってこようか?」


「いえ。来客用のは新品ですのでご安心を。私には骨董品が似合うと、今感じました」



 圧を感じる。

 その原因はマネーにもわかる。

 使用人を(さげす)んだからだ。


 だが謝らない。

 事実を並べただけだ。

 地位はこちらが上だ。


 謝るに値しない。

 謝る必要性を感じない。



「では、一週間後にな! ちゃんと集めておくんだぞ!!」


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