不穏な男
───── 数日後 ─────
「クソっ! 覚えてやがれ!!!」
昼下がりに来客用の鈴が鳴り、
神妙な顔でガラプが出迎えに行った。
というのが、男の怒号が聞こえるまでの経緯だ。
何事かと野次馬心が躍り出したが、
車椅子では現場に急行することもできない。
数分後、ガラプが欠伸をしながら入ってきた。
「お待た」
「誰だったんです、今の?」
「何、タチの悪い酔っ払いみたいな野郎だ。気にするこたあない。そうだろ、ヴァネッサ」
「……う、ウンそうね」
一日の大半を三人で過ごすようになって数日。
距離は縮まって来てはいるが、まだまだ親しい間柄でのみ共有されている情報も多くありそうだ。
ガラプの笑いは乾いている。
ヴァネッサも鈴の音から元気がない。
「チョッちお花畑」
「しょんべんって言え、しょんべんって」
「ガラプさん汚いですよ」
「そーそ、淑女の嗜みって奴だぞ⭐︎」
「二対一で攻めるな。花でも何でもいいから、水やって来い」
冗談は言えるようになってきた。
だが、二人きりになると言葉に詰まる。
特にガラプはオークの女性。
体格がガッチリとして圧を感じ、
差別的だが肌の色も体面だと気になる。
「……新人」
「! 何でしょうかガラプさん」
「さんは付けなくていい。それよりさっきの男の件だが、ヴァネッサのいない今のうちに話しといてやると」
ヴァネッサと来客の男。
確かに気になっていたことだが、
二人の雰囲気から踏み込むのを躊躇った。
「いいか。センセイ達が帰ってくる時間帯以外で来客の鈴が鳴ったら、俺が対応する。だから例え、例えばな! 扉をガンガンガンって叩いてたり、助けを求める声を上げてたとしても開けるな。絶対に、開けるな」
「は、はぁ……? わかり、ました」
別におかしな話ではない。
来客に対応するのは使用人の務め。
それを警備の役職に就いているガラプに任されるのは、非常に理にかなっている。
ここに住んでいる人間の闇。
更にこの隠された熱帯雨林に佇む屋敷。
やって来る人間は碌でもないに違いない。
だが同時に新たな疑問も湧いた。
「(ただの来客なら、二人のことだから笑いの種にしそうなものだけど。さっきの男の人は、よくここに来る要注意人物なのかな?)」
「お待た〜」
「おっタイミングばっちりしょんべん!」
「だーかーらー、姐さん汚いって」
戻ってきたヴァネッサの前髪が濡れている。
顔を洗ったのだろう。
「さてと何処まで俺の武勇伝を語った?」
「姐さんが可愛い可愛い〜赤ちゃんの頃から、大人達の戦いっぷりを見てたって所ら辺」
「そうだったそうだった! 絶対俺が一年早く生まれていれば、速攻で群れの長に慣れてたのに、よりにもよって生まれ日の前の日に奴が現れて……」
───── 屋敷の外 ─────
「クソッタレの! 負け犬!! 時代遅れオークがあああ!!!!」
まさに負け犬の遠吠え。
だが生憎この地域は一年中雨。
男の声が屋敷で談笑する彼女達に届く筈もない。
「またアナタか」
「ん! おおお、ネイヴ大先生じゃありませんか。いやはやお久しぶりで……」
仕事を終え帰ってきたネイヴ。
声を掛けられたことをヨシと思ってか、
ハエみたく手を擦り合わせにじり寄って来る。
「それ以上近寄らないでいただけますか」
それを静止したのはメイド長。
横から割り込み、握手を阻止する。
「おやおやメイド長さん、こんな俺にも笑顔を振り撒いてくれるとは、あんたは本当に『イイ女』だよ」
「……」
「メイド長、キミは屋敷に戻っておきなさい。カレとはワタシが話す」
「で、ですが!」
「そいつぁあいい!! 先に行って貰って、あったかい紅茶と甘い菓子でも用意して待っててくださいよ」
「その必要はない。すぐに済む」
「……かしこまりました」
押される形でメイド長は屋敷の中へ入る。
男は扉が閉まる一瞬まで、屋敷の中を凝視していた。
「客人を雨の中で話させるなんて、お医者様は随分とお偉いご様子でっ」
「要件はなんだ?」
「おうおう、世間話もなしですかい? こうして会うのも久々なんだ、もうちょっと色々話ましょうぜ。ネイヴ大先生のこととか、死人の使用人についてとか」
「要件は何だ」
ネイヴは一切姿勢を崩さない。
表情一つ変えずに本筋だけを聞き出そうとする。
それに懲りてか。
あるいはネイヴの性格を知った上でか。
男は苛立つ様子もなく、
やれやれとわざとらしく両手を開く。
「風の噂で聞いたんですが、新しい使用人を雇ったそうで。しかも『例の爆発事件』の被害者だそうで」
「要件は」
「話が聞きたい。当事者から、直に」
「駄目です。再三お話ししたことだ」
「そこを何とか! 俺とあんたの仲じゃないか」
「仲? ワタシとアナタは『医者と過去の依頼人』に過ぎない。さあ帰りなさい。雨に当たると老体に堪える」
「お、おい待ってっ」
「風」
タイミングを見計らい、
メイド長が風魔法で男の体を吹き飛ばした。
この光景はどこかで見たことがある。
マネーの時も似た状況があった。
が今回は飛ばされた先に馬車はない。
あるのは泥と雨で汚れた土だけだ。
「嗚呼クソッ!」
悪態を吐きながら立ち上がる。
その頃には周りには誰もいなくなっていた。
「……諦めねえぞ。俺は諦めねえぞ! 必ず爆発事件の死体から話を聞いてやるからなあ!!!」
不穏が忍び寄って来ました。