彼女の朝は早い
『普通に接する』
そう考えた時点で相手を下に見ている。
可哀想にと、優しくしなければと考え、
余計に患者に負担を強いてしまう。
必要なのは過保護な環境ではない。
必要なのは適した環境だ。
───── 数週間後 ─────
「ん〜……ぁぁぁ」
ローズの朝は早い。
屋敷の誰よりも早くに目覚める。
朝の五時。
普通ならもう少し寝ていてもいいのだが、
彼女の場合は諸々の準備が必要になる。
一人で服を着替える。
寝巻き用の患者用ガウンから、
仕事用の患者用ガウンへ。
初めのうちはこれに手間取ったが、
今は手慣れたもので十分もあれば着脱可能。
「ヨシ、準備万ぜ……ふぁぁ〜。ん、にゃ……クシュン‼︎」
地域特有の寒冷。
一年を通して肌寒く感じる気温にローズの体がまだ慣れていない。
ローズ・ロールの仕事は大きく二つ。
どちらも一番に目覚める必要のある、
人によってはキツイ仕事だ。
「暖炉に薪を焚べて【火】!」
彼女の仕事その一 【暖炉管理】
先程も述べたが、この地域は寒い。
20℃を上回ることが、一年を通してない。
暖炉は一年中稼働し続ける必要がある。
その暖炉の火付けと火消しを任されているのが、
新人のローズの職務である。
「ぅぅ寒い……この地域ってこんなに寒かったんだ。……アー駄目駄目! 他の暖炉にも火を点けないと」
屋敷にある暖炉の数は三つ。
右の図書室 中央のダイニングルーム 左の応接間
暫くすれば屋敷中が過ごしやすい気温に包まれる。
「ふぅ、コレで第一の仕事は終了!」
「お疲れ様、ローズさん」
「メイド長、おはようございます!」
「おはよう御座います。元気な挨拶、非常によろしい」
メイド長は一足遅れて起床する。
彼女の役割は朝食作り。
執事長と月一で交代で職務に当たっている。
「今日の朝ごはんはなんですか?」
「今日は葉野菜のサラダと豆のスープ。それとパンとチーズよ。ローズさんは、チーズ大丈夫?」
「ハイ、大好物です!」
「なら良かったわ! ここにいる人は、好き嫌いが激しかったり、種族的な問題で食べれない人も多いから」
二人は歴が長い分、
ローズ達のような一般使用人には任せられない仕事を担っている。主に『二階関連』の仕事である。
この屋敷には特有のルールが一つだけある。
【二階には許可なく上がってはならない】
二階には屋敷の主人であるネイヴの部屋。
それ以外にも幾つも部屋があるらしいが、
全容は二人にすら明かされていない。
「それじゃあ私は、朝食の準備に取り掛かります。ローズさんも、扉の段差には気をつけてネ」
「ありがとうございます! 朝食、期待しています‼︎」
ローズは最後の暖炉
暖炉のある右の部屋へと行く。
正確には戻るが正しい。
暖炉の部屋まで続く通路。
その通路にある部屋は使用人部屋で、
ローズは先程ここから出てきた。
では何故、最初に右側の暖炉をつけなかったか。
それは彼女の二つ目の仕事に関連している。
「さてと、コレで全部つけ終わりましたト。時間帯も…ウン、ばっちり!」
彼女は使用人の部屋が並ぶ通路に戻る。
ここで最後の仕事がなされる。
「すぅー……皆さーん!! 朝ですよーーーー!!!」
彼女の仕事そのニ 【目覚まし】
使用人通路の出入り口壁には、
一本の紐が垂れ下がっている。
紐は反対側の出入り口まで続いている。
紐の途中の部屋の部分には、
鈴が取り付けられている。
では出入り口の紐を引っ張るとどうなるか。
ローズのハツラツな声と鈴の音。
コレで目覚めなかったのは、
歓迎会の次の日の酒で酔い潰れた日くらいだ。
「お早う御座います、ローズ嬢」
「くぁぁ……おはよう新人さ さ っさぁぁ……んっ」
「オハヨ〜ウ、ローズチャン! 今日の朝ごはん何〜?」
「アアアアッ!!! っぁぁ……なあローズ、この目覚まし何とかならないか? いや、お前の声はいいんだけどここ鈴が耳にくんだよ」
続々と目を覚ます他の使用人達。
目覚める準備、
部屋を出る速さは今の順番通りだ。
と言ってもローズはまだ
メイド長以外と接点があまりない。
昨日まで所謂研修期間。
屋敷の構造やルールを覚えるのに必死だった。
「皆さんおはようございます。今日も良き一日でありますように!」
新人のローズは丁寧に挨拶を返す。
全員が目覚めたことを確認し、
最後にこの屋敷の主人を起こす。
タイミングは朝食ができる寸前。
テーブルに朝食が並ぶ少し前。
出来立てで且つ待ち時間のない絶妙な時間。
「さて、今日は起きてくれるかな」
階段下には紐と砂時計が置かれている。
紐の行き先は二階だ。
砂時計の役割もすぐにわかる。
紐を五回だけ鳴らす。
その後砂時計を逆さまにして待つ。
砂時計の砂が全て落ちるまで待つ。
「(コレで起きたのは最初の一回だけ。しかもその時は、起きていたと言うより徹夜をしていらっしゃった。だからコレで起きたことはまだない)…今日も駄目かな?」
砂時計の砂が落ちた時、
ネイヴが降りて来なければ、
朝食は使用人達だけで済ます。
使用人が主より先に。
使用人が主人と一緒に食事。
そんな常識は、この屋敷では通用しない。
何故なら彼らは『雇われ患者』だからだ。
使用人として雇われた一方、
怪我人として療養している患者でもある。
だから一般的な使用人の枠組みからは外れる。
それは当然のことなのだ。
「あっ」
「お早う、ローズ君」
「おはようございます、ネイヴ先生!」
使用人がネイヴの事を好きに呼んでいい。
来客の際はご主人様か旦那様だが、
それ以外は基本自由だ。
「今日の朝食は何かな?」
「今日は葉野菜のサラダと豆のスープにパンとチーズです!」
「そうか、それは健康的でいい」
ネイヴに車椅子を押され、
ダイニングルームへと進む。
扉を開けると丁度、
メイド長がテーブルに食事を置き終えていた。
「おはよう御座いますネイヴ先生」
「お早う御座います旦那様」
「おはよーネイヴ」
「オハヨウ〜ご主人ッ!」
「おーっす。珍しいな、あんたが朝食に顔出すなんて」
「皆、お早う。さあ挨拶も済んだことだ。早く朝ごはんを食べよう」
全員が席に着く。
それぞれが食前の祈りを捧げる。
手のひらを合わせる人。
手を握り感謝の言葉を述べる人。
そんな彼らの祈りを待つ人。
だが最後は、
ネイヴの一言で締め括る。
「では、いただきます」
「「「「「いただきます!」」」」」