表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界に医者はいらない  作者: 技兎
3/4
13/58

安酒が見せる甘美な夢


 自室へと戻ったネイヴ。

 手にはワイングラスが二本。


 下ではまだ歓迎会の最中。

 新入りであるローズを

 持て成し、(はや)し立て、歓迎している。


 高価なワイン樽がいくつも空いた。

 だがそんな事はどうでもいい。

 少しでも嫌な記憶が紛れるなら。



「……久しぶりだね」



 ネイヴは自室の椅子に腰掛ける。

 テーブルの上に

 持ってきたワイングラスを置き、

 備え付けの安いワインを注ぐ。



「一ヵ月もキミを一人きりにして悪かった。あの子。今日入った新入り子がどうにも気掛かりで。普段以上に、家庭事情に突っ込んでしまった」



 ネイヴの口調が優しい。

 屋敷に戻った時にローズが感じたのとはまた別。

 語りかける様に 静かに 穏やかに話している。



【      】


「勿論だ。キミの『病気』が良くなったら、皆にも紹介する。だから今は、もう少しこの部屋で我慢してくれ」


【         】


「分かった分かった。目ぼしい本があったら買っておくよ。全く、ワタシに恋愛小説を買わせるなんて……ハズレを引いても文句を言うんじゃないぞ」


【     】


「ハズレはない? わ、悪かったよ。キミが喜んで読むのなら……」



 暗がりの部屋。

 中にはランプのか細い灯りだけ。


 内装は病院とほぼ同じ。

 生体書は散乱していて、

 見たことのない薬品が棚に並べられている。



「当分仕事は入っていない。直近の仕事は……ああ、ヴァネッサか。彼女のワタシが担当した患者の中では、かなりクセのあった子だ」


【      】


「そうだったな。キミは何度も彼女の部屋へ行って慰めた。キミの粘り強さは子供の頃から変わっていないな」


【   】


「……本当にキミは、優しい人だ」



 安いワインは色も悪いが、

 何より味が悪くふくらみない。

 ただ早く酔える。


 まだ数口しかしていない。

 それでもネイヴの思考は鈍っている。

 目頭を押さえ、必死に眠りに抗う。



【 】


「大丈夫! もう少し、もう少しだけ話させてくれ。今日は、『調子が良い』んだ! こんな機会、滅多に……!」





「! 違う!! 待ってくれ!!! 今のは違う!!!! 待ッ!!?」



 ネイヴが立ち上がった拍子に、

 ワイングラスが床に落ちる。

 グラスは割れ、ネイヴの足の裏に突き刺さる。


 痛みで体勢が崩れ、

 テーブルに倒れ込み、

 体重を支えきれずにテーブルが壊れる。


 満たされたワイングラス。

 それを頭の上からかぶった。



「ぁぁ……」



 ネイヴはしばらく立ち上がれなかった。

 痛いからとか、酔った自分を恥じてだとか、

 そんな安易な感情ではない。


 ネイヴは待っていた。

 声をかけられるのを。


 無様に倒れ込んだ自分を


 『優しく』 『笑いながら』

 『小馬鹿に』 『心配そうに』 『怒りながら』


 ただ期待をしていた。

 話していた誰かが、話しかけてくれることを。



「……ああ、もう行ってしまったのか」


 自分を諦めさせるように声を発した。

 その声は小さく。

 悲しみで震えていた。


「分かったよ。こんなことをしている時間はないんだ」


 倒壊した諸々を無視し、

 ネイヴは紙の塔がいくも建てられた

 もう一つの机に座る。


「待っていてくれ。もう一度キミに会うためなら、何でもする。ワタシは……【全てを犠牲にしても構わない】【それだけの犠牲を払うと決めている】」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] ネイプにも救いたい人が…なんだかこういう物悲しい展開って、いいですよね…!
2022/06/30 20:09 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ