安酒が見せる甘美な夢
自室へと戻ったネイヴ。
手にはワイングラスが二本。
下ではまだ歓迎会の最中。
新入りであるローズを
持て成し、囃し立て、歓迎している。
高価なワイン樽がいくつも空いた。
だがそんな事はどうでもいい。
少しでも嫌な記憶が紛れるなら。
「……久しぶりだね」
ネイヴは自室の椅子に腰掛ける。
テーブルの上に
持ってきたワイングラスを置き、
備え付けの安いワインを注ぐ。
「一ヵ月もキミを一人きりにして悪かった。あの子。今日入った新入り子がどうにも気掛かりで。普段以上に、家庭事情に突っ込んでしまった」
ネイヴの口調が優しい。
屋敷に戻った時にローズが感じたのとはまた別。
語りかける様に 静かに 穏やかに話している。
【 】
「勿論だ。キミの『病気』が良くなったら、皆にも紹介する。だから今は、もう少しこの部屋で我慢してくれ」
【 】
「分かった分かった。目ぼしい本があったら買っておくよ。全く、ワタシに恋愛小説を買わせるなんて……ハズレを引いても文句を言うんじゃないぞ」
【 】
「ハズレはない? わ、悪かったよ。キミが喜んで読むのなら……」
暗がりの部屋。
中にはランプのか細い灯りだけ。
内装は病院とほぼ同じ。
生体書は散乱していて、
見たことのない薬品が棚に並べられている。
「当分仕事は入っていない。直近の仕事は……ああ、ヴァネッサか。彼女のワタシが担当した患者の中では、かなりクセのあった子だ」
【 】
「そうだったな。キミは何度も彼女の部屋へ行って慰めた。キミの粘り強さは子供の頃から変わっていないな」
【 】
「……本当にキミは、優しい人だ」
安いワインは色も悪いが、
何より味が悪くふくらみない。
ただ早く酔える。
まだ数口しかしていない。
それでもネイヴの思考は鈍っている。
目頭を押さえ、必死に眠りに抗う。
【 】
「大丈夫! もう少し、もう少しだけ話させてくれ。今日は、『調子が良い』んだ! こんな機会、滅多に……!」
【
「! 違う!! 待ってくれ!!! 今のは違う!!!! 待ッ!!?」
ネイヴが立ち上がった拍子に、
ワイングラスが床に落ちる。
グラスは割れ、ネイヴの足の裏に突き刺さる。
痛みで体勢が崩れ、
テーブルに倒れ込み、
体重を支えきれずにテーブルが壊れる。
満たされたワイングラス。
それを頭の上からかぶった。
「ぁぁ……」
ネイヴはしばらく立ち上がれなかった。
痛いからとか、酔った自分を恥じてだとか、
そんな安易な感情ではない。
ネイヴは待っていた。
声をかけられるのを。
無様に倒れ込んだ自分を
『優しく』 『笑いながら』
『小馬鹿に』 『心配そうに』 『怒りながら』
ただ期待をしていた。
話していた誰かが、話しかけてくれることを。
「……ああ、もう行ってしまったのか」
自分を諦めさせるように声を発した。
その声は小さく。
悲しみで震えていた。
「分かったよ。こんなことをしている時間はないんだ」
倒壊した諸々を無視し、
ネイヴは紙の塔がいくも建てられた
もう一つの机に座る。
「待っていてくれ。もう一度キミに会うためなら、何でもする。ワタシは……【全てを犠牲にしても構わない】【それだけの犠牲を払うと決めている】」




