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第61話 異しきもの波間より来たり 2

 |新しくやってきた貴族らしい客《ベルガミン卿》にも茶がサーブされる。

 奥方がふわりと一礼して席を立った。


「レティ、マリ、裏にお池がありましたわね。涼んでまいりましょうか」


 ――あっわたしもそっちにいきたい!

 スサーナは切実にそう感じたが、相手が雇い主である以上、勝手にのこのこついていくわけにもいかない。マリアネラが伴うよう命令してくれないかな、と期待したが、奥方づきらしいメイド――というより小間使いという方が呼称としては正確だろうか――が、奥方の横に立ったので、そちらの付き人はそれで十分用が足りてしまったらしい。

 彼女たちは奥方に従って裏口から見える小さな庭に移動していく。


 残念に思っていると、マリアネラづきの執事と召使いがすっと場を去ろうとしたので、ああなるほど居続けると主家ではない貴族の会話を聞き続けることになってマナー的に良くないな、と納得したスサーナはこれを幸いと後に続こうと思ったが、執事に小さな手の動きで止められた。


「あなたはあちらです。」


 小さく上げた指先で示した先は、めいめい椅子を立って壁際に並びだしたセルカ伯の召使いたちだ。

 ちょうど指の指すほうにあたる場所にいたのはレミヒオで、横にいたさきほどのメイドが訳知り顔でささっと一人分の間をあけるのが見えた。


 ――え、え?すごく失礼なんじゃ?


「え」

「いいですね」


 小声。

 ――え、つまり……聞いてろ、と?


 そういえばマリアネラづきの召使いたちの衣装はバラバラで、スサーナの灰色の衣装はレミヒオの灰青のお仕着せと似ていないこともなく、つまり並んでしまえば本当にセットで運用される、セルカ伯に雇われた召使いのように見えないこともない。つまり、立って並んでいてもそこまでの違和感はないのだ。

 なんかアカン役目を任されかけているのでは、という予感がするスサーナだったが、表立って否を言うというのもはばかられる。

 まあ、まずそうならセルカ伯から下がるように言われるのだろうし、うん、いいのだろう、多分。そう思って指示通りにレミヒオの横に恐る恐る並んだ。


 マリアネラの召使いたちが入り口のほうから外に控えるのを見送る。特に強い信頼関係があるわけでもないのだが、非常に心細かった。



 話題の最初は特に変哲のないものだった。

 彼の任地らしい場所の、労役の話、税収の話。荘園裁判が難航していること。


 目立たないように話に耳をそばだてたスサーナは、話題の内容を聞くに赴任してきた貴族たちの立場がどうやら領主直轄地の荘園請負経営というやつらしい、ということをようやく理解した。

 ――あーなるほど、代官とも言い切れないし、自領地とも言い切れないし、でも直系が必要だったりするとかそういうややこしい制度もあるしみたいなややこしさなのもちょっとわかるような……

 ちょっと荘園公領制に似ているような似ていないような。スサーナはとりあえず帰ったらもう少し歴史の勉強をせねばならぬ、と心に決めた。現代公民として理解しようとするから「よくわからないけどそうなっている」としかわからずややこしいのだ。とりあえず成り立ちから理解せねばなるまい。


 しかし、スサーナの感慨はともあれ、会話は、挨拶、とか、交渉、とかそういうものではなく、だいぶ雑談、という風に聞こえる。

 なんとなく邪険な雰囲気をセルカ伯から感じないこともなかったが、貴族のちょっとしたよもやま話らしく、セルカ伯もほどほどに相槌を打ち、自領の話などもしているのだ。


 はからずも知りたいことが一つ知れてよかったけれど、執事は別にそんなことを理解させようと自分を残したわけではないだろう、とスサーナは疑問に思う。この会話にマリアネラの召使いが紛れ込んで話を聞いて得することがなにかあるのだろうか。


 それでもまあ、一体何が重要なのかわからないのだ。とりあえずは話された内容を――全てとは言えなくても――記憶して、伝えられることが重要だろう。

 スサーナはともすればそれがちな思考を抑え、ぼんやりする頭を叱咤して、会話を記憶することに集中した。



「そういえば、ブラウリオ殿。貴殿はそろそろ先への備えはする気になられましたか。」

「いや、私は文官ですから。それに、未だあるべき場所に治まる道もあるのではと。」


 ――ん? なんの話題だろう、これ……?

 しばらく雑談が続いた後、何気なくベルガミン卿が切り出した話題にスサーナは違和感を覚えた。

 とりあえずさっきから呼ばれている聞き慣れない名前はセルカ伯のファーストネームでいいとして、だ。

 急に話題に使われる用語が抽象的なものになったような気がする。


「なんとお心の優しい。ですがあまり弱腰なのもよろしくはないでしょう!お立場を勘ぐるものも出てきましょうからな」

「はははは、いやあ手厳しい。しかしあまり急いても流れに溺れることもありましょうし。」

「はははは、まさか、もはや流れは大河となって河口を目指している頃合いですよ」


 ――なんか、こう……不穏というか、きな臭い気がする。

 貴族二人はにこやかな笑顔を浮かべ、ときおり茶を口にしつつの歓談だ。表情の上ではきな臭い要素はないのだが……

 ――主語を口に出さないで謎の形容詞と比喩で会話する時点でよくわからないですけど怪しいですよね!

 貴族=怪しいという前世の創作のお約束にだいぶ引っ張られている気もするが、耳を澄ませるべきはこのあたりなのだろう、とスサーナは判断する。


 貴族二人はにこやかに笑ったまま、数言さらに謎の応酬を繰り広げ――


「いやしかし、そう考えてみるとよろしかったではありませんか、ブラウリオ殿! こちらが貴方の任地になったとなれば、皆に貴殿の忠誠を示しやすいですな!」

「ええ、もちろん、定まったことなら否やは申しませんとも。」

「はっはっは、指南役殿は慎重にすぎますな。もはや定まったのと何も変わりませんでしょう! ああいや、しかし、そうだ。奇しくもこの島はアレナス家とお分けになられるとか。そういえば以前申し込んだマリアネラ嬢との婚姻の話、どうなりました? アル・ラウア伯(マリアネラの父君)は後見人の貴殿が許可せねば話を進められぬと」


 ――あっ、違う! いや違わないのかもしれないけど、聞いておくべき話題、これだーーー!!!

 唐突に出てきた爆弾発言に、スサーナは内心ぴゃっとなった。


「あの子はまだ12ですよ。」

「縁を結べる年まで後たったの2年ではありませんか。」


 ――え、結婚って、この人と? 弟さんとか息子さんとか……の、話?

 スサーナはまじまじとベルガミン卿の顔を見る。中年にはぎりぎり入らない、といった年頃に見える。つまり、若ければ20代後半、年がいっていれば30半ば、というぐらい。

 12歳の女の子と釣り合う年齢にはどうしても思えない。

 思えないが、現代日本でもあと五年も足してやれば似たような組み合わせはいくらでもあった、ということをスサーナは知っている。


「無理にそちらの手を煩わせずとも、正式な夫ともなれば領地のことに関わるのになんの不思議もありますまい。ここでお顔を合わせたのも何かの縁、是非早々に話を進めていただいて、内々にでも披露目を」

「はっはっは、それこそ性急というものでしょう。親戚などに折衝もありますし、なにより後二年あるのですから」


 ――あっ、やっぱりこの人本人の話だ。


 それからしばらく、マリアネラとの縁談を熱烈に希望するベルガミン卿をセルカ伯がのらりくらりとかわす、というような会話が続き――

 おりよく、代官屋敷の準備ができた、と呼びに来たものがいたために話は打ち切られることになった。


 ベルガミン卿が、折角の機会なので視察に同行しましょう、将来の妻にお近づきになっておくのもいいでしょう、などと言ったのを聞いたとき、セルカ伯ははっきりととても嫌そうな顔をしたようにスサーナには思えた。



 とりあえず、スサーナは聞いた話の内容はわからないなりに執事にそのまま伝えるとして、それはそれとして状況を納得しようと組み立ててみることにする。

 徹夜のせいか、体調不良のせいなのか、いまいち思考がまとまりづらく、ぼーっとするが、把握の取っ掛かりぐらいにはなるだろう。


 ――ええと、整理しよう。あのベルガミンさんとやらは、何らかの利権が欲しくて、この島の関係の利権、なのかな? それで、セルカ伯はなんだか利権の運用? に対して慎重派? みたいな感じで。


 とりあえずなんだかよくわからない目的を仮称くちなし利権と名付けておくことにした。


 ――それで、くちなし利権はどうもこの島の関係……だから、セルカ伯が嫌がっても半分を統治するマリアネラ様の許可があればやっちゃっていい……とか? でもマリアネラ様の方もご両親とかの代理のはずだから、えっと、ああなんか建前的なものができたらごりおせる、みたいな感じなんですかね?


 一応は島で領地経営をしているのは本土のマリアネラの家族ではなく、領地代理人を介したマリアネラ本人ということになっている。そう思えば現地にいる人の判断が本土の家の人より優先されてもおかしくない気がするし、本土の家族より夫のほうが発言権が強くなってもおかしくない……のではないか。


――だからえーと、セルカ伯が嫌がっても構わず島の利権をゲットするためにあのベルガミンさんとやらはマリアネラ様と結婚したい……これまでもなにかの理由で求婚していたけど、余計結婚したくなった……と。


 とりあえず、それっぽい形にまとめられたという気はするが、現状の予想は何もかもただの推測に過ぎない。


 ――でも、わかることってひとつありますよね。


 それは、どう見ても欲得ずくの求婚をしているあの男はとても気に食わない!ということだった。


 もしかしたらマリアネラが妙にクラウディオ様とやらとレティシアのカップル成立にこだわるのも、自分は望まぬ結婚をすることがほぼ決まっているため、とかそういうことではなかろうか、とスサーナは思った。

 好きな人と結ばれるのは自分は無理だから理想の幸せカップルをそちらにイメージしての代償行為、みたいな感じだ。

 つまり、あの男こそこの面倒臭さすべての元凶かもしれない。スサーナが不調をおしてここに立っているということですら。


 絶対思いつく限りの妨害をしてくれる。なんだかマリアネラに接触しているのを見たらうっかり偶然を装って紅茶をぶっかけるとか。そういう。


 スサーナはそう決心し、そっと拳を握り、目を三角にした。





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