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第53話 くちなし島へ 2

「今回の視察に行きますのは、セルカ伯様、奥様、レティ様、それと側仕えが10人ほど、わたくしのほうは執事と私、領地代理人も途中から合流いたしますの、あとはスサーナさんを含めて側仕えが三人ほど、という感じになりますわ。」


 スサーナは話を聞きながらちょっと気をそらしていた。

 どうもセルカ伯という人物は下級貴族という呼び名のイメージよりずっと裕福であるようだ。下級貴族のスタンダードはわからないが、家の方にも人は残してあるのだろうから、視察旅行に使用人を10人連れて行くのは当主の視察と言えど多いと思って差し支えないと思う。それに対してマリアネラの方は下級というイメージ通りの、えっ待って?


「えっ、あの、アル・ラウア伯様は?ご同行されないんですか?」

「父母は本土におりますの。私が代行としておりますから問題ありませんわ」


 ――えっ、は? えっと、これは多分一般的なやつじゃないよね? 誰か!一般的な貴族制度を今すぐ解説してくださいませんか!

 スサーナは貴族制度や慣習を深掘りしてこなかったことをこの瞬間全力で後悔していた。12歳の娘に代行をやらせるというのはちょっと想像できない。なんといってもここの成人年齢は18であり、もっと成人の早い中世ヨーロッパでもその年齢なら後見人などがつく年齢だろう。


 島の人間は駄目だ、みんなして詳しくないのはきっと確定だし、とりあえずそういうものとして受容してるコレ絶対。

 今聞けるわけでもないのだが、スサーナは話を聞けそうな大人の姿を思い浮かべ、ついで無理!と断じて勝手に憤った。

 ――えーとえーと、あーえーと、領地代理人が居るってことは制度上はそっちが代行ってことですよね普通、えーと、えーと、セルカ伯のおうちとニコイチみたいな感じなのはセルカ伯が後見人とか?えーと、ああっ、わからない!


 知識が少ないというのは判断ができないと同義だ。スサーナが頭をカラカラ回転させていると、明らかにぽかんとしているのがわかったのだろう。後ろに控えていた使用人――多分このひとが執事だろう――が、静かに注釈を入れた。


「旦那様は本土でのお仕事がお忙しく、任地にアレナスの家の直系が赴任することが必要でしたためにお嬢様が代行としていらっしゃっているのです。もちろん、領地経営自体は代理人が本土と緊密に連絡することで盤石で行われていますし、ご親類のセルカ伯様にもお力添えを頂いております」


 ――な、なるほど……?制度上の問題……なのかなあ。受領が居なきゃ駄目、みたいな? でもこれまではずっと代官しかいなかったみたいですけど……それに今の話だと当主の人が来てるおうちと代理人だけ来てるおうちがあるっぽい? あと在地っていっても貴族の人たちみんな街に屋敷があるけど、どうなってるんだろう。島嶼部だからそのあたりややこしいのかなあ。

 スサーナは納得しようとして、更にわからないことが増えて頭をくるくる悩ませた。


 スサーナは知る由もないが、島を空白の領地とみなして領主代行のもと再分配するというやり方自体が非常にイレギュラーであるため、島の支配に関しては特例と横紙破りがまかり通っており、一般的な領地制度の理解があっても頭を悩ませたことだろう。


「……えっと、つまり、私を雇ってくださる、っていうのも」

「はい、わたくしの裁量ですわ」


 ああーこれは確かにどうとでも断れた。スサーナは思い、今からでもうまくお断りできるのでは?と策謀を巡らせた。


「大丈夫なんでしょうか、いえ、領地の方はどうとでもなるとしても、漂泊民みたいな見た目の者を雇うようなお家だと思われるようなことをして、ご家族の耳に入ったら……」


 スサーナは抜け目なくジャブを繰り出した。大人の好事家の貴族が異国の高貴な血族という触れ込みで黒髪の奴隷を持っているのとはやっぱりちょっと違うだろう。


「父母はわたくしのすることに興味はありませんから大丈夫ですわ」


 ―― …………


 ――うごごごうがががが。こ、断りづらくなったあーーー!!!!


 スサーナは肚の中で切歯扼腕した。

 聞いてはいけない単語を聞いてしまった!

 明らかに12歳理論、子供の浅知恵であり、どんなに興味のない子供のすることでも家名に損害を与えるとなれば話は別だ、という一般真理を説いてきかせればまだまだなんとでもなる、と言うか執事さんの方を説得すればいいような気がする、というか止めようよ執事さんそういうどこからケチがつくかわからない行為はうごごご実務以上に親身にならない雇われ使用人ってやつ!? というような思考が一瞬で脳裏をぐるぐるとめぐり、結局スサーナはそれ以上食い下がるのを止めた。


 ――叔父さん、島の外の貴族が文句を言ってきてもなんとでもなる、って言ったの、信じていますからね!


 ここへ来て新しく「娘に雇われたことで親の不興を買う」可能性がポップしてきたわけだが、その時はさっと身を引けば店に圧力とかまではないと信じたい。

 スサーナは想像上の青空に叔父さんの笑顔を浮かべ、期待を込めた祈りを捧げつつ、いろいろな意味で諦めのため息をついたのだった。




 お家に帰ったあと、スサーナは講の教師のところに出かけていった。

 スサーナの知る限り、周辺でいちばん貴族の個人事情に詳しいのは本土から来た教養の教師だった。


 手土産を渡し、お茶を淹れてもらって訪問のわけを話す。

 お茶会は他の少女たちもそれぞれ別の機会に誘われていたし、特に細かい事情を知らずとも行っていいものだ、という雰囲気がなんとなく出来ていたので、ある意味でゴシップめいた話になりそうな事情などは全く知らずに行ったわけなのだが、こうなるとマリアネラと、ついでにレティシアの立場も知っておいたほうがいいだろうなあ。と思ったスサーナである。


 スサーナが旅行に同行しなくてはならなくなった話を切り出すと、最初はもったいぶっていた女教師であったが、話し出し、スサーナが相槌を打ちだすとどんどんと勢いがついていく。

 ――あっ、このひとうわさ話とか好きなタイプだったんだ……。

 スサーナは遠い目になったが、必要な情報を得られるなら文句はない。

 それはそれとして、今回の事情の自分に関わりそうな微妙にセンシティブな部分は隠しておこう、スサーナはお茶をすすりながらそう思った。



 女教師が語りだしたのは、まずセルカ伯についてだった。

 曰く、貴族位は低く領地自体は小さいものの、先祖の地位は高く、領地とは別に代々の荘園もあり収入も申し分なく、島の方に当主が来るとは誰も思っていなかったということ。

 本土の方には長男が残っており、島に来た当主は異国の美術品収集が趣味のなかなかの好事家であるためになるほど楽隠居のようなものかと誰もが納得したという話。

 今島に来ている領主代行が幼い頃に馬の指南役だったという経歴からだろうというちょっといい話的なもの。

 セルカ伯の夫人は若い頃から領地経営の才があると持て囃されており、特産品をどんどんとプロデュースすることで領地収入を助けていて、はしたないと言われているものの羨ましがる下級貴族が多い、とかそんな話。


 スサーナはふんふんと相槌を打ちながら考える。

 ――つまり、領地は小さくて位は低いけどお金持ちで、人脈もすごくて、ついでに商業にも手を出している、という……エクストリーム礼儀が必要な貴族ってやつですね! 知りたくなかったけど知っておいてよかった!!!

 スサーナはこちらと対面したら失礼なことはせずに置こう、と心のメモにしっかり書き込んだ。あとお茶について褒め称えておいたら奥様が喜ぶかも知れない。メモ。


 そしてアル・ラウア伯……の、周辺事情について。

 これを話し出す前に教養の教師はだいぶもったいぶり、子供に話す話ではないのだけれど、などと前置きをしたので、スサーナはああやっぱりなんだかわけありな、と心の準備をした。


 こちらは普通の小領地の下級貴族であり、特に特筆する事情はない……ものの、一人目の奥方が二人の息子を残して亡くなった際に、セルカ伯と縁づくために後妻に迎えたセルカ伯の血縁の女性――教師がもったいぶって、血縁の、という言い方をしたのでこれはもしや親戚とかそういうことではなく不名誉な類のほのめかしではないかとスサーナは気づいた――は、娘を産むときに産褥で亡くなり、そのまた後添えに入ったのが一人目の奥方の妹君で、それがなかなか気性が強くて一番下のその娘さんはセルカ伯が島入りしたのをいいことに厄介払いのように名目の代行として島へ――。



 一旦話し出すと勢いづいてあまり行儀の良くないたぐいの醜聞めいたうわさ話を次々教えてくれる教師の声を聞きながら、

 ――ほらあ!やっぱりい!やだあ何このダウントンアビー!

 スサーナは前世で人気だった貴族もののドラマのタイトルを何らかの不名誉な代名詞として失礼に使用しつつ内心で悲鳴を上げた。


 絶対、絶対、旅行先で何があってもそっちのややこしそうな貴族お家柄事情には関わるまい。そういうにおいがしだしたら極力回れ右をして逃げるのだ。スサーナはそう決意しつつ、同時に聞いてしまったからにはもはや完全にマリアネラを無碍にできなくなった自分を感じていた。なんだかレティシアに対してきな臭いような役割を振られるのは本当に本当に嫌なのだけれど。




 寂しい子供は苦手だ。




 だって。



 スサーナは、景気づけにお茶用のシロップをそのまま一匙口に突っ込むと、目の前にある厄介ごとのことだけを考えることにした。

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