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第50話 小手毬館のお茶会 4

 気候の話、最近街であった大きな催しの話。

 そして、今季の衣装の流行りの話。

 予習どおりだ、と、スサーナは教師の教えてくれた「お茶会の話題の大まかな流れ」を思い出す。

 ――話題の定形って本当にあるんですね……まあ、初対面の方と話すんですからそれはあるのか。

 合理的納得を導き出し、思考の端に登りかけた前世で有名な通信学習塾の宣伝冊子をそっと封殺した。うっかり妙な連想で吹き出しでもしたらシャレにならない。

 あっこの流れ、ゼミでやったところだ! っていやいや。


 さて、この流れだと、次に来るのはいわゆる「衣装褒め」になるはず。

 スサーナは教わった流れのうち、重要ポイントが来ると言うのを意識する。

 これはちょっとしたお茶会の山場であり、ここで当意即妙の受け答えが出来ると貴族女性社会で一目置かれたり、大人の貴族の女性なら次のパーティーとかで素敵に噂になったりするらしいのだ。

 ちなみにどうやら茶席の道具褒めのような「ルール」ではなく(茶席の拝見も突き詰めればマナーであるのだが、まあ)、貴族社会的「マナー」のほうであり、よってそのほぼ全てがセンス的なものと暗黙の了解で出来ている。

 なんてめんどうくさいんだろう。スサーナは思いつつも、当たり障りない褒めポイントをざっと脳内で箇条書きにした。今日のスサーナの目的は失敗もせず満点も取らず、程よい凡庸な結果で円満にお家に帰ることである。


「流行り、といえば、皆様とっても可愛いお召し物ですのね」


 レティシアがゆったりと一同を見渡して微笑み、最新流行の袖の広がった上着をさりげなく示すようにして口元を覆った。

 ――ほらきた!


 スサーナは内心ちょっと身構え……


「ええっ! あっ流行りと言えば、本土のいちばん流行りの恋愛物語! 貴族のみなさんが持ってきてらっしゃるって聞いたんですけど!」


 食い気味のカリナが全力で突っ込んでいった。

 ――わーっカリナさーん!

 反射的に場を取り繕う言葉を探しかけて、スサーナはいやいやいや、と口をつぐんだ。

 結局、なんらかの試験の風情を感じ取っているのはスサーナだけであり、この場は本来非公式で、未成年の子どもたちが「友達同士で」招待しあっている、というカジュアルなお茶会なのである。貴族の貴婦人のやり方に倣う必要は本来ならばない、ないはずなのだ。

 ――そ、それに物語の定形で言えばこう、こういう破天荒な言動がものすごく高評価ってものですし、むしろいろんな意味で結果オーライかも……


「まあ」


 レティシアがきょとん、と小首をかしげ、ついでくすっと笑った。


「ありますわ、みなさま恋愛物語が本当に大好きでらっしゃるのね」

「ええ! お姫様が身分違いの恋に落ちる話、一章は島でもだいぶ写本が出回るようになったけど、二章からは無くて! お茶会で読めるって聞いて楽しみだったのよ!」


 目を輝かせたカリナが身振り手振りで熱弁する。

 ――も、物怖じしない……女の子たちみんなそのためにこんな所まで来ちゃってるんですか? 源氏物語読みたさに仏像彫っちゃうひとじゃないんだから。

 横を見るとアンジェもうんうんと力強く頷いていて、スサーナは少女たちの恋愛物語欲の強さに、内心思わず若いものについていけない老人の顔をして首を振った。


「うふふ、じゃあ持ってこさせましょうか」


 レティシアが卓上においた呼び鈴を降ると、庭園の入口の方から召使いのお仕着せを着た少年がなめらかな動きで現れた。


「お呼びですか。」

「ええ、物語のご本を持ってきて頂戴」

「では、サラを呼んでまいります」

「私、あなたに頼んでるの、わかって?」

「いえ、ですが」

「ね?」

「……承りました。」


 レティシアと短くやり取りをして踵を返した少年を見て、スサーナはぽかんと口を開けた。


 そこそこ仕立ての良さそうなお仕着せの上着の片身頃は薄茶で、もう半分は浅葱色に近い青。これは一般的な夏の召使いのお仕着せの色だが、袖についた角か貝でできたボタンには家紋の彫り。このボタンは家に重用されている召使いの印だ。


 首元を大きく開けた特徴的な形のチュニックは青帯を露出する必要のある奴隷のために調整されたものだ。形状は前世で言うワイドネックの鎖骨見せニット、に近い、と言えばいいのか。

 青帯の下には白い組紐のチョーカー。あまり召使いにさせるには一般的な装いではないが、まるで青帯を飾り立てているようか、でなければ青帯を飾りの一部にしているようで、よく似合っていた。

 体格はすんなりと細く、手足の長さは大人と子供の中間の年代の特有のもの。


 長めにきれいに切りそろえられた髪は、日に透けて青いような光沢を見せていた。


 ――あの子だ……!


 漂泊民の色(黒髪)を晒した頭には、小さな白い石の飾りが留められている。

 いくぶんか背は伸び、召使いらしい衣装がよく馴染んでいたけれど、そこにいたのは確かに二年前に海賊市で出会った少年のようだった。


 ――い、良いお家にお勤め出来てるみたいでよかった……!


 血色はよく、細身ではあるけれど栄養が足りないというふうには見えず、肌もなめらかで傷や病のあとなどはない。

 召使いにしては長めの髪も、確か島の外の風習で不浄――つまり、雅でない言い方をすれば刺す虫のたぐい――には縁がないと誇示するものだ。身に付けているものが上等なのはまあ召使いであるので判断基準にはならないけれど、全体的に大切にされているように見えた。


 二年間「もし混血の子が奴隷になっていたら」の話題をイフもしもの話として周到にタイミングを見て家族に時々振ったのとか、時折食べ物に使うぐらいでお給金もお小遣いもしっかり貯め続けてきたこととかが全部徒労であったわけであるが、無論こういうことは徒労であればあるほどいい。


 スサーナは親戚のおばちゃんみたいな気分でホッとした。


「黒髪が気になりまして?」


 スサーナの視線を一般的な驚きと捉えたのだろう、レティシアが言う。


「あれはレミヒオ。東のグリスターンでは漂泊民が重用されていて、尊い血筋の方でも血の混じった方が時折いるそうですの。彼は戦でご両親を亡くして、可哀そうに、神殿を頼ってヴァリウサに流れ着いたのを父が見つけたのだそうですわ」


 なるほど、そういうことにしたのか、とスサーナは思った。たしかにうっかり非合法の場所から買ってきた、なんて言ったら家族会議になりそうな案件だ。

 つまりあの子は神殿奴隷という扱いでこの家に仕えているわけか。神権による保証というイメージの強い神殿奴隷は一般的に最も扱いがいいというので、いい暮らしをしていそうという最初の印象は当たっているのだろう。

 しかし、異国の貴人の血族というのはいいカヴァーだ。実態をよく知らない遠い国ゆえに異なる風習と異文化を否応なしに感じる。漂泊民と聞いて眉をひそめる人たちもエキゾチックさと箔に飲まれてくれそうではないか。スサーナは感心した。


「セルカ伯のお手伝いをしていて、いろいろな国の言葉を話せますのよ。とても頭がよくて、レティ様が特別にお気にいっておられるのもわかるわ」

「まあ、マリったら」


 マリアネラがいたずらっぽく補足するように言い、レティシアがはにかんだようにいさめてみせる。


「素敵、本当に異国の物語に出てくるお話みたい」


 カリナがきらきらと目を輝かせる。

 スサーナはなんとなくボンネットの位置をきゅっとズレないように直した。


 そこへ、静かな歩みで少年が戻ってくる。


「ご所望の物語をお持ちいたしました」

「ありがとう。じゃあ、ここへ来て、読んでくれるかしら」


 彼はわずかに眉をひそめたように見えた。


「しかし」

「ねえレミ、お客さまのおもてなしですわ。」


 レティシアは女主人めいて微笑み、少年は諦めたように写本の大きな冊子を持って歩み寄ってくる。

 スサーナはなにか言っていいのか、自分に相手が反応するのか、少し腹の中で慌てたが、相手が特に表情を揺らしもせずにすっと横を通り過ぎていったのを見て、ホッとしていいのかちょっと残念になっていいのか、よくわからなかった。


 召使いの少年は少し躊躇ってからレティシアの空けた彼女の横、奥側のベンチの一角に座って卓上に本を置き、それから入口側に居る三人によく見えるようにそちらに向けて本を開いて、内容を一瞥もせず、静かに響く声で異国の恋物語を朗じはじめた。


「哀れな崇拝者、お仕えするおん方に心を奪われた青年はイスラット姫の慈悲深き膝下に跪き、その繊手を取って乞い願いました。『ああ、類まれなる高貴の方、卑しきわが口が貴女の名を呼ぶことをどうぞお許しくださいませ!』」


 横に座った二人がうっとりと溜息をつくのを見たスサーナは、さっきから押し寄せてくる情報量の多さに、そろそろ一体どんな顔をしていいのやら、まったくわからなくなりはじめていた。


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