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塔の諸島の糸織り乙女 ~転生チートはないけど刺繍魔法でスローライフします!~  作者: 渡来みずね
夏と海と、水遊びとはあんまり関係のない出来事。
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第43話 スサーナうみへいく 3

「わあああ、すみませーん!!」


 咳き込む魔術師。慌てたスサーナが飛び起きてばたばたと近づき、急いで背中を叩く。


「きゅっ、救急車、ああっ、あるはずがなーい!」

「井戸……!奥……!」


 完全に部分気管閉塞症状。泡を食うスサーナに自分で自分の胸をどんどん叩いている魔術師が奥を指さした。


 急いでスサーナはそちらの方に走る。

 果たして小さな井戸があり、スサーナはわたわたと水を汲み――

 ――ああっ、入れるものがない! えーっとええーっと!?


 数秒、水を満たした釣瓶桶を前にして、バケツ! 柄杓! ビン! コップ! 全部無い!と混乱した後に、仕方ない。出来るだけ沢山の量を手に汲んで、こぼさないようにダッシュした。


 一口分相当以上が手の中に残っていたのは幸運であった、と思う。



 水を飲み下して呼吸を取り戻した魔術師は、顎からポタポタと水の雫を垂らしながら座った目をしている。


「げほっ、なんで。……ごほっ、君が、ここに」

「ええと……なんかごめんなさい……海遊びに来てですね、散歩をしにきたら変わったところが見えたので……」


 スサーナは喉をさすりながら崩れた座り方をしている魔術師の前にちんまりと正座をしていた。

 あっやっぱり知ってる魔術師さんだった、とか、なんだかいろいろ口に出したいことはあったものの、結構にはっきりと自分のせいで――不運な偶然とはいえ――窒息死しかけた相手の前で口走ることでもない。


「ええと……喉はもう大丈夫ですか? お水、まだ飲みます?」

「いや……いい。なんとか落ち着いた」

「そのう……なんでまた、花なんか?」


 明らかにすごく喉に詰まりそうなものじゃないですか、と八つ当たり半分にぽそぽそつぶやく。あの瞬間に口に入れていたものがもう少し飲み込みやすい……そう、例えばところてんとかならこんなことにはならなかったのではないか。


「花や植物の実は魔力を溜めやすい。」

「ほえ?」

「……魔術師は、魔力の補充のために花実を食べる。」

「えっ、なるほど! かっこいい!」


 伊達や酔狂じゃなかったのだなあ、と手のひらをくるくる翻して目を輝かせるスサーナに、魔術師は胡乱げな目を向けた。

 ……これまでは「という気がする」という文字列をつけることが出来たが、顔が見えている現状、今回はちょっと気の所為とは言い難い気がする。


「えっと……こほん。 ええっと、花びらのジャムとかじゃ駄目なんですか? かっこよさはちょっと落ちちゃいますが、それならまだ飲み込みやすそうですけど」

「……斬新な発想だな。」


 いい案だと思ったんだけどなあ、なぜか胡乱げな目が一層深まった気がする。


「むうぅ、そうですか? あ、銀のスプーンとかを用意すればそれはそれで格好いいかも……」

「魔術師の命喰らいに格好良さという評価軸を導入するのもだいぶ斬新にすぎる」


 はあっとため息を付いた魔術師は立ち上がる。

 スサーナはえーっと正座をしたまま苦情の声を上げた。


「誤飲防止について案を出しているだけですもん。花を食べるのはいいですけど、目の前で窒息しかかられたらびっくりします」

「…… 魔力を摂取するにはまだ生きているものである必要がある。……それに、通常あのようなことは……」

「えーっ。ちょっと音にびっくりしただけで大変なことになってませんでしたか」

「まさかここまで茄子の催促に来たかと目を疑っただけだ」

「なす」

「……いや、なんでもない。」


 魔術師は流石に妙なことを口走った自覚があるらしく、憮然とした顔をする。


 こうして話してみると本当にふつうの人なんだけどなあ。スサーナは思う。皆の言うような何をするかわからないこわいわるい貴族的な人たちだとは思えないんだけど。

 スサーナにしてみればふつうの貴族のほうがずっと何をするかわからない。


「そういえばこのあいだ氷を買う時に一緒にお手紙を入れてもらいましたけど……もしかしてそういうの全部そちらに行くんですか?」


 氷を買う時は氷を売る魔術師の商人に、簡単な付与術道具はそういうのばかり売っている魔術師の商人に、と言うふうに買うものだと聞いていたんだけど。


「……通常、注文書に手紙を混ぜるのはよほど重要な要件だからね。大切な用事があると見做されれば回ってくる」


 魔術師は少しぼやかしたような物言いをした。

 テベネットの家で何かあれば自分のところにとかつて手を回したのは彼自身ではあるのだが――

 ちなみに、スサーナには預かり知らぬことであるが。例の件で|高速飛来茄子讃え概念《予想だにしないなすをたたえる歌》に後頭部をぶっ叩かれた魔術師は、二人存在する。

 一旦うっかり開封したもののあまりに判断がつかずそっと手紙を転送してきた下級の魔術師どうぞくが最近形質改善に手を出し始めたのを耳にしたため真面目に精神状態など心配なのだが、とりあえずその辺の事情は説明するほどのことではない、と魔術師は判断していた。


「ほへぇ……なんか、それは悪いことをしてしまった……ような……?」


 首をかしげるスサーナ。なんだか忙しそうな人に余計な仕事を押し付けたのではないか、と理解したが、ここで茄子という単語が出てくる意味はよくわからなかった。


「まあ、その話はどうでもいいことだ。ほら、立ちなさい」

「あ、すみません」


 魔術師が出してきた手を取ってぴょんと立ち上がる。


「こんなところに長居してはご家族に心配される。そろそろ帰るといい」

「こんなところって、なんだか危ないところなんですか? 綺麗なところですけど」


 疑問顔で問いかけてきた子供に魔術師は面倒臭そうな顔をしたが、無視するほどではなかったらしい。


「結界の起点地だ。」

「けっかいのきてんち。」

「……「島々に良くないものが入れないようになっている」ということは聞いたことはないか? そのための壁を作る場所だよ」

「あ、なるほど!」


 スサーナはこっくりうなずいたが、一瞬遅れてええっ!と反応する。


「すごく大事な場所じゃないですか! いいんですか、こんな簡単に入ってこられるようにして!? とくに入るなって印とかなかったですしお散歩の延長でこられちゃいましたよ!?」

「常民が入ったところでなにか出来るような場所ではない。ここは目印に過ぎない。意味があるのは地脈……あー、場所そのものだ」

「なるほど……ならいいんですけど。あっ、魔術師さんはなんでその起点地に?」


 今度こそ、魔術師はわくわくとした子供の顔としっかり掴まれた袖とを交互に眺めた後、ものすごく面倒臭そうな顔をした。



「仕事だ」

「仕事?」

「結界には定期的に魔術師わたしたちが魔力を込めることになっている。さあ、知的好奇心は満足したろう? そろそろ戻りなさい。このあたりで……というと、あちらの浜辺か。」

「えーっ、もうちょっと駄目ですか?」

「駄目。仕事はこれからでね。」


 握られた袖を手から引き抜く。

 ええーっ、という無駄に元気のいい不服の声を想定し、うんざりする用意をした魔術師は、予想外の無音に一つ瞬きをした。


 見れば、目の前の少女はすっと真顔になって口を引き結んでいる。

 ぎゅっと袖を抜いたままの形で指が握りしめられるのを見る。

 そして数瞬。少女はふにゃ、っと表情を崩して情けなさそうに笑った。


「やっぱり駄目かー。」

「――」


 魔術師はしばらく迷い、言葉を探して、結局馬鹿馬鹿しいほど単純な問いかけしか浮かばずに仕方なくそれを口に出した。

 子供の相手をするのは慣れていないし、得意でもない。


「何かあったのか」

「ふえ? あ、いえいえ、なんにも。」


 少女は外見に似合わぬ妙に大人びた顔でぱたぱたと手を振って苦笑してみせた。


「友達がみんな寝ちゃってるので、ちょっと間が持たなくて。ご家族と来てて、それで。 こう。ほら、ちょっと人見知りするたちなので。」


 いやあお友達のお母さんとかってなんの話をしていいものやら!と笑う少女に、魔術師は長く長く溜息を付いた。




 指を立てて中空で動かす。指の軌跡が中空で白い線を描き、魔術式を描き出す。

 虚空に生まれた文字列は一瞬の後にぱしっと音を立てて消えた。

 きょとんとした顔をしたこどもに言う。


「探しに来ようとすれば判るようにした。そうしたら戻るように。」

「えっ」

「……砂浜を効果範囲に……つまり、君の友人や大人が今いる場所を離れようとすれば文字の形で見える。」

「ええっ、あの、ありがとうございます!」

「水一杯分としては妥当なところだろう。私は仕事に入る。後は好きにしなさい。」


 再度袖だのを取られる前に背を向けて祠の方に歩き出す。


「見て面白いことはなにもありはしないぞ。」


 魔術師は、顔を輝かせた少女がぱたぱたと追いついてくるのに迷惑そうな顔で釘を刺した。





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