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塔の諸島の糸織り乙女 ~転生チートはないけど刺繍魔法でスローライフします!~  作者: 渡来みずね
日常と、学友と、秘密の冒険と、非合法。それから――
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第31話 夕ご飯抜きと、魔術師はお茶に誘えないことについて。(魔術師についてのこと。)

 スサーナがうちに帰ると、何もバレてはいないまだ日常の範疇だったけれど。

 夕ご飯の時間は過ぎていて、暗くなるまで遊んでいたことを叱られて、おばあちゃんに夕ご飯抜きを仰せつかったのだった。


 とはいうものの。

 その決定は非常に妥当で当然だと納得したスサーナ、部屋で縫い物の練習をしようとそおっと階下に糸を一巻き取りに向かったところ、


「ほら母さん、スサーナを講に行かせてよかったでしょう。大人しくて従順で、僕らに否とろくに言うことなんかなくて心配なあの子が!暗くなるまで外遊び!」

「あんなに小さかったあの子がねえ……。ああー、よおく覚えているよ、あんたら兄弟姉妹は夕食を何度すっぽかして外を遊び回っていたもんだか!」

「兄さんとフリオが一番多かったわねえー。うふふ、夏なんて夕ごはんを食べに戻ったほうが少ないぐらいだった」

「レーレ姉さん覚えてる?母さん、あの頃は私達の夕ご飯を最初から全部サンドイッチにしてあったの」


 保護者二人と、普段は別のおうちに旦那さんと居る叔母さん二人が感慨にふけっているのを耳にして。


「母さん、まだ厨房に火は入ってる? それじゃ、小さないたずらっ子さんにサンドイッチをこさえてきてあげましょ」

「頼むよルブナ。しかしあんたがサンドイッチを作るようになるなんてねえ」

「あら母さん、私も夏には母親よ?ちょっとした料理ぐらい出来るわ。出来たら誰かがこっそり、『母さんにはばれないように』持っていってあげて」

「なにもかも使用人任せで靴下も履けなかったお姫様がよくねえ」

「ふふふ、あったあった」

「んもう。子供の頃の話でしょう!それにしても今は使用人がいなさすぎるわ。なんでも一人で出来るのはいいことだけど、スサーナのためにも誰か信用のある……」


 スサーナは盗み聞きがばれないように急いで足音を殺して、糸を抱えて階段をのぼる。

 ――ああうん、自分で、自分でこう律していかないと……!

 甘やかされている!

 スサーナはまた一つ決意を新たにしたのだった。



 そんなわけで、それからしばらくして、上のレーレ(エストレーレ)叔母さんが銀のお盆いっぱいに、紅茶とサンドイッチをのせて現れた時。スサーナは会心の嬉しく驚く演技をうまく出来たと思っている。


「はい、スサーナ。母さんには秘密よー?」

「わあっ、サンドイッチいっぱい!ありがとうございますレーレ叔母さん。」

「ふふ、ルブナ叔母さんが作ってくれたのよ?」

「レーレ叔母さん、ルブナ叔母さんにもお礼を言ってたって伝えてくださいね! あと、おばあちゃんにはごめんなさいって」


 レーレ叔母さんが紅茶を淹れてくれる間に、熱い布巾で手を拭く。

 一人じゃ食べきれないから、と付き合ってくれるようにレーレ叔母さんに頼んだので、使うカップは二人分。


「はいスサーナ、お茶が入ったわ。うふふ、それじゃあ私も一つ頂きましょうか。ルブナ叔母さんに感想を言ってあげなきゃねー。」

「ぜったい美味しいと思います」


 お茶会みたいね、とはしゃいだ声で言って、一つサンドイッチをとりあげたレーレ叔母さんに、紅茶を一口のんだスサーナは、お茶会かあ。と夕方のことを思い出した。


「ねえレーレ叔母さん、えーっと、もし、の話なんですけど、もし、魔術師をお茶に招いたらどうします?」


 スサーナは至極大真面目なのだが、レーレ叔母さんは子供の他愛ない空想遊びだと思ったらしい。

 まるで、『キリンがお茶会に来たらどうしよう』と言われたような表情でクスクス笑う。


「魔術師を! それはすごくすごくビックリするわねぇー。」

「そうなんですか? でも魔術師もお茶は飲むでしょう?」


 お茶を飲むならお茶会に招かれることもありそうなものだと思うのだけれど。


 レーレ叔母さんはそう言ったスサーナを愛らしいものを見る目で見る。


「お茶は飲むでしょうけど、私達街の人とはお茶は飲まないと思うわー。」

「そうなんですか? ねえねえ、レーレ叔母さん。街のみんなって、もしかして、魔術師のことってあんまり好きじゃないんですか?」


 サンドイッチを一口かじって飲み込んだスサーナが真面目な表情で聞いた。

 レーレは少し思案する。

 真面目な質問のようだから答えてあげないといけないとは思うけれど、魔術師と町の人間の関係のことをこどもに説明するのは少し難しい。自分がこの年頃の頃はそんな事を疑問に思っただろうか。なんだかいつの間にか少しずつ、ああそういうものなのか、と理解していた気がするけれど。


 そういえばこの子は幼い頃に母と弟が魔術師に診せていたんだっけ。レーレは気づく。お医者の先生、ぐらいに思っているかも知れないのね。


 レーレはもう少し思案してから、言葉を選んでゆっくり口を開いた。


「嫌いというより……そうねぇ。魔術師はとても偉いでしょう? 偉くて何をするかわからないから、みんなちょっと怖いのよー。街の中では街の決まりに従うことになっているけれど、魔術師が破るつもりなら破れてしまうから。」

「そうなんですか?」

「ええ。魔術師は契約をしないでしょう? スサーナはこの春に契約だったわね。そしたらわかるでしょうけど、契約ではいろんなことを王様とお約束するの。魔術師はお約束を守らなくていいから。」

「はい、でも、それは漂流民カミナの人も同じでしょう? その、漂流民の人たちもあまりその、好かれてはないですけど、あんまり見たことはないですけど、結構街中にもいらっしゃるみたいですし、お祭りのたびになにか頼んだりとか、魔術師さんたちみたいな感じの怖がられ方をしたのは見たことがないです。」

「うーん、そうねぇー。」


 レーレはもう一思案する。魔術師の扱いについては場所柄、制度と日常への食い込み方、それと肌感覚とにちょっとズレがでるものなのは確かなのだ。


「街に住んでいる私達にはあまり関係のないことだけど、塔の諸島(ここ)は元々魔術師の国だったのね。そこに来た王様が魔術師に言って、王様の民の私達が島に住めるようにしてくださったの。」

「えっ、そうだったんですか!?」

「ええ、大昔ねー。その頃の名残りで、魔術師はここでは貴族と同じ扱いだし、王様の領土である街と村、あとは領土に属する土地以外では魔術師のほうが立場が強いの。税金は払ってもらっているらしいけれどねぇー。」


 一口、紅茶で喉をしめして続ける。

 目をまん丸くした姪が興味いっぱいの目で自分を見上げてくるのがなんだか誇らしくもあった。


「だからー、えっと、悪いことをすると警吏に捕まってしまうでしょ?街を出てしまったら魔術師のことは捕まえられないのよ。漂泊民カミナとはそこが違うところねー。」

「ええっと、街の外に出ちゃうと、魔術師の領土に行ったことになるから……みたいな感じですか?」

「そうそう。スサーナは賢いわ。つまり、だいたいこわい貴族みたいなものねー。」

「魔術師が貴族……こわい貴族……」


 スサーナはううんと首をひねる。


「でもでもレーレ叔母さん、あの、貴族っていう割には魔術師の人は街中でいろいろ売ってたりしますよね? 病気のときとかに魔術師を頼んだりもするみたいですし……それならなんで魔術師は商売してくれるんですか?」

「ふふ、スサーナの小さいときにも魔術師に来てもらったものねー。それは、街でいろんなものが欲しかったら街のお金を稼ぐしかないもの。勝手に取っていっちゃったりすることもできますよ?でも、そうすると次からはすごく嫌われるでしょう?そういう事を何回もしていると、誰も何も売ってくれなくなる。」

「はい。でも、力づくで取っちゃうことも出来る……んですよね?今のお話だと。」

「ええ、でも、魔術師たちも王様と盟約を結んでいるからー、よっぽどじゃないと街で悪いことはしないはずだし、街とも仲良くし続けたいはず。ただ、そのよっぽどがいつ来るかわからないでしょう?」


 他国では非道を行う魔術師も居るという。この塔の諸島では集う魔術師達が盟約を重視すると決定しているということ、多数の魔術師たちが集う故の相互の均衡と、街の人間には理由のよくわからない、魔術師たちの人民の生活圏の尊重、それから、多分貴族としての扱いがあるため――だと街の者たちは思っている――に、安定しているのに過ぎないのだ。


 レーレは、いつでもかき混ぜられる魔術師の箱庭の上に自分たちが住んでいるのだ、なんてことを姪に伝えずに説明ができたことを満足する。


 自分の足元が他人の一存で覆るかもしれないもので出来ていると思うことは、きっと子供にはこわいことだろう。いつの間にかそういうものと慣れきっている……半ば恐れつつ、半ば起こらぬだろうと確信している自分たちにはさほどのものでもないのだが、そういう付き合い方が出来るようになるのはきっと大人になってからだ。



「ううん」


 なんだかふんわりしている。スサーナはやっぱりなんだか少し納得がいかなかったが、叔母さんがやり遂げた顔をしているので重ねて聞くのはやめておいた。


 よっぽどがふつうなら来ないっていうなら、お茶に呼んでもいいとおもうんだけどなあ。スサーナはそう思ったけれど、レーレ叔母さんを困らせてしまいそうなのでとりあえず言うのは止めておいた。そのあたりは感覚の問題なのだろう。


「だから魔術師はお茶に招けないんですね。」

「ええ。ふふ、スサーナは魔術師をお茶に招いて、魔術を見せてほしかった?」

「あっ、うーん、えっと、そうですね! 夏の果物氷は美味しいですから!」


 ふふふ、残念ねー。そう言って、レーレ叔母さんはお茶をもう一杯淹れてくれた。

 代わりに紅茶に冬いちごのシロップを入れてあげましょうね。と笑う。


 スサーナはシロップがとろっと広がる紅茶を眺めて、濃紅の煮苺を楊枝で拾い上げた。少し眺めて口に入れる。

 それから、サンドイッチに集中することにした。

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