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塔の諸島の糸織り乙女 ~転生チートはないけど刺繍魔法でスローライフします!~  作者: 渡来みずね
日常と、学友と、秘密の冒険と、非合法。それから――
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第24話 市場に行こう 4

 うーんうーん、いいのかなあ、うーん。


 スサーナは唸りながらフードを縫っている。

 海賊市。つまるところ非合法の闇市を見に行くことがなんだか決まってしまったからだ。

 反対虚しく、次の初等講の帰りに決行する、ということになってしまった。

 つまり、明後日である。


 叔父さんやおばあちゃんにご注進して止めてもらうのが一番良さそうなのだが、そうするとなんだかスサーナの初等講通いまでがなくなってしまいそうな気がした。


 前世のおかげで四則演算やらは多分一部の大人よりかは出来るし、16年ほどたっぷり「学習すること」に慣れ親しんでいたおかげか、こちらの母国語の読み書きは、美文も修辞文もなんとかもうまともに出来るようにはなっているので、これまで通り家庭教師に教えてもらうのでも問題ない気はするのだが――

 結局、出来たらこのまま通い続けていたかったし、街の子たちとも仲良くなってみたいのだ。

 スサーナは学校のような場所が好きだった。


 おばあちゃんに頼るのはなんとなく嫌な予感がするしやめておきたい。不品行な場所だと思われてはいけない気がする。では次善の策は、そーっと先生……――講の教師はそれなりに尊敬を受けている――に伝えて止めてもらうこと。しかし、やる気になった子供は止めたところでこっそり行くにちがいない。教師だって口頭で止める以上のことはできまい。そうなると、こっそり行った先で何が起こるかはわからない。なにせ海賊市、非合法なのだ。

 ……まさか、熊は出まいと思うけれど。


 6歳からこっち、恐ろしいことの基準が熊に出会うになってしまったのはちょっと改善しておくべきのような気がするが、まあそれはともかくとして、だ。


 ……ちなみに、「熊は出まい」これはあの夏遊んだメンバーの合言葉のようになっており、毎年夏になると遊ぶ習慣になっているが、全員が全員変なところで判断基準が豪胆になってしまっている。閑話休題。


「やあぁっぱり、ついていくのが一番平和な手段のような気も、するんですよねええぇ……」


 一応、多分、素の10歳の子供達よりかは大人の判断というやつが出来るはずだ。多分。

 話を振った責任も、少しは感じている。

 せめても、大きな音の出るものを持って、あと近場の衛兵の詰め所の場所は確認しておこう、とスサーナは心に決めた。


 ため息一つ。


 スサーナは布テープをかき集めてフードの裏地に縫い付ける。

 立体縫製、と言うべきか、頭の形を出さずにそれ自体で自立するようなフードを作っておくつもりなのだ。出来たら人数分。

 顔も見せたくないし、万が一のときのために後頭部にクッションになる材質のものも仕込んでおきたい。

 ――……黒魔術師っぽく! 威圧的に!! なんだかうっかり近寄りたくないな、と思ってもらえるぐらいに胡散臭く……!!

 せめてもの気休め。というやつである。


 フードの布地の色は最初黒にしようかとも思ったが、なんだか漂泊民カミナを連想される気もして、手持ちの中で一番強そうな色の布地、ワインレッドにした。スサーナ、精一杯の威嚇である。


 3つまで縫い終わったところで布テープが足りなくなって、しばらく思案したスサーナは習作が入っている箱に手を出した。この用途の布をおばあちゃんにねだる訳にはいかない。


 漢字の縫い取りの練習をした布テープをフードの裏地にぐいぐい縫い付ける。まだ縫いとる文言が決まっていなかった時に色々練習したので、家内安全とか厄除けとか交通安全とか、自分でも笑ってしまうぐらい適当な文言が縫いとられたテープが裏地に散りばめられ、なかなかアバンギャルドなファッションというか、シュールな光景というか。

 ……まあ、この世界で分かる人がいるわけでは多分ないんだし、いいんだけれど。

 それでも一応これは自分のぶんにしよう、と決める。

 他人に見られたら恥ずかしいだろうことは想像にかたくなかった。




 次の災難は予想外のところからやって来た。


「えええっ、スサーナちゃん、海賊市だなんて……!」

「はい。ですから、何かあったら……」

「いいなぁ!わたしも行っていい?」

「ダメに決まってるじゃないですかーーーーー!!!!」


 スサーナはテーブルクロスをぺちんぺちんと叩きながら叫んだ。


 次の日のこと、コラッリアから遊びにやってきた――今は大体週に二度遊びに来る――フローリカに、万が一のことがあった時のために、と先日あったことを詳しく話したスサーナだったが、目をキラッキラに輝かせたフローリカに飛びつかれたのだ。


 まだ寒い時分のため、二人でスサーナの部屋に籠もってお茶をしているので、他人に聞かれる心遣いはない。誰かが近づいてきたら階段のきしみでわかるので、秘密の話をするにはいい場所だった。


 フローリカはぴゃーっと蒸気でも吹きそうなスサーナが口を開けたのを狙って、焼き菓子を突っ込んだ。


「む」


 さくさくさくさく、と噛んでいる間に冷静になってきたらしいスサーナのカップにお茶を注ぐ。

 むう、という表情でお茶をすすったスサーナが冷静になったらしいのを確認して言う。


「最近忙しくてわたしともお出かけしてないのに、講の子たちと秘密のお出かけなんて」


 フローリカはぷうっと膨れてみせる。


「お出かけって言っても、海賊市ですからね! 羨ましい要素なんて一個もない場所ですよ?」


 ――思わぬ伏兵が!

 全力で主張しながら、思わず歯噛みするスサーナだった。


「ええー、羨ましいわ。スサーナちゃんが居るならきっと大丈夫だと思うの。わたしも行きたいなぁ」


 お茶のカップを持ったフローリカに上目遣いで見つめられる。スサーナはこの視線にちょっと弱い。


「だっ、駄目ですーっ。上目遣いされても駄目ですーっ、危ないんですからね!? なにせ悪い人がやってる市場なわけですからね!? 何があるかわからないんですよ!」


 スサーナはぶんぶんと首を振る。

 フローリカは一口紅茶を飲むと、カップを戻して愛らしく言う。


「スサーナちゃんが一緒に居てくれたらきっと大丈夫よ?」

「うっ、信用してくれるのは嬉しいですけど、駄目ですってば」

「それに、そういうところはお客で来てさえいれば、そうひどい目には遭わないんじゃないかしら。いくら悪い人だって、商売人なのでしょ?太い金づるになるかもしれない相手を潰したいわけじゃないでしょう?」

「おばさまの教育は確かですね!フローリカちゃんしたたかになって!」


 愛らしい微笑みでシビアなことを言われて、スサーナは複雑な気分である。

 フローリカはうふふ、と笑った。


「ううん、でも駄目ですよ。その海賊市がどういう場所かわからないんですから。その場その場で動く刹那的な方々が多いのか、お得意様を捕まえたいような長期的展望で行動されてる方が多いのかもわかりませんし。」


 スサーナはじゃれ合うのを一旦停止して、真面目な顔でふるふる首を振る。その海賊市に来ている人間がみな理性的な判断をするとは限らない。

 なにせフローリカちゃんはとても可愛いのだ。いかにも誘拐被害が似合いそうじゃないか、スサーナはそう思う。


「そうね。お話に聞いたみたいにふつうの商家にもありかがバレていて、ふつうの人にも商売をするのなら本当の危ないところだとは思わないけれど、明日じゃ調べさせる時間もないのだわ、残念ねー。」


 スサーナが真面目な顔になったのに合わせて、こちらも一旦真剣な表情になり、それからほふん、と残念そうに嘆息するフローリカにスサーナはホッとする。どうやら諦めてくれたらしい。


 それじゃ、と言った手をきゅっと取られる。


「何があるかわからないところだ、ってことはわかるからわたしは今回行かないでがまんするけど、スサーナちゃんだっておんなじように危ないのよ?」

「うっ、それは肝に銘じておきます」

「ほんとに? スサーナちゃんは思い切ると危ないところでもえいって行っちゃうもの。わたしはスサーナちゃんが心配だわ? 講の子たちが心配なのはわかるけど、気をつけてね」

「ふ、フローリカちゃんー!」


 眉を下げて気遣わしい表情で言うフローリカ。

 感極まったスサーナがフローリカをぎゅうっと抱きしめる。

 ――私の親友はなんていい子なんでしょう!


「あさっての朝いちばんに遊びに来るわ。スサーナちゃんがその時に居なかったら、おうちのひとにぜんぶ話してすぐに人を探しにやらせてしまうから、それまでにはちゃんと帰ってきててね」

「ええ、はい、それは絶対に。」


 フローリカもスサーナの背に手を回す。

 前髪を合わせるようにして、重々しく言って、それから胸の前で小さく手を構える。

 スサーナはその手に自分の手を合わせた。フローリカは重々しく頷くと、それから互いに相手の心臓の上をぽんと叩く。これがこちら流のゆびきりげんまんのようなものだ。


「契約を司るエラスと心臓の血に誓って、絶対よ」

「誓いますとも。」


 子供達は目を見交わしてクスクスと笑い合う。


「それで、あんまり危ないところじゃなかったらこんどわたしを連れてって?」

「……あ、やっぱりそうなります?」

「なるわ。」


 フローリカは抱き合った親友の腕を捕まえて、小悪魔みたいに一つ余計に微笑んだ。

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