第13話 スサーナとそこそこやかましい村のこどもたち 2
スサーナは首を傾げながらミルクを見つめている。
あの後すぐに戻ってきた叔父さんは、物珍しげに囲まれて服やらを引っ張られて困りきっているスサーナを見つけて大笑いした。
その後、慣れた様子で子供達を荷物持ちに雇ったのだ。
荷物を一個もって村の宿屋まで運べば2アサス。子供達は目を輝かせて置き残っていた荷物に殺到した。
そこまではいい。
その後なぜ自分は彼らと並んでしぼりたてミルクを飲んでいるんだろうか。
そこがわからない。
辿り着いた村の宿屋は最初に出会った少年の家であるらしく、荷物を抱えた子供達が宿の玄関をけとばしてどやどやと駆け込んだ途端、目を三角にした太り気味の婦人がものすごい剣幕で叫ぶのを見た。
「こらぁぁフィート! あんたまた手伝いもしないで遊び呆けて!」
「ちげーよかーちゃん! お客さまのにもつをもってきたんだよ!」
「口ばっかり達者になって! お駄賃を頂いたんだったらうちに入れなよ!」
まったくもう、と腰に手を当てた婦人がおや、とスサーナに目を留める。
スサーナは訳もなくちょっと小さくなった。この体になってから誰かの怒鳴り声というのは本当に聞き慣れていないので、なんだかすくんでしまう。
「こらぁぁフィート!!漂泊民の子なんか連れてきて! あいつらと親しくしちゃいけないって言ったろ! こないだオロスの婆さんちが羊を焼いて食われちゃったんだよ!」
ひええ、移動型民族から受ける被害イメージに典型的な被害を実際現在進行系で受けておられる方!
スサーナは戦慄し、ついで腕を掴まれたのにぴいっと小さく悲鳴を上げた。
フィートと呼ばれた少年が飛びついてきて、婦人に掴まれた腕と反対側の腕をとって軽く引いた。
「だめだろかーちゃん! 女の子にはやさしくしろっていつもいってんだから! おどかしちゃ! それにちげーよ、こいつお客さまだって!」
視界の隅で、あとから歩いてきた叔父さんがはっとした顔で駆け寄ってくる。
「御婦人、その子は僕の姪です、ちゃんとした都市民ですよ」
わっとスサーナの周りに寄り集まってきた他の子どもたちが口々に言う。
「ぐうぜんかみの色がこいだけだって!」
「仕立てやさんだって!」
「かねもちのしゃべり方するよ!」
「ええっ」
婦人が目を白黒させた。
「ご、ごめんなさいねぇ、確かに漂泊民にしちゃ変にいい服着てると思ったけど、村外れの留守家のタンスの中身を全部持ってっちまったなんてことがあったもんだから」
――う、うわー。結構アグレッシブに悪事を働いていらっしゃるー。
伝説ではなく現在進行系の迷惑ではないか。あらわになった母の部族らしい民の迷惑行為に遠い目になったスサーナに、怯えたと思ったか、あわてた婦人がまだ掴んでいた腕をぱっと離す。
「グレイだの焦げ茶だのの髪の親の子は黒に近いみたいな濃い色の髪になることがあるって聞いたことはあったけど、見たことがなかったもんだから、すまないねえ。髪が黒いのが漂泊民だと思って見分けてたからさ。おどろかしちゃってごめんねぇ。これからはしっかり覚えておくからねぇ」
ぐしぐし、と髪をかき回すように撫でられて、あらサラサラ、絹みたいじゃあないの、と感嘆される。
腕を掴まれたことよりも、ツメに引っかかった髪がプチプチと千切れたことの方が痛くて微妙に涙ぐんだ。
ほうほうの体で叔父さんと割り当てられた二階の客室にあがり、解いた荷物の中にあったボンネットを決然と引っ掴んだ――村にいる間は絶対に外すまいと心に決めた――スサーナである。
なんだか申し訳無さそうな顔をした叔父さんに謝られる。
「ごめんよ、スサーナ。驚いたろ。前来た時はカ……いや、黒い髪にここまでわるい思いをもつ人なんか居なかったんだ」
「いいえ叔父さん、しょうがないです。なんだか実際漂泊民にご迷惑を受けてる人がいるんでしょう? 悪い気分になっちゃうのはどうしようもないですよ」
「漂泊民も色んな人がいて、悪いことをする人なんか本当は一握りなんだけどね……ここの所近くにいるキャラバンがあまり性がよくないらしい。」
時期が悪かったな、と、はあっとため息を付いた叔父さんにぎゅっと抱きしめられ、ぽんぽんと頭を撫でられる。
「スサーナはいい子だなあ、物分りが良すぎて心配になるよ」
実際なんにも悪いことをしていないのに酷い扱いを受けるかもしれない無関係の漂泊民のことを思えば大変だなあ、と思うが、実質被害を受けている集団に対して悪感情を抱くなともいえないし。とばっちりを受けるのは嫌だが自分が何かできるわけでもなし。スサーナは思う。
差別問題というのはとかく面倒なものなのだ。
「そのぶん叔父さんや叔母さんやおばあちゃんや、みんなにいっぱいご迷惑をかけてますからね」
「あはは、たしかに最近急にすごくしっかりしたね。でもスサーナ、急に大人にならなくていいんだからね。君は僕らうちの人全員の子供みたいなものなんだから、遠慮なんかしないでいっぱい甘えてくれていいんだよ」
いい家族を持ったなあ。スサーナはありがたさに胸が暖かくなる。もっと人生ハードモードになりそうな境遇でもおかしくないのに、みんなすごく可愛がってくれる。
前世でもここまで暖かくなかった、というより、旧家だけあってほんのすこし距離があったから、今の家族の親密さはこそばゆく心地いい。
「え、えへへ。 ……と、とりあえず、ここでは口裏を合わせて、偶然髪に色がついちゃった、ってことにしたほうがいいかもしれませんね。」
こそばゆさに負けて、無理に話題を戻した。
ごめんなさい、顔も知らないお母さん。緊急避難なんです。
ふわふわしたイメージのお母さんを空に浮かべて謝って、それから同意してくれた叔父さんに髪を結ってもらい、しっかりボンネットを被る。
ぐるっと見ておかしくないかチェックしてもらい、仕上げに叔父さんがポケットから出したシルクの花飾りをボンネットの端に留めてもらった。
そんな時、どたどたどたっという階段を駆け上がってくる音。
バターンっとドアが開き、あれよあれよという間に子供達にワッショイワッショイ台所に連行される。
椅子が引かれ、座らされ、目の前にどんっとお茶碗が置かれる。
陶器の器になみなみと満たした湯気の立つミルクを、フィートと呼ばれた少年が厳粛な態度でレードルで掬った。
周りの椅子にだーっと座った子供達が茶碗にミルクを受け、喉を鳴らして飲み干していく。最後にスサーナの前の器にもミルクがレードルで注がれる。
そんな経緯で、今スサーナの目の前には湯気の立つミルクがなみなみと注がれているのである。
これはどういうことなの。怒涛の展開に目をぐるぐるさせているスサーナに、一行の中に居た女の子が声を掛ける。オレンジめいた髪を高い位置で二つ結びにした活発そうな少女だ。たしかメルチェと言ったか、とスサーナはなんとか思い出した。
「のみなよ、おいしいよ。」
にっと笑う少女につられて、茶碗をもちあげて恐る恐る啜った。
ほのあたたかくてやたら濃いミルクは、たしかに甘くて美味しかった。
――いやしかし、どういう経緯なんでしょう、これは本当に。
わからない。
二杯目をいただきながらスサーナは首を傾げ続ける。
なんとなくわかる気もするのだが、正解を聞こうにも子供達の口が茶碗から離れる瞬間が短すぎるので聞くことが出来ないのだ。
まるでわんこそばのようにミルクを飲んでいる。
「よし! じゃあオムレツいくぞ!!」
「おーー!!」
「あっ、あのうっ」
子供達が一斉に歓声を上げたそのタイミングでようやく割り込むことが出来た。
「なんだよ、オムレツきらい?」
「い、いえそうじゃなくって、なんで混ぜていただけてるのかな、と……」
「あー」
フィートはアゴを掻いて言う。
「かーちゃんがわるかったな。おまえ泣いてたからさ。かーちゃんここんとこ漂泊民がきらいなんだよ、あいつらとってもおもしろいのに。」
「ああー。どうぞお気になさらず……」
別に泣いていたわけではないのだが。
「ねえ、アンタこのあとひま?お手伝いとかあるの?」
メルチェが顔を覗き込んで聞いてくる。
「もしなかったら、オムレツ食べたあとあそぼうよ」
「あそぼー」
「いぇー」
盛り上がる子供達にスサーナはさてどうしようか、と悩んだ。
公園デビュー的なものは、フローリカちゃんと一緒に様子を見ながら、という予定だったのだ。こんなフルスロットルで振り回されそうな集団と一緒に行動して、果たして体力が持つのだろうか。
「もしそうしてくれると僕も助かるなあ」
「あ、叔父さん。」
いつの間にか台所にやってきた叔父が言った。
「一人よりもそのほうが安心だからね。いいかな? スサーナ。」
「叔父さんがそう言うなら。」
子供達は決まりーっ、と声を上げる。
「やったあ、あたしはメルチェ、7才とはんぶん。そっちのがフィート。フィートも7つよ。キケがもうすぐ7つの6つ、ハビは先週6つになったばっか。よろしくね。」
「私はスサーナです。6歳と、えーっと7ヶ月になります。」
「スサーナ、じゃあスーね!」
メルチェがはしゃいだ。
フィートだけが しょうがねえな、なかまにいれてやるよ! とかなんとか格好をつけていた。