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三話 憂

朝陽は少し身を強ばらせた。

あの日の出来事のせいで母が料理をしている姿を見ると悪い想像をしてしまう。

手に持っている包丁で自分を刺し殺すところが鮮明に浮かぶ。

母が不意に振り向いて一瞬ギクリとする。

しかしその顔は、朝陽に対する心配と不安でいっぱいだった。


「おかえり。今日は大変だったね」


「ああ……うん」


「何も朝陽の誕生日にね。言っても仕方ないし、その子のことは気の毒に思うよ。本当に可哀想」


「僕もそう思うよ」


「お父さんが帰って来たら、気を取り直して美味しいもの食べようね。今日はお寿司も用意してあるから」


「ありがとう」


こんなに優しい母さんが僕を刺し殺すはずがない。

朝陽は思いを馳せる。

きっと、あの子供もそう思っていたに違いない。

大好きな信頼する母さんの頭がおかしくなって突然殺される時、一体どんな気持ちになるんだろう。

最後に何て言うんだろう。


「どうだ。少しは落ち着いたか」


仕事から帰った父が風呂から上がって、食事の用意も整ったので朝陽は一階へ降りた。

食卓につくと、父は柔らかい笑顔で一番に朝陽を気遣ってくれた。


「もう大丈夫」


「ならいい。安心した」


父の帰りを待つ間、朝陽は二階の自室でニュースの報道を見た。

大晴の予想通り彼はいじめられっ子だった。

しかも母親が失踪して、父親から暴力的なネグレクトを受けていたという。

今朝、彼は早起きして寝ている父親を木製のバットが折れるまで全身を殴打して殺害した。

そしてシャワーを浴びて、朝食を取った。

いつも通りに部活に参加して、いつも通りにいじめられて、その帰りに主犯の後をつけて急襲した。

早速その一連の流れがテレビで報道されていた。

合わせて同情の声がたくさん流れた。

朝陽はやるせない気持ちになった。

憂鬱なことが続く。

もし僕が加害者に。

もし僕が被害者に。

その可能性の恐ろしさはかなり苦痛だ。

思うたび胸が痛くなる。


「やっぱり食欲ない?」


「そんなことないよ。平気」


朝陽にとって今は、寿司よりも母の料理が嬉しかった。

こんなに温かい手料理を毎日食べられることに感謝の気持ちが起こる。


「友達に何かプレゼントは貰ったのか」


「昼飯を奢ってもらった」


父は嬉しそうに頷くと、小包を一つテーブルの上に置いた。

プレゼントだと言うので、さっそく朝陽が開封してみるとミニディスクプレーヤーが入っていた。

それを見て思わず笑ってしまう。


「何だ。気に入らなかったか」


「いいや。これさ、CDからMDに音楽を移す機械が必要なんだよ。MDが直接お店に売ってる訳じゃないんだ」


「よく分からないが、とにかくそれは知らなかった。ごめん」


「いいよ。お小遣いかお年玉で買うから」


朝陽は素直に喜んだのだけれど、父は申し訳なさそうな顔をした。

そこへ母が財布を持ってきて二万円を朝陽に手渡した。


「これでその機械を買いなさい」


「悪いよ。いくら誕生日だっていっても」


「いいの。遠慮するならお釣りを持ってらっしゃい」


朝陽が遠慮がちに父を見ると頷いて笑った。

母も優しく微笑んでいるので、今日くらい親の愛情に甘えることにした。


「分かった。父さん、母さん。ありがとう」


朝陽は食事を終えると自室に戻って明日の支度をした。

かなり歩くと聞いて、何より冒険ということで少し本格的に。

幽霊は関係ないし、母が言ったように気持ちを切り替える。

小さいリュックに荷物を詰め終えて、最後に懐中電灯を確認した。

明かりはまだ点く。

電池の替えはなくても平気だろう。

朝陽はテーブルの上に父からのプレゼントと母からの二万円を置いた。

さっそく明後日には買いに行こう。

楽しみを先に用意すれば気持ちが少しは明るくなった。


「お、逃げなかったな。偉いぞ」


翌朝、蓮は駅前にやって来た朝陽をからかった。

朝陽は平気な顔で早く行こうと返して、ちょうど到着したバスへ先に乗り込んだ。


「昨日は家族に祝って貰った?」


樹が少し心配した様子できいた。

朝陽は笑って頷く。


「父さんからプレゼントにMDプレーヤーを貰ったんだけど、MDに音楽を移す機械がなくてさ」


「お、それならちょうど良いものがある」


大晴がカバンからMDを一つ取り出した。

その表には女の子の字で曲名が書き連ねられていた。


「元カノからの貰い物なんだけどやるよ」


「貰うわけないだろう。嫌だよ、いらない」


「嫌ってこたないだろう。なら仕方ねえな」


大晴は信じられないことにそれを窓の外へ投げ捨ててしまった。

朝陽は不良のこういうところが嫌いで不快な顔をした。

でも、文句は言えない。

注意は樹がしてくれた。


「それで、ママの方はプレゼントにケーキを買ってくれたのか?」


蓮がからかって、大晴が笑う。

よくある嫌なやり取り。


「買ってくれたよ。けど、それとは別にプレゼントを貰った」


「そっか。家族に祝って貰えるだけありがたいことだ。良かったな朝陽」


「珍しく、らしくないこと言うな」


「だって家族を殺された人が世の中にはいるんだぜ」


蓮の平気な悪い冗談に朝陽は下を向いた。

昨日の今日で窓の外を見る勇気はなかった。


「落ち込むなよ。今日は幽霊とか関係なく楽しもうぜ」


「俺、花火持ってきたぜ」


「大晴、お前山火事にするつもりかよ」


二人が大声を上げて笑うとバスの乗客が彼らに注目したので、朝陽は身を縮こませて二人と関係ないふりをしなければならなかった。


「このバス停から遠くないらしい。樹なら分かるよな」


バスを降りたところは緑溢れる山間だった。

横断歩道の向かいにキツイ坂に沿って並ぶ住宅街が見えた。

樹は蓮からコピー用紙を受け取ると、さっと目的地へ導いてくれた。

道路から下へ降りて、田んぼを横目に進むと森があった。

道はその中へ続いている。


「出発だ!気合い入れろよお前ら!」


大晴が息巻いた。

朝陽は内心ワクワクしていた。

いよいよ、楽しい冒険が始まる。

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