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二話 闇

あれから一週間は過ぎた。

朝陽はトラウマを引きずって、今日の天気と同じ曇った気持ちだった。

昼過ぎにレストランで待ち合わせして、少年達は窓際の席へ座った。

平日だけの安いランチとドリンクバーを頼んで、次に挑戦する心霊スポットの会議を始める。

さっそく企画担当の蓮がネットで拾った信憑性のないオカルトを得意気に発表する。


「今度の心霊スポットは事故や事件と関係ない。都市伝説だ!」


朝陽は視線を窓の外へ向けた。

曇り空の下、お昼時だからか夏休みだからか人の往来は多かった。


「聞いてるか朝陽」


「聞いてるよ」


「心配すんな。言っただろう都市伝説だって。幽霊どころか何もない可能性の方が高い」


「前に僕らは本物に会った」


「だからだよ。次のステップだ」


蓮は嬉しそうにハンバーグを頬張った。

対して朝陽は食欲すら失せてきた。


「神様に会おうぜ」


蓮は笑う。

朝陽は苦笑いを返すしかない。

大晴はもちろん乗って、樹は無関心だった。

こんなにチグハグでも揃っているのを不思議に思うことは少なくない。


「神様に会えるのか」


大晴は身を乗り出す勢いで興奮している。


「と言っても龍の神様。龍神だ」


そう言って、蓮はカバンから三枚のコピー用紙を取り出した。

不良らしくない真面目な行動に朝陽は思わずニヤける。


「朝陽、なに笑ってんだよ」


「わざわざそこまで用意するかなって」


「話が難しかったからな。まあ詳しいことは大晴から回し読みして確認してくれ」


「まず簡単でいいから、どんな噂があるのか説明してよ」


「よし」


蓮は腕を組んで気合を入れた。

今まで何度か心霊スポット巡りをしてきて、こんなに熱が入っている彼を三人は見たことがない。


「町外れに廃線跡があるだろう。自己責任で有名なハイキングコース」


朝陽は記憶になく首を傾げた。

代わりに答えたのは、樹だった。


「渓谷に沿って線路が続いていて、途中にトンネルとか橋があって冒険にもってこいらしいね」


「そう。メインはそれ。都市伝説はついでな」


朝陽は少しホッとした。


「そのトンネルの一つに龍神の住処、龍穴に繋がる扉があるんだと。正しくは坊主の修行するとこらしい」


「即身仏だってよ」


大晴がテーブルの中心に、朝陽と樹へ向けてコピー用紙を一枚置いた。

朝陽は少し身を乗り出して目を通す。

即身仏とは人々を救う為に身を捧げて仏になること。

初めに長い期間を山に籠り、体の脂肪分と水分を極限まで落として体作りをする。

それから人が立って入れるほどの竪穴を掘り、そこに潜って断食をして、時々鈴を鳴らしながらお経を読み続ける。

数年後に掘り出され、遺体を乾燥させたり綺麗にして安置する。


「なるほど。ミイラか」


朝陽は少しだけ興味を持った。


「いまは法律的にアウトなんだけど、それでも秘密でやってる人達がいて、その出入りのタイミングに合えば鍵が開いてるんだってよ」


蓮は満足そうに深々と腰掛けて、いよいよ我慢ならないのかタバコを一本取り出して、見えないよう上手く隠しながらテーブルにコツコツと叩きはじめた。


「あれ?龍神は?」


「そこなんだよ」


蓮が前のめりになると樹が割って入った。


「もしかして、その即身仏が龍神になるのか」


「樹はやっぱ賢いな。その通りだ」


「へえ。中々おもしろそうじゃないか」


「ちょっと樹」


朝陽は冗談ならないと樹を制した。

このままだと多数決で行くことが決定してしまう。


「決定だな」


大晴のその一言で本当に決まってしまった。

朝陽は腰を深く落としてため息を吐いた。


「何だよノリ悪いな」


大晴が少し苛立った顔をする。

朝陽は刺激を与えることを避けて睨まないよう表情に気を付ける。


「いやだってさ。この前の女、僕の背中にいたんだよ」


大晴は店の中でも遠慮なく大声で笑った。

こいつは僕の不幸が大好きなんだ。

朝陽は常々そう考えている。


「俺達がいるって」


蓮が頷く。

朝陽は顔を外へ向けた。


「先に逃げたくせに」


パタタタ。

音がして、いきなり窓が赤く塗られた。

ねっとりして、所々泡立つ赤に。

その向こうでジャージを着た朝陽達と同じ年頃の少年が包丁を高く振り上げた。

向かいにいるのは同級生だろうか。

彼は歯を食いしばって腹を押さえ、苦しそうに前屈みになっている。

その頭へ包丁は振り落とされた。

勢いよく引き抜くと、また血が噴き出して。


「うあああ!」


朝陽は悲鳴を上げ、樹を押し退けて真っ先に店の奥へ逃げた。

後に続いて店内は瞬く間にパニックに陥った。

奥から少しだけ身を乗り出して恐る恐る様子を窺うと、蓮だけが席に残って惨劇を見物していた。

幸いにも血に塗れた窓の向こうで何が行われているかは全く見えなかったが、垣間見える血飛沫が事件の残酷さと異常さを痛切に伝えてくる。

朝陽は恐怖に圧倒されて声が出なかったが、樹が大声で蓮を呼んだ。


「蓮!何してんだ!早く来い!」


こちらを向いた蓮は不気味なほど無表情だった。

しかも落ち着いて歩いて来た。


「あれやべえな」


一言目がそれだった。

そこには何の感情も感じられない。


「やべえってもんじゃねえよ。あれは多分いじめの仕返しだろうぜ」


大晴は、わざわざ朝陽の方を見て言った。

本気で胸糞が悪い。

でも、僕もああなっていた、あるいはああなるかも知れない。

朝陽はそう思うと何も言い返せなかった。

しばらくして警察が来て、少年達は数時間後にやっと解放された。

河川敷で沈んでいく夕日を眺めながら朝陽は傷を癒した。


「早く忘れちまえ」


樹は朝陽の背を撫でて慰めてくれた。


「女の呪いだ。やっぱり心霊スポットなんか行くもんじゃない」


それに対して蓮が力んで反論する。


「今まで何も無かっただろう!女の霊だって一回きりの例外だ!さっきのはたまたまで関係ない!」


「何でそこまでして行きたいんだよ!」


朝陽は珍しくつい怒鳴ってしまった。

彼らの前で大声を上げて怒ったことなど一度も無かったので、三人は驚いた顔で彼を見た。


「ごめん」


「いや、朝陽の言う通りだな。悪い」


「今度だけ。今度が最後だから」


朝陽は雰囲気を壊すのを恐れた。

友達を失う方がよっぽど恐くて、慌ててそう約束してしまった。

途端にみるみる蓮の顔が明るくなっていく。

大晴がバシッと朝陽の背を強く叩いた。


「よし、覚悟が決まったな。男らしいぞ。朝陽の気が変わる前にさっさと予定を立てようぜ」


蓮は口に咥えたタバコに火を付けた。

朝陽と樹に気を使って離れたところにいる蓮は夕日を受けて、少し格好良く映る。


「明日でいいんじゃねえの」


蓮は悪戯な笑みでぶっきらぼうに言う。

樹が川に石を投げた。

石は三度跳ねて沈んだ。

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