魔女の娘、怪我人のもとへ
そうして次の日、お母様と一緒に村の医者の所までカバンいっぱいに詰めた薬を運ぶ。お母様の持っているカバンは特別なものらしい。あれだけ大量にあった試験管が全て入ってしまうから不思議だった。これについてもあとで聞こうと意気込み、自分のワインレッド色のとんがり帽子を深くかぶりなおす。
「それもそろそろ小さくなってきたんじゃないかい?」
「平気、まだかぶれるもん」
「新しいの買ってあげるからいつでも言うんだよ、どうせもうすぐ着られなくなると思うけどねぇ」
そう言って笑っているお母様。確かあれはまだ五歳くらいの時にお母様のような魔法使いにあこがれて同じものが欲しいとねだった時に買ってくれたものだった。幼いながら魔法が使えるお母様と同じ格好をすれば、自分もいつか魔法使いになれると思っていた。実は魔女できちんと魔法の才能があるといわれた時。もちろん驚いたが、憧れのお母様と同じだと知ってうれしかった。
だからあれだけ毎日毎日飽きることなく魔法の修行に熱心に取り組んだ。魔法使いだろうと、魔女だろうと私にとってはさほど関係ない。
そんなお気に入りのローブはもうそろそろ身長が伸びたからだろうか、くるぶしくらいの丈だったものがもう膝まできてしまっている。長年使っていたものだったからボロボロだというのもあり、お母様がそう言ってくれたのだろう。
また今度新しいワンピースを買ってもらおうとお買い物を楽しみにしながら山を下りて村唯一の医師のもとへ。中に入れば看護師の女性が迎え入れてくれる。カバンから試験管を必要なだけ出して、お金の計算をしているのをおとなしく隣で待っている。
その薬は三級のポーションで銀貨一枚するらしい。それが全部で五十あるらしいので銀貨五十枚と、そこから運搬費を上乗せする。運搬費は基本的に銀貨十枚。なので本日の売上は銀貨六十枚となる予定だ。
「アンジェリーナ先生、マナポーションって作ることは可能でしょうか?」
「費用は掛かるよ…二等級で銀貨二枚と銅貨五十枚だ」
「やはりあなたはすごい…マナは特別作るのが難しいというのに」
「材料さえ調達できればなんということはない。いつまでに何本必要なんだい?」
次回の注文を聞き終え、つぎに牧場に立ち寄ろうとしたとき。思い出したかのように声をかけてきた。お母様は注文についてはできるそうだ。マナポーション…あの青い液体で、魔力切れを治す薬のことだ。それの値段を聞いて驚いた。体力回復用のポーションよりかなりお値段が高い。あとでこの事についても聞いておこうと思った。
医師は値段に関しては何も言わずに、作れるという事実に関して驚いているようなので多分作るのが難しいものなのだろうと推測。
「もしよければ可能な限り早く、できるだけ多く買い取りたい」
「訳を聞いておこうかね…」
「最近魔物のスタンピートが頻発しているから薬品系の在庫はどこも品薄なんだよ。あなたが作れるのなら隣町の薬師ギルドが喜ぶだろう」
「スタンピートか…なるほど。そういうことなら期待に沿えるよう他も作ってみようかねぇ」
「本当に優秀な白魔法使いがいてくれて助かるよ…材料はたりるかい?」
「裏庭に月光樹があるから平気だよ。それじゃあ、スタミナポーションも少し予備を残しておくかねぇ」
「ありがたい…ただし、無理はしないでくださいよ。ただでさえこれだけの量を頼んでいるのですから」
「私が倒れるような真似はしない。それに、もしかしたら娘も作れるようになるかもしれないからねぇ」
そうお母様が言うと、驚いたような顔をして医師は私の方を見た。なんだかかなり嬉しそうにしている。
「そうか、そうでしたか!お嬢さんも魔法の適性があるんですね。期待できますね、あなたの娘さんなら」
「マナはまだ作らせられないが、スタミナの二等級なら半年にでも作れるようになるかもしれないよ」
「偉大なる魔法使いの卵といったところでしょうか」
「それじゃ、この後用事があるので失礼するよ」
「ありがとうございました」
医師と看護師に頭を下げられ、それに会釈で返すお母様。あの医師たちには医学の知識はきちんとあるが、魔力がうまく操作できないために薬を作れないらしい。だからこうしてたのまれているのだろう。
お母様が魔法を使えるというのは村全体に知れ渡っているのでなにか必要な時にはいつも呼ばれる。
「魔法を使いたいのに、使っているのが人間でないと知れば恐怖だなんて。人間の世界もたいへんだねぇ」
そうお母様がこっそりとつぶやいていた。そんな中、牧場にむかって歩いていくと、何やら事件でもあったかのように慌ただしい人たちの姿を見つけた。
確かこの人たちは牧場で働いている人たちだった気がする。お母様はその様子を見つめると駆け足で今から向かうはずのヤシャのもとに。ドアをノックしてみたが誰の返事もない。
「おい、一体何があったんだい」
「ここの坊ちゃんが魔物に襲われて重体らしい!今から医師を呼んでくるが…ありゃまずいぞ」
「魔物に…こんなところにそんな凶暴な魔物なんていなかったはずなのにねぇ」
「あんたのことも呼んでくるつもりだったんだ。回復魔法を使えるだろう?」
「まぁねぇ…それじゃあ、勝手に上がらせてもらうよ」
そう言って鍵はかかっていなかったようなのでそのまま中に上がらせてもらった。すると、中でエルダさんの声が聞こえた。
「ヤシャ、辛いだろう。もう少しでお医者さんが来るからね」
「おい、奥さん。あんたも少し休め。倒れちまうぞ」
「そう、だ、よ…お母さん…」
声の聞こえるほうに歩いて進めば、エルダさんの泣いているのか震えた声が聞こえてくる。息も絶え絶えなヤシャがそれを落ち着かせているみたいだ。従業員の男性の人も打てる手は打ったからと落ち着かせようと必死。
「じゃまするよ、エルダ」
「先生…それにイレーネも」
「少し見せてくれないかねぇ」
そうってお母様が声をかければエルダさんは少しヤシャから離れる。今から呼びに行こうと思った矢先にもうすでにいたので驚いたのだろう。お母様が治療をできることは村中知っていた。
「怪我したのは…今朝だね。相手を覚えているかい」
「オーク…大き、かった…」
「そうかい、オークかい。とりあえず止血は済んでいるようだからスタミナポーションをのみな。そのうちに医者が来るだろう」
「ありがと…う…」
「エルダ、ポーションを置いておくから毎日飲ませるように」
「いいんですか?」
「薬なんて必要な人が使うものさ。これを半分水で薄めて朝に一本飲ませなさい。ポーションを渡して体はすぐに元気になると思うけど、傷がふさがるまで無理はさせないことだよ」
「はい、もちろんです」
「それじゃあ…ようすが著しくかわるようだったら呼んでおくれ。しばらくは高熱が続くと思うけど怪我を治している証拠さ」
「はい、ありがとうございます…いつもお世話になって本当にどうお礼を言ったらいいのか」
「必要ないよ…それじゃ、私は行こうかねぇ」
「エルダさん、また来ます」
「アンジェリーナ先生、イレーネ…本当にありがとうございました」
薬を渡してからもう用事もないのにとどまるのも…と自分たちの家に帰るのだろう。する予定の話は全くできなかったが、それでもお母様のかっこいいところが見られてので全然オッケーだったりする。それよりも、ヤシャはどうして魔物に襲われたりしたのだろうと思いながらもおいていかれまいと少し足の速さを上げる。