魔女の娘、招待状をもらう
「お母様、ただいま帰りました」
「こんにちわ~おじゃまします」
「あらあら、おかえりなさい二人とも」
山のふもとまでのお使いも無事に終わり、荷物持ちを引き受けてくれているヤシャとともに家に戻ってきた。玄関から中に入ると、お母さんは暖炉の前に座って本を読んでいた。これまた難しそうなものを読んでいるような気がする。
とりあえずヤシャがテーブルの上にかごを置いてくれるのでその中のものを保管庫に片付けていく。氷魔法の施された冷蔵庫、常に一定の温度が変わらない常温庫。薬品の保管に長けた薬保管庫。モーモー乳の瓶や買ってきたものを分けているうちにヤシャは先ほどさりげなく忍ばせておいた本をお母様のもとに持ってきていた。
「これ、すっごくおもしろかった!貸してくれてありがとう」
「そうかい?それならよかったけれど…」
「ちゃんとお母さんには言ったけど…」
「何か言っていたかい?」
「魔法使いにでもなるつもりなのかって笑われた」
そう言って彼がお母様に渡したのは魔術の本だろう。数年前くらいから魔法に興味を持ち始めたヤシャは、魔法を使えるお母様を頼ってたまにこうして習いに来ていていた。魔術を扱うために絶対に必要なものといえばその源である魔力、マナと呼ばれることもある能力。それが身についていることが絶対なのだが、彼の場合はまだそれが身についていない。
お母様も彼が興味をもってくれたのはうれしいらしく、楽しそうに魔術の話を聞かせている。牧場の仕事をしているエルダさん一家はみんな魔力を持ってはいるが、術を発動させられるだけの量がない。なのでその息子の彼も魔力がないと思っていた。だが、お母様曰く魔力は鍛えることができるらしい。それを聞いてからか、暇さえあればこの家に来てその方法を聞きに来ている。そのためにこっそりとノートまで持ってきているこの熱心さ。
「さて、夕ご飯にしましょうか」
「お母様、私作るよ?」
「お使いで疲れたでしょう。少し待っていておくれよ」
そう言ってキッチンに向かうと、道具たちが勝手に動き出す。これも魔法の一種…生活魔法と呼ばれるもの。
「さすがアンジェリーナ先生、魔術かっこいい!!」
「ふふっ、あなたもこのくらいできるようになるわよ」
目を輝かせてその様子を見ているヤシャと、おとなしくソファに座って待つ。今日は先ほどもらってきたばかりのベーコンと、畑で採れた野菜でパスタ。そして、簡単なスープを横に置いて今日の夕ご飯が完成する。
「おいしい!!」
「お母様、おいしいこれ」
「ふふっ、まだたくさんあるんだからゆっくりお食べ」
そう言って自分ものんびりと満足そうに食べ始めた。食後、ヤシャが帰ってからのんびりと紅茶を飲みながらお母様がため息をついた。何事かとそばに近づくと、一通の手紙が来たらしい…
「あなたに手紙だよ」
「私に?」
「学術院は知っているね?」
「お母様が出た学校?」
「そう…六年生の学校だよ。そこの学校からお前宛に入学試験の招待が来てるんだ」
この国の子供たちはよっぽど貧乏でない限りは学校へ通う。あまり教育を重要視しない人でも読み書きと単純な計算くらいはできていてほしいということらしい。一般の人たちは基本的に二年普通院に通ってからそれぞれの職業に関連する訓練校に通うなり直接働いて経験を稼ぐことが一般的だった。
それとは別に普通の家庭から王家の子供たちまでが等しく通う学術院は基本的に六年間通う。それは子供に基本以上の教育を与える余裕のある家庭が通わせる。この学校に関してはその子の能力次第でランク付けされた学校に通うことを許される。たとえ、王家の子供でも全然出来が悪ければランクの低い学校にいれられるらしい。
「なんで私に?」
「学校に通うのは十歳からなんだけどね、その前にどちらの学校に通わせたいのかを聞いておくのさ。学術院のような学校は試験に合格しなければならないからねぇ」
「準備のために必要ってこと?」
「そうさ。そのために、お前に話しておくことがあるんだ」
そう言っていつもよりもかなり真剣な表情を浮かべた。紅茶を飲んでいる一口がいつもよりもずいぶんゆっくりとしている。
一体、どんな重要な話があるのかと思いながらも意を決してお母様の隣の椅子に座った。
「お前は魔法使いになりたかったんだったね」
「うん…もっと魔法が使えるようになりたいの」
「魔法を勉強したいなら学術院一択だ。でもね、ちょっと問題があってね」
「問題?」
「お前はね…魔女の血を引き継いでるんだ」
「魔女…私が?」
お母様の話は今まで聞いたことのないような話から切り出された。
自分は魔法に適性があると判断された人族と聞いていた。自分が魔女の血を引き継いでいるのなら、お母様が魔女だったということになる。それとも、顔の知らぬ父親が魔王であるのか…そのどちらかが魔族の生まれであるということだった。
「今までお前を人間と同じように育ててきたんだけれど…実は私が魔女なんだよ。だからその血が遺伝しているっていうわけだ」
「お母様が…魔女?」
「そうさ…今まで隠してきてわるかったね。でも、その理由もわかるだろう?」
お母様が魔女である…その事実にただただ驚きだった。でも、今ならわかる…確かに今まで人間の子供として育ててくれた理由も、そうせざるを得ないようなこの時代の背景も。今なら確かにわかる。
「お前が魔女であるということで、話を聞いておくれ…イレーネ」
そう言って…お母様はまた一口、紅茶を優雅に飲んだ。