今日ものんびり朝が来て
「イレーネや、ちょっと買い物に行ってきてくれないかい?」
「はい、お母様」
昼下がり…のんびりと本を読んでいると声がかかった。声の主は自分の母であるアンジェリーナ。頼まれたのは夕ご飯の材料だろう。手に持っていた本を本棚に戻してから買い出し用の籠に手をかける。ワインレッドの自分用のローブに腕を通して同色のとんがり帽子をかぶる。これでいつのもお出かけスタイルの完成。
住んでいるのは山奥、そこから普段の買い出し用の村まで山を下れば小さな村がある。そこでいつも食料品なんかを買っている。あと少し時間をかけて歩けばもう少し大きな町に出ることもできるのだが、自分一人ではいくことはない。今日も頼まれたものはモーモー乳と、コッコー卵、そしてレッドベリー。
「よ、イレーネちゃん今日はおつかい?」
「そうなの、後でまた来るね」
私の名前はイレーネ・ローゼ。魔法が使えるお母様と一緒に村の少し外れの山の中に二人で住んでいる。お母様から頼まれたお使いを実行するべく、それらが売られている牧場を目指して歩く。
牧場は村のはずれにある。ただ単純に広い場所が必要だからというだけなのだが…村の反対から反対まで歩いて移動しなくてはならないのが苦痛でもある。ちなみにまだ私は八歳、身長は平均よりも低く、母親譲りのプラチナブロンドの髪は腰付近まで伸ばしている。同色の瞳はよくみんなからきれいだと褒められる。そんなこんなでたどり着いたお目当ての牧場にたどり着くといつものように売店のところには知り合いのおばちゃんがいる。
「あら、イレーネちゃん今日はどうしたの?」
「モーモー牛と、コッコー卵、レッドベリーが欲しいの」
「お使いだね、わかった。ちょっと待ってておくれよ」
彼女はエルダ、この牧場を取り仕切っている女性…小さいころから何かと私たち家族の世話を焼いてくれている近所のおばちゃん。
「あ、イレーネ遊びに来てくれたの~?」
「遊びじゃないの、お使いよ」
後ろから声がすると思えば、そこには同じ年の少年ヤシャがたっていた。彼はエルダの息子…今日もすっかり日が昇っているというのにまだねむそうに目をこすりながら本を大事そうに抱えていた。
「ヤシャ、昨日寝てないの?」
「うっかり気がついたら朝になってたんだよね」
「またそんなことを…エルダさんに怒られるわよ」
「いつものことだし…平気だよ~」
そう言いながら今にも眠そうな彼が向かうのは魔法結界の張られた温室がある方向。これは今日もあさまで続きそうだなぁと思いながらため息をついているとエルダが手に注文した商品をもってくる。
「さてと、これで全部だね」
「ええ、間違いないわ」
「それじゃあ全部で銀貨一枚でいいよ」
「いつもありがとうエルダさん」
モーモー牛一瓶で銅貨三十枚、コッコー卵は十個一パックで銅貨四十枚、レッドベリーはパックを気持ち山もりに詰めている状態で銅貨八十枚。それをまとめて値引きしてくれたエルダさん。そんなやり取りをしていれば、商品を詰められてかごを持とうとしたときになぜかそれは横にそれた。
犯人はヤシャ…彼がどうやらかごを持ってくれようとしているようだ。
「母さん、ちょっと送ってくるね」
「きっちりと送ってくるんだよ、ヤシャ」
「分かってるよ」
「ヤシャ、いつも言ってるけど私一人で平気なのよ?」
「重いだろ?なら手伝うよ」
そう言いながらこっそりと自分の愛読書とノートをかごに潜ませるのを見過ごさない。そう言ってお礼を言いつつ、持ってもらうことにして家へと戻る。その最中にいろんな店の人に呼び止められてお土産を渡してくれるものだからかごの中にあった余裕はすっかりなくなっていた。新作ブレンドのハーブティやクッキー、燻製されたベーコンなどこの道の人たちは通るだけで何かをくれようとするのだった。それを笑顔でお礼を言って全部ヤシャの持つかごの中へと入れる。さすがに重そう量となっていたがびくともしないヤシャ。さすが男の子、自分よりも力があるに違いない。
「んなわけねぇだろ」
「えっ、違うの?」
「牧場の仕事手伝ってるんだからこのくらい持てるようになるのは当たり前だからな」
ふと疑問に思って聞いてみたら違う答えが返ってきた。どうやら全員が男というだけで力があるというのは違うらしい。基本的に普段は牧場の仕事を手伝っているらしい。そんな姿を見たことがなかったので不思議そうにしていたが、まぁ自分も必要な時にしか村まで降りてこないしなぁと思い納得。そんなこんなで山を登って自分の家に帰るのだった。