中2病的世界の説明
「えーと、まず俺の説明から・・。」
人体模型がそう言いかけると彼女の目がすーっと薄くなり手にしたバールを持ち替えた。それを見た人体模型は内容を訂正する。
「・・は、どうでもいい事だから後回しにしよう。で、この胸像のモデルとなった方は実はこの世界とは別の、俗に言う異世界ってやつの住人なんだ。あっ、こらバールを持ち上げるんじゃねぇっ!本当の事なんだから仕方ねぇだろうっ!」
人体模型の説明にまたしても中2ワードが出てきた為、彼女は無意識に手を振り上げてしまったようだ。それを見て慌てて人体模型が制止した。
「あら、ごめんなさい。続きをどうぞ。」
「全く反応が過激すぎるぜ・・。異世界設定なんて、今時の若いやつらなら大喜びするワードだろうに・・。」
「つ・づ・き。」
彼女の過激な行動を愚痴る人体模型に彼女がゆっくりとした口調で説明の続きを促がす。
「えーと、まぁ住人と言ってもこの胸像自体が生きている訳じゃない。この胸像は異世界のとある方の姿を模したものでしかないからな。」
「そのとある方ってもしかして王子?」
「えっ、なんであんたがその事を知っているんだ?」
彼女の問い掛けに人体模型は驚いて彼女の質問を無視して問い返した。
「この彫刻の製作者の創作メモに書いてあったのよ。なに?あなたそんな事も知らなかったの?」
「あーっ、あのじいさんか。ちっ、メモっていたとは想定外だな。あの魔法使いもそうゆうところが甘いんだよなぁ。と言うかアルバート王子が胸像で、俺が人体模型って酷くないか?」
彼女の説明に人体模型は合点がいったようだ。だがやはり話す内容は中2設定である。しかし、そんな中でとあるワードを彼女は聞き逃さなかった。
「アルバート王子?この胸像のモデルってアルバート王子と言うの?」
「えっ?ああ、そうだ。ガレリア王国第2王子アルバート・シビリアン様だよ。」
「アルバート・シビリアン・・。アルバート・・。」
彼女の胸は新たに得た情報に高鳴る。そして何度も心の中でその名を繰り返した。
「えーと、次いっていいか?」
「えっ・・、ああ、どうぞ。」
胸像のモデルの名前を知った事により、先ほどまでとはうって変わってぼーとしている彼女に人体模型が問い掛ける。その問い掛けに彼女は我に返ったのか先を促がした。
「でな、今ガレリア王国は海を隔てた隣国のグレートキングダム王国から侵略を受けているんだ。というか半分以上占領されちまった。その戦いでアリステア・シビリアン王も戦死しちまってな。後を継いだフランダム皇太子も今は侵略軍に拘束されている。」
「ちょっと待って。その情報っているの?」
人体模型がなにやら歴史の授業のような事を言い出し始めたので彼女は一旦説明を止めさせた。
「なんだよ、だってあんたから見たらアルバート王子は別世界の人間なんだぜ?世界設定の説明は必要だろう?まさか王子のスリーサイズや身長、趣味や女の子のタイプを聞くだけで満足なのか?」
「うっ・・、知りたいかも・・。」
人体模型に指摘され思わず彼女は本音を漏らす。だが、彼女も漸く判り出したのだろう。胸像のモデルと彼女は住んでいる世界が違う事を。ならば人体模型の言うように王子のいる世界情勢から説明されなくては正しく情報を理解できないはずだと。
「まぁいいわ。説明を続けて頂戴。あっ、その前に質問。あなたさっきガレリア王国って言ってたけど、それって今のフランスの場所に昔あったらしいガレリアって地名と関係あるの?」
「フランス?いや、違うよ。あーっ、でもこっちの世界と向こうの世界で同じような名前や歴史があったとしてもおかしくないらしいって、魔法使いが言っていた。なんでも環境収斂とか言うらしい。」
「環境収斂・・。それって所謂中2病設定で言うところの中世欧州風って事かしら?」
「なんでも中2病で例えられても困るんだが、そう思いたければそれでいいんじゃないか。だが言っておくが王子のいる異世界は妄想の産物ではない。存在している世界が交わっていないから実感できないだろうが、異世界は確かに存在するんだよ。」
「う~んっ、そこんとこから既に中2なんだけどまぁいいわ。続けて。」
「で、国を侵略されたアルバート王子は現在身分を隠して野に潜伏中なんだ。そんな王子に神から天啓があったらしくてな。なんでもグレートキングダム王国からの侵略を打ち破るには異世界からの勇者を召喚しなくちゃならないと言われたんだと。」
人体模型の口からまたしても中2ワードが出てきた事に彼女は眉をひそめたが、話の腰を折っても仕方ないと黙って続きを促がした。
「そこで、王子はたまたま北のスウェン王国からガレリア王国に遊びに来ていた魔法使いに助言を求めたんだ。」
「はいっ、ストップっ!」
彼女は人体模型の説明を堪らず途中で制止した。人体模型の中2設定に何とか慣れたつもりでいても、さすがに魔法使いが出てきては信憑性を疑わずにはいられない。いや、これまでも人体模型の言葉に魔法使いと言うワードは出てきていたのだが彼女は単にニックネームか何かと思っていたのだ。まさか本当に魔法使いがいる世界があるとは信じられなかったのである。
「あなたの世界って本当に魔法使いがいるの?もしかしてドラゴンとか魔物とかも居ちゃう訳?」
「えっ、そりゃいるさ。と言うか、あんたのいるこっちの世界にだっているじゃないか。」
「いませんっ!」
人体模型のびっくり発言に彼女は強く反発した。だがそれを人体模型は否定する。
「いや、まぁ確かにあんたの考えている魔法とは違うかも知れないけど、こっちの世界で言う『科学』ってのは殆ど『魔法』と同義語だろう?あんたスマホの動作原理を知ってるのかい?あれってそれを知らなきゃ魔法と言われても否定できまい?それにこっちの世界ではドラゴンは絶滅したらしいが魔物は数が少ないだけで今でも世界各地で確認されているらしいじゃないか。」
「高度に発展した科学は魔法と見分けがつかない・・。」
人体模型の説明に彼女はとあるSF作家が語ったとされる言葉を思い出し口にした。確かに魔法をそう定義すれば科学の産物である現代文明は魔法が支えていると言っても良いかも知れない。ドラゴンを恐竜、魔物を伝染病と捉えれば人体模型が言っている事も納得できた。
そう、ものとはそれを見る方向によって形は変わるのだ。これを円錐シルエット問題という。円錐を影だけで判断するのは情報が少な過ぎて難しいとの例えからこの名がある。そう、円錐形は見る角度によって円に見えたり三角に見えたりするのである。
「えーと、続き行ってもいいか?」
「どうぞ・・。」
強く反発した事をあっさり覆されて、彼女は力なくテーブルに突っ伏しダメージの回復を図る。そんな彼女の心境を気にする様子もなく人体模型は説明を再開した。
「それでアルバート王子から助言を求められた魔法使いは嬉々として王子の手伝いを買って出たんだ。まぁ、この魔法使いもあちこちで悪い噂が絶えないやつなんだが、魔法の腕だけは本物でな。あっという間に勇者のいる異世界を割り出して召喚する準備を整えたのさ。」
「はぁ~、そうなんだ・・。」
今だHPの回復しない彼女は力なく人体模型の説明に相槌をうつ。
「だけど1回目の召喚は失敗した。これは魔法使いが駄目だったんじゃなく邪魔が入ったからだ。当然邪魔してきたのはグレートキングダム王国の魔法使いだ。」
「はぁ~、そうなんだ・・。大変だったね・・。」
彼女のHPは依然回復の兆しをみせない。と言うか説明を聞く度に減っている。
「そこで魔法使いはアルバート王子の依頼を放り出してグレートキングダム王国の魔法使いと魔法合戦を始めちまいやがってな。仕方がないので王子は手元にあった解説書を読んで独自に勇者召喚を試みたんだ。」
「おーっ、頑張ってるね、王子・・。」
彼女のHP、未だ回復せず。
「でもそこは素人の付け焼刃だ。色々と問題が出てな。どうやっても召喚出来ない。で王子は奥の手として自分が異世界へ行って勇者を連れてくると言い出したんだよ。」
「えっ、王子が?なに?王子、こっちの世界に来ているのっ!?」
人体模型の説明に彼女のHPがいきなりマックスに回復する。突っ伏していたテーブルから顔を上げ、人体模型に続きをせかした。
「いや、残念ながら王子は転移属性を持ち合わせていなかったから来ていない。なので代わりにこの胸像と俺が送られてきたのさ。」
「なんだ・・。」
再び、彼女のHPが減少した。
「まぁ、とは言っても実体を送るのは無理だったんで王子はあんたへのメッセージと俺の魂をこっちの世界の物質に転移させたんだ。だけど王子も大概だと思わないか?自分のメッセージはちゃんと自分の姿を模した胸像に転移させたくせに、俺は人体模型だぜ?まぁ、これは参考にした魔法使いの解説書がそうなっていたらしいからしょうがないと言えばしょうがないんだろうけどあんまりだと思わないか?」
「んーっ、別にどうでもいい。」
人体模型の問い掛けに彼女はきっぱりと答えた。そんな彼女に人体模型が反発する。
「あんたも大概俺の扱いが酷いな。いいのか?俺をあんまりぞんざいに扱うと王子に会わせてやらないぞ。」
バンっ!
人体模型の脅しに彼女の手にしたバールが再度テーブルを叩いた。
「あっ、嘘っ!冗談だってばっ!ジョークだからっ!もう、俺が来たのはあんたを連れ帰る為なんだからそんな事する訳ないじゃんっ!」
改めて今の自分の置かれている状況を思い出した人体模型は先ほどの言葉を必死に訂正する。そんな人体模型に改めて彼女は問いかけた。
「そう?まぁ仕事は真面目にやらなくちゃね。でもなんであなたが来たの?あなたがその転移属性とかを持ち合わせていたから?」
「おうっ、俺はこう見えても羊飼いだからなっ!」
「??意味が判らないわ。羊飼いだからってなんなのよ。」
「くーっ、これだから異文化とのコミュニケーションは嫌なんだ。羊飼いって言ったら神の使いだぜ?つまり使徒じゃんっ!」
「・・。」
人体模型の説明に彼女は黙り込む。まぁ、内心ではまた中2設定かよと突っ込んでいたのだが口には出さなかった。と言うかここに来て漸く彼女はある事に気付いた。
「ところでさっき私を連れ帰るって言ったけど、それってもしかして私が勇者って事?」
「ああ、そうらしいね。」
「この可憐で可愛い素直で奥ゆかしい私が?」
「あんた、自分で言っていて背中が痒くならないのか?」
バンっ!
この日何度目になるのか、またしてもバールがテーブルを叩く音が部屋に響く。と言うか、そのテーブルって学校の備品なんだからもっと丁寧に扱わなきゃ駄目なんじゃないのか?
「くっ、まぁ勇者ってやつは別に男だけの専売じゃないからな。人々の先頭に立ち導くやつは全て勇者さ。あんたの世界にもいただろう?王子があんたに付けた名と同じ女性の勇者が。」
「あっ・・、ジャンヌ・・ダルク・・。」
彼女は胸像が彼女に囁く時の名前を思い出し、それと同じ名前を持つ歴史上の女性の名を口にした。
これは単なる偶然なのだろうか?王子がいる異世界の設定はこちらの世界における中世フランスの状況に近似していた。そしてその昔、隣国イングランドからの侵略に対し祖国フランスの危機を救うべく兵士たちの先頭にたち彼らを導いた女性の名もまたジャンヌと言ったのだ。
「ジャンヌ・・、ジャンヌ・ダルク。私が王子の世界のジャンヌなの?」
「らしいね。まぁ、これは神の啓示だ。だから間違いはないと思うが、だからと言ってこちらの世界と王子のいる世界が同じ道を進むとは限らない。だからあんたが向こうへ行ったからと言って簡単に戦いが終わる訳じゃない。多分あんたは苦労するぜ?」
「王子は今戦争をしているのね・・、そして私に助けを求めてる・・。でも私、戦争なんてした事ないわ・・。」
今までの彼女は王子会いたさ故なのか、喋る人体模型すら気にしていなかったのだが、突然話が血なまぐさくなり冷静を取り戻した。
「あんたは兵士として召喚されるんじゃない。勇者として呼ばれるんだ。戦うのは兵士の仕事さ。あんたは彼らを導けばいいんだ。でも、それだってつらいはずだ。なんせ勇者なんだからな。勇者の歩む道は茨の道って決まってる。それは王子も判っている。判っていて尚あんたに助けを求めているんだ。さて、どうする?」
「そうなんだ・・、それはちょっと嫌かもね。」
人体模型の説明に彼女は素直な気持ちを口にした。
「俺としてはあんたが断れば無理強いは出来ない。多くの命を救う為なんてきれい事は聞き飽きているからな。人の命はひとりにひとつなんだ。だから向こうへ行くかどうかはあんた自身が決めてくれ。俺はあんたの決断に従うよ。」
「もしも私が行かないと言ったらあなたはどうなるの?」
「別にどうともならないさ。このまま人体模型として学校の七不思議を続けるだけさ。」
「そう・・、あなたも帰れなくなるのね・・。」
「へっ、俺の事なんか気にするなよ。優先すべきはあんたの気持ちだ。なに、それは王子だって判っているさ。だからあんたが来なくたって自分で何とかするはずだ。仮にそれで命を落としたとしても王子は悔やまないだろう。やるべき事はやつたんだからな。」
「そう・・、そうなんだ。」
人体模型の説明に彼女はぎゅっと唇を噛み締め考える。彼女の気持ち的には是非とも王子の役に立ちたいと思っている。だが、それが戦争の手伝いと聞いては躊躇せざるえまい。
赤と白、ふたつある手元のボタンのどちらかを押すと押した方の色に塗られた絞首台の床が落ち、そこに立っている者が首を吊る。そんなボタンを手渡された時、人はどのような行動をとるのだろう?まぁ、普通はどちらのボタンも押す事を拒否するはずだ。
だがその絞首刑台に自分の知っている者が立っていたら?いや、それどころか思いを寄せている者が立っていたとしたら?自分がその者が立っている床の色では無い方のボタンを押せばその者が助かるとしたら?ましてやボタンを押す方の者がその者の敵だとしたら?
それでも人は躊躇うだろう。だが躊躇いつつもボタンを押すはずだ。何故ならそれが人間だからである。
人は何かしらかの判断を迫られた時、まず自分に有利かどうかを考える。その中には自分の身内や仲間の事も含まれる。その決断によって多くの者が被害を被ろうとも優先するのは自分と自分の身内、そして仲間だ。
その理論にあてれば彼女は王子を救う為王子の下へ行かねばならぬ。それにより多くの人たちの命が消えようとも彼女が灯し続けたい命の炎は王子のものなのだから。
どれ程の時間、彼女は考えていただろう。その間、人体模型は黙って彼女が決断するのを待っていた。そしてとうとう彼女は顔をあげた。その表情には重大な決意をした者だけがまとうオーラのようなものが見える。そして誰に言うでもなく呟いた。
「行くも地獄、行かぬも地獄。ならば愛しきあなたと、どこまでも共に落ちましょう。」
「なんだそれ?シェークスピアか?」
「おしいっ!ダンティーノでした。と言うか、あなたシェークスピアなんて知ってるの?」
「まぁな、俺はこっちの世界に来てまだ2年くらいだが、俺の前にこの人体模型に憑依していたやつは100年くらいぐたぐた過ごしていたらしくてな。これがまたえらくインテリでさ。そっち方面の知識がハンパないのよ。」
「あなた、二重人格ならぬ二重憑依してるの?」
「いや、俺が憑依した事によりあいつは強制的に成仏させられた。ただ成仏したのは魂だけなのであいつが持っていた知識や情報は俺が引き継いでいるんだ。」
「すごい設定ね・・。学校の怪談って代替わりするんだ。」
「いや、他のは知らないぜ?俺が知っているのはあくまでこの人体模型だけだ。」
人体模型の説明に彼女はやれやれと言った体で肩をすくめる。そしてふと気付いたように人体模型に問い掛けた。
「ところであなた、名前はなんて言うの?」
「ここまで説明して、ようやくそれかよ・・。」
彼女の問い掛けに人体模型は本来動かないはずの頭を傾けうな垂れたのだった。