敵の反撃
「うぉーっ、行け行け行けっ!敵が面食らっている今がチャンスだぞっ!もたもたしていると矢の雨が降ってくるっ!その前に周壁へ取り付くんだっ!」
古参兵の檄に新兵たちは死に物狂いでスライド・ブリッジの上を梯子を抱えながら走る。しかし、構築速度こそ驚くべきものがあったスライド・ブリッジではあるが、その強度は不安定であり大勢の兵士が走るとぐらぐらと揺れ動いた。中には継ぎ目に足を取られ川に転落する兵士もいた。
だが今は戦闘中である。なのでその兵士に手を差し伸べる者はいない。泳げる者は簡易甲冑を脱いで川岸目掛けて泳ぎ出したが、落ちて動転した者の中には重りでしかない甲冑を脱ぐことが出来ず川底へと沈んでいった。
それでも殆どの突撃兵は渡河に成功した。グレートキングダム側から矢は射掛けられていたが、まだ準備が整っていなかったのだろう、その矢数は少なく突撃兵は難なくモンシュルの町の周壁へ取り付くことが出来た。
そして12本のスライド・ブリッジを渡ってきた12本の梯子が一斉に周壁へと掛けられる。それを押し返そうと身を乗り出したグレートキングダム兵は突撃隊に付き添ってきた弓兵に狙い撃ちにされる。
たがそれは周壁に取り付いた梯子を最初の兵士が駆け上がろうとした時に降って来た。
ひゅんっ!ひゅんっ!ひゅんっ!
「ぐわっ!」
「うおっ!なんだこの矢の量はっ!」
それは今までの矢数などとは比べ物にならない数の矢の連続投射だった。これこそグレートキングダム側の新兵器『ガトリング投射器』の威力であった。
そう、ガトリング投射器とは架台に弓を何張りも重ねたもので矢を連続投射出来る装置だったのだ。しかも弓部分だけを簡単に交換できるようになっている為、投射後矢を装填済みのものとアタッチメント交換する事により速射が可能であった。
これは現代風に言うならば重機関銃のようなものであろうか。いや、投射出来る矢は通常のものより短く威力も小さいのでどちらかと言えば拳銃弾を使用するサブマシンガンと言った方がしっくりくるかも知れない。
だが、そんな矢でも近距離であれば殺傷能力は十分であった。もともと矢傷を負った兵士は戦力としてはガタ落ちである。つまり戦場においては相手を絶命させる必要はないのだ。傷を負わせて通常の戦闘行為を出来なくさせれば結果として相手の戦力を削ぐ事になるのである。
そうゆう意味では『ガトリング投射器』は攻城戦の守備側ににおいては強力な防衛兵器といえるだろう。
「馬鹿なっ!この狭い範囲のどこにこれ程の数の弓兵を配置していたというんだっ!」
ガトリング投射器の連続投射を受け前線に立つ将校は矢が放たれている場所を探るべく周壁を仰ぎ見る。ガトリング投射器の存在を知らないこの将校はまだ多数の弓兵が周壁上から矢を降らせていると思っていた。
しかし、襲ってくる矢は複数個所からではなく一箇所から立て続けに射掛けられていた。その連射速度たるや、1秒間に2射から3射はあるようだった。その連射間隔で矢が絶え間なくガレリア兵たちへ射掛けられる。
そんな矢が周壁から突き出した近くの城塔から梯子を登ろうとしていたガレリア兵たちへ向けて浴びせられたのだ。
「ちっ、大砲は何をやっているんだっ!城塔の破壊はあいつらの仕事だろうっ!」
前線の将校は目の前で起こっている事態をウォーグレール隊のせいにして罵った。だがウォーグレール隊も別にサボっていたわけではない。そもそも突撃兵が周壁へ取り付くのが早過ぎたのと、攻撃すべき城塔の数が多過ぎて手が回っていないのが現状だった。つまり段取りが悪かったのである。これは攻撃を急ぎ過ぎたが故のほころびであろう。
しかし、既に戦いの火蓋は切られたのである。ここで文句を言っても誰も慰めてはくれない。なので前線の将校は弓兵へ城塔から矢を放っている狭間を狙うように指示を出すが、もともと敵の矢からの攻撃を防ぐ為に狭間は小さい。なので放たれた矢は全て狭間の回りにしか当たらず狭間の陰にいるであろう敵の弓兵を倒す事が出来なかった。
そうこうしている間に周壁へ掛けた梯子がグレートキングダム兵によって押し返され倒れた。これは周壁上にいるグレートキングダム兵を牽制していた弓兵を城塔攻撃へ回したが故の失策であった。しかし、何かしらかの手を打たねばガレリア側は周壁の下に貼り付けとなり、矢の雨を受け続ける事になる。
だが前線の将校にはもはや打つ手が無かった。なんと言ってもガトリング投射器から放たれる矢の数と連射速度が尋常でなかったのである。
なので将校は一旦退却するべきか迷った。しかし、その時彼に天恵が訪れた。そう、漸く彼が率いた部隊を悩ませていた城塔へガレリア側の大砲、ウォーグレールが照準を合わせ狭間を吹き飛ばしたのだっ!
どかーんっ!
「おおっ、これぞジャンヌ様の加護だ。それ皆の者っ!我らにはジャンヌ様がついていてくださるっ!梯子を掛け直してグレートキングダム兵を倒すのだっ!」
「おーっ!」
ガトリング投射器からの攻撃がやんだ事により防盾の陰に身を潜めていた兵士たちが将校の命令に従い倒れた梯子に群がり周壁へと掛け直す。それらの兵士に向けて周壁上からも矢の攻撃があったが、それらにはガレリア側の弓兵が対応したので先程のガトリング投射器からの攻撃密度に比べたら無いも等しい数であった。
だがこの将校の部隊はかろうじてウォーグレールの援護が間に合ったが、援護が間に合わなかった部隊の中には一旦撤退する事を決断した部隊もいた。そんな状況を対岸の本陣にて見ていた者がいた。そう、ジャンヌとホワイトである。
そしてふたりの表情は対照的だった。ホワイトは戦況を正確に把握できるのでガレリア側がかなり不利な状況である事を理解していたが、戦場での優劣などとんと判らないジャンヌの目には取り合えず攻めている方が優勢に映っておりもう暫くしたらトーレルの戦いのようにモンシュルの町にガレリア王国の旗がはためくと思っているようだった。なのでジャンヌにはホワイトの苦渋の表情の意味が判らないらしくホワイトへ問い掛けた。
「どうしたの?ホワイトさん。なんか随分険しい顔をしているけど?」
「そうだな、今回は苦戦している。スライド・ブリッジでの奇襲は成功したが、敵も秘密兵器を用意していたようだ。」
「秘密兵器?」
「ここからではよく見えないだろうが敵の矢数と投射速度が半端ない。どうやっているのかは判らぬがあれは厄介だ。」
「んーっ、あの壁から突き出た塔の開いた所からひゅんひゅん飛び出しているやつの事?あれってそんなにすごいんですか?」
ひとりの射手における矢の速射限界数を知らないジャンヌにはホワイトの言っている事がやはり判らないようだった。やはりここは機関銃を例にとって説明するべきではないだろうか。
とその時、まるで打ち合わせをしていたかのようにその事をジャンヌに説明する者がいた。そう、情報検索コマンド『ポチ』である。
『ピッ、ホワイト様。それに関しては私がジャンヌに説明しましょう。』
「あら、ポチ。久しぶりね。あなたハーツが起きてからかなり出番が減ったんじゃないの?」
『ピッ、人を旬の過ぎた芸人みたいに言わないで下さい。いえ、私は人ではないですけどね。』
「はいはい、それであのひゅんひゅん飛んでいる矢のどこが秘密兵器なの?」
『ピッ、基本矢ってひとりの射手が射れる速度って熟練した弓兵でも1分間に2射くらいなんです。因みにこれはちゃんと狙って射る速度ですから手当たりしだいならもっと速いですけど、あのグレートキングダム側の投射速度はそれすら凌駕しています。』
「ふ~んっ、それって織田信長の桶狭間での鉄砲三段撃ちみたいにしているんじゃないの?」
『ピッ、鉄砲三段撃ちの通説があるのは桶狭間じゃなくて長篠の戦いです。あなた歴史は結構好きだって言ってませんでした?』
「言ってたかなぁ。でも私が好きなのは欧州とかの外国の歴史でちょんまげはそれ程でもないわ。」
『ピッ、ちょんまげって・・、あなた一応日本人の癖に自国の歴史に興味がないってどうなんです?』
「はいはい、悪うございました。で三段撃ちじゃないならなんなのよ?」
ジャンヌは久しぶりのポチからの突込みを軽く聞き流し本題の説明を促がす。
『ピッ、多分あれは機械的な装置を使っているんだと思います。それであれだけの速射性能を得ているんでしょう。これをあなたの世界の例で例えるなら単発の火縄銃とボックス給弾機構の機関銃くらいの差だと推測します。』
「ボックス給弾機構ってなによ?」
『ピッ、あっ、そこからですか?えーと、とにかく本来矢を多数射掛けるにはそれだけ多くの弓兵が必要だったんです。ですがあんな狭い城塔に普通はそんなに人を配置出来ませんからあんなに連続して射掛けることなど出来ないんですよ。でも実際にグレートキングダム側は防備の固い城塔の矢狭間から大量の矢を射掛けてきている。となれば答えは自ずと機械化された新兵器となる訳です。』
「ふ~んっ、そうなんだ。」
ポチの説明にジャンヌは判ったような判らないような曖昧な返事を返す。
とその時である。周壁に張り付くガレリア兵へ執拗に矢を射掛けていた城塔にウォーグレールの砲弾が命中し、中にいたグレートキングダム兵事吹き飛ばした。そしてぽっかりと空いた穴からは何やら弦の切れた弓が何層にも重ねられた装置が見え隠れしていた。それを見てポチが合点したように呟く。
『ピッ、ああっ、成程。弓の重ね合わせですか。まっ、確かに周壁周りでの短距離投射ならあれでも十分ですね。あっ、奥にあるのは予備かな?いや、あれは弓部分だけみたいだ。となると・・。』
ウォーグレールの砲弾が開けた穴から見えた状況をポチはひとり分析し始める。だけどそんなポチにジャンヌはちゃちゃを入れてきた。
「あなた、実体がない癖にあれが見えるの?」
『ピッ、ふっ、私には魔法製の視覚認識機能が備わっていますからね。因みに望遠機能も付いてます。その望遠率足るやなんと4倍ですっ!』
「私のデジカメは光学16倍ズームだったわ。因みに解像度は4メガピクセル。」
ポチの自慢をさらりとジャンヌは言い負かす。なのでポチも癪に障ったのか軽く嫌味を返してきた。
『ピッ、いや、そこで比較対象としてデジカメを持ってこられても・・。もしかしてジャンヌって日本の科学技術は世界いち~っ!とか言いたい人なんですか?』
「えっ、違うの?」
『ピッ、私のデータベースによると日本人で最近ノーベル賞を受賞しているのは『科学』じゃなくて『化学』の方なはずです。まぁ、別にどちらが上だなどと言う事はないんですけど人の成果をさも自分の成果の様に自慢するのはどうかと思うんですけどね。』
「ふう~ん、そうなんだ。で結局秘密兵器だなんだと言っても大砲で吹き飛ばせるのが判ったんだからちゃちゃっとやって頂戴。」
『ピッ、あなたって本当に自分が興味のない事には関心を示しませんね。まぁいいです。あれは大砲と違って作り方さえ確立すれば大量に作れるはずです。ですから大砲でひとつづつ潰していくのは多分大変ですよ。大砲の弾だって限りがあるんですから。』
「もうっ、ポチったら結局口だけなんだからっ!いいわっ!私が直接行って潰してきますっ!」
そう言うとジャンヌはガレリア王国の旗を手に戦場に向けて走り出してしまった。その行動に慌てたのはホワイトたちだ。ホワイトと直衛の兵士たちは直ぐに後を追ったが、そこは勇者特性を有している彼女だ。何故か凄く足が速いです。計測した訳では無いけど100メートル走の世界記録並みの速度で走ってます。
なので追いかける兵士たちは当然追いつきません。もっとも兵士たちは糞重い鎧を着込んでいるからね。それに対して彼女はセーラー服だ。これだけでも追いかける兵士たちには不利なのに追う相手が勇者ではとてもじゃないが追いつける訳が無い。
「ちっ、とんだじゃじゃ馬だったかっ!馬を回せっ!徒歩では追いつかんっ!」
走り去るジャンヌの尋常ならぬ速度にホワイトは馬にて追うように命令した。だが生憎ホワイトの馬は近くに繋がれてはいなかった。しかし、そんな状況をホワイトたちから少し離れていたところに待機していた騎兵隊の隊長が察し、部下を引き連れてジャンヌを追った。
「はいやーっ!我らが救世主をお守りしろっ!」
「おーっ!」
城塞都市攻撃の為、今回出番がなかった騎兵たちは降って湧いたこの活躍の場にみな奮い立ちながらジャンヌを追う。しかし、前を走るジャンヌの速度は騎兵の突撃速度を持ってしても一気には詰め寄れない。もっともこれはスタートしたのが遅かったからであり、速度自体は騎兵の方が速かった。なので徐々にではあるがジャンヌと騎兵たちの差は縮まってゆく。
だがここでアクシデントが発生した。ジャンヌは他の部隊が掲げる旗より大きくきらきらと光を反射し輝く豪華なガレリア王国の旗を掲げて走っていた。そしてこれは戦場では非情に目立った。
もっともそんな旗がジャンヌの下にあったのは誰の目にもここにジャンヌがいると判るようにわざと目立つ旗を準備していた体が、そんな旗を手に戦場に駆け出しては、逆に目立ち過ぎていい的になってしまう。
なのでそんな旗を掲げた少女が駆けて来るのを目ざとく見つけたグレートキングダム側の兵士は恐れおののきながら長弓兵へ悪魔がやってくると告げた。
「あっ、悪魔だっ!悪魔がやってくるっ!うわっ、来るなっ!こっちに来るなぁーっ!」
「馬鹿やろうっ!ビビるんじゃねぇっ!ふんっ、あれは噂のガレリアの天使とかいうやつに違いないっ!ふんっ、なんだ、ただの小娘じゃないか。俺は悪魔なんて信じねぇっ!もっと近寄れっ!俺が地獄へ送り返してやるっ!」
「馬鹿な・・、あいつは悪魔なんだぞっ!矢なんかで殺せる訳がないっ!」
「ふんっ、悪魔なんてのは魔法使いのあだ名さ。そして魔法使いにはこの毒だっ!」
ヒゲ面の長弓兵はそう言うと、胸から袋を取り出し矢じりに塗りこんだ。そして周壁の上にでこぼこに配置された胸壁に身を潜めながらジャンヌを射る為の準備を整えつつ彼女が渡河し終わるのを待った。
そして結局騎兵隊の先頭がジャンヌに追いついたのは彼女がスライド・ブリッジを渡り終えた後だった。何故ならスライド・ブリッジは馬に騎乗した騎兵が並んで走りぬけるようには出来ていない。なので一頭づつ順に渡河した為遅くなったのだ。
また、その頃には周壁の上にいた他のグレートキングダム兵たちも彼女が掲げる豪華な旗に気付く。中には指差す者もいた。なのでそんなグレートキングダム兵たちの動きにガレリア側の兵士たちも後ろを振り向いた。そんな一同の視線がジャンヌに集まる中、ヒゲ面の長弓兵が狙い済ました一矢を彼女に向って放った。
「へっ、地獄に帰りなっ!ここはお前の居ていい場所じゃねぇっ!」
ひゅんっ!
狙い済まされた矢はジャンヌに向かって真っ直ぐに飛んでゆく。だが、彼女はそれに気付かない。いや、彼女は気づかなかったがそれに気づいた者がいた。そう、彼女を追ってきた騎兵隊の隊長だ。
「危ないっ!」
隊長はそう言うと馬ごと彼女の前に躍り出て矢を防いだ。おかげで矢は彼女に当たらなかったが運悪くその矢を足に受けた隊長は落馬してしまう。
「ちっ、邪魔するんじゃねぇっ!」
ヒゲ面の長弓兵は渾身の一矢を騎兵隊長に防がれた事により悪態をついたが、すぐさま第二矢を弓につがえるとまたしても彼女に狙いを定めた。しかもその頃には他の長弓兵たちもジャンヌの存在に気付き、彼女に向って矢の照準を向け始める。
ひゅんっ、ひゅんっ、ひゅんっ!
各して何本もの矢が彼女目掛けて飛んで来る。その殆どは彼女をはずれ地面に突き刺さったが1本だけが彼女の胸を貫いた。
「ジャンヌ殿っ!」
胸を射抜かれたジャンヌの下に隊長の後に続いた騎兵が駆け寄りすぐさま下馬すると倒れこんだ彼女を自分の馬へと乗せた。その馬の手綱を更に後から来た騎兵が掴むと前線から離れるべくスライド・ブリッジへ向けて走り出した。
「はいやーっ!どけっ、どけっ、どけっ!」
ジャンヌを乗せた馬を連れた騎兵は未だスライド・ブリッジ上にいる他の騎兵たちに道を開けるように怒鳴った。それらの騎兵たちもジャンヌが矢傷を負ったのは見ていたので、躊躇う事なくすぐさま馬ごと川に飛び込み彼女の為に道を開けた。
「ジャンヌ殿っ!お気を確かにっ!直ぐに軍医の下へお連れ致しますっ!どうかっ!どうか我々をお見捨てになられるなっ!」
ジャンヌが騎乗する馬の手綱を握り締め騎兵は彼女に声を掛け続ける。これは矢傷による出血で意識が朦朧となりやすい負傷兵への通常の対応ではあったが、騎兵の目には涙が溢れておりその声は震えていた。
そんな騎兵の声に彼女は応えようとするが、大量の出血により意識が薄れているのだろう。なので残念ながら声にはならなかった。
そんな彼女に対し、ポチは鬼の形相でアイテムボックスをかき回し出血に対応するヒーリング魔法アイテムを探していた。そして漸く見つけると魔法処置をする。しかし、矢には対魔法対処用の毒が含まれていたらしく中々血が止まらない。
『ピッ、糞っ!ゲスなグレートキングダムの長弓兵めっ!なんで一介の弓兵が対魔法戦用の毒なんて持っているんだよっ!』
ポチは悪態をつきながらも毒の中和魔法アイテムも駆使し全力で彼女の出血を止めようと試みる。その甲斐があってか少しづつではあるが彼女からの出血は少なくなった。だが、矢は多分動脈を傷付けていたのだろう。なのでそれまでに流された大量の血によって彼女のセーラー服はどす黒く変色していたのだった。




