戦士たちの休息
さて、話は少々戻るがトーレルの町での戦いに勝利したホワイトたちは戦死した兵士たちの遺体の片付けがすんだ後、陣にて祝宴を挙げていた。当然その中心にいるのはジャンヌだ。そしてそんなジャンヌの廻りにはトーレルの町から駆り出された多数の女の子たちが彼女の踊りに動きを合わせて踊っていた。
でもその踊りと歌は祝宴の席にはちょっと似あわない気がする。だって彼女たちが歌っているのって、ジャンヌがいた世界での人気アイドルグループ○○坂なんとかっていうグループの歌なんだもの。
因みに音楽と音響機器はハーツがあっちの世界で得た情報を元に魔法でなんとかしたらしい。うんっ、便利だね、魔法って。
だけど、酒が入って気分が高揚している兵士たちには歌の内容など関係ないようだった。若い女の子たちが大勢自分たちの目の前で踊っているという事だけで大騒ぎなのだろう。
「ほらっ、そこはスカートをもっとひらりとさせて回るのっ!」
「表情はあくまで無表情、もしくは不貞腐れた感じでっ!」
「タイミングを合わせてっ!これはグループ全体で動きを合わせるところがウリなんだからっ!」
ジャンヌは踊りながらも女の子たちに駄目出しをする。もっとも女の子たちとて初めて聴く歌と振り付けなんだからそうそう上手くは踊りない。だけど町の救世主たるジャンヌに言われては彼女たちとしてもはがんばるしかないのだろう。なのでみんな真剣な面持ちでジャンヌの動きに合わせようと必死だった。
でもジャンヌ?確かにあのアイドルグループはそれがウリだからそれでいいのだけど、あの歌を祝宴で歌うのはどうかと思うんだけど?祝いの席ならもっとそれに相応しい歌や踊りがあるんじゃないの?
しかし、この選曲は多分彼女の心の内を反映したものなのかも知れない。つまりそれくらい今の彼女の心は荒んでいたのだ。
だが、そんな彼女も段々と気持ちが高揚してきたのだろう。なので次にハーツへ命じた選曲はオクラホ○ミキサーだった。えっ、オクラホマ○キサーを知らない?あらら、そうですか。まっ、どんな曲かは自分で調べてね。権利関係が面倒だからさ。
さて、先程までの歌とはうって変わってリズミカルな曲が流れ出した事により、それまで酒杯を手に女の子たちの踊りを見ているだけだった兵士たちも我先にと踊りの輪に加わりだす。中にはちゃっかり女の子の手を取って踊るやつもいた。だが女の子の数は少ない。なので出遅れたやつらはしぶしぶといった感じで仲間同士で踊るはめとなった。
それでも所詮は酔っぱらいだ。踊っている内に興奮してきて自分の踊りに笑いだす。それを見て周りもつられて笑うものだから宴席はあっという間に笑いの渦に包まれた。
その後はもはやカオスである。当然その中心にいるのはジャンヌだ。しかもいつのまに手にしたのか彼女の手には酒杯が握られていた。それを彼女は一気に飲み干す。あーっ、これはまたいつかの酒場の再現になるな。
「くーっ、中々いけるじゃないっ!こらっ!お前っ!杯が空になったら直ぐに注がなきゃ駄目じゃないっ!そんな事ではサラリーマン社会での出世競争で遅れを取るわよっ!」
彼女は空になった杯を下に向け中身がなくなった事を酒樽を持っている若い兵士にアピールする。それに気付いた兵士は慌てて彼女の杯を酒で満たした。
「おっととと、勿体無い。」
並々と注がれ今にも零れそうな杯に顔の方から近づけて彼女は酒をすすった。う~んっ、彼女ってまだ高校を卒業したばかりのはずなんだけど、どこでそんな酒飲みマナーを覚えたんだ?もしかして本能なのか?
だがそんな彼女に苦言を言う者がいた。はい、暫く出番がなかったので忘れている方も多いでしょうが、情報検索コマンド『ポチ』です。
『ピッ、ジャンヌ。あまり羽目を外すと明日が酷い事になりますよ。』
「あら、ポチいたの?」
『ピッ、いきなりの無関心発言。全くこれだから酒飲みは嫌なんだ。』
「にゃはははっ!なにぶーたれているのよっ!あなたも飲みなさいっ!どうせ払いはホワイトがするんだから飲まなきゃ損よっ!」
『ピッ、いや、私は物理的に飲めないって。』
「なんとっ!私の酒が飲めないって言うのっ!」
『ピッ、出た、酒飲みの常套句。』
既に出来上がっている彼女からの絡みにポチは愚痴りながら酔い止めの薬を用意し始めた。だが、文句は言うもののポチも彼女に酒を控えろとは言わない。そう、ポチにも今彼女が抱えている心の葛藤が判るのであろう。なので止めなかったのだ。
確かに酒は飲み過ぎると酷い目に会うのだが、それでも飲めば一時ではあるが悲惨な現実を忘れさせてくれる。それを逃避だと蔑む人もいるが、人生では逃げねば押し潰されてしまう事も多々あるのだ。
彼女は今、まさにそんな状況にあった。だから彼女は飲む。今の彼女には慰めや励ましの言葉よりもひたすら現実を忘れさせてくれる酒のチカラが必要だったのだ。
「みんな、飲んでるかぁーっ!」
「おーっ!」
ジャンヌの声に兵士たちが酒杯を掲げて応える。その顔には生き残った喜びが溢れていた。そう、死んでしまっては楽しむ事はできない。だが、やらねばならない事をせずに楽しみだけを享受してもそれはまやかしだ。兵士たちはやるべき事をやったが故に今を楽しんでいるのだ。つまり達成感である。
だからと言って彼らが仲間の死を無視している訳ではない。いや、それどころか誰よりも強く感じているはずである。だが彼らにとって死とは常に隣にあるものだった。
彼らには隣で戦っていた仲間が死んで自分が生き残ったのは只単に運が良かっただけだという思いがあった。そもそも誰しもが自分が死んでいてもおかしくない状況で彼らは戦っていたのだ。それ程戦場で生き残るという事は紙一重なのである。
だからそんな彼らの胸中には明日はわが身と言う思いもあるのだろう。なので彼らは今日生き残った事に喜びを爆発させる。そして彼らはやがて自分に死が訪れた時、先に旅たった仲間に自慢するのだろう。俺は生き残ったからこんなに楽しい思いをしたんだぜっ!と。
まぁ、だからと言って全ての兵士がそんな哲学的な事を本当に考えていたかは定かではない。それどころか殆どの兵士はそんな事など思ってもいないだろう。と言うか自分は絶対死なないと思っているはずである。
だが死の恐怖は常に隣にあった。それ故の馬鹿騒ぎだ。つまり現実逃避である。しかし、当の本人たちにその認識はあるまい。今はただただ生き残った喜びを爆発させているのだから。
そんな彼らに例の酔っ払い女王様モードとなった彼女の激が飛ぶ。
「にゃははははっ!私は誰だっ!」
「おーっ!天より舞い降りし我らが天使っ!」
「私が天使ならお前たちはなんだっ!」
「天子さまに導かれし迷える子羊なりっ!」
「ちがーうっ!お前たちは戦士なりっ!私の願いを叶えてくれる最強の尖兵っ!故に以後、私の許可無く死ぬ事相成らんっ!これは命令だぁーっ!」
「おーっ!」
彼女の無茶振りに兵士たちは大声で応えた。まぁ、殆どの兵は只単に勢いで応えただけだが、中には彼女の言葉の中に潜でいた彼女の心情を察する者もいた。なのでそんな者たちは一様に彼女の言葉に涙する。だが、そんな彼らにまたしても彼女の激が飛んだ。
「心気臭いぞっ!涙は大事な時まで取っておくもんだぁーっ!そしてどうせ泣くなら嬉し涙を流せっ!」
「おーっ!我らがジャンヌっ!どうか私たちに勝利を与えたまえっ!」
「その願いっ、受け取ったぁーっ!それじゃ前祝よっ!かんぱーいっ!」
「おーっ!」
彼女が酒杯を飲み干すのに合わせて兵士たちもそれぞれ手にした酒を飲み干した。
「ぷはぁーっ!よーっし、のって来たわっ!ハーツっ、もう一曲歌うわよっ!音楽をかけて頂戴っ!」
彼女の依頼にハーツはガレリア王国では祝いの席でよく歌われるメロディーをフルオーケストラ演奏でスピーカーから流した。うんっ、ここら辺は魔法故の何でもありと思っていて下さい。
だが驚いたのは、聞いた事も無いはずのその曲に合わせて彼女が歌い出した事だろう。いやはや、勇者属性って魔法より何でもありなのか?
しかし、彼女の歌う曲は兵士たちにも耳慣れたものだ。なのでたちまち大合唱となる。
その後はもはやどんちゃん騒ぎだ。これこそ、今を全力で生きている者たちの喜びの表現なのか。いや、ただの酔っぱらいにそんな高尚な考えなどないな。うんっ、でもそれが酔っぱらいだっ!多分明日は二日酔いが酷いぞっ!
さて、どんな楽しい宴会にも終わりはある。まぁ大抵は飲み潰れてなし崩しに終わるのだが、今回彼女はあれ程飲んだにも関わらず酔いつぶれなかった。しかし、彼女はまだ飲み潰れていない酒豪たちの宴会が続く中、ひっそりとひとり彼女用に張られた天幕へと戻った。それに気付いたホワイトが外から声をかけるが彼女からの返事はない。
なのでホワイトは入るぞと声を掛け天幕へと入った。するとそこにはひとり簡易ベッドに伏して声を殺して泣いている彼女の姿があった。
ホワイトはそんな彼女の枕元に座って優しく彼女の髪を無言で撫でた。その手の温もりに彼女はそれまで押さえ込んでいた感情が崩壊し、ホワイトに向って口をついた。
「ぐすん・・、死んじゃう・・。このままじゃ、あの人たちも何れはみんな死んでしまう・・。」
「・・。」
彼女の言葉にホワイトは返事をしない。何故なら今彼女を苦しめている問題は他人がどうこうできる事ではなかったからだ。だが、それでも迷いし子羊に道を示す事はできる。なので彼女の言葉にホワイトは戦場で死ぬ事の存在理由を持って彼女を諭した。
「そうだな、だがその死には意味がある。やつらは兵士だから死ぬのが仕事だ。そして死ぬ事によりみんなの心の中に残り続ける。つまり英雄になるんだ。」
「そんなのになんの意味があると言うのよっ!死んじゃったらっ、死んじゃったらもう会う事もできないのにっ!一緒にお酒を飲む事も、馬鹿話をして笑いあう事も出来ないわっ!」
ホワイトの言葉に彼女は勢いよく起き上がり感情を盾に反論した。いや、彼女も頭ではホワイトの言わんとした事は理解したのかも知れない。だが感情がそれを非道であるとして否定していた。なので彼女はホワイトの言葉を受け入れられなかったのだろう。
そんな彼女にホワイトは尚も言葉を続ける。
「ジャンヌ・・、それでも俺たちは戦友、つまり仲間なんだ。だからいつまでも一緒にいられる。忘れないという事はそうゆう事なんだよ。」
「嫌よっ!思い出だけなんて絶対に嫌っ!私はみんなと一緒にいたいのっ!」
彼女の感情は今、自分の廻りで起こり続ける彼女にとっては理不尽でしかない非日常に耐えられなかった。なのでホワイトの言葉もきれい事としか聞こえない。仮にそれが真実であったとしても今の彼女には受け入れられないのだろう。
「ジャンヌ・・、辛いか?」
「・・。」
ホワイトの問い掛けに彼女は一旦ホワイトの瞳を見つめてから俯き無言で応えた。そんな彼女にホワイトは続けて問う。
「ジャンヌ、辛いのならやめてもいいんだ。お前が心を痛めてまで俺たちの為に尽くす必要はない。だが俺たちにはお前が必要なんだ。お前にとっては理不尽な物言いに聞こえるだろうが俺たちの目的を成すにはお前という存在がどうしてもいる。」
「・・。」
「だけどな、ジャンヌ。お前がどうしても嫌だと言うのならやめてもいいんだ。俺たちにはそれを止める権利も大儀もない。お前には俺たちの我侭に付き合ういわれは何も無いんだ。」
「・・。」
「でもな、ジャンヌ。それでも俺はお前に縋りたい。これはアルバートの為でなく俺の願いだ。」
「うぐっ・・、ううぅ・・、うわーんっ!」
ホワイトの言葉に彼女はとうとう声を出して泣き出した。そんな彼女をホワイトは抱き寄せ胸の中で泣かせる。
「辛いよな、ジャンヌ。自身が戦うのではなく、人を戦わせるのはとてつもなく辛い事だ。だから本来勇者は自らが先頭に立ち敵に立ち向かう。そうする事によって皆を守ってきた。当然勇者はその為に人を超えるチカラを必要とする。なのでそんなチカラを得た者だけが勇者と名乗れるのだ。だが、今のお前にそのチカラはない。
何故ならそれを俺たちが望んだからだ。チカラではなく言葉と意志によって俺たちを導いて欲しかったから、俺やアルバートはお前を呼んだ。
でも、それは間違いだったのかも知れない。まさか、お前をこんなに傷付けてしまうとは思いもしなかった。すまない、ジャンヌ。悪いのは俺だ。お前は何も悪くないんだよ。」
ホワイトは胸の中で泣きじゃくる彼女に言葉を掛けながら謝る。だが、その言葉を聞いた彼女は更に強く泣いてしまう。それは自分の弱さがホワイトを苦しめいてると感じたからであろう。
彼女もホワイトも互いを思いやるあまり逆に相手を苦しめてしまっていた。だが、この捩れたジレンマを解きほぐすには更なる修羅の道を進まなくてはならないのをふたりは知っていた。
なので彼女は泣いた。彼女は自分が泣いてはホワイトを困らせる事を理解していたが、今の彼女には戦場の狂気から自身を魔に落さないようにする為にどうしても感情の発散が必要だったのである。いわばホワイトはその為のサンドバックであった。
だが、そのサンドバックは暖かかった。彼女の全てを受け入れ、ただただそこにいてくれた。そんな優しさに包まれてやがて彼女は泣き疲れ眠りについた。
その様な事のあった数日後、彼女の元へアルバート王子から手紙が届いた。そこには彼女の活躍に勇気付けられて兵士たちが奮い立ち頑強な敵を打ち倒す事ができたとのお礼の言葉が綴られていた。だが、何より彼女の心を満たしたのは文面の最後に描かれていた一言だった。
『ジャンヌ、君に会いたい。僕はここにいるよ。』
その言葉を目にし、彼女は忘れかけていた自分の役割と目的を思い出す。そして気持ち奮い立たせると彼女はホワイトの元へ行き自分がやるべき事を宣言する。
「さぁ、宴は終わったわっ!でも私が求めているのはこの程度の勝利ではないのっ!だからホワイト、兵士たちに命令してっ!次の目標はモンシュルよっ!」
腰に手を当て西の方を指差す彼女にホワイトは苦笑いしながら、それでも全軍に進軍命令を発した。だけどジャンヌ?モンシュルの町は西じゃなくて北の方角なんだけど?西にあるのは極楽浄土だよ?なんだかなぁ。




