反撃開始っ!
ホワイトたちガレリア軍が鬨の声を挙げ進軍を開始した時、ジャルジャンの町に陣取るグレートキングダム側は既に防備を固めて待ち構えていた。とは言ってもジャルジャンの町には町全体を囲む防壁は無かったので、突貫で設置した防護柵の後ろに陣を敷き戦闘の初手を務める弓兵が遠矢を射掛ける準備を始めただけだ。
だが、この弓兵たちが手にしている長弓こそがこれまでのガレリアとグレートキングダムとの戦いにおいて重要なキーパーソンとなっていた。何故ならグレートキングダム側が用いた弓は従来のモノより大きく射程も威力も大きかったからである。
だが、それならガレリア側も同じ物を配備すればよいと思うのは短絡である。何故なら弓とは一朝一夕では扱えない代物だからだ。
只単に矢を射るだけならできない事はないが、その矢は熟練者が放った矢の足元にも届かない。ましてや狙った的に当てる事など奇跡でも起きない限り無理だった。だがグレートキングダム側はそんな弓の熟練者を会戦前から多数養成しており、戦場へ送り出してきたのだ。
そしてその長弓はガレリア側の矢が届かないアウトレンジから攻撃を仕掛け、ガレリア王国側の兵力を削っていった。その後は混乱したガレリア王国側へ騎兵と槍兵が突撃を掛け蹴散らす。開戦当初は殆どこのパターンでグレートキングダム側は勝利を手にしていたのだ。
そんな長弓兵たちが待ち構える場へホワイトたちガレリア軍は進軍して行く。もっともホワイトたちも相手が長弓を用いてくるのは判っていたので対応策は講じていた。それは盾だ。
通常、歩兵が携える盾は対剣や対槍用で片手で扱えるくらいの小さなものだ。なので体全体を盾で覆い隠す事は出来ない。しゃがみ込んで丸まればそこそこ隠す事はできたがそれでは進軍が出来なくなってしまう。なのでホワイトたちは歩きながら体全体を隠せる大きな盾を隊列の前面に配備し前進してきた。
もっともこの盾はとても大きく一人では到底持てない。なので二人で一組となり前にかざしていた。そしてそんな大きな盾では前が見えなくなるので盾にはちゃんとのぞき穴も開いていた。そんな板壁のようなモノを前面に並べガレリア軍は進軍したのである。
因みに最前列以降の兵士たちは通常の大きさの盾を装備している。これは今回が対城塞戦ではなくほぼ野戦に近い状態での戦いだからだ。城塞戦では砦の高い位置から矢を射られるので上からの防御も重要なのだが、同じ高さから射られる矢はほぼ前面の大盾が防いでくれるので後ろの兵士たちは重荷になる大盾を用いる必要がなかったのだ。
もっともだからと言って後方が全くの安全だという訳ではない。矢は直接照準だけでなく曲射もできるので、天に向けて放った矢を相手の頭上に上から降らす事も出来る。しかし、攻撃側はそれを恐れていては戦場には立てない。それに長弓は連射が苦手という側面もあった。なので第一射もしくは二射目を凌げれば三射目を放たれる前に敵の陣地に突撃し敵を蹂躙できるのだ。
ただ、今までの戦いではグレートキングダム側はこれを弓兵の人数でカバーしていた。所謂多段回連射だ。これは弓兵を幾つかのグループに分け、矢を放ち終わったグループが次の矢を射る準備をしている間を別のグループが矢を放ちそれぞれのグループが矢を射る準備する時間を補完する戦法である。これにより矢は常に切れ間なく敵へ向かって放たれる事となる。
但し、これは確かに飛んでくる矢の切れ目はなくなるが一射当たりの本数は当然減る。つまり制圧パワーが減ってしまうのだ。だがグレートキングダム側はこれを弓兵の人数でカバーし十分な制圧パワーを維持していた。
しかし、今回はガレリア側も兵士の数ではほぼ互角である。なので矢の雨をかいくぐり敵の陣営に突撃を仕掛け蹂躙できる可能性は高かった。
そんな長弓の最大射程にガレリア側の最前列が踏み込もうとした時、指揮官であるホワイトが号令を発した。
「全体っ、強歩へっ!」
ホワイトの号令により最前列の兵士たちがそれまでのゆっくりとした歩みから一転、早足へと速度を速めた。それに伴い後続も前に続く。だがその動作は前から順次後ろへ伝わるので前後の間隔は開き出す。なのでそれまで密集していた陣営は、前後にたちまち4倍以上の長さとなった。そしてこれは頭上から降ってくる矢に対しても当たる確率が減る事を意味した。
しかも前進速度が速まった為、このままだと隊列の先頭はグレートキングダム側の防壁まで2分と掛からず達するだろう。つまりホワイトは相手に電撃戦を仕掛けたのである。
だがそれだけの時間があれば熟練した長弓兵なら4射は放てる。長弓ほど筋力を必要としない短弓なら6射も可能かも知れない。
因みにこの数は単に矢を射るだけでなくちゃんと的を狙って射る事が出来る数だ。なのでめくら撃ちなら放てる数はもっと増す。だがそんなめくら撃ちをしなければならない状況は射手にとってとてつもないプレッシャーとなるはずである。何故ならそんな状況に陥っているという事は敵が大挙して目の前に迫っているはずだからだ。
しかも今回グレートキングダム側が放った矢の殆どはガレリア側の大盾によって殆ど防がれてしまった。これまでは長弓の矢によって隊列を崩されたガレリア側に向けてグレートキングダム側が突撃を開始するのが常であったが、今回は長弓の攻撃が効果を挙げなかった事によりグレートキングダムの前線指揮官は状況をとっさに理解し防戦に徹すべきと守りを固めるよう命令を出した。その第一弾として弓兵に代わり長槍を持った兵たちが前面に進み出た。
だが、実は長槍も基本は突撃兵器でありそれを守りに用いるのは長槍の利点を活かしきれない。そもそも一旦長槍の懐に潜り込まれでもしたら長大な長槍では対応できないのだ。長いリーチを活かし敵の槍先が届かない場所から突撃し相手を蹴散らすのが本来の長槍の使い方なのである。
なのでグレートキングダム側の前面が長槍兵に代わったのを見たガレリアの兵たちは長弓の攻撃がもうないと判断し今こそ好機と最前列が大盾を捨てて突撃を敢行する。いや、実際には大盾の陰に身を潜めていた槍兵が大盾の陰から躍り出て先頭を切ったのだが、既に双方激突した今になってはそのような区別は意味を持たない。そして勢いのあるガレリアの兵たちは突き出される長槍の槍先をものともせず防御柵の隙間をかいくぐり敵陣へとなだれ込んだ。
そんな状況がジャルジャンの町を囲む戦線のあちらこちらで発生した。こうなってくるとガレリア兵の短い槍でもその長さが邪魔になる。なので双方の兵士たちは武器を剣に持ち替えて相手に向った。
このような状況になっては後方に控えていた双方の重騎兵たちに出番は無い。それでもガレリアの騎兵は戦線を迂回しグレートキングダム側の側面を突くべく移動を始める。だがグレートキングダムの騎兵たちにはそれを迎え撃とうにも混乱する戦場に行く手を阻まれ動く事ができなかった。
だからと言って多くが貴族の子息で構成されている重騎兵たちに下馬して戦えとは前線指揮官も中々言えない。仮に命令したとしても彼らは拒否するであろう。それ程戦場の花形兵種である騎兵たちのプライドは高かったのである。
だが押され気味だったグレートキングダム側に何故かガレリア側から勝機が訪れた。それは撤退命令ラッパの音であった。そのラッパの音を聞いたガレリアの将校たちは自分たちの兵に向けて撤退命令を大声で叫ぶ。殆どの兵はその命令に耳を疑った。
今押しているのは自分たちの方である。確かに混戦となり戦場は混乱しているが負けてはいない。このまま押し切れば数年ぶりの勝利を手にする事が出来るはずなのだ。だが将校たちは撤退しろと叫んでいる。その矛盾した状況に兵士たちは混乱したがしぶしぶとではあるが従った。その理由は様々だが一部の兵たちの脳裏には敵の増援部隊が現れたのではないかという疑念が浮かび上ったからである。
戦場において直接刃をぶつけ合っている兵士には戦場全体の状況がどうなっているかなど知る由も無い。なので全体を見渡せるところで戦場の流れを把握する司令塔が必要なのだ。その司令塔が押しているはずの状況に水を差してまで撤退を命令するのにはそれ相応の理由がある。それに今回ガレリア側の総司令官は泣くも黙る戦場の悪鬼と敵味方双方に恐れられているサザンクロス・ガルバニア西部方面軍司令官である。その判断に兵士たちが意義を唱える事など出来る訳が無かった。
そして、このガレリア側の撤退を一番喜んだのはグレートキングダムの騎兵部隊だった。騎兵部隊の隊長はここぞ勝機とばかりに歩兵たちに防御柵を取り除かせ部下たちを引き連れて目の前を退却してゆくガレリア兵を追撃すべく馬の腹を蹴り走り出した。その後にグレートキングダムの歩兵たちも続く。
だがこれは罠だった。防御柵内の狭い範囲での乱戦では兵たちの損耗が大きくなると読んだホワイトは一旦兵たちを引かせて、グレートキングダム側を防御柵の外におびき出す作戦を取ったのである。
そしてまんまと罠にかかったグレートキングダムの兵士たちの長く伸びきった側面にガレリアの騎兵が突撃を仕掛けた。本来なら槍衾をもって騎兵の突撃を防ぐ長槍兵たちも側面からの攻撃には弱い。何故なら長大な長槍はその槍先の向きを変えるのにひと手間もふた手間も掛かるからである。
ましてや突然の追撃により足並みが乱れた長槍隊は槍先を揃える事もままならない。なので迎撃体制の整わない内にグレートキングダムの兵士たちはガレリアの騎兵たちに蹂躙されたのであった。
そこに撤退中だったガレリア側の兵士たちが踵を返して突撃してくる。そしてガレリア側の騎兵部隊に蹂躙されている味方の援護にも向わずひたすら突進してくるグレートキングダムの騎兵隊にはガレリア側から矢が射掛けらた。そんな矢雨に怯み馬を止めてしまった者にはガレリア兵の槍が伸びてくる。そう、戦場最強を謳う騎兵と言えども歩みを止めては数に勝る歩兵の餌食となるのであった。
こうなると最早グレートキングダム側に勝機は無い。なので今度はグレートキングダム側が撤退の合図を兵たちへ送った。そして撤退してくる兵たちを援護する為に防護柵の中に残っていた兵たちが逆に前進してくる。これは戦場においては定石とも言える動きであったが、これは今回に限ればグレートキングダム側とって致命的な失策となった。何故なら本来敵が押し寄せて来るはずのない後方、つまりジャルジャンの町からガレリアの兵士が襲ってきたからである。
そんなガレリア側とグレートキングダム側双方の兵士たちが町の外で激戦を繰り広げていた少し前、ジャルジャンの町の後方ではガレリア側の別働隊200人が何の抵抗も受けずに町への侵入を果していた。
「いやはや、拍子抜けするくらい簡単に入れましたね。あいつら全戦力を向こう側に振り分けてたんですかねぇ。」
別働隊の指揮官を護衛する立場の兵があまりにも呆気ない無い町への進入成功に緊張が緩んだのか指揮官に向けて話し掛けた。だが指揮官の男は油断していない。なので次に自分たちが成さねばならない事を部下たちへ命じた。
「気を緩めるなっ!我々の目的は敵の指揮系統の分断だ。今回は捕虜の交換を目的としていない。なので敵の上級将校は見つけ次第殺せっ!」
「はっ、第一小隊は町の教会を制圧しろっ!第三小隊は領主の館へ向えっ!第二小隊は俺に続けっ!第四小隊は中央広場周りを制圧して指令所としろっ!各小隊は各自の判断で敵を殲滅っ!何かあった場合の連絡先は中央広場だっ!行けっ!」
「おうっ!」
指揮官の命令に副官は各小隊へ制圧目標を分配する。そして四つの小隊はそれぞれの目標に向って散っていった。
その後、敵の司令部の発見という幸運を得たのは領主の館へ向った第三小隊はであった。小隊の兵力は40人。対する敵の護衛兵は10人程度だった。なので小隊の隊長は指揮官へ敵司令部発見の伝令を走らせると一気に敵に向って突撃を敢行した。
「てっ、敵襲っ!司令官っ!敵が町に侵入していますっ!」
「馬鹿なっ!前線は破られていないんだぞっ!どこから湧いてきたんだっ!そもそもあいつらにそんな予備戦力がある訳が無いっ!」
「司令官っ!そんな事言ったって現実に目の前にいるんですっ!その数凡そ60っ!とても防ぎきれませんっ!」
司令官に敵襲を伝えに来た兵士は動転しているのか第三小隊の人数を見誤っていた。だがどちらにしてもグレートキングダム側が不利なのに変わりは無い。
だがグレートキングダム側の指揮官はここで逃げ出す訳にはいかなかった。仮に無事彼だけでも逃げ出せたとしても、前線に兵たちを置いての退却は敵前逃亡と捉えらえられる。そして敵前逃亡と判決を下された指揮官の末路は斬首だ。
なので指揮官に残された選択肢はここで闘って死ぬか、前線の味方陣地へ辿り着くかの二択しかなかった。だが6倍の兵力差の中、包囲を破って味方陣地へ辿り着ける可能性はまずない。なので指揮官は即決し司令部にいた他の将校たちにも檄を飛ばす。
「スチュアート大尉は2名、いや3名を連れてこの事を前線指揮官へ伝えよっ!他の者は武器をとり敵を向え討てっ!」
指揮官の命令に司令部にいた上級将校たちは直ぐには動けなかった。それ程今回の奇襲は彼らの度肝を抜くものだったのだろう。もっと言うならば彼らはこれまでの連戦連勝により油断していたのだ。前線からの報告でもガレリア側の兵力は500程度と伝えられていた。なので指揮官はいつものように数の力で一気にカタをつけるべく全戦力を前線に投入してしまったのである。
まぁ、これは本来ならそれ程まずい判断ではない。特にジャルジャンの町のように周壁のない場所では守りに徹するより攻勢に出た方が勝機は高い。ましてや、兵士の数ではグレートキングダム側が倍なのだ。ただ、普通は敵の予備兵力に備えて町の防備を固めるだけの兵力は残すのが戦術の基本である。それを兵力差による連戦連勝に浮かれて怠ったのが今回の司令官の失策であった。
だがそんな硬直した司令部内にも外部での戦闘の声が聞こえてきた。その音に我に返った上級将校たちはあたふたと剣を手にそれぞれの従者を連れて戦いに参加すべく外へ向う。そんな状況の中、司令官だけがゆっくりと身支度を整えていた。
「どうだ、ジェフ。おかしなところはないか?」
「はい、旦那様。何時にも増して凛々しいお姿です。」
司令官の問い掛けに司令官付きの従者が答える。
「ふぅっ、まさかこんなところで敵に遅れをとるとはな。ちと油断していたわい。」
「旦那様、生きていればこそのモノだねです。身代金は少々高くつくかも知れませんが、その様なものは後から回収すれば良いだけの事。ここはグレートキングダム王国の司令官として威厳を持った態度でゲスなガレリア兵たちに対するべきです。やつらに旦那様との格の違いを教えてやりましょう。」
「うむっ、そうだな。では行くとするか。」
そう言うと司令官は剣を腰に差して部屋を出て行った。どうやら司令官は自ら戦うつもりはないらしい。ここは一旦敵の捕虜となって身代金を支払い開放される道を選んだのだろう。
このような行為は、護国寺 未来のいた世界の者にはちょっと異様に感じられるかも知れないが、こちらの世界では普通の事だった。これは別に上級将校だけでなく一般の兵士にも当てはまり、敵の捕虜となっても金で開放される事が結構あったのだ。つまり捕虜の売買である。
これは兵士たちや将校たちにも結構な収入をもたらす為頻繁に行なわれていた。逆に考えるとこのような仕組みがあるが故、敗北が決定的になった側に玉砕覚悟の反撃を思い留まらせ、無駄に戦場に流れる血を無くしていたとも言える。
だがこの時司令官は知らなかった。今回の戦いでガレリア側は捕虜を取る事をしないと決めていた事を・・。
そんな司令官が漸く屋敷の外へ出るとそこでは激戦が繰り広げられていた。とは言っても数に勝るガレリア側が優勢でグレートキングダム側の多くは既に地に伏し残った兵士は6、7名を数えるばかりである。なので手持ち負沙汰となり周りを警戒していたガレリアの兵士に司令官は忽ち見つかった。そんな兵士に司令官は実に上からの態度で声を掛ける。
「うむっ、私はこのジャルジャンの町の占領統治をリチャード・ベーカー閣下から託された・・。」
だが、指揮官はそこまで言うのがやっとだった。何故なら本来指揮官の降伏宣言を聞くはずだったガレリア側の兵士が剣を振りかざして突っ込んできたからである。
「てめぇ、この野郎っ!2ケ月前にホッケの戦いで味わらされた屈辱を倍にして返してやらぁっ!」
兵士はそう言うと問答無用で指揮官を袈裟懸けに斬り伏せた。斬られた指揮官は何が起こったのか判らないといった表情で目を見開いて倒れこむ。その光景を目の当たりにした従者は悲鳴を挙げて逃げ出そうとしたが、他の兵士に後ろから斬りつけられ絶命した。
「よしっ、敵の司令部は潰したっ!指揮官殿へ報告しろっ!残りの者は俺に続けっ!前線のグレートキングダムのやつらの背後を突くぞっ!」
「はっ!」
「おおっ!」
小隊長の声に兵士たちは剣を掲げて雄叫びを挙げた。その後は、各々の持ち場を確認し終えた別働隊の兵士たちも新たな獲物を求めて前線のグレートキングダム兵たちを背後から突くべく前線へと向いだす。そしてホワイトの計略によりがら空きとなった敵の前線司令部に襲い掛かったのである。
結局、ジャルジャンの町での戦いは1時間ほどで決着がついた。勝者は当然ガレリア側だ。しかも死傷者数はグレートキングダム側がほぼ全滅なのに対してガレリア側は100人程度であった。この数字を持ってすれば今回はガレリア側の大勝利といえるであろう。
だが、そんな大勝利に沸くガレリア陣営内においてひとりだけ表情がすぐれない者がいた。そう、それはジャンヌだった。如何に彼女の属するガレリア側が大勝利を収めたと言っても、現代人である彼女には初めて体験する戦場は地獄そのものだったのだ。
なので彼女は後方の司令部で戦闘の推移を見守っている途中で堪らず吐いてしまった。そんな彼女をハーツが背中をさすって介抱した。ホワイトもそんな彼女の状態は判っていたが、その時の彼は戦闘の指揮で忙殺されており彼女を構う余裕は無かった。
だがそんな戦闘も漸くガレリア側の大勝利で終わり、残務処理を副官に任せたホワイトが彼女の下にやって来た。そしてハーツに代わって彼女の背中を無言で擦る。そんなホワイトに彼女は何かを言おうとしたが、背中から伝わってくるホワイトの手の暖かさに言うべき言葉を無くしてしまった。そんな彼女は心の中で思った。
この人の手は血で汚れている。だけど何故か私の背中を擦ってくれている手は暖かい。それどころかその手で触れられる事に安心感さえ感じらる。でもその手の温もりの奥に見え隠れする彼の心は冷たく震えている。そうか・・、この人だって好きで戦っているのではないのね。戦わねばならないから無理やり自分を殺してその役を演じているんだ。そして多分それはアルバート王子も同じなんだわ・・。
ホワイトとアルバート。このふたりは性格も立場も違うけど人としての根っこは同じなのかも知れない。だから私はこの人をアルバート王子に似ていると感じたのか・・。
でも、神さまはなんでこの人たちにこんな酷い生き方を強いるのだろう。何故この人たちでなければならなかったのだろう。本来神とは慈悲の心で人間を導くものではないの?でなければこの二人にこのような仕打ちを課す神など私は認められない。
彼女の心は先程まで繰り広げられていた凄惨な戦いの原因をどこかにぶつけて罵倒したい衝動に駆られていた。普通に考えればそれは指揮官であるホワイトかグレートキングダム側の司令官に向けられるのが順当と思われたが、当のホワイトからはそれが単なる八つ当たりでしかないと思い留まらせるに足る優しさが感じられた。それにもう一方の責任者であるグレートキングダム側の司令官はどこにいるかすら判らない。なので彼女の怒りの矛先は本当にいるかすら定かではない神へと向った。
しかし、そんな忌むべきドス黒い感情もホワイトの暖かい手で背中を触れられていると薄氷のように忽ち溶けで消えてしまった。なので彼女は振り上げた感情の持って行き場が無くなり、声を挙げずに一人下を向いて泣き出す。それでもホワイトは彼女にどうした?などと声を掛ける事もなく、ただ優しく彼女の肩を抱いて隣にいてくれたのであった。




