初陣ジャルジャンの戦い
はい、お久しぶりです。一応春には後半を投稿すると言っていましたが、あまりの読まれなさにこれは別にバックレてもいいかなと思っていたのですが、たまに確認に来ている方がいらっしゃるようで罪悪感に囚われ、しぶしぶ続きを書き始めた作者です。
ですが今回からは月イチ投稿になります。だって執筆が追いつかないから。書き貯めが無いんです。自転車操業なんです。
冬の間何やっていたんだとの声が聞こえそうですが、別の作品を書いていました。なんと斜陽ジャンルである『SF』モノです。お時間があったらお読み下さい。いや、無くても読めっ!
ホワイトたちの新兵を募集する巡行は、彼女の熱弁とホワイトたちのヤラセによって各地において予想以上の成果を挙げた。なので次の段階としてホワイトは集まった新兵たちを率い、現在グレートキングダム側に占領されている地域の奪還へと駒を進めた。
そんなホワイトたちの下には、天使が降臨したという噂を聞きつけた若者たちが更に駆けつけて戦いへの参加を希望してくる。そう、流れとは一旦回りだすと二次曲線的にその影響力を増大させ始めるのであった。
そして時は4月。所はオルレアンの東方120キロに位置するジャルジャンの町。この町こそ彼女にとって対グレートキングダム戦の初陣となる戦場であった。
だがそんな彼女の初陣を必勝の基に飾るには、現在のガレリア王国全体で展開されている戦況は王国側にかなり不利な状態が続いていた。そう、なんとこの一年、ガレリア王国側はグレートキングダム側に対して全ての戦場で苦杯を舐めていたのである。有体に言うと負け続けだったのだ。
よく豪腕な者の事を百人力無双などと称する事があるが、これとて裏を返せば百一人であたれば数で討ち取る事が出来てしまうとも取れる。そしてグレートキングダム側はまさにその有り余る兵力による飽和戦法を用いて各地の前線で連戦連勝を挙げていたのだ。
しかもこの戦法は戦力が拮抗している場合と違い、大抵は大兵力を有する側に一方的な勝利をもたらす事となる場合が多い。何故なら戦場の一部で寡兵側がなんとか相手を打ち破ったとしても、その後、他で寡兵側を打破した戦力がその勢いのまま背後や側面を突いてくるからだ。仮にそれらの戦力を返す刀でなぎ払ったとしても、第二、第三の敵勢力が包み込んでくる。
そうして只でさえ数で劣っている側は貴重な兵力を徐々に削がれ最後には殲滅されてしまう。このようにある程度の戦力差がある戦いでは大抵数の多い方が自軍側は大した損害も出さずに一方的に相手を蹂躙する。この事は過去の歴史によっても裏づけられていた。
なのでホワイトは彼女の初陣を兵力的には互角となるであろう、このジャルジャンの町に定めた。だがこれとて新兵募集巡行によって兵力の増強が叶ったから選べた事であり、ジャルジャンの町に駐留するグレートキングダム側兵力はそれまでのガレリア王国側の既存戦力ではとても太刀打ちできる相手ではなかった。
彼女は今、そんなジャルジャンの町を一望できる丘の上にいた。側には当然ホワイトとハーツもいる。そして彼らの後方にはガレリア王国側の兵士たちが王国の旗をたなびかせて陣取っていた。
そんな彼女にホワイトはジャルジャンの町を指し示して今回の戦いの説明を始める。
「ジャンヌ、あの町に駐留するグレートキングダム側の兵力は凡そ1千と推測される。対する我々の兵力は800を少し超える程度だ。しかもその兵力の殆どは新兵が占めている。まぁ、あやつらも戦場経験が全くない訳ではないが、その経験も殆どが負け戦だったはずなので、一旦流れがこちらに不利になると雪崩をうって崩壊する危険がある。これは別にやつらがだらしないと言う訳ではなく、トラウマみたいなものだ。基本、戦場での敗北は死を意味するからな。だからそんな負け戦を経験したやつはどうしても最後の踏ん張りが効かなくなる。これは死に対する感情なのでどんなに頭で踏み止まるべきだと判っていても体がいう事をきかなくなるのだ。」
「そうなんですか・・、うんっ、そうでしょうね。」
彼女はホワイトの説明に頷いた。死の恐怖は感情の中ではトップクラスである。その感情を理性によって押さえ込むのは並大抵の事ではない。なんと言っても恐怖は体を萎縮させ自分の意志で動かせなくさせるのだ。これは普段なら10のチカラを発揮できる者でも恐怖に駆られると1のチカラしか出せなくなる事を意味する。そしてそんな状態に陥ってはまず戦いで勝てる見込みはないのだ。
故にそんな感情を押さえ込むには自分は大丈夫だという自信が必要となる。そして自信とは常日頃の鍛錬によって培われる。だが、実はそれとは別に感情を押さえ込むもうひとつの方法がある。それが勝利体験だ。当然こちらの自信は虚栄でしかないのだが、何故か湧き上がる恐怖を押さえ込む効果があるのだ。これが先程言った自分は大丈夫だという思い込みである。
逆に敗北や撤退の経験は実力のある者のチカラを竦ませてしまい十分に実力を出させなくする。ホワイトはこれを危惧していたのだろう。なので、その為の打開策を次に説明し始めた。
「なのでここでの戦いは早期決戦で決着をつけたい。そうすればやつらの中にも勝ったと言う経験が上書きされ、過去の惨めな撤退の記憶をなかったものとする事が出来る。そうなればやつらは一端の兵士だ。戦いに勝ったという経験はそれ程気持ちを高ぶらせる。まっ、一種の麻薬だな。」
「人を殺す事で得る興奮なんて、なんとも嫌らしい感情ですね。」
「ジャンヌ、戦場とは人と人とが殺しあう舞台だ。基本、そこに日常は存在しない。殺さねば殺される。修羅の場なのだよ。」
彼女の指摘にホワイトは無慈悲な戦場のシキタリで答える。
「話し合いじゃ駄目なんですね。」
「無理だな。例え兵士たちがそれを望んだとしても上に立つ者がそれを良しとしない。異なる大儀を持ち合わせたグループが相手の大儀に妥協する事はないのだ。しかし、方法がない訳でもない。それは兵士たちの血だ。戦う為には兵士たちが必要だが、その兵士たちがいなくなれば戦いを続ける事は出来なくなる。つまりそれが相手を話し合いのテーブルにつかせる妥協点であり、そのハードルを下げる為には兵士の血が必要となる。」
「兵隊さんたちの上に立つ人だけをやっつけるんじゃ駄目なんですか?」
「駄目だな。ジャンヌのような存在ならいざ知らず、前線の指揮官など幾らでも替えがいるのだ。頭を潰せば動かなくなるのは蛇だけだよ。組織と言う集団には当て嵌まらない。」
彼女の提案をホワイトはにべもなく否定した。しかし、彼女は尚も食い下がる。
「いっその事相手の国王を狙っては?」
「ジャンヌ、それは既にグレートキングダム側が我々に試したよ。だが、王ですら替えはいるのだ。」
「あっ・・、そうでしたね・・。」
自分が提案した事は既に相手が実践しているとホワイトに説明されて彼女は問題の難しさを実感した。
そう、確かにグループの頭を潰せば相手は混乱するだろう。だが、組織とは人の集まりであり、トップとはそれらの人々の御輿でしかない。そのトップが下の者から慕われていれば、それを排除する事により相当な混乱を相手にしいる事が出来るが、それは逆に相手に仇討ちと言う目的を与えてしまう事にも繋がる。そしてその感情は上の者が皆から慕われていればいるほど大きなチカラとなり敵に返って行くであろう。
だが、彼女もその事は頭で理解したのだが、感情が未だに人と人とが殺しあう事を是としなかった。ホワイトはそんな彼女の心情を推し量り、彼女を優しく諭した。
「確かに一度戦端が開かれれば戦場においては多数の血が流れる。だがそれを自分の気持ちと重ね合わせてはいけない。いいか、ジャンヌ。やつらは確かに私の画策したヤラセに気持ちを高ぶらせ参戦してきたが、それでもそれを決めたのはやつら自身だ。その動機は人それぞれで、奇跡を信じた者や、他の者が志願した為につられた者もいるだろう。中には何かやらかして町に居づらくなって逃避の場として参戦した者もいるかも知れない。だが、動機がどうであれ参戦を決めたのはやつら自身だ。その事に関してお前が気に病む必要はない。」
「うっ、そう言っても・・。」
ホワイトは後方に陣取るガレリア王国の兵士たちの方を見ながら彼女に語りかける。その言葉には何よりも彼女の事を大切に思っている思いが窺えた。そしてホワイトは初陣に先立ち悩み出した彼女の気持ちを奮い起こす為に、彼女に目的を与える。
「ジャンヌ、やつらが望んでいるのは勝利だ。そしてお前の役目はそれをやつらに与える事だ。その為にはやつらの屍を踏み付けて前進する必要がある。もう一度言うぞ。これからやる事は殺し合いだ。これは世が平和であったならば必要のない行為だ。だが現実は過酷だ。しかし、その死の先に平和があるのならば死んでいったやつらの魂は救われる。だからジャンヌ、やつらに勝利を味合わせろ。それがこれから死ぬであろうやつらへの手向けとなるのだ。」
「うーっ、重過ぎて潰れそう・・。」
「いいんだ、ジャンヌ。それが人間と言うものだ。だが気をつけろ。戦場は人を狂気に陥れる。それに飲み込まれると人ではいられなくなる。そうならない為には強い信念が必要だ。だから信じろ。お前の目的を忘れるな。」
「私の目的・・、それは・・。」
彼女はホワイトの言葉に自分がここにいる理由と目的を思い出す。
「アルバートもここではない戦場で戦っている。そしてお前が敵を打破して会いに来てくれる事を望んでいるはずだ。」
「王子・・、そうですね。私は王子の為に私が成すべき事を成すと誓ったんでした。」
そう、彼女の目的とは、成すべき事とは王子に勝利を捧げる事であった。その為には幾多の血が流れなくてはならない。何故なら、そうしなくてはお互い交渉のテーブルにつく事が出来ないとこまで状況が悪化しているからである。
平和な時なら幾らでも綺麗事は言えるが、一旦血と暴力が世の中を動かすようになるとそれを止めるにはやはり血の代償とチラカが必要となる。興奮した感情に支配された人間は言葉で制する事は出来ないのである。いや、ひとりだけそれが出来る存在はいるが、その者が人の前に姿を現すのは稀だ。そう、その者の名を人々は神と呼んでいる。
「それでは戦端を開くとしよう。お前は常に私の後ろにいろ。決して離れるなよ。立ち竦んだりしたら蹴飛ばすからな。」
「うーっ、善処します。」
彼女の初陣際し、ホワイトは彼女にきつい喝を入れてきた。だが、現代人の彼女に対して戦場は凄まじいプレッシャーを掛けて来るであろう。それになんと言ってもこちら世界の戦場では剣と槍で戦うのだ。その対戦距離はほぼゼロであり、斬れば相手の血が降り掛かってくるし悲鳴も目の前から聞こえてくる。当然相手の表情も間近で見る事になるだろう。そんな間合いにいる相手を倒さねばならないのだ。これはとてもじゃないがまともな神経ではやってられない。
彼女もスライムもどきの魔物は倒した事がある。だがあれは人ではなかった。故に彼女もそれ程殺戮のダメージを背負い込まなかった。しかし、あれが人の形を成していたら多分彼女は倒せなかったのではないだろうか。それ程、同種族に対する殺戮行為は人に嫌悪感を与えるのだ。
そしてホワイトの合図によりガレリア王国の陣に進撃のラッパが鳴り響く。その音に呼応して600人の兵士たちがグレートキングダム兵が待ち構えるジャルジャンの町へ前進を始めたのであった。




