ハーツとの再会
さて、王子からジャンヌ・オルレアンの名を授かった彼女は、今アルバート王子とふたりだけでブルージュ町の北側にそびえ立つ大聖堂の中にいた。いや、本当は『大』と付けるのはちょっとどうかなぁと首を傾げてしまうくらい可愛らしい大きさの聖堂だったのだが、王子が大聖堂と言っているので彼女はそこはスルーする事にしたらしい。
そんな『大』聖堂の中で王子が彼女に『大』聖堂の由緒を説明し始める。うんっ、面倒だから次からは聖堂でお送り致します。
「この聖堂はね、僕の大祖母さまがシビリアン朝の末永い繁栄を願ってお建てになったんだ。」
「まぁ、あ・・アルバートの大祖母さまが・・。」
彼女は王子の説明に合いの手を入れるが、実はそれ程理解してはいないようだ。そもそも個人で聖堂のような建物を建てるという事が中流サラリーマン家庭育ちの彼女にとっては理解の範疇を超えたものだったのだろう。
でもちょっと待ってっ!今、王子は『聖堂』って言ったよね?それは王子もこの建物を小さいと思っている証拠だよね?ただ身内贔屓で『大』聖堂って言ったんだよね?でも、意識していないとぽろっと本音が出ちゃうんだ・・。うんっ、判るよ王子。特に王子は格式なんかを拘らなければならない王家だからね。そうだよっ!この聖堂は確かに大きさは小さいかも知れないけど、王子にとっては『大』聖堂なんだっ!・・と言う事にしておきましょう。
「だからここには大祖母さま以降のシビリアン朝王家の者たちと、王家と近しい間柄を持った複数の家系の者たちが眠っている。だから僕はここだけはどうしても守らなきゃならない。」
「あーっ、はい。判ります。」
いや、言葉ではそう言っているが彼女はあまり理解していない。精々豪華なお墓なのね、位の認識だ。ここら辺が先祖代々の血筋を尊ぶこちらの世界と、核家族が進んで血の繋がりが薄くなった現代人との中々埋められないギャップなのだろう。
「そしてここにはハーツのおじいさんたちも眠っているんだ。ハーツはこちらに戻って以来今日まで目を覚まさない。だけどそのままにしていてはやがて魂が薄れて本当に死んでしまう。それを少しでも遅らせる為にハーツのご先祖様たちに協力して貰っているんだ。」
「はぁ、そうなんですか・・。」
残念ながら王子の説明は現代人である彼女には難しかったようだ。もっとも王子の説明もかなりスピチュアルな言い方なので彼女が理解できないのも仕方がないかも知れない。王子の説明を乱暴に解釈をするならば、ハーツの魂はご先祖様を守護霊として死神の接近を退けていると言えば判って頂けるだろうか。えっ、余計に判らない?あらら、そうですか、すいませんでした。
「そしてこの部屋にハーツはいるよ。ジャンヌはハーツの実体に会うのは初めてだよね?」
そう言いながら王子は聖堂の奥にある霊廟の脇にある小部屋へと彼女を招き入れた。
そして部屋に入った彼女はそこでベッドに静かに横たわるハーツを初めて見た。当然ながらこちらの世界のハーツは人体模型などではなかった。それどころかその顔立ちはまるで少女かと見まがうほど可愛らしい少年だったのである。その顔立ちからはとても人体模型時代の口の悪いハーツを思い浮かべる事は出来ない。と言うか彼女の中では急激にハーツ女の子説が浮かび上ったほどであった。なので彼女は念の為王子に確認した。
「えーと、ハーツって男の子なんですよね?」
「えっ?そうだけど。あれ?もしかしてあっちの世界ではハーツって女の子に憑依したの?」
「いえ、それはなかったんですけど、この子の顔立ちがあんまり可愛いものだから・・。」
「あーっ、うんっ、そうだね。確かによく間違われていたよ。特に小さい頃はそれでよくからかわれていたって愚痴ってた。でもそれも血筋でね。ハーツは羊飼いの家系なんだけど、羊飼いって神さまとの交信なんかを生業にしているせいか、時々中性的な子供が生まれるそうなんだ。まっ、神さまもむさい男より可愛い女の子と話をしたかったんじゃないかな。でも神さまとの交信って何故か男性に限るなんていう決まりが羊飼いたちの間にはあるらしくてさ。だから神さま特権でハーツみたいな男の子が生まれてくるなんて話があるんだ。あくまでヨタ話だけどね。」
「はぁ、そうなんですか・・。」
彼女は王子の説明に取り合えず相槌をうつ。現代人である彼女の常識では顔立ちなどは全て遺伝子の成せる技でありそこに神の介入はありえないのだが、こちらの世界では彼女のいた世界の常識は通用しないのかも知れない。なのでそうゆうモノなのかなと彼女は無理やり納得するしかなかった。
「さて、話してばかりではハーツは起きてくれない。なのでここはひとつ、ジャンヌのお手並み拝見といきたいんだけど任せていいかな?」
「あっ、はい。出来るか判らないけど取り合えず声を掛けてみますね。」
そう言うと彼女はベッドに横たわるハーツの耳元に顔を近づけて囁いた。
「ハーツ、起きて。王子にはあなたが必要なの・・。いえ、王子だけじゃないわ。私もあなたが必要なのよ。だってポチって実体がないからいまいち脅しが効かないんだもの。だからハーツ、起きて頂戴。」
彼女の言葉に最初こそは微かに反応したかのように見えたハーツであったが、後半の言葉を耳にした途端、固く殻に閉じ篭ってしまったようだ。いや、さすがにああ言われてはハーツでなくても起きたくなくなるであろう。だが、彼女にはそんな相手を気遣うという気持ちはないようだった。なので次に引いても駄目なら押してみなを実践した。
「ハーツ、あなた・・。私がお願いしているうちに起きないとどうなるか判っているんでしょうね?そんなに私のちゅんちゅん丸を味わいたいのなら味わせてあげてもいいのよ?」
彼女の恫喝に横たわるハーツの顔から何故か汗が滴り始めた。しかも彼女の手には何時の間に取り出したのかバールがしっかりと握られている。だがハーツは目を覚まさない。いや、傍から見ているとハーツは起きれないのではなくて起きるのを拒否しているようにも見えた。
だがそんな横たわるハーツの額に彼女は無言でバールを触れさせた。その瞬間であるっ!
「だはっ!お願いになってねぇよっ!どこの世界に寝ているやつを起こすのに額にバールを乗せるやつがいるんだっ!」
そう叫びながらハーツは跳ね起きた。だが、そんなハーツに彼女は自分の脅迫行為を気にもせず挨拶する。
「あら、お早うハーツ。いえ、もうお昼過ぎよ。だから遅ようって言うべきかしら?それにしても、あなたってお寝坊さんなのね。そもそも、私を草原に放り出して自分はぐっすりだなんてちょっといただけないわぁ。これってお仕置きが必要なんじゃないの?」
「違うっ!待てっ!早まるなっ!俺はあんたを置き去りにした訳じゃないぞっ!いや、結果としてそうなってしまったがちゃんとあんたと一緒にこちらに来るはずだったんだ。そうっ、魔法使いがそう言っていたんだっ!だから今回のアクシデントは俺のせいじゃないっ!多分魔法使いが失敗したんだっ!俺は悪くないぞっ!」
彼女の脅迫じみた言葉にハーツは言い訳全開で反論する。
だが、そんなハーツへの彼女の返答はちょっと斜め上に向っていた。
「ハーツ・・、あなたの実体って憎たらしいほど可愛いんだからその口調は駄目なんじゃないの?なに?もしかしてそれって私への当て付け?」
「俺の顔立ちは関係ないだろうっ!人が気にしている事にワサビを塗りつけるんじゃねぇっ!」
「ふふふっ、そうね。さて、ならあなたも漸く起きた事だしきりきり働いてもらうわよ。まずは人体模型時代の私への罵詈雑言を利子を付けて返してもらおうかしら。」
「ぎゃーっ!こっ、殺されるぅーっ!王子っ!こいつ悪魔ですっ!王子は間違って魔王を召喚してしまったんですっ!」
ハーツは彼女の言葉にベッドから飛び降りて王子の後ろに隠れた。だが、その姿がこれまた可愛らしい小動物のようだったので、彼女は益々不機嫌になった。そう、実は彼女は可愛いものにコンプレックスを持っていたらしいのだ。
人は自分が持ち合わせていないものに憧れるものだが、時と場合によってはそれがコンプレックスとなり現れる。ましてやハーツは男の子であった。にも関わらず自分より可愛い事に彼女の自尊心はいたく傷ついたのだろう。
まぁ、もっとも人体模型時代のハーツの言動だけから今目の前にいる小動物のように可愛い男の子を想像出来る者はいないだろう。私だってびっくりだ。なんだろう、ハーツって男の娘キャラ担当なのか?でもやっぱり口調が全てを台無しにしている気がする・・。
さて、そんなふたりのど突き漫才を横で見ていた王子はこのままでは終わりそうもないと思ったのか、仲介に入ることにしたらしい。
「えーと、久しぶりの再会を楽しんでいるところを悪いんだけど、ホワイトが結果を待っているんだ。なので続きは部屋に戻ってからにしてくれないかな?と言うか、やっぱりジャンヌはすごいねぇ。あんなに抓ったり叩いたりくすぐったりしても起きなかったハーツを耳元で囁くだけで飛び起きさせるんだから。うんっ、さすがは勇者だけの事はあるなぁ。」
「王子っ!違いますっ!あれのどこが囁きですかっ!いや確かに音量的には小声でしたが内容は恫喝ですっ!勇者が寝ている者を脅迫しちゃ駄目でしょうっ!」
「はははっ、そうだったのかい?でもなんだな、もしかしてハーツって僕の声も含めて全部聞こえていたの?それでいて起きなかったの?それはなんかショックだなぁ。」
「うっ、ちっ、違いますっ、王子っ!いえ、確かにお言葉は聞こえていましたが私は自らの意志では起きれなかったのです。これは多分魔法使いの魔法の不備ですっ!私は常に起きようと努力していたんですよっ!」
「そうなんだ、だとしたらやっぱり勇者たるジャンヌが鍵だったんだね。まっ、いいや。ハーツには色々聞きたい事があるってホワイトも言っていたから早く戻ろう。そうだ、お腹空いているだろう?残り物しかないけど僕が作った料理を食べてくれよ。そして今夜はみんなでお祝いだねっ!」
ちょっと聞いただけでは暢気以外のなにものでもないような王子の言葉に、彼女は毒気を抜かれたのか溜息と共にバールを仕舞う。そしてハーツに声をかけた。
「ハーツ、ここは王子に免じて今までの所業は許して挙げます。だけど以降のあなたの立ち位置は私の下僕だからねっ!勇者たる私の鉄砲玉として敵陣に真っ先に突っ込ませてあげるわっ!」
「ぐはっ、この世に神はいないのか・・。」
彼女の言葉にハーツはがくりと肩を落として座り込んだ。そんなハーツにまたしても王子の暢気な声が追い討ちを掛けた。
「大丈夫だよ、ハーツ。おいしいものを食べれば気分も良くなるさ。それに未来は自分で切り開くものなんだ。あっ、未来と言ってもこれはジャンヌの事じゃないからね。そもそもジャンヌを切り開いたりしたらそれこそ返り討ちに会ってみじん切りにされちゃうぞ。あはははっ!」
「王子・・、その冗談は笑えないです・・。」
その後、三人は連れ立ってホワイトたちが待つ部屋へと帰った。だがその間も彼女とハーツのど突き漫才は止まる事がなく、唯一の観客であるアルバート王子を大変楽しませたのであった。




