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雑文恋愛「卒業式では泣けない。だって・・」  作者: ぽっち先生/監修俺
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感情論VS論理論

その後、ホワイトたちは何の妨害も受けずにブルージュ伯爵の屋敷を出た。そして事前に用意してあったのであろう馬車へと乗り込むと屋敷を後にした。そんなホワイトたちの姿を見た護衛たちは作戦行動がなくなった事を理解し、それぞれ散ってゆく。

これはまさにホワイトによる計略の勝利であろう。ホワイトは武力に訴えず、情報と言葉だけでアルバート王子をグレートキングダム側から奪還したのである。この事でひとり割りを喰ったのは身内を人質に取られたままのブルージュ伯爵だが、それに関しては身から出た錆だとホワイトは気にもしていない。

しかし、彼女は違った。なので馬車の中でランシスの件についてホワイトに詰め寄る。


「ホワイトさん。先ほどのランシスの件ですけど、いつ手配したんですか?」

「ランシス?いやそんなものは何もしていないさ。ただのでまかせだ。」

「えっ、だとしたらブルージュさんのお后とお孫さんたちは・・。」

「あーっ、まぁなるようにしかならないな。だがグレートキングダム側も馬鹿ではあるまい。ここで見せしめの為に后たちを殺したら逆にブルージュ卿を逆上させるだけだ。だから命は取らないだろう。まぁブルージュ卿を親グレートキングダム王国派の駒として使う為の人質として囲い続けるってのが俺の見立てかな。」

「そんな・・、あなたさっき助けるって言ったじゃないですかっ!」

ホワイトの説明に彼女は語気を荒げた。ホワイトにとっては単なる駆け引き上の嘘だったのだが、現代を生きる彼女にとっては人の命が懸かっている事を嘘で固めた言葉で相手を騙す事に忌諱を覚えたのだろう。だがホワイトの返事はやはり素っ気無かった。


「言ったな。だが俺の目的はこのアホをブルージュ卿の元から奪い返す事だった。その為なら如何様な嘘でも相手に語るさ。そして目的を果した今、嘘で語った事などを履行する義理はない。ブルージュ卿の后たちの件は確かに運が悪かったとしか言えぬが、それでも備えが甘かったのはブルージュ卿の方だ。やつはそのツケを払う責任がある。」

ホワイトは馬車の中で隣に座る王子に目をやり、以後は面倒を起こすんじゃないと目で叱りつけた。その眼力に王子は、何の事かなぁと言った体でそっぽを向いてしらばっくれた。だが彼女は引き下がらない。


「だとしても、人の命がかかっているんでしょっ!」

「未来よ、今回の事は天秤に掛けるような事ではないのだ。そもそも立場によって大切なものは違う。そして、人が悪意を持って画策した事案にはどちらにとっても最良の解がある事はない。」

ホワイトの非情な言葉に対して彼女はあくまで感情で答えた。そしてそれに対してホワイトは論理で答え返す。だが感情論に対して論理で説明しても相手が納得する事はない。なのでホワイトは別の事を例に上げて彼女をなだめた。


「いいか、未来。確かに俺はブルージュ卿に言ったように卿のお后たちを奪還できる人材と組織を持ち合わせている。だが、彼らとてピクニックへ行くように后たちを連れ帰れる訳ではないのだ。その事は卿にも説明したはずだ。絶対ではないと。さて、ここで問題だ。卿の后たちの命と奪還チームの命。果たしてどちらをお前は選ぶのだ?」

「それってトロッコ問題・・。」

ホワイトの言葉に彼女は昔誰かに聞いた事がある、とある問題を思い出した。


トロッコ問題。それはイギリスの哲学者が提起した『ある人を助ける為に別の人を犠牲にする事を人は選択できるのか?』という学術上の倫理問題である。


その問題とは、暴走するトロッコの先には複数の人がいると仮定する。あなたは手元のレバーを操作してそのトロッコの進路を変えられる事ができる。

だが、暴走するトロッコの進路をレバーを操作して切り替えれば確かに暴走するトロッコは複数の人たちがいる場所とは違う進路をとるので元々の進路上にいた複数の人たちは助かるけれど、実はその切り替えた先の進路にもひとりの人間がいた。そんなとても意地悪な究極の選択のような状況を提示してどのように行動するのが正しいのかを問いかけたのがトロッコ問題であった。

それを今回の件に当てはめるなら、レバーを操作する事ができるのは彼女たちだ。そして彼女たちがレバーを操作しなければブルージュ伯爵のお后たちに危険が及ぶ。だが彼女たちがレバーを操作すると、それに伴うお后たち奪還チームたちもその為に命を掛ける事となる。当然場合によっては死ぬ事となるやもしれない。

そう、確かにホワイトはお后たちを救うチームを編成し送り出す事ができた。だが、それには当然その事に命を掛ける者たちがいるという事なのである。

その事に気付き彼女はホワイトの問い掛けに答えられなくなった。お后たちの奪還はホワイトの人脈を持ってすれば可能である、だがそれにはその事に命を掛ける者たちがいる。その者たちに対して彼女は死んでこいとはとても言えなかった。

だがここでそんな空気を読まない御仁が二人の会話に割り込んできた。そう、アルバート王子である。


「なに?もしかしてブルージュ卿ってお后をグレートキングダム側に囚われちゃったの?ゲロゲロ。それは災難だったねぇ。でもまぁ安心していいよ、未来。大丈夫、ホワイトが何とかしてくれるから。うんっ、こいつって本当に頼りになるからさ。なっ、何とかなるんだろう?ホワイト。」

王子は何とも軽い感じでホワイトに未来の願いを叶える様に頼み込む。そこには先ほど彼女が悩んでいた奪還チームの命の重さなどを気に病む素振りすらない。

だがそんな王子のえらく軽いお願いに、ホワイトは彼女に問い掛けていた時とは違いしぶしぶという感じではあったが何故か了承してしまった。


「ふんっ、仕方がないな。まっ、この件に関しては何とかしよう。だから未来ももう悩むな。大丈夫だ、俺が何とかする。」

そう言うとホワイトは不貞腐れたように目を瞑って黙り込んでしまった。そうなると今度は王子が彼女に話しかけそうなものだったが、何故か王子もニコニコしてはいるが話しかけようとはしなかった。なので流れで彼女もそれ以上問い掛けられなくなる。

そんな沈黙にどっぷりと浸かった中、馬車は王子が潜んでいた共同住宅へ向けて三人を運んだのだった。


その後、目的地に着いた三人は馬車を降り部屋に入る。この共同住宅の部屋は全て王子の関係者で埋められていたので建物の中に部外者はいない。

そんな中、ホワイトの命令で王子は部屋に軟禁状態となる。これは多分に今回の失態に対する罰も含まれているので王子はしぶしぶながらも従った。


「ちぇっ、まぁいいや。それじゃ未来、またね。後で向こうの世界の話を聞かせて。」

「あっ、・・はい。」

王子の言葉に彼女は曖昧な返事を返した。本来なら3年間憧れ続けた王子との会話なのだからもっと舞い上がってもいいようなものだが、今の彼女は矢継ぎ早になだれ込んできた情報の処理が追いつかずフリーズ寸前だったのだ。特に王子の軽い態度と物言いは彼女にかなりのダメージを与えていた。

なので王子と別れて、別室でホワイトと二人だけになった彼女は馬車の中で聞けなかった事をホワイトに問い掛けた。


「ランシスの件について、なんで王子はあんなに軽く言うんですか?そしてなんでホワイトさんはそんな王子のお願いを聞き入れたんですか?私には理解出来ません。」

彼女は王子が自分が抱いていたイメージとちょっと・・、いやかなりかけ離れていた事について、その原因を探るべくまずは王子の一番の側近と説明されていたホワイトに聞き取りを開始する。そしていざとなったら乙女の純情を3年間も弄んだ代償を王子本人にではなくホワイトに払わせる準備をする。

はい、みなさんはもうお判りですね。そう、彼女のホワイトからは直接見えない後ろ手には例のバール、命名ちゅんちゅん丸が握られていたのである。

そんな準備万端の彼女の問い掛けにホワイトが答えた。


「そうだな、お前にはまだ理解できないかも知れないな。だが、あいつは別に軽い気持ちで俺に言った訳ではない。あいつはこれまで既に幾つもの選択を迫られ、それぞれに対し悩み、考え、葛藤し、そして泣く泣く選んできたのだ。それはあいつの立場上、どうしても選ばなければならなかった事だった。そしてあいつが悩み抜いた末に選択した事でも、それにより不利益を被るやつは必ず存在した。それどころかあいつの選択により死んでしまったやつらも大勢いた。そんなやつらの近親者は皆、陰であいつを罵った。それはあいつの耳に直接届く事はなかったが、あいつは常に感じとっていたよ。そしてあいつは自問した。自分の選択は間違っていたのではないか。それどころか自分がどちらも選択しない事により事態は別の展開を呼び寄せ円満な解決を導き出せたのではないか、などとな。」

「選択・・の連続・・。」

ホワイトの説明に彼女は言葉を続けられなかった。確かに人生とは選択の連続だと誰かが話していたのを彼女は聞いた気がした。そして確かにそうだと彼女もその時は納得したものだった。

だがその誰かや彼女が選択によって選ぶものとしていたのは大抵は自分のみに影響の範囲が限定されているものだった。中には辿ってゆけば人の人生にも影響を与えるような選択もないとは言い切れないが、その殆どは自分のみで完結するものだったのだ。だからこそ彼女はその事に納得したのである。

だが、王子の立場における選択とはその殆どが大勢の人の未来に影響を及ぼす。国家に君臨する王家の王子という立場とは、それ程こちらの世界においては重要な位置を占めていたのである。

故に王子は常に強い選択圧力・・、つまりプレッシャーを感じていた。これは並みの者なら三日で投げ出したくなるほどの重圧であろう。だが王子は王族という出目により、この世に生まれ落ちたその時からそれを背負う事を運命付けらけていた。なので嫌だといって投げ出す訳にはいかない。何故ならそれが王族の責任だからである。


「まぁ、平時であれば選択と言ってもそれ程大事おおごとな案件はない。いや、選択される当事者たちにとっては重大な選択だったのだろうがその影響を受ける者の数はそこそこの数に限定される。だが今は戦時だ。あいつがひとつ選択を間違えるだけで百や千、時には万を超える人々が影響を受ける。そんなプレッシャーがあいつを変えたのさ。あいつは王家の王子という立場から逃げる事は出来ない。代わってくれる人物もいない。あいつの兄である皇太子は別の役割があるから無理だし、何人かいる腹違いの弟たちはほぼ全て親グレートキングダム王国派に取り込まれていて使えない。王に至ってはさっさと別の世界へとんずらしたからな。つまりあいつは孤立無援なんだ。だからひとりで戦っている。勿論あいつをサポートする者たちは大勢いるが、最後の決断を下す役目を担っているのはあいつなんだ。」

「王家の責任・・ですか。」

「そうだ、それを疎かにしては王家の存在自体が根本から瓦解するからな。」

「そんな・・、幾らなんでも酷すぎる・・。」

彼女は王子の置かれた立場を理解するが、そのあまりの重圧に世の無常を感じとった。もしも自分が王子の立場だったら一日とて持たないだろうとすら思った。だがそんな感情に押し潰されそうになっている彼女にホワイトは追い討ちを掛けてきた。


「あいつはみんなを守る為に戦っている。だが代替えがいない以上自身を盾にして倒れる事も出来ない。あいつは今、死ぬ事も狂う事も、それどころか間違う事すら許されない立場にいるんだ。だからあいつは自らが壊れないように道化を演じる事にしたのさ。云わば二重人格だな。重大な決断に心が疲弊し全てを投げ出したくなった時、やつのオリジナルは偽りの自分を自ら殺して新たな人格を作り出し決断を続けた。そう、あいつは既に何回も死んでいるんだよ。」

「そんな・・、なんで王子だけがそんな目にあわなきゃならないの・・。」

「ふっ、未来にはまだ判らないだろうが、それが王家に生まれ落ちた者の務めだからさ。」

「そんな・・、王子は自らが望んで王家に生まれた訳でもないのに・・。」

「そうだ、やつは望んで王家に生まれた訳ではない。だが、そんなのは結果でしかない。そして王家に生まれた者はその責務を全うする事を生まれた直後から叩き込まれるのさ。そう、王家に生まれるという事は、人格を作り直される事でもあるんだ。そしてあいつはそんなガレリア王国シビリアン朝の生み出した最高傑作でもある。」

「最高傑作だなんて・・、そんな人を物みたいに言うなんて不遜だわっ!」

「未来、人は人間として生まれるが、その後の経験により人となるのだ。経験が甘いやつは甘ちょろいやつに、農民として経験を積んだやつは良き農民となる。勿論、人生においては幾つもの分岐点が存在する。農民の子に生まれたからといって農民であり続けなければならないなどというシバリはない。才覚とそれを磨く努力を惜しまなかった者は分岐点で新たな道を進み始める。だが人間社会における頂点である王族に生まれた者には他の道へ進む選択肢はないのだ。」

「そう・・なんだ。王子には選択肢はないんだ・・。王子は王子でいるしかない・・。」

もはや彼女の中では、先ほどまで王子に感じていた軽く我侭なお子ちゃま然とした男というイメージはなかった。いや、言動と行動はもろ我侭なお子ちゃま然としたものであったが、それには理由があったのである。

そう、やはりアルバート王子は彼女が最初に感じとったままの清廉潔白な快男児であった。そもそもそうでなければハーツなどの人々が王子の為に命を賭ける訳が無いのである。

そんな考えに至った彼女にホワイトが今度はお願いしてきた。


「だからあいつの外面だけであいつを判断してくれるな。お前にはそれが出来るはずだ。なんと言ってもお前は皇太子すら騙したミセス・ギリシアの最高傑作、アーチャーの変装を見破ったのだからな。いや、あれは心で感じたのか?なら尚更あいつの心に触れれば判って貰えるはずだ。」

彼女はそう言えば本物の王子にはまだ触れていない事を思い出した。アーチャーの時も手を触れて初めてアーチャーが偽者だと感じた。ならば王子とも直接触れ合えば、言動や態度に惑わされないで本当の王子を感じられるかも知れない。


「そう・・、そうだったんだ。やっぱり王子は私が初めに感じた通りの人だったのね。あはっ、駄目だなぁ、私は。相手を信じないで見た目の印象だけでこうだなんて決め付けちゃうんだから。」

「はははっ、だがそれは普通だと思うぞ。俺は理由を知っているから気にならないが、あいつを古くから知っているやつらでも大抵はお前と同じような気持ちになるらしい。いや、知っているからこそ逆に今のあいつを否定しようとするらしいな。ただ唯一、ああなったあいつを見ても以前と同じように接したのは母親である后だけだ。そしてそんな后の前だけはあいつも昔のままでいられるのだろう。」

「あーっ、そうなんだ。ふ~ん、さすがと言うか、なんか羨ましく感じちゃうな。」

「そうだな、俺もあの場にいた時は目頭が熱くなるのを押さえきれなかったよ。」

「王子のお母さんかぁ、どんな人なんだろう。あっ、王子って母親似って前に言ってましたよね?」

「まっ、后に関してはお前と言えども今はちょっと会わせられない。なんせまだ王を亡くして日がそんなに経ってないからな。それに后の居場所はあいつ同様トップシークレットだ。だが、今回お前に期待する事案が滞りなく達成した暁には、あいつが紹介するだろう。」

「うっ、それってプレッシャーなんですけど、ホワイトさん。」

「はははっ、馬の前にニンジンを吊るすとその馬は実力以上の走りをすると言うからな。どうだ、俺もお前の扱いが上手くなってきただろう?」

「人を馬扱いした時点で失格です。」

「ふっ、そうか。まっ、そうだな。ではまだ可憐で可愛く、且つ素直で奥ゆかしいか弱い女の子の扱いに慣れていない俺は、自分の仕事をするとしよう。」

「うーっ、そのセリフは忘れて欲しいんですけど・・。と言うか、嫌味がきついです、ホワイトさん。」

ホワイトにからかわれて彼女は下を向いてしまう。だが何故か嫌な感情は湧いてこない。それどころかホワイトからそんなフランクな言葉を掛けられた事が、彼女は何やら嬉しい気がしたのであった。


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