新手の登場
さて、アルバート王子がブルージュンの領主アルディ・ブルージュ伯爵に裏切られ捕らえられたとの報告に、ホワイトは取り合えず彼女を王子の潜伏先だった共同住宅から遠ざける事にした。だがその前にどこへ向ってと言うでもなく声を掛ける。
「誰かいるかっ!」
ホワイトの問い掛けに建物の影から一人の男が進み出てホワイトの前にかしずく。
「ここに。」
「首尾は?」
「この建物を見張っておりましたブルージュ卿側の者は全て排除いたしました。ブルージュ卿の屋敷にも数名つめております。ご命令があれば直ぐにでも突入できます。」
「いや、それには及ばん。あのアホには少し頭を冷やして貰わねばならぬからな。自分の行動がどのような事を周りに及ぼすか思い知らせるいい機会だ。だが、準備は怠るな。相手に気取られぬ範囲で人員を増強しろ。いざとなったら全面戦争になっても構わんっ!ブルージュ卿は他の領主への見せしめとするっ!」
「はっ!」
男はホワイトの命令を受けると何処かへと消えて行った。だがホワイトが相当苛立っているのは王子の事をアホと言ってはばからないところからも察したようだ。なのでその表情にはある種の覚悟が読み取れた。
そんなふたりのやり取りを後ろで聞いていた彼女は心配そうにホワイトへ声をかける。
「えーと、全面戦争って・・、もしかしてこの町で戦争を始めるんですか?」
「んっ?いや、あれはあくまで部下たちへの檄だ。まぁ、場合によってはそうなるかも知れぬがブルージュ卿もアホではないからな。あちら側に付いた理由によっては寛大な態度を示して見せるのも策だよ。」
「あーっ、もしかして先ほどのアホって言葉は王子じゃなくてここの領主の事を言ったんですか?」
「えっ?あーっ、そう言えばそんな事も言ったか。いや、さっきの言葉は正真正銘アルバートの事だよ。全くあいつは何時までたってものほほんとした性格が直らん。平時ならともかく非常時である今、あんな行動を平気でされたら廻りが大迷惑だ。」
「はぁ・・、まぁそうでしょうね・・。」
彼女は今まで勝手に抱いていたアルバート王子の虚像が崩れてゆくのを感じた。そう、彼女が知っているというか、想像していた王子は凛々しく誠実で、周りを思いやり誰からも愛されるであろう理想の王子像だった。だが、今ホワイトたちから耳にした実際の王子はちょっと抜けているというかKYなところがある駄目王子らしい。なので彼女はそのギャップを埋められずに何かの間違いであって欲しいと心の中で願う。その表れが先ほどのホワイトにアホ呼ばわりされた相手のすり替えだった。
だがそれをホワイトにあっさり否定された。なのでこれ以上の事実を今知るのは自分の中の王子への評価が急落しそうだったので彼女は話題を変えた。
「ここの領主って王子側だったんですよね?そんな人が王子を拉致するなんてどんな理由がありうるんですか?」
「そうだな、今までアルディ・ブルージュ伯爵は忠実な国王側だった。故にアルバートをここに潜ませた。そんなやつが手の平を返したとなれば相応の理由があるはずだ。まぁ、普通に考えれば家族を人質に取られたか、破格の報酬を親グレートキングダム王国派から提示されたかだが本当のところは判らんな。単にアホなアルバートを見限っただけかも知れんし。」
「そう・・なんですか。」
彼女は彼女の与り知らないこちらの世界のしがらみに少々戸惑う。そんな複雑な関係が絡み合う事案に王子大事とばかりに彼女の思いだけで事を運ぶのは後々に遺恨を残しかねない事なのだと彼女も理解し始めたようであった。
「えーと、私ってこちらの状況についてちょっと勉強不足みたいなんでそこら辺の事を教えて頂けますか?いえ、一応ハーツから大筋のところは聞いていたはずなんですけど、ちょっと真剣に聞いていなかったもんですから・・。」
「そうだな。だが立ち話で語れる事でもない。ブルージュ卿も我々がやつの配下を排除したと知れば後戻りは出来ぬと覚悟を決めるであろう。そうなれば向こうも何かしらかの動きを新たに見せるはずだ。だからひとまず安全な場所に身を潜める。ついて来い。」
そう言うとホワイトは先に立って歩き始めた。彼女はもっと詳しい説明を知りたいと思ったが、ホワイトの言うようにこの事は立ち話で済ませられる事ではないと気付き素直に従った。
そして数分後。突然ホワイトが歩みを止める。そしていきなり抜刀した。
ぱしっ!
ホワイトが剣を振るった後の地面にどこから飛んできたのか剣にへし折られた矢が落ちた。
「ちっ、相手も本気という事か・・。まっ、仕方がない。未来、ちょっと血を見る事になるがうろたえるなよっ!」
「えっ?あっ、はい・・。」
ホワイトの言葉に彼女は一応オウム返しで返事をしたが何が起こったのかはまだ理解していない。だが、そんなホワイトの言葉に呼応するかのように物陰から複数の男が槍や剣を手に躍り出てきた。そして瞬く間に二人を囲う。その中のひとりを見てホワイトが相手に声を掛けた。
「ほうっ、サンドロスじゃないか。なんだ?お前の十八番である闇討ちを仕掛けるにはまだ陽は高いぞ?」
「うるせーっ!俺に向ってそんな口を聞けるのもこれまでだっ!今まではブルージュ卿の許しがなかったから生かしておいてやったが、もはやお前たちは逆賊だっ!王子の威光を笠に今まで俺様をいいようにあしらいやがったツケを払わせてやるっ!」
どうやら男たちはアルディ・ブルージュ伯爵が放った刺客のようだった。そしてその頭目と思しき男はホワイトに対して相当な遺恨を持っているようである。だがそんな男に対してホワイトは至って平静だった。
「はははっ、そうか、飼い主からの許可がでたのか。それは良かったな。うむっ、お前は大した忠犬だよ。だが、ご主人様からの命令があまりにも嬉しくて御前で嬉ションはしなかったろうな?いや、それもまた忠犬の証か?」
「ざけんなっ!」
男はホワイトにからかわれた事により一気にヒートアップしたのだろう。ホワイトに対していきなり上段に構えて斬りかかってきた。だがホワイトはそんな突進をひらりと交わして相手の足を蹴飛ばし転ばした。哀れバランスをくずした男はみっとも無く地べたに転がる。
「サンドロス、いい加減にしろよ?俺はお前の遊びに付き合ってやる義理はないんだ。これ以上絡むと言うのなら斬るぞ。」
「くっ、強がりを言うんじゃねぇっ!こっちは完全武装の手足れが8人もいるんだっ!それにお前たちを追ってきた護衛は別働隊が足止めしているっ!お前はもう詰んでいるだよっ!」
ホワイトにサンドロスと呼ばれた男はあたふたと地面から立ち上がり、仲間のいるところまで後ずさりながらホワイトに転ばされた事も忘れたかのように高飛車に言い放ってきた。
「そうか、だが何人いようが結果は同じだ。言っただろう?遊びには付き合えんと。俺は町のゴロツキ相手にイキがって喜んでいるお前たちとは住んでいる次元が違うんだよ。戦場じゃ敗北したら次はないんだ。つまり俺に剣を抜かせるという事は死を代償とする事になる。その事をあの世で後悔するがいいっ!」
そう言い放つとホワイトはサンドロス目掛けて突進した。その速さにサンドロスは剣を構える事も退く事も出来ないでいる。哀れそんなサンドロスをホワイトの斬撃が強かに斬り伏せたかに思えた瞬間、側にいたサンドロスの仲間のひとりが二人の間に割り込んでホワイトの剣を受けとめた。
ガキーンっ!
「ほうっ、これは驚いた。まさか受け止められるとは思わなかったよ。見たところ新顔のようだが、もしも金だけの関係ならそいつの為に命を掛ける事はあるまい?なんなら倍払ってやってもいいぞ?」
殺すつもりで振り上げた斬撃をいとも簡単に止められホワイトは些か驚く。その事が逆に軽口となってでた。だが、それに対して相手もホワイトからの凄まじい剣圧に対抗しながら返す。
「残念ながら私は金であっさり転ぶような風見鶏まがいの傭兵ではありません。見くびって貰っては困りますな。」
ホワイトの剣を止めた相手はまだ年の頃は二十歳前後のようだったが、その言葉には幾多の修羅場を潜り抜けてきたであろう貫禄が見て取れた。だが、逆に金で転ぶなど己の信念に反すると言い返すところは、まだまだ若さゆえの一本気な気質が見え隠れする。
「ふむっ、それは失礼した。では騎士としてまず名を名乗れ。」
「わっ、私は既に騎士ではないっ!故に名乗る名などないっ!」
ホワイトの問い掛けは何故か相手の癇に障ったようだ。なので相手は返答と共に一気にホワイトの体を突き放し間合いを取り直すと剣を構え直した。それを見て周りにいた他の男たちも包囲の配置を換える。その中のひとりはホワイトに気取られぬように徐々に彼女の方へと間合いを詰めていった。
その男も戦いにおいてはそこそこの経験があるのだろう。故にホワイトの技量も十分に読み取れた。そして自分では到底ホワイトの相手にならない事も理解した。だが、男の辞書には正々堂々などという文字はなかった。勝てば官軍。どのような手を使おうとも相手を倒すことができれば、それは勝利である。それが男がこれまで生き延びてきた経験から学んだ必勝の法則であった。
故に男は彼女を人質とする方法を選択する。状況から鑑みてホワイトは彼女を守護している。となれば彼女さえ取り押さえればホワイトは抵抗する事が出来ないと踏んだのだ。
そして彼女に対して数メートルまで詰め寄った時、男は一気に駆け出し彼女に襲い掛かる。ホワイトはそれに気づいたが、ホワイトと対峙している男がホワイトに対応する動きを取らせなかった。
そして二箇所で同時に動きが起こる。ひとつはホワイトと若い男が。もう一方は彼女と別の男だ。
「ちっ、逃げろ、未来っ!」
ホワイトは自分の失態を理解したが時は既に遅し。彼女に向って男が襲い掛かった。だがその時その場にいた全員が予想していなかった事態が起こる。
なんと彼女に襲い掛かった男が彼女に襲い掛からんと飛び掛った瞬間、横っ飛びに吹き跳んだのである。そしてそんな男が消えた後には例のバールを手にした彼女が立っていた。
「可憐で可愛く、且つ素直で奥ゆかしいか弱い女の子にいきなり襲い掛かるなんて万死に値するわ。おかげで手加減出来なかったじゃない。」
うんっ、全く言葉と所業が一致していません。でもまぁ、そこはスルーしましょう。まぁ彼女に襲い掛かった男も頬当てをしていたので骨まではいっていないようだ。でも歯は何本が折れたであろう。下手したら顎の骨にはヒビが入ったかも知れない。でもそれは自業自得だ。ホワイトの技量は読み取れたようだが彼女に対しては読み間違った。その結果が今の状況である。
しかし、彼女は自分を可憐で可愛く、且つ素直で奥ゆかしいか弱い女の子と言ったが、本来そうゆう子は如何に自分に襲い掛かってきた相手とは言え、問答無用で顔面をバールで横殴りにクリーンヒットなどさせないと思うのだが・・。
だが、そんな状況を目の当たりにしたホワイト以外の男たちは驚きで一瞬動きが止まった。そこをホワイトが突く。
「剣を手に対峙している時に他に気を取られるなどまだまだだなっ!」
ホワイトの突撃に対峙していた若い男は一瞬対応が遅れる。だがそれでもホワイトの本気の斬撃を若い男はかろうじて受けきった。この事だけを見てもこの若い男の技量が並でない事が判る。だが、それでも優勢になったホワイトからは逃げきれるものではない。若い男は反撃の糸口もつかめぬままにホワイトから何度も送り込まれる斬撃を辛うじて受けるのが精一杯であった。だが、とうとう最後の一撃がホワイトから繰り出される。
ガキーンっ!
金属と金属がぶつかり合う音が若い男の目の前で響く。だがホワイトの剣を受けたのは男の剣ではなかった。
「どうゆう事だ、未来。なぜこいつを助ける?」
そう、ホワイトの斬撃を受けたのは彼女のバールであった。
「いや~、やっぱりさすがに目の前で人がばっさりってのはまだ耐えられそうにないんで。そうゆうのは出来れば私の見ていないところでお願いしたいなぁ~なんて。」
彼女の返事は如何にも平和ボケした現代人然としたものであった。なのでホワイトはすぐに理解できない。
「ふんっ、随分生ぬるい考えだな。まぁよい。お前がそうしたいと言うのであれば致し方あるまい。」
そう言うとホワイトは若い男の喉元に剣先を突きつけたまま他の男たちを見る。だがその時既に男たちはその場から逃げ去っていた。勿論一番最初に逃げたしたのはサンドロスである。
そしてその場に残ったのはホワイトたちと若い男、それに彼女にぶん殴られて伸びている可哀想な男だけとなった。そしてホワイトは若い男に声を掛ける。
「さて、金では転ばないと言っていたがお前の雇用主はお前を置いて逃げたぞ。ならばもはや義理立てする必要はあるまい。と言うか、お前は未来に命を助けられた。これは義理以上の意味をもつのではないか?」
「くっ、殺せっ!」
ホワイトの言葉に若い男は捨て鉢な返事をする。まぁ、男にしてみれば若い女に命を助けられたなどという事が許容できる事ではなかったのかも知れない。生きて恥を晒すくらいなら死を選ぶ。それが若い男の矜持だったのだろう。
だが、そんな男の言葉に対してホワイトではなく未来がバールで応えた。
ぱこんっ!
「がはっ!」
彼女にバールにて頭を軽く叩かれた男は何故かいとも簡単に気を失ってしまう。う~んっ、そんなに強く叩かれたようには見えなかったのだが、これもまた彼女が持つ勇者特性なのだろうか?
「はははっ、乱暴だな。さて、こいつはお前が助けたのだから責任を持てよ。俺は関知しないぞ。」
「うーっ、このままここに置いてったら駄目なんでしょうねぇ。」
「俺は別に構わぬが、この男は多分自ら死を選ぶであろうな。だがその死にはなんの価値もない。」
ホワイトは彼女に伸されて地面に伸びている若い男のこの後を、さして興味もなさそうに予想した。そう、ホワイトにとってはこれくらいの年齢の若者たちの真っ直ぐ過ぎる生き方はこれまで嫌という程見てきていたのだろう。そして、そんな彼ら特有の他の生き方を許容しない自分中心の生き方に辟易しているのかも知れない。
だが、それはホワイトの過去とも重なった。そうホワイトにも彼らと同じように考え行動した時期があったのである。しかし、ホワイトは自身の力でその時期を乗り越えた。故に今こうして生きているのである。
自分の生き方は自分で決める。そして決めたのならその生き方に責任を持つ。それがこちらの世界の理であった。故にホワイトは彼女にこの若い男の今後に自分は関与しないと言い放ったのである。
だが、現代人である彼女にとって、突然人ひとりの今後を委ねられる事態は重すぎた。なのでどうしたら良いのか思いあぐねる。なので彼女は問題を先延ばしにする事とした。サンドロスが言っていた別働隊をなんとか撃退したホワイトの護衛たちが漸く駆けつけて来た事がその考えを後押しした。
「閣下っ!申し訳ありませんっ!途中で賊に行く手を阻まれ遅れました。お怪我はありませんかっ!」
偽王子の宿で受付の老人に指示されホワイトたちの後を追ってきた護衛たちがホワイトに詫びを入れてくる。だがホワイトがそれに答えるよりも早く彼女が彼らに指示を出した。
「えーと、すいません。ちょっとこの人を預かって下さい。なんか一人にしておくと思いつめちゃう系の人らしいので。」
「は?」
突然の彼女からのお願いに護衛たちは意味を図りかねホワイトの方を見る。なので改めてホワイトは護衛たちに指示をだした。
「こいつはブルージュ伯爵に雇われたらしいのだがな。何故か勇者が別の生き方を指南したいらしい。なので逃げ出さないように拠点に放り込んでおけ。後、そこで伸びているやつも治療してやれ。俺と勇者は予定を変更してこのままブルージュ伯爵の所に行って一気にカタをつけてくる。まっ、荒事にはならないと思うが準備だけはしておけ。」
「はっ、判りました。おいっ、お前たちはこいつらを隠れ家へ連れてゆけ。お前とお前は俺について来いっ!」
護衛のリーダーと思しき男はホワイトからの指示に配下をそれぞれ分け対応した。
「さて、それでは未来。こちらの世界のやり方というやつを見せてやる。ついて来い。」
そう言うとホワイトはアルバート王子が拉致されているブルージュ伯爵の館へ向けて歩きだす。護衛のリーダーと思しき男とその配下は先回りする為かホワイトたちを抜き去って走り出した。
なので彼女もホワイトの後についてゆく。後には隠れ家に連れてゆく為に蹴飛ばして意識を戻させた若い襲撃者たちと護衛たちだけが残った。そんな彼らもやがて人目を避けるように消える。
そしてその後には争い事に巻き込まれるのはごめんとばかりに建物に避難していた住民たちが何もなかったかのように表に現れ、いつも通りの日常がまた始まったのである。




