偽りの謁見
さて、二人が馬車に揺られながら旅を始めて3日目の午後。漸く彼女とホワイトはアルバート王子が潜伏しているブルージュンの町へと到着した。そして馬車を降りた彼女は大きく伸びをしつつもげんなりした顔でひとり文句を言う。
「ぐはっ・・、やっと着いたわ。くーっ、馬車がこんなにガタガタと揺れるものだとは思わなかった・・。ゴムタイヤって偉大な発明だったのねぇ。」
現代のあまり揺れない乗り物に慣れている彼女には常に何らしかの振動が伝わってくる馬車の旅はきつかったようだ。それを彼女は硬い車輪とゴムタイヤの違いによるものと推測した。
だが、現代の自動車の乗り心地がいいのはタイヤの性能だけのおかげではない。ショックアブソーバーとスプリングという衝撃吸収緩和機構が改良され続けた結果、一部の高級車や高速鉄道車両ではコップの水を溢さないで走れるとまでメーカーに言わしめるようになったのである。だが一番の要因はフラットなアスファルト舗装や超ロングレールの採用だろう。これなくしてはどんなに高性能なタイヤや衝撃吸収機構でも車体の揺れを許容範囲内に留めておく事は出来ない。
現代の生活を支えているのはインフラだ。これなくしては物流も通信も飲料水の供給すら立ち行かなくなる。まさに縁の下の力持ちとはインフラ設備の事なのである。
とはいえ、異世界の道路が穴ぼこだらけだったかと言うとそうでもない。ちゃんと小石などは取り除かれ、車輪が掘ったわだちも定期的に補修されている。これらは全て人力だ。そう、どのような世界でも最後に頼りになるのは人のチカラなのだ。そして人のチカラとは一人より二人。二人よりは十人と人数が増えれば増える程できる事が多くなる。まさに数とは『チカラ』なのだ。
「んーっ、また謎の声がうんちくを意気揚々と駄弁っている気がする・・。全く、自分が開発した訳でもないでしょうに、それを知っている自分がさも凄いように語っちゃうなんで駄目よねぇ。これぞまさしく他人の褌で相撲をとるってやつかしら?」
えーと・・、はい、すいません。以後気をつけます・・。
「さて、それでは王子に謁見するとしよう。ついて来い。」
「あっ、はーい。くーっ、この世界では女性の荷物を持ってやるという常識はないんかい。」
車外でストレッチをしていた彼女に対してホワイトは声をかけるとすたすたと先に行ってしまった。そんなホワイトに対して彼女は毒つきながらも鞄を持って後を追った。
その後、ホワイトは狭い路地に分け入ると一軒の旅館の前で立ち止まった。そこは表通りからは1ブロック離れた、所謂裏通りというところだ。なので表に比べると人影は少ない。だが逆に路地にたむろしている者たちは何かしら癖のありそうな者ばかりである。
しかし、そんな者たちもさすがにホワイトへは茶々を入れようとはしなかった。そこら辺は彼らなりの経験でホワイトは自分たちの手に負える人間ではないという事に気付いているのだろう。
そんなホワイトが振り返って最終確認とばかりに彼女に問いかけた。
「ここにアルバートがいる。心構えはいいか?」
「くーっ、ちょっと待ってっ!」
ホワイトの言葉に彼女は慌てて鞄から鏡とブラシを取り出すと身だしなみを整え始めた。だがどうしても髪型がしっくりこないようだ。なので髪型がバシっと決まるまで王子との謁見の延期ができるかをホワイトに聞いた。
「あのぉ~、多分無いとは思うんだけど、一応聞きます。こちらの世界って美容院はありますか?」
「美容院?なんだ、それは?」
彼女の質問にホワイトは逆に聞き返す。そんな彼に彼女ではなくポチが説明する。
『ピッ、ホワイト様、美容院とは髪結い処のことです。彼女の世界では髪結い処の事を美容院と言うのです。』
「ほうっ、そうなのか。そうだなぁ、あるにはあるが今でなければ駄目なのか?」
ポチの説明にホワイトは納得したが、それでも彼女が何故今そんなところに行きたがるのかは理解していないようだった。
「えーと、駄目って訳ではないんですけど・・。」
ホワイトの問い掛けに彼女は少し口ごもる。彼女としてはそこら辺は察してもらいたいところなのだろうが、残念ながらホワイトには通じないようだった。なのでまたまたポチが間に入った。
『ピッ、ホワイト様、彼女の世界では第一印象というものを重要視するのです。ですから詐欺師なんかは見た目だけはきっちりしているんですよ。まぁ、三流詐欺グループの使いっぱしり辺りはそこら辺が駄目で疑われて通報されちゃうんですけどね。』
「ほうっ、そうなのか。だか彼女は詐欺師ではないのだろう?なら気にする必要はあるまい?」
『ピッ、ホワイト様、どこの世界でも女性は≪美≫に関しては偽るものなのですよ。でもそれは相手を満足させようという気遣いでもあります。ですがこれまた世の殿方はそこら辺を中々理解していなくて、騙されたっ!などと言っちゃって破局を招くのです。』
「ポチっ、てめぇ~っ!その言い方は全世界の女の子たちを敵に回すわよっ!実体が無いからって言いたい事ばかり言っていると、いつかひどい目にあうからねっ!いやっ、あわせるっ!」
ポチの説明に彼女が恫喝する。まぁ確かに馬鹿正直過ぎるのもコミュニケーションの破綻を帰す場合があるから気をつけなければならない。
なので今度はホワイトが間に入ってその場を収めようとする。
「あーっ、まぁそうゆう事ならあまり気にしなくていいだろう。あいつはあまり女性の外ヅラを信用していない。だからやつを騙すには見た目より態度がポイントなんだ。外面はアイテムで簡単に武装できるが、内面は相当な訓練を積まなければ偽れないからな。」
『ピッ、ホワイト様、それはそれで世の女性たちにはハードルが高いんですが?』
ホワイトの説明にポチが全うな反論をした。当然彼女も頷きながら心の中で同意している。だがホワイトはポチの反論を逆手に取り彼女を持ち上げる。
「そうかもな。だがお前はやつにとって特別なんだ。それだけを持ってしてもやつがお前を気に入らない訳がない。いや、それを差し引いてもやつはお前に会いたがっていたよ。だから外見はあまり気にするな。お前はそのままで十分に魅力的だよ。」
「えっ・・、うーっ・・。」
ホワイトからの思いもかけない突然の賛辞に彼女は返事が出来なかった。これは所謂天然系の裏の無い言葉に対する戸惑いだろうか。
なので彼女も漸く踏ん切りがついたようだ。ぱんっ!と両手で頬を叩いて気合を入れるとホワイトに準備が整った旨を伝える。
「オッケーっ!いいわ、行きましょうっ!」
「はははっ、中々いい気合だな。まっ、そんなに気負うな。全てうまくいくさ。」
そう言うとホワイトは宿屋の扉を開けて中に入る。彼女もその後に続く。
からんから~ん・・
扉にぶら下がっていたカウベルが来店を知らせる音を響かせると、中にいた者たちが一斉に入り口の方を見た。
宿屋の中はどこにでもありそうな普通の配置であった。正面に受付があり左手に荷物の受け取り場、そして右手はちょっとした待合場所として椅子とテーブルがあった。
受付では老人がひとりパイプを燻らせて新聞を読んでいる。そして右手のテーブルには数人の男たちがたむろしていた。その男たちがカウベルの音に一斉に反応したのである。
通常、来店を知らせる音がなったとしてもそれを気にとめるのは店員だけだ。だが、この宿屋では客と思しき者たちまで全て注視してきた。この事が意味するところはひとつであろう。そう、中にいた者たちは全て王子の護衛である。
だが、そんな護衛たちも入ってきたのがホワイトだと判るとばつが悪そうに一斉に目を反らした。それはまるでいたずらを教師に見つかった子供のようである。そんな彼らにホワイトから駄目出しがでた。
「お前たち相変わらず気負い過ぎだ。そんなんでは逆に敵に王子がここにいると教えているようなものだぞ?表面上はもっと普通を装え。」
ホワイトの指摘に店の中にいた男たちの間で気まずい空気が漂う。そんな男たちの中からひとりの老人が前に出てホワイトたちを迎えた。受付の中で新聞を読んでいた老人である。この老人だけが男たちの中でひとり来客に無関心を装っていた。だがそれは表面上だけの事で手元の鏡により誰が入って来たのかはしっかりと確認していた。この事からこの老人が男たちの中では一番のキャリアなのだろう。それはホワイトを出迎えたことからも推測できる。
「ホワイト閣下、そう責められぬな。こいつらもいつもはもっとだらけているんですから。ただちょっと不穏な情報が入って来ましてな。なので少しピリピリしているのですよ。」
「不穏な情報?なんだ?私の留守中に何か動きがあったのか?」
「それに関しては後ほどご報告したいと思います。それよりも、もしかしてお連れの方は例のお方なのですかな?」
「うむっ、運よくすぐ見つけられたよ。まっ、紹介は王子の後だ。王子はいるな?」
「はい、お部屋で各諸侯宛の檄文を認めていらっしゃいます。」
「そうか、それでは挨拶するとしよう。ついててこい、未来。」
ホワイトに促がされて彼女は後に続いて階段を昇る。そして3階まで上がるとそこにもまた護衛がいた。とは言ってもここにいた護衛はこの旅館の掃除のおばあちゃんである。そんなおばあちゃんにホワイトが声を掛けた。
「ミセス・ギリシア、相変わらず見事な変装ですな。それだけの変装が魔法でないと言うのだから恐れ入る。」
「ほほほっ、お早いお帰りで、ホワイト様。なに、この程度の特殊メイクなど女子にとっては朝飯前ですわい。ほほほっ。」
なんと掃除のおばあちゃんはどうやら特殊メイクで老婆に化けているらしい。だとするともしかしてメイクを落としたらおばあちゃんは凄いのだろうか?某泥棒アニメのツンデレヒロインみたいなの?だとしたら体形も変わるんだろうなぁ。
「王子は部屋にいると下で聞いたが入ってもいいかな?」
「ええ、どうぞ、どうぞ。今防衛トラップを解除しますから少々お待ちを。」
そう言うと掃除のおばあちゃん改めミセス・ギリシアは廊下の壁に張ってある張り紙をどすんと拳で叩いた。すると壁やら天井やら床やらからガチャガチャとなにやら機械が動く音がした。だがその音も直ぐに収まる。そして、どこかしらかから防衛トラップの解除が完了したとの声が発せられた。
「はい、お待ちどうさまです、ホワイト様。どうぞお入り下さい。」
そう言うとミセス・ギリシアは『清掃道具置き場』と書かれた扉を開けふたりを中へ導いた。つまり王子は通常の部屋ではなく『清掃道具置き場』の中で掃除道具にまみれて隠れていたのだ。まさにこれこそ敵に対する最終欺瞞対策なのかも知れない。だって普通一国の王子が清掃道具置き場に隠れているとは誰も思わないだろうからね。
・・、などというオチではなく、これまた単純な欺瞞なのだろう。なので扉の向こうは普通にちゃんとした部屋だった。その看板に偽りあり。特に政治家が掲げるプラカードは信用出来ないものが多いから皆も気をつけよう。
あっ、でもアルバート王子は行政側だから偽ってもいいのか。
さて、そんな子供が考えたような最終トラップが掲げられていた部屋の中では、ひとりの青年が椅子から立ち上がりふたりを招き入れた。
「やぁ、ホワイト。随分早いな。予定ではもっと掛かるはずだったのでは?」
「ええ、そうですが神の思し召しにより思いのほか直ぐに見つかりました。これもまたアルバート王子の熱き信仰の賜物でしょう。では早速ご紹介します。この後ろに控えている者こそ、王子がハーツに命じ異世界より召喚した我々の救世主。名は既にご存知でしょうが護国寺 未来です。」
「おーっ、そなたが未来かっ!うむっ、魔法使いからの似顔絵により見知ってはいたが実物の方がより一層輝いておるな。うむっ、遠路ご苦労であった。私がお前を招いたアルバート・シビリアンである。」
王子の名乗りにホワイトの後ろで黙ってふたりのやり取りを聞いていた彼女は3年間憧れていたアルバート王子にいきなり紹介されてフリーズする。だがそんな彼女の状態を気付かないのかホワイトは彼女に返事をするよう促した。
「これ、王子からのお言葉であるぞ。返事をせぬか。」
「あっ・・、はい。その・・お初にお目にかかります・・。私は護国寺 未来と申します・・。」
ホワイトに背中を押され彼女はしどろもどろながらも何とか自己紹介だけすます。だが、中々王子を直視する事が出来ずにいた。それ程、彼女にとって王子に会う事は緊張する事だったのだろう。
だが、そんな彼女に対し王子は実にフランクに接してきた。有体に言えば握手を求めたのだ。
「はははっ、あまり緊張されてはこちらも困るな。なんと言ってもそなたは私の為にわざわざ異世界から来てくれたのだ。なのでまずは礼を言いたい。ありがとう。」
そう言って王子は彼女に歩み寄り彼女の手を取った。その時である。いきなり彼女の表情が曇る。これは王子にいきなり手を握られた故の恥じらいではなく、彼女の中である疑念が湧き上がったからだ。その疑念は忽ち確信に変わる。そして彼女は王子に告げた。
「あなた・・、王子ではないわね・・。」
彼女の言葉に王子の動きが止まった。そしてホワイトの方に目線を飛ばす。そんなホワイトは事の成り行きに満足しているのかニコニコと微笑んでいた。
「はははっ、まさか初見で見破られるとは思わなかったな。ミセス・ギリシア、あなたが施した変装は勇者に見破られましたぞ。」
ホワイトは後ろで控えていた掃除のおばあちゃんに話しかける。そして話しかけられた方は渋い顔で自分の負けを認めた。
「そのようですね。今回は素直に負けを認めましょう。ですがそれでも勝敗は私の123勝2敗です。完勝は逃しましたが私のメイク術が必要十分な事に些かの揺るぎもないのはあなたも認めざる得ないでしょう。」
「はははっ、確かに。まぁ、私が見破ったのはメイクではなく仕草からでしたからね。そうゆう意味では私の勝利はちょっとズルです。しかし、今回彼女は初見だ。いやはや、勇者という者はそれ程人の真偽を見定める目を持っているものなのかね。賭けには勝ったがちょっと薄ら寒くなったな。」
どうやらホワイトと掃除のおばあちゃんは、彼女が偽者の王子を見破れるかどうかで賭けをしていたらしい。そして今、目の前にいる偽王子に偽装メイクを施したのが掃除のおばあちゃんなのだろう。
しかし、今回は彼女が見破る方に賭けたホワイトが勝ったが、それ以外ではホワイトの123敗らしい。ホワイトは常に変装を見破られる方へ掛けていたのだろうから、この数字を見ただけでも掃除のおばあちゃんのメイク術がどれ程のものなのかが判る。実際、この123敗の中にはアルバート王子の実の兄であるフランダム・シビリアン皇太子も含まれているのだから。
実際の兄すら見破られぬ偽装メイク。これはある意味戦略兵器ともいえるかも知れない。あなたの世界の指導者がある日突然変なことを言い出したら異世界からの偽者と入れ替わられた事を疑うべきだろう。でないとあっという間に世界は混沌へと陥るはずだから。




