仕切り直し
昨日の食堂での乱痴気騒ぎの後、男にお姫様だっこで抱えられ宿屋に戻った彼女はそれでもポチが処方したアルコール分解魔法のおかげで二日酔いにならずに爽やかな朝をベッドの上で迎えられた。
「ふぁ~っ、朝かぁ。うん・・、お腹空いたな。あっ、オナラがでる。」ぷう~
えーと、爽やかなのは朝の空気だけでした。でも起きた時にお腹が空いているのは健康な証拠です。オナラだって腸がちゃんと働いている証拠です。だから多分次に彼女は便意をもよおすんじゃないかな。
「むーっ、おトイレはどこだろう?ってか、ここどこ?」
ほら、どんぴしゃでしょ?でもそんな彼女の独り言にポチが答えた。
『ピッ、お早うございます。トイレは部屋を出て廊下の奥です。因みにちゃんと水洗式ですよ。後、ここはあなたが昨日宿泊手続きをした宿屋です。』
「あっ、ポチ、おはよ~。むーっ、なんか体の調子は悪くないんだけど記憶があやふやだなぁ。昨日の晩は私何やってたんだっけ?」
『ピッ、あなたは人生2度目の飲酒であなたの内で眠っていた悪魔を呼び覚ましてしまい、打ち寄せる男たちを千切っては投げ、踏んづけては蹴飛ばしの大活躍をなさいました。おかげで世界は今日も平和です。』
「あっ、そうなの?むーっ、覚えてないや。」
『ピッ、冗談ですから。ボケを返さないで下さい。』
「むーっ、冗談ですかぁ。でも何も覚えていない・・。あーっ、でもお腹空いた・・。」
『ピッ、ほら、ならば着替えて食堂に食べにいきましょう。』
「むーっ、その前におトイレ・・。」
どうやら彼女は朝が弱いらしい。所謂低血圧というやつなのだろうか?だが、トイレで用を済まして部屋に汲み置きしてある桶の水で顔を洗うと漸くしゃっきりとしたようだった。
「ふふふっ、未来ちゃんっ、ふっかーつっ!今日も元気だ、多分ご飯がうまいぞっ!」
『ピッ、多分じゃなくて普通においしいですよ。食堂は金取って提供しているんですから。』
「ポチ、こうゆうのは気分の問題なの!心頭滅却すればご飯もまたおいしっ!」
『ピッ、私にインストールしてある日本語辞書が間違っていると思いそうなボケは止めて下さい。』
「はははっ、今日も私は絶好調よっ!それではご飯を食べに行こうっ!ハンバーグあるかなぁ。」
今の彼女は起きがけ時のぽや~んとした状態からうって変わってえらくハイテンションである。これは異世界に来たが故の興奮がそうさせているのだろうか?もしも毎日これが普通だったら彼女のお母さんは大変だね。まぁ、でもベッドから出てこないよりはマシか。
そんな訳で今彼女はポチの案内で食堂に来ている。だがその食堂は昨夜訪れたところとは別の店だ。何故なら昨夜の食堂は今酔っぱらいたちの屍がそこかしこに転がっている為、今朝は営業を取り止めていたからだ。
全くもって酔っぱらいとは始末が悪い。ほら、あいつなんか寝ながらゲロを吐いたらしくて顔の周りが酸っぱい匂いでいっぱいだ。それでも起きないんだから本当に酔っぱらいとは駄目なやつである。あーっ、あっちのやつは寝ションベンを漏らしてるよ。う~んっ、後での掃除が大変だ。
だが、今彼女がいる食堂は至ってまともである。昨夜の彼女を知っているやつはみんな寝込んでいるからこの食堂で彼女の事を知っている人はいない。なので彼女は何の憂いもなく二人用のテーブルに腰掛けてメニューを見ていた。
「うわっ、本当にあったわ、ハンバーグ。ねぇポチ、これって表現は違うけどハンバーグよね?」
『ピッ、そうですね。こちらの世界のひき肉ステーキはあなたの世界におけるハンバーグと大差ないです。でも味はこちらの方が上でしょう。』
「あらら、いきなりのお国自慢ね。まぁいいわ。すいませ~ん、注文お願いしまーすっ!」
「はいよ~、ちょっと待ってねぇ。」
彼女の声に他のテーブルに料理を運んでいた女性が応える。
「はい、遅くなってごめんね。今日は向こうの食堂がなんか休みらしくてさ、だからちょっと混雑しているのよ。さて、何にするかね。お勧めは焼きたてパンとベーコンエッグだけど、あんた見たところ旅の人みたいだから朝からがっつりいきたいならステーキもあるよ。」
「あっ、はい。ならこのひき肉ステーキをお願いします。付け合せは小さめのバンをひとつ。後サラダを小皿で。飲み物はミルクを下さい。」
「はいよ、ウチのひき肉ステーキは美味いからね。期待していいよ。」
そう言うと女性は奥の厨房へと引っ込んだ。それに合わせるかのようにポチが彼女に警告を伝える。
『ピッ、注意してください。とある人物がこちらに来ます。』
「とある人物って誰よ。あっ、もしかしてプルターブ子爵が放った刺客?」
彼女はポチの言葉に今自分が置かれている状態を思い出して店の入り口の方を見て身構えた。だがその時店に入ってきた男は腰に剣は吊るしているが衛兵には見えない。こちらの世界をまだよく知らない彼女の眼には、どちらかと言うとその男の風貌と雰囲気は戦士のように感じられた。
しかし、何故か彼女はその男を知っている気がした。なのでその事をポチに脳内通話で聞く。
<ねぇポチ。私あの人の事を知っている気がするんだけどちょっと思い出せないのよね。あなた知ってる?>
≪ピッ、あなた、やっぱりお酒は大人になるまで控えた方がいいですね。あの方は昨夜あなたと飲み比べをしようとなさったんですよ。でも勝負の前にあなたが寝てしまったので勝負はご破算となりました。なのでリベンジする為あなたを探しているのかも知れませんね。≫
ポチは男の素性を知っているはずだが、何故か彼女に明かさなかった。それどころか少しからかうかのような物言いだ。
<げろげろ、リベンジですってっ!しかも酒の飲み比べって昨日の私って何やったのよっ!>
≪ピッ、うわっ、本当に覚えていないよ。この酒豪は・・。あっ、ほら、こっちに気付きましたよ。≫
ポチに言われて彼女は再度男の方を振り向く。すると既に男は彼女の後ろまで来ており彼女に声を掛けてきた。
「やぁ、具合はどうだ?昨晩は俺が行く前に既に大した飲みっぷりだったらしいじゃないか。」
「はぁ・・、どうも。」
「見れば席が空いているが同席させて貰ってもよいかな?」
「はぁ・・、どうぞ。」
男は彼女に了解を取った後、彼女の差し向かいの椅子に腰掛けた。
「その様子だと昨晩の事はあまり覚えていないようだな。まぁ、お前に限らずあそこにいたやつらはみんな今日はそんなもんだろう。今ここに来る前に見てきたんだが店は扉は開け放たれたままだが中はすごい状態だったからな。」
「はぁ・・、そうですか。」
「さて、そうとなれば改めて名乗らねばなるまい。あの場では俺は王家ゆかりの騎士、サザンクロス・ガルバニアと名乗ったが、それは俺が幾つか持つ仮の名前のひとつに過ぎん。俺の本当の名はアンソニー・ホワイトだ。」
「あっ、えーと、私は護国寺 未来と言います。」
「はははっ、それは昨晩聞いたよ。18歳だそうだな。」
男の言葉に彼女は自分も名前を名乗った。だが男から18歳という言葉を聞いた途端、自分があの酒の席で何をしていたのかという記憶が鮮明に頭の中に蘇ってきた。そして突然赤面する。多分あの場での、女王様然とした態度で酔っぱらいたちの上に君臨していた自分の様を思い出したのだろう。
「ぎゃーっ、はっ、はずかしぃーっ!私はなんつう事をしたんだか・・。」
「はははっ、思い出したか。まぁ、酒飲みなんてのはみんなそんなもんさ。お前は可愛い方だよ。」
「いや~、可愛いだなんて・・。」
男の言葉に彼女は何故か照れた。いや、この場合男が言った『可愛い』という言葉は彼女の容姿や態度を褒めた訳ではないと思うのだが?
「さて、昨晩はお前が酔いつぶれてしまったので話ができなかったが俺はお前を探していた。その辺のところはまだ『サーチ』から聞いていないな?」
「サーチ?サーチって誰です?」
『ピッ、それは私の別名です。』
彼女の問い掛けにポチが割って入り答えた。
「えっ、ポチの名前?ポチってちゃんと名前があったんだ。」
『ピッ、私の正式名称は情報検索コマンド「エックスブロイラーVer7」ですが、通常の呼称としてはサーチと呼ばれています。ですがこれはあくまで通常の方々が私を呼ぶ呼称なので優先度としてはあなたが私に付与したポチという名前の方が上位となります。』
「う~んっ、何を言っているのかさっぱり判んない。」
『ピッ、まぁ私の事は追々説明します。では改めてご紹介しますが、こちらの方はあなたをこの世界へ呼び出したアルバート・シビリアン王子の一番の側近であり、この国における西部方面軍を指揮されておられるアンソニー・ホワイト閣下です。』
「うへっ、カッカはもういらないわ・・。」
『ピッ、いや、そっちのカッカじゃないから。敬称としての閣下だからっ!』
彼女のボケにポチは否応なく反応してしまった。いや、彼女は多分ボケたのではないだろうけど結果としてポチはつられてしまった。だがそこで彼女は漸く先ほどのポチの説明の中に重要なワードが含まれていた事に気付く。
「ちょっと待ったぁーっ!ポチっ、今あなたアルバート王子って言った?えっ、この人、王子の知り合いなのっ!」
『ピッ、はい、そうです。もう一度言いますけど、アルバート・シビリアン王子の一番の側近であられるアンソニー・ホワイト閣下です。』
「ううっ・・、終わった・・。もう私の玉の輿お姫様計画は瓦解したわ・・。」
彼女は昨晩の失態を事もあろうかアルバート王子の一番の側近だと紹介された人物に知られた事に強く気落ちししテーブルに突っ伏す。だがそんな彼女に男は声を掛ける。
「はははっ、そう落ち込むな。と言うか王子はどちらかというとお前のような飾らない娘の方が好意を持つはずだ。」
「えっ、マジ?」
男の言葉に彼女はガバっと顔を上げる。その瞳にはまだ望みが残っている事への希望が読み取れた。
「まぁ、それでも王子は育ちが良いから言葉使いは注意した方がいいぞ。だからと言っておほほ言葉は聞き飽きているだろうから勧めんがな。」
「うーっ、おほほ言葉は言いたくても出来ません・・。おほほ・・。」
「まぁお前なら素のままで十分王子に気に入られるさ。ではここからが本題だ。」
男が話題を切り替えようとした時、運悪く彼女が頼んでいた料理が運ばれて来た。なので男は話を中断する。
「はい、お待ち。ひき肉ステーキと付け合せのバンとサラダだよ。ミルクはお代わりできるから声を掛けておくれ。っと、相席の旦那は注文がまだだったね?お勧めは焼きたてパンとベーコンエッグだけど?」
女性は彼女が頼んだ料理をテーブルに並べながら彼女の差し向かいに座っている男に声を掛けた。
「あーっ、ならそれを。飲み物はワインをコップで一杯貰おう。」
「はいよ、ちょっと今込んでいるからベーコンは時間が掛かるかも知れない。ワインは先に出すかい?」
「いや、一緒でいい。別に急がん。」
「うんっ、そう言って貰えると助かるわ。」
そう言うと女性はまた別のテーブルへと注文を取りに向った。確かに今や店内は人で溢れていた。それどころか店に入れない者が外に列を成しているくらいである。これもまた、昨夜の彼女と酔っぱらいたちの影響なのだろう。この村はプルターブ村と比べたらかなり小さいのでお店もそんなにない。だから1軒でも休むとこんな状況に陥るのかも知れなかった。
さて、そんなこの店が大盛況な原因を間接的に作ったであろう彼女は、そんな事は知らんとばかりに運ばれて来た料理に手も付けずにかしこまって男の次の言葉を待っていた。だが、男が次に言った言葉は彼女が期待していた内容ではなかった。
「どうした、食べないのか?冷めるぞ。」
ぐうぅーっ。
男の問い掛けに彼女は口ではなくお腹で答えた。だが、今の彼女にとって食欲をそそるひき肉ステーキの香りの誘惑よりも目の前の男から王子に関する情報を聞き出す方が重要らしい。しかし、胃だけは彼女の意志に逆らってぐうぐう鳴りっ放しだったが・・。あーっ、口元にも涎が見えてるな。だがそれでも王子の情報を優先して我慢するのか。彼女って実はよく躾けられた犬なのか?
だがこれには男も呆れたようだ。なのでちょっとした嘘を彼女に吹き込む。
「そう言えばアルバート王子は何かの宴の時に、よく食べる娘は見ていて気持ちがいいと俺に言っていたな。」
「えっ、そうなの?」
「宮中に出入りする婦人たちは割と食べ物を残すんだ。王子は何故かあれを嫌っていた。」
「むっ、むむむむ・・。」
「王族なんかが主催する会食では、食事を美味しく食べながらも会話も楽しむ者が尊ばれるらしい。まぁ、口に物を詰め込みながら喋るのはマナー違反らしいが、食べながらも相手の話を聞くスキルは上流階級では必須らしいぞ。」
「ぐっ、ぐぬぬぬ・・。」
「まっ、早食いはあまり奨励しないが、取り合えず喰えよ。話はそれからでも遅くないだろう?」
「うーっ、そっ、そうね。それじゃいただきまーすっ!」
男の嘘に誘導されて漸く彼女は料理に箸をつける。いや、実際にはナイフとフォークだ。そしてひき肉ステーキ一口食べると何とも幸せそうな顔になった。
「うわ~、美味しいーっ!にっ、肉汁が甘いわ~。」
「そうか、だがちゃんと野菜も食べろよ。」
「うわっ、このドレッシング何を使っているんだろう?ちょっと酸っぱいところが食欲をそそるわ~。」
「ドレッシングは色々混ぜるからな。でもベースは普通の市販品だと思うぞ?」
「ふはーっ、パンはやっぱり焼き立てが一番おいしいわ~!」
「はははっ、確かに。だがパンはステーキの肉汁を付けても美味いと思うぞ。」
「うーっ、それは私も思ったんだけど・・、みっともなくない?」
「あーっ、お前の世界ではそうゆうものなのか?だがこっちでは姫たちもそうやって食べるがな。そうか、お前の世界ではあれはエチケットとして駄目なのか。」
「むーっ、どうなんだろう?そこまでは考えた事がないなぁ。でもそう言われればハンバーガーもそんなもんか。よしっ!そうゆう事なら遠慮なく。う~んっ、やっぱりパンって何にでも合うのねぇ。あーっ、美味しいわっ!」
先程までの緊張はどこにいったのか、今や彼女は料理に夢中である。まぁ、お腹が空いていたのだからそうなるのも当然だろう。
だが何故だか男も彼女の料理レポートへの相槌に余念がない。これは男の少々暗い印象を見る者に与える風貌からはちょっと考えられないくらい軽くまた優しい対応だ。だが、これが本来この男が持っている本当の姿なのかも知れない。ただ男が置かれている立場が、男からそんな優しい顔を仮面で覆い隠したのかも知れなかった。
そんな男も何故か彼女の前では以前の自分を取り戻す。それはグレートキングダム王国からの侵攻を受ける前のあの優しく明る、皆から慕われた本来の姿だ。
彼女はこの世界において勇者である。そのチカラが男の深く沈み荒んだ心を解かしたのだろうか。
勇者とは人を導く者である。その光に照らされて男も自分が歩んできた道の後ろを見て後悔するのではなく、前を向いて歩ける事に幸せを感じたのかも知れない。
その後、男が注文した料理も届きふたりはお互いの料理を食べ比べながら楽しい時を過ごしたのだった。




