酒飲みたちの一番勝負
その後、彼女は周りの男たちを巻き込んでの一大飲み比べ大会を始める。そして次々と挑戦者たちを倒していった。
「にゃははははっ、だらしないぞ、お前たちっ!さぁ、次は誰だっ!我こそはと思う者は前に出よっ!」
既に彼女はこの場において女王様であった。周りの酔っ払いたちもそんな彼女を囃し持ち上げる。
「すごいぞ、お嬢ちゃんっ!あんたならバッカスニア神にだって勝てるぜっ!」
「おいっ、誰かお嬢ちゃんに挑戦するやつはいないのかっ!」
「無茶いうな。俺は明日も仕事があるんだよ。」
「だらしねぇなぁ、そんなんでは酒飲みの称号をお嬢ちゃんから貰えねぇぞっ!」
「くっ、よーしっ!そこまで言われちゃ面子が立たねぇっ!お嬢ちゃんっ、次は俺が相手だっ!」
並み居る酒飲みたちが彼女の前に敗れ去り、残った男たちは保身に走ったが中には引くに引けない者もいる。そんな及び腰の挑戦者に彼女は今度は神さまモードで返答した。
「ふっ、その心意気やよし。だが身の程知らずであった事を思い知らせてしんぜようっ!」
大人の男に対して彼女の言い方は随分な物言いだったが、それを誰も変だと思わないのは酔っ払いの集団故だろう。まぁ、そうは言ってもお店の人はシラフだ。だがそこはお酒が売れるのだから止めようとはしない。確かにみんな浮かれて騒いではいるが、暴れだす者はいなかったからお店としては止める理由もないのだろう。まさに楽しい酒の席とはこうゆうモノなのかもしれない。
その後、幾多の挑戦者たちを悉く打ち負かした彼女の前にひとりの男が現れた。その男は先ほど店に入ってきたばかりなのだが、わいわいと浮かれている酔っ払いたちに何がどうなっているのか聞いて状況を把握したらしい。
但しなんせ相手は酔っ払いだ。その説明たるや、彼女に勝てば神からの祝福を得られるなどというとんでもない内容になっていた。
「神からの祝福とな。それはまた大風呂敷を広げたものだ。だがまぁ、確かに彼女にはそれだけのチカラがあるからな。どれ、それなら是非ともその栄光を我が手に掴まなくてはなるまい。」
男はそう言うと彼女の前に進み出る。だが当の彼女は既にへべれけだ。だが何故かぶっ倒れる気配はない。これぞチートな勇者特性故なのか?うんっ、本当に便利だな、勇者特性。みんなが憧れる訳だよ。
「どれ娘よ。聞くところによるとお前は酒の神、バッカスニアすら凌ぐかもしれぬ剛の者だとか。ならば俺とも一献お相手願おうか。店主っ!この店で一番強い酒をもって来てくれっ!」
男は彼女の状態を見て一気にカタをつけようと彼女との勝負に強い酒を要求した。だが、その言葉を聞いた周りの酔っ払いたちは一拍の間を置いて爆笑する。
「あははははっ、あんちゃんっ!お前、おもしれぇ事を言うなぁ。まぁ、張ったりはそれくらい噛まさなきゃ面白くねぇっ!でも残念ながらこちとらの女神さま相手に張ったりは効かねぇよ。だははははっ!」
周りの酔っ払いの中で男に一番近い男が、彼女の前に転がっている酒びんを指差して男に忠告した。
「この酒飲み姫様はなぁ、最初から今まで俺たちとの勝負で飲んだのは、全部酒の中では最強の名を欲しいままにしているこのカッカだっ!これ以上強い酒はこの店にはねぇよ。あははははっ!」
酔っ払いの説明にまたしても店内は爆笑の渦が沸き起こる。まぁ、これがシラフならこの言い方は相手のプライドを痛く傷付けると躊躇うだろうが、ここにいる者たちは殆どが酔っ払いだ。そして酔っ払いに心配りなどは期待できない。
だが、男はそんな言われように些かも動揺を見せなかった。それどころか最悪な酒の飲み方を提案してきた。
「ほうっ、それは失礼した。だが俺もああいった手前後には引けぬ。ではこうしよう。カッカにリキュラを混ぜ合わせ、且つストローで飲むというのはどうだ?」
「・・。」
男の提案にその場にいた酔っ払いたちが沈黙する。店の者たちも男の提案に眉をひそめた。何故ならその飲み方は最悪だったからである。
リキュラはカッカに比べればそれ程強い酒ではない。但しそれは単品で飲んだ場合だ。だがリキュラにはある特徴があったのだ。それは他の酒と一緒に飲むとアルコールの摂取効率を倍化させるというものだった。しかも男が提案してきたのはそれだけではない。本来酒はストローで飲んではいけないとされている。何故ならこれまたアルコールの廻りが早くなるからだ。
そんなまるで貧乏人の酒飲みが手っ取り早く酔っ払う時だけ使うような裏技を男はふたつも提案してきた。これは酒を楽しく飲むという本来の目的からは逸脱している。ただ単に相手を潰すことを目的とした最悪の飲み方なのだ。
故にその場にいた酔っ払いたちは男の提案に沈黙したのだ。だがその時、ただひとりその意味を理解していない酔っ払いがいた。そして男の申し出を実に上からの態度で了承する。その酔っ払いとは当然彼女だ。
「うむっ、よろしいっ!よく判らないけどその勝負受けて立とう!だがその前に名を名乗れっ!私は可憐で可愛く、且つ素直で奥ゆかしくてか弱い、そして何と言っても半熟目玉焼きを100%完璧に焼けるようになった最高の女の子っ!護国寺 未来18歳とは私のことだぁ~っ!にゃははははっ!」
「おおぉーっ!」
彼女の宣言に周りの酔っ払いたちが何故か感嘆の声を挙げる。だがそこは酔っ払いのやる事だ。多分こいつらは何を言ってもこんな感じで答えるだろう。何故ならそれが酔っ払いというものだからだ。
「ふっ、まさか酒の飲み比べで名乗りを挙げろと言われるとは思わなかったな。だがいいだろう、どうせ余興だ。俺はこの国の王家ゆかりの騎士、サザンクロス・ガルバニアだ。それでは言いだしっぺの俺からやらせて貰おう。店主っ!用意してくれっ!」
男の名乗りに酔っ払いたちはそれぞれなんやかんやと囃したてる。だがそんな店の中で唯一シラフである店員たちはその名前を聞いて絶句した。それもそのはず。王家ゆかりの騎士、サザンクロス・ガルバニアと言えば泣くも黙る戦場の悪鬼と、戦いに直接関与しない民衆たちの間ですら噂される程その名が知れ渡っていたからだ。
だがその名前と凄まじい戦いの噂は知られていてもその姿を正確にいい表した者はいない。なので噂の中のサザンクロス・ガルバニアは様々な風体や風貌で語られていた。
しかし、そんなサザンクロス・ガルバニアを偽って成りすます者はまずいない。何故ならそんな事をして憲兵にでも捕まったら問答無用で斬首されるのがオチだからだ。実際サザンクロス・ガルバニアの名が噂で流れ始めた当初は、その噂にかこつけて一儲けを企んだ不埒な偽者の首が幾つも晒されたとも言われている。
そんな危険な名前をこの男は事もなげに言い放った。なので店主は夜だというのにその事を憲兵に知らせるべくそっと使用人の一人を裏口から送り出したのである。
だが、店主は裏でそんな手配をした事などおくびにも出さず男が指名した酒とストローをテーブルに準備する。そしてどのような比率で配合するかと男に聞いた。これは、さすがに1対1の配合ではこれまでたらふくカッカを腹に流し込んでいる彼女が不利だと思ったからであろう。男もその事は理解していて自分のは1対1とし、彼女のは1対10にするように言った。因みに数が少ない方がリキュラの分量だ。
そして男はそれら配合された酒とは別に大ジョッキになみなみと注がれたカッカを、まずは勝負の前の口濡らしと言って一気に飲み干した。
「おーっ!」
男の飲みっぷりに周りの酔っぱらいたちから感嘆が漏れ出る。カッカの一気飲みとはそれくらい無茶な飲み方なのだ。だが、それ故酔っ払いたちはこの男なら酔いどれ女神に勝てるかも知れないとと思い始める。
「ふぅーっ、さすがにカッカは効くなっ!だがこの燃えるような喉越しが堪らんっ!」
男は空になった大ジョッキをテーブルに叩きつけると大きく熱い息を吐き出した。そして言葉を続ける。
「まっ、飲み比べだからと言って飲んでばかりでは酒を楽しんでいるとは言えぬ。なので娘よ、少し話でもしようではないか。店主っ!皆にもそれぞれ好みの酒を出してやってくれ。今夜のここでの払いは全て俺持ちだっ!」
そう言うと男は懐から皮袋を取り出し、中から金貨を5枚掴んで店主の方へとテーブルの上を滑らした。その光景に店にいた男たち全員がまたしても感嘆の声を挙げる。
「うおーっ!」
「すげーっ!」
「王家ゆかりの騎士って話は本当だったのか?」
「どっちにしても折角奢ってくれるってんだから飲まなきゃ損だっ!あーっ、明日の仕事は休みだな。」
「店主っ!俺にはエールをくれっ!大ジョッキでなっ!」
酔っ払いたちは自分たちが飲み食いした払いを目の前の男が持ってくれると聞いて俄然また酒の注文を始める。
そんな酔っぱらいたちに男はこうも告げた。
「飲むだけが楽しみではないであろう。ここの料理はとても美味いと聞いている。さぁ、美味い物を食べ、美味い酒を飲もうっ!そして一休みして英気を養ったらまた元気に働こうっ!」
「おーっ!」
男の言葉に酔っぱらいたちは大喜びで賛同した。だが、そうなると大変なのは店の使用人たちだ。だが男は彼らに対しても抜かりはなかった。
「店主っ!我々に美味い料理と酒を振舞ってくれるお前たちに私からの感謝の印だっ!受け取ってくれっ!」
そう言うと男は皮袋の中から銀貨を10枚取り出しテーブルに置いた。この店の使用人は店主を除いて5人いる。つまり男は使用人たちにひとり辺り2枚の銀貨を贈ったのであった。
銀貨2枚は使用人たちにとっては週の給料の倍近い金額である。当然この降って湧いたような臨時収入に彼らも俄然やる気を出した。
男のそんな太っ腹な行為に酔っぱらいたちはまたしても男を褒めだす。
「うひょ~っ、旦那はどこのお金持ちなのかね。いや~、この頃はグレートキングダムとの戦争で嫌な話しか聞かないからムカムカしていたんだが、今はとても気分がいいやっ!」
「う~んっ、旦那の名前はどこかで聞いた気がするんだが思い出せねぇなぁ。まっ、いいかっ!うんっ、美味い酒を飲ませて貰ってありがとうよっ!」
酔っぱらいたちは口々に男に感謝の言葉を述べると、さっきまでの飲み比べの事など忘れたかのようにそれぞれの席に戻ってまた飲み食いを始めた。
そんな中、ひとり置いていかれた感のある彼女は何をしていたかというと、テーブルに突っ伏して寝てしまっていた。そんな彼女を見て男はひとり勝負の無効を宣言する。
「はははっ、さすがにもう無理であったが。となればもはや勝負はできぬな。どれ、それでは俺が宿まで送るとしよう。店主っ、これは彼女の分だっ!取っておけっ!」
男はそう言うと店主に向って金貨を1枚放った。そして彼女をお姫様抱っこで抱えるとそっとその場を立ち去る。だが店内の酔っぱらいたちでそれに気づいた者は皆無である。さすがは酔っぱらいだ。今、目の前にある幸せを楽しむのに夢中なようであった。
そして男が店を出てから数分後、店主が男が名乗ったサザンクロス・ガルバニアの名前に驚いて憲兵を呼びに走らせた使用人が憲兵を連れて帰ってきた。だが時は既に遅し。店主は憲兵に自分の勘違いだったと嘘を言い、幾ばくかの金と酒を持たせて何とかその場を収めたのだった。
その後、店を出た男は何故か彼女が宿泊の手続きをした宿へと真っ直ぐに向っていた。これはたまたまなのだろうか。男もその宿に泊まっているのか?だが男は宿の前まで来るとどこに向って言うでもなく問いかけた。
「マリアはいるか?」
そんな男の問いに暗闇からすっと姿を現した女が男の前に跪いて答えた。
「ホワイト様、お呼びでしょうか。」
「うむっ、悪いが宿の部屋でこの娘を着替えさせてくれ。まぁ俺がやってもいいんだがこの娘は嫌がるだろうからな。後、アルコールも抜いてくれ。なんだか凄まじい量のカッカを飲んだらしいからな。全く無茶をする娘だ。」
「はっ、承知致しました。」
男にマリアと呼ばれた女はアルバート王子が彼女を追跡させる為に放った追跡者だった。だが彼女を森で見張っていた時の調子と比べて男の前に進み出たマリアは随分緊張しているようだ。これもまたサザンクロス・ガルバニアを名乗る男の威圧感故なのだろうか。
だが、この事は男が彼女の宿を知っていた事にも結びつく。つまり男は彼女を追跡していたマリアから報告を受けていたのだろう。その意味するところは・・。まぁ、自分で考えて下さい。
その後、男は彼女がチェックインした部屋へ彼女を届けると、同じ宿で別の部屋を自分用に新たに手続きし姿を消した。後には酔っ払ってベッドの上で眠りこけている彼女とマリアだけが部屋に残った。
そんな彼女に向って椅子に腰掛けたマリアが問いかけた。
「情報検索コマンド『サーチ』、いるんでしょ?出てらっしゃい。」
『ピッ、御用ですか?マリア様。』
マリアの呼びかけにポチが呼応して返事をした。何とマリアは彼女に情報検索コマンドが付帯している事を知っていたのだ。だがマリアが呼び掛ける名前は『ポチ』ではなく『サーチ』だった。
「あなた、どうしてホワイト様にその娘の事を報告しなかったのよ。おかげでホワイト様はプルターブ子爵の屋敷で大恥をかくとこだったのよ。」
『ピッ、申し訳ありません。ホワイト様やアルバート様との直接的な連絡はハーツ様より控えるように言われておりましたのでご連絡が出来ませんでした。』
「ハーツか・・、あいつってアルバート様の事に関してはほんと慎重よね。その癖、自分はあんな危ない橋を進んで渡るんだから馬鹿みたい。」
『ピッ、それはマリア様もご同様かと?』
マリアの言葉をポチが混ぜ返す。
「ふんっ、言ってなさい。でも私はアルバート様の個人的な盾です。ハーツみたいにお家大事でアルバート様に奉公している訳じゃないの。」
『ピッ、申し訳ありませんでした。ですが、そうなるとこの娘はあなた様のライバルですね。』
「サーチ、言葉は選ばなくちゃ駄目よ?その娘はアルバート様にとってはグレートキングダム勢力をこの国から駆逐する為の単なる道具です。私とは立ち位置が違うの。」
『ピッ、そうですか。まっ、私にはどうでもいい事です。因みにこの娘のアルコール分解処置は私がやっておきました。なので二日酔いはないでしょう。』
「そう?気が利くわね。なら着替えもさせといて。」
『ピッ、嫌味ですか?マリア様。アルコール分解処置は私の魔法運用範囲でも出来ますけど着替えは無理ですよ。』
「ふんっ、ほんとお前って中途半端よね。」
『ピッ、私は基本情報検索コマンドですから。汎用性は持たされていますが何でも屋ではありません。』
「はいはい、そうね。なら私がやるわ。」
マリアはそう言うと、右手の指をパチンと鳴らした。するとベッドで寝ている彼女の周りに魔法陣が展開され一瞬光り輝く。そしてその光が消えた後にはゆったりとした寝巻きに着替えた彼女の姿があった。脱がされたであろう彼女のセーラー服もちゃんと畳まれて枕元にあった。はい、マリアって結構上位の魔法使いだったんですね。




