美味しい料理と楽しい一時
そして彼女は裏道を歩く事6時間。陽が落ちる寸前に何とか隣村であるプルコップ村へと辿り着いた。当初の予定より少し多くかかったのは彼女が途中で駄々をこねて歩くのを止めたからだ。そんな彼女をポチは宥めたり脅したり、はたまた物で釣ったりしながら漸くここまで彼女を連れて来たのである。
「ぐはっ・・、もう歩けない・・。」
プルコップ村で見つけた宿屋の部屋に入った途端、彼女はベッドに突っ伏した。
『ピッ、はい、ご苦労様でした。で、ご飯のリクエストは何かありますか?』
「うーっ、お腹は空いているんだけど歩き過ぎて食欲がない・・。なんだこれ?矛盾している・・。」
『ピッ、あーっ、慣れない長距離歩行でダメージが蓄積したんでしょう。えーと、そんな時はこの魔法です。ほら、私に続いて詠唱して下さい。いきますよ、た~ららん、たんたんっ、24時間働けますよっ!ファイトォーっ!いっぱーいっ!』
「なんじゃそりゃ、栄養ドリンクのパクリかってのっ!」
『ピッ、たまたまでしょう。同じ目的を持った事象はまま同じ物を生み出しますから。ほら、さっつと詠唱するっ!』
「う~っ、た~ららん、たんたんっ、24時間働けますよっ!ファイトォーっ!いっぱーいっ!」
ポチに促がされ彼女は少しヤケ気味に呪文を詠唱した。すると何故か彼女の脳内に屈強な男が現れ、崖から落ちそうになっている彼女に白い歯をキラリとさせて手を差し伸べてくる爽やかなイメージが広がった。そんなナイスガイに引き上げられ彼女は危機を脱する。
そして彼女は脳内でナイスガイと共にまたしても例の決めゼリフを誰に向ってだか知らないが言うのであった。当然前に突き出した手には栄養ドリンクの小瓶を持っている。
「ファイトォーっ!いっぱーいっ!」
するとどうだろう。あんなにだるそうにしていた彼女の体からみるみる疲労感が引いてゆく。さすがは魔法製の栄養ドリンクだ。その即効性はまさにチートであろう。いや、ドリンクだったのは彼女の脳内だけか。でもいいなぁ、私も1本欲しいです。この頃疲れが取れなくて・・。
「うわっ、なんだこれ。元の世界で売り出したら馬鹿売れしそう・・。」
彼女は先ほどまでのだるさが嘘のように引いた事に驚く。だけどその感想が商売とは、さすがは現代の若者だ。金儲けに関しては目ざといねぇ。
『ピッ、この魔法は即効性があるのでみんなが使っていますが常習すると忽ち効果が薄れます。そして更に強力な魔法へと依存するようになるので気を付けて下さい。』
「げげっ、それって覚醒剤みたいなもんじゃんっ!こらっポチっ!私にそんな危ないモンを使わせるんじゃないっ!」
『ピッ、麻薬とは元々医療用です。用法と容量を守って使用するのが原則です。あなたの世界でも言うでしょ?ゲームは1時間だけですよって。』
「くっ、ポチってお母さんモードが定着してきたな・・。まっ、いいか。うんっ、お腹が空いたわっ!ポチっ!ご飯を食べましょうっ!」
『ピッ、ははははっ、だるさがなくなった途端それですか。まっ、食欲があるのは良い事です。ではこの宿では食事の提供が無いので外に出ましょう。ただ、今は夕飯時なので少し混んでいるかも知れません。後、男たちは酒も飲んでいるでしょうから揉め事に巻き込まれないように大人しくしていて下さいね。』
「は~い、私は可憐で可愛く、且つ素直で奥ゆかしくてか弱い女の子だからいつでも大人しいで~す。」
『ピッ、う~んっ、突っ込むべきなんだろうか・・。』
「なんか言った?」
『ピッ、いえ、なにも。』
ポチはここで茶々を入れても仕方がないと諦め、彼女を村で営業している食堂でも一番賑やかな店へと彼女を連れて行った。とは言ってもポチは実体が無いので案内しただけである。と言うか、傍から見ると彼女は誰と話しているんだと訝られないのか?電波系ってこんな感じなのだろうか?
そしてポチに案内された店は確かに混雑していた。だが運よく一人用のカウンター席が、彼女が入店したタイミングで空いた。なので彼女はすんなり席につく事ができ、席に常備されているメニューを見て料理を注文する。
「おばちゃ~ん、注文お願いしま~すっ!このオークのパリパリ焼きってのとサラダを大皿で下さいな。」
「はいよ、飲み物はどうするね。」
「えーと、ちょっと待ってくださいね。」
彼女はメニューを見ながら飲み物を選ぼうとしたが、その殆どは酒と思しい名称だったので脳内でポチに相談する。
<ちょっとポチっ!こっちの世界でのコーラ的なやつはどれなの?因みにアルコールが入っていないやつ限定よ。私未成年なんだから。>
『ピッ、それならクワーズかな。これは季節の果物果汁を炭酸で割ったやつだ。因みにこっちの世界では飲酒に関して未成年って概念はないぞ?』
<えっ、そうなの?という事は私がお酒を飲んでも叱られないって事?おーっ、どうしよう・・。ちょっと冒険しちゃおうかなぁ。>
『ピッ、適量の飲酒は体と心をリラックスさせる効果があるからな。でもあくまで適量ならだ。そこんとこ間違えるなよ。』
<はいはい、それでは人生2度目のお酒はどれにしようかなぁ。甘いやつがいいかなぁ。>
『ピッ、こいつ、未成年と言っておきながら初めてじゃないんだ・・。』
彼女の発言にポチは少し呆れたように小声で呟く。まぁ、彼女も2度目といっているが1度目の経験は、彼女がまだ小さい頃に父親がクリスマスで間違って買ってきたスパークリングワインだ。彼女の父親はクリスマス用の可愛らしいラベルからそれを子供用だと勘違いし彼女に飲ませてしまったのである。
そして彼女は血筋なのか割りとアルコールに強かった。しかし、そこは許容量のまだ少ない子供の体である。臨界点を超えた途端ぶっ倒れた。おかげで彼女の父親は、その後母親にこっぴどく叱られるはめとなる。だが、そんな二人の喧騒を横にその時彼女は夢の中でお姫様になり王子と草原で追いかけっこをしている夢を見ていた。
なので彼女にとってはお酒は王子様と楽しく過ごせる魔法のポーション的存在と認知されたのである。ただ、その後母親からお酒は大人になってからときつく言い渡された為、以後彼女がお酒を飲む事はなかったのだ。
「よしっ、決めたっ!おばちゃん、このカッカってやつを頂戴。」
彼女の注文に店のおばさんは顔をしかめる。そして何か注意をしようとしたのだが、タイミング悪く別の席からオーダーを取りにくるように催促がかかった。なのでおばさんは彼女に注意する事ができずその場を立ち去った。
そして待つ事数分。先ほどのおばちゃんとは別の女の子が彼女が注文した品を持って来た。
「はい、お待たせしました。オークのパリパリ焼きとサラダの大皿です。後こちらがカッカです。こっちのやつはカッカを割る為の水です。」
彼女も混雑した店内の注文をさばくのに忙しいのだろう。なので型通りの説明をしただけで直ぐに別のテーブルへと向った。
そして彼女も目の前に出された料理の匂いにお腹がぐゅるぎゅる言っているので他の事に構っている余裕は無いようである。
「うひょ~っ、いい匂いっ!それじゃ、いたたぎまーすっ!」
そう言うと彼女はまずオークのパリパリ焼きにがぶりついた。
「うひょ~っ、おいしいーっ!これは正解だったわっ!あーっ、幸せ~。」
美味しい料理に彼女はひとり感想を漏らす。だが、基本お店でひとりで食事をしている時に独り言を言うやつはあまり見かけないぞ?大丈夫なのか、彼女は?
だが、そこは酒も提供する食堂である。忽ち隣に座っていたオヤジが彼女に声を掛けてきた。だがそこにエロ的な下心はないようだった。このオヤジにとってはオークのパリパリ焼きを美味しそうに食べている彼女に店の別の料理を自慢したいだけだったのだろう。なんとも健全なオヤジである。
「ほーっ、いい食べっぷりだな、お嬢ちゃん。うんっ、この店のオークのパリパリ焼きは美味いんだよな。でもこのラビッタの塩焼きもいけるんだぜっ!一口食べてみな。」
「あっ、どうも。うわっ、おいしい~っ!」
いつもなら彼女も警戒して断るシチュエーションなのだろうが、今回は店の楽しげな雰囲気も相まって気分が高揚しているのだろう。なのでオヤジが差し出したラビッタの塩焼きも躊躇いなく貰って食べた。そして先ほどの感想となる。
そんな反応がオヤジは嬉しかったのかこれも食べてみろと自分の皿から色々な料理を小皿に取り分けて彼女の前に置く。
「あっ、ありがとうございます。うわーっ、これもおいしいですねぇ!」
「だろう?うんっ、お嬢ちゃんの食べっぷりも実にいいな。やっぱり料理ってのはおいしく食べなきゃな。そして美味しい料理には美味い酒だっ!」
そう言うとオヤジは自分の酒が入ったコップをぐいっと飲み干す。それを見て彼女も頼んでおいたカッカを水で割りもせず飲んだ。だがそれを見てオヤジはちょっと慌てる。
「おいっ、大丈夫なのか?それってカッカじゃねぇかっ!」
「ふへ?閣下?んっ、これって偉いお酒なの?はははっ、お酒の閣下だなんて大した言われようねぇ~。」
そう、実はカッカとはとても強い酒だったのだ。なので薄める為に水がセットで出てきたのである。しかし、彼女はそれをロックで飲んでしまった。本来なら水で割らないカッカは喉を焼きかねない程のアルコール濃度なのだが勇者特性を持っている彼女はそれを普通に飲んでしまえた。
しかし、如何に勇者特性とは言え意識していなければアルコール成分は無効化しない。故に彼女は忽ち酔っ払う。だが先ほどポチも言っていたが、適量の酒は体と心をリラックスさせる効果がある。なので彼女は今、楽しくて仕方がないといった風に上機嫌となった。
「そうかぁ、お前は閣下なのかぁ。うふふふっ、なら私はお姫様よっ!だとしたら王子様はどこっ!」
彼女は頬を赤く染めて辺りを見渡す。因みに彼女の頬が赤いのは別に恥ずかしいからではなくお酒のせいだ。だが、そんな彼女を見て隣のオヤジも調子に乗った。
まぁ、ここら辺は酔っ払い故の楽観意識なのだろう。そう、酔っ払いとは、何が起こっても楽しいと感じるものなのである。それは例えるなら箸が転がっても可笑しいと笑う思春期の女の子のようなものだ。いや、この例えはちょっと違うか?そもそもオヤジが思春期の女の子と同じだなどと言っては世の女の子たちからブーイングが来てしまうな。
「はははっ、いい飲みっぷりだな、お嬢ちゃんっ!初めは驚いたがいける口なんだな。ならこっちの酒も飲んでみろっ!これも美味い酒なんだぜっ!」
そう言うとオヤジは自分のコップを彼女に差し出す。普通ならオヤジが口にしたコップの回し飲みなど絶対断るであろう彼女だが、今の彼女は女の子ではなくただの酔っ払いだ。なので躊躇無く差し出された酒を飲み干した。
「ぷはーっ!うんっ、ちょっと苦いけど爽やかな口当たりねっ!にゃははははっ!」
あーっ、自分の言った言葉に反応して笑うようではもう駄目かも知れない。今はいいけど明日は地獄だろう。実際、彼女の状況を人しれず伺っていたポチは溜息をついている。だが情報検索コマンドでしかないポチにはどうすることも出来なかった。
何故なら酔っ払いに言葉で諭しても全然いう事を聞かないのは世の常識だからだ。なのでポチは明日に備えて二日酔いの薬を準備すべく、自分が管理しているアイテムボックスのリストを確認し始めるのであった。




