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雑文恋愛「卒業式では泣けない。だって・・」  作者: ぽっち先生/監修俺
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大乱闘っ!

「ヨーゼフとピーターはやつの武器を取り押さえろっ!ヨハンとゼーゼマンは足を狙えっ!ペーターたちは万が一取り逃がした場合に備えて入り口を固めろっ!アルムは子爵をお守りするんだっ!」

衛兵の隊長は配下の者たちそれぞれに役目を割り当て彼女の包囲網を完成させた。後はその囲いを小さくしてゆきお縄にするだけである。

だがそんなプロたちに囲まれた割に彼女は冷静だった。


「ひい、ふう、みい・・、全部で8人か・・。ふっ、このJIS規格最上級品である『ちゅんちゅん丸』にとっては少し物足りないわね。」

彼女は手にしたバールを唇に近づけるとその黒光りする柄の部分を舌で舐めた。いや、その行為はどうかと思うのだが・・。未知のウイルスとかが付着していたら感染してしまうぞ?と言うか、そのバールってとうとう名前が付いたんですか・・。しかも思いっきりパクリですね・・。


そんな彼女に対し、衛兵たちは絶妙なコンビネーションで捕縛にかかった。

「ヨーゼフっ!お前は左からだっ!ヨハンたちは俺たちがやつの武器を押さえ込んだら突撃しろっ!」

「了解っ!さぁ、お嬢ちゃん。そんな危ない物は置いて大人しく捕まりな。何、別に痛くはしないからよう。だが抵抗するとその可愛い顔に傷が付くぜっ!」

ピーターから左に回り込めと言われたヨーゼフは彼女に軽口を叩きながら少しづつその位置を移動してゆく。だがこれは誘導だ。ヨーゼフは彼女の注意を自分に引き寄せる為、敢えて彼女を挑発したのである。そして彼女がそんな少しづつ移動するヨーゼフに対し体を正対させた時、待機していたヨハンとゼーゼマンが彼女の足目掛けてタックルを敢行した。


「よしゃーっ!捕まえっ、がはっ!」

二人が彼女の足を捕まえたと思しきその時、既に彼女はそこにいなかった。彼女は二人が飛び掛って彼女の足を掴む直前に、ぽんっと一瞬高く飛び上がると彼女を捕まえ損ねて互いに体をぶつけ合っている二人の上に着地したのだ。まぁ、その着地地点が些かエグく、頭の上だったのは多分わざとだろう。しかし、二人の衛兵は屈強な男である。彼女が自分たちの上にいると判った途端、力に物言わせて彼女を頭に乗せたまま立ち上がった。


「この野郎っ!舐めんじゃねぇーっ!」

しかし、彼女は絶妙のバランスにて彼らの頭の上に君臨し続ける。そんな彼女の足首目掛けてピーターの手が下から伸びた。しかし、その手は彼女のバール、もといちゅんちゅん丸にて強かに払いのけられる。因みに彼女は女性なのでこの場合、罵声としては『野郎』ではなく『あま』と呼ぶのが正しい。えっ、そこは気にしない?あっ、そうですか・・。


「いてぇーっ!」

ちゅんちゅん丸の打撃を手に受けたピーターは思わず手を引っ込め若干前屈みになる。その動作を利用して彼女はピーターの上からひらりと飛び降りた。だが、そこに入り口で待機していたペーターが突進してきた。だがその動きはあまりにも猪突猛進で彼女に読まれていた。


「うおーっ!ぐはっ!」

彼女は向ってくるペーターに対し、ちゅんちゅん丸を横から払いペーターの顔を容赦なくなぎ払った。


「ちっ、何やっているんだ。素手でなく椅子を盾にして全員で一斉に掛かれっ!」

部下たちの不甲斐ない戦いに隊長の指示が飛ぶ。衛兵たちはその指示に従い手近にある椅子を前面に押し出し彼女に向って一斉に間合いを詰めてきた。だがそんな戦法も彼女が手にしているちゅんちゅん丸の前では効果がない。


「甘いっ!」

彼女は自分に向かってくる椅子に対し、またもやちゅんちゅん丸を横殴りに薙ぐ。すると太く頑丈な材料で構成されていたにも関わらず椅子は粉々に砕け散ってしまった。


「なっ、馬鹿な・・。なんだ、あの武器は・・。」

衛兵たちは漸く彼女の手にしているちゅんちゅん丸の威力を理解した。そして隊長の方を見た。その目は抜刀する許可を求めている。


「止む無しっ!剣の使用を許可するっ!但し殺すなよっ!」

「了解っ!」

隊長の許可が出た事により隊長を除いた7人全員が腰に下げた剣を抜き放つ。だがそんな衛兵たちに隊長から新たな指示が跳んだ。


「そこの窓を守れっ!その外は池になっているから飛び出される危険があるっ!」

隊長の指示に何人かの衛兵が窓の前に立ち塞がった。だがこの指示は隊長のブラフだ。何故なら隊長は彼女を逃がすように子爵から言われていたからである。だが、その子爵も実は覗き窓からこの乱闘を見ているであろう姿の見えない者からその事を指示されていたのだった。


そしてこの誘導は見事に嵌まった。彼女は隊長の命令に従い窓に向おうとして後ろを向いた衛兵の鉄兜を思いっきり打ちのめす。その打撃はさすがに兜に穴こそ穿たなかったが、衛兵の頭に直接届き見事に昏倒させた。


「ふふふっ、わざわざ教えてくれるなんて親切な方ね。だから命だけは助けてあげるわ。それじゃ、ばいばーい。」

彼女は隊長に向かって捨てゼリフを投げつけると、床においといたカバンを掴んで倒れこんだ衛兵を足場に閉じたままの窓に突進し、ガラスを打ち破って外へと飛び出した。まさにハリウッド的アクションである。だがあれはちゃんと割れるように仕込んである特殊なガラスを使っているからできるアクションで、普通のガラスであんな事をしたら体中傷だらけになる事請け合いだ。

だけど彼女はこの世界においては勇者なので当然傷ひとつ負っていない。だが池は些か浅かった。なので彼女は着地に失敗し、池の中で盛大に転げまわった。しかし、やはり目立った外傷は見られない。

いや、そもそも、彼女が飛び出した部屋って3階だったはずなのだが・・。もしかして勇者には緩衝材としての池がある設定は要らなかったのだろうか?逆に濡れてしまって面倒が増えたか?


「いた~いっ!お尻をしこたま打っちゃったぁ~。くっ、3階だったのを忘れてた・・。」

いや、普通は痛いではすまないと思うのだが?しかし、さすがは勇者。普通じゃないんだな。


そんな彼女の行動を彼女が飛び出した3階の窓から唖然とした表情で衛兵たちは見ていた。だがそんな衛兵たちに隊長の檄が飛ぶ。

「何をしているっ!さっさと降りてやつを追えっ!」

「しかし隊長、ここは3階ですよ・・。この高さはちょっと・・。」

「馬鹿もんっ!誰が飛び降りろと言ったっ!階段を使わんかっ!」

「はっ、はいっ!おいっ、いくぞっ!」

衛兵たちは飛び降りなくてよいと言われて安心したのか、隊長の気が変わらない内にと猛ダッシュで部屋を出てゆく。後には隊長と子爵だけが部屋に残された。

そして子爵に隊長が問い掛ける。


「本当に逃がしてしまってよろしかったのですか?」

「うむっ、構わぬ。あいつには既に別の者が張り付いている。なので敢えて泳がせたのだよ。にしてもクロード隊長よ。小娘一人に些かだらしなかったな。」

「はっ、申し訳ありませんっ!少々相手の技量を見くびっておりました。」

「まっ、殺さず捕らえよと言ったのはわしだからな。しかし、あの棒のような物は何だったんだ?小娘はJIS規格がなんだとか言っておったが・・。」

「さぁ、私にもちょっと・・。もしかして何かしらか曰く付きの武器なんでしょうか。あの椅子を一薙ぎで破壊した威力には驚きました・・。」

「うむっ、まぁよい。どれ、わしはこれから少しとある方と話をせねばならぬ。部屋の片付けはセバスチャンに命じておけ。お前たちはあいつを少し追跡した後休むが良い。傷を負った者は医者に見せろ。払いはわしに付けておけ。」

「はっ、ありがとうございますっ!」

この時代、それが業務の上だとしても基本弁当と安全は自分持ちだった。なので傷を負った衛兵は自分の払いで医者にかからなくてはならない。それを子爵は自分が支払うと隊長に告げたのだ。ここら辺は上に立つ者としての器量の見せ所なのか。

そんなふたりのやり取りを覗き窓から見つめる謎の男。まぁ、ぶっちゃけアルバート王子なのだが、その王子は今そこで起こっていた大立ち回りを思い出しながらひとり呟いた。


「成程、あれが魔法使いが言っていた勇者か・・。見た目と違って中々やるじゃないか。だが俺は慎重なんでね。その実力を更に試させてもらうぞ、勇者よ。」

王子の言葉には彼女が妄想で抱いているような優しさが微塵も感じられない。だが、これもまた過酷な王子の現状を物語っているのかも知れない。特に王子は人の上に立ち、人を動かす立場の者だ。その際には非情な決断を迫られる場合も多い。

特に今は隣国グレートキングダム王国とのいさかいの最中なのだ。なので王子の中では、彼女に胸像を通して囁いた時のあの柔らかく優しげな眼差しはもはや失われてしまったのかも知れない。そして彼女はまだその事を知らない・・。

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