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雑文恋愛「卒業式では泣けない。だって・・」  作者: ぽっち先生/監修俺
20/50

取調べ

手紙の内容は実に平凡なものだった。季節の挨拶から始まり王子の近況を説明した後、相手の益々の栄達を願うと締めくくられていた。つまりこれは毎年季節が変わる節目に王が諸侯に出す慣例の挨拶文だ。なので同じような物をプルターブ子爵は既に何通も貰っている。

まぁ、アリステア・シビリアン国王が健在の時はそれはそれで王から気に留められているとの証でもあったので、慣例文とはいえ強力なアイテム足りえたが、王が亡くなった今では王の代行とはいえアルバート王子から同じものを送られても意味は薄い。

そもそも、王子本人がそんなものを送った覚えがないときては、ますますその手紙に価値はなかった。なのでプルターブ子爵は手紙を王子に渡しながら少し嫌味かかった言葉を王子に送った。


「殿下の配下には中々勤勉な事務方がおいでのようですな。このご時世に通常通りの業務を滞りなく行なうとはある意味大したものです。それとも内容はあくまで欺瞞で何か含みでもあるのですか?」

「・・。」

だが、渡された手紙を読み終えた王子はプルターブ子爵の問い掛けに答えない。何故なら王子の頭の中では今この事についてあらゆる方向から推察がなされていたからである。

だが漸く考えがまとまったのだろう。王子は手紙をテーブルに置くと話し始めた。


「まぁ確かに私の事務方は本当に優秀だがね。なのでこんなミスは犯さない。しかし、この手紙の封印は本物だ。となれば貴公の言うとおり私の留守中に何かあった事を伝える為の文である可能性も捨てきれない。だが、残念だが私自身がこの手紙の意味を図りかねている。参ったな、訪問先でこんなトリックまがいの出来事が起ころうとは思ってもいなかったよ。」

王子の答えにプルターブ子爵は些か残念そうに眉をひそめた。そしてならば正攻法で対応するしかないと王子に告げる。


「そうですか、となればその手紙を持って来た者に事情を聞くのが手っ取り早いでしょうな。もっとも、そやつも誰かにはした金で雇われた者の可能性が大ですが。」

「まぁ、その時はその時だ。私は同席しなくても大丈夫だな?」

プルターブ子爵の提案に王子も同意する。


「はい、ですが客間にはのぞき窓がありますからそこからご覧になっていて下さい。ところで殿下はこのような使者を送る場合に配下に割符のようなものは持たせますか?」

「いや、そのような事はしない。何故だ?」

「いえ、ちょっとカマを掛けるのに使おうかなと。いえ、なければ無いで如何様にも問えますから。」

そう言うとプルターブ子爵は執事を呼び付け、手紙を持って来た者に自分が直に会うと伝えた。そして王子をのぞき窓の奥の控えの間に案内するよう指示する。


「はっ、それでは騎士殿、こちらへ。ご案内致します。」

執事に促がされて王子は迎賓の間を後にする。残されたプルターブ子爵も手紙を懐にしまうと壁に掲げてある鏡を見て身だしなみを確かめた。だが、その鏡に映る表情は暗い。多分プルターブ子爵は厄介な事になったなと思っているのだろう。そしてこの事を如何に収めるべきかを考えながら手紙を持って来た者を尋問する為に部屋を出ていった。


その頃、彼女は屋敷の者に案内された部屋でご機嫌斜めだった。まぁ、確かに部屋に通されてから小一時間、何の音沙汰もなかったのだからイラつくなと言う方が無理かも知れない。

なので彼女はその鬱憤をポチにぶつけた。だが、どこかから監視されているのは確実だと事前にポチから注意されていたので今回も脳内会話だ。


<ちょっとポチっ!幾らなんでも待たされすぎなんじゃないの?もう、かれこれ1時間は経つわよ。その間、お茶すら出さないってどうなってるのよっ!>

≪ピッ、んーっ、手紙自体は本物だし、内容も今の時期なら無難なものです。季節の変わり目の挨拶文ですから。なので手紙自体に疑われる要因はないと思うんですが。≫

<なによ、それじゃまるで疑われているのは私みたいに聞こえるんだけど?>

≪ピッ、まぁ、服装がセーラー服ですからね。こちらの世界ではちょっと奇抜に映っても不思議ではありません。≫

<くっ、制服は女子高生にとってはフォーマルなのに・・。>

≪ピッ、いや、それはあなたの世界での基準であって、こちらの世界では通用しませんよ?≫

<あーっ、だとしたらどこかで着替えてくれば良かったのか。でもハーツは着替えを持って来いなんて言ってなかったからなぁ。下着は何着か持って来てたんだけど・・。>

≪ピッ、どちらにしろあなたの世界の服装はこちらではちょっと異質です。≫

<そうかしら?街中ではそれ程目立った気はしなかったんだけど?誰も私なんか気に留めていなかったわよ?>

≪ピッ、それは触らぬ神に祟り無しですよ。多分何人かは警務官に報せに走ったはずです。ただあなたがプルターブ子爵の屋敷を訪れたので警務官も様子を伺ったのでしょう。屋敷の中は彼らの管轄外ですから。≫

<ふ~んっ、そうなんだ。こっちの世界でも行政は縦割りなのねぇ。>

≪ピッ、まっ、それはさておき、もう少し待って誰も来ないようならお暇しましょう。多分、怪しい者だと思われたのでしょうから。≫

<ちょっとっ!怪しい者って何よっ!手紙は本物なんでしょう?なら私は王子が使わした使者のはずじゃないっ!>

≪ピッ、現在この国は混沌としています。確かにこの屋敷の当主であるプルターブ子爵は王家に縁のある者ですが、敵側に懐柔されていない保証はありません。≫

<げろげろ、そんなところに私来ちゃったの?むーっ、借金するのも大変だなぁ。なんでこっちの世界にはATMが無いのかしら。>

≪ピッ、ATMですか?それに似たようなシステムはありますけど、でもあなたは引き出すお金を入金していないのだから使えないでしょう?≫

<似たようなものはあるんだ・・。ある意味凄いな異世界。>

≪ピッ、あなたの世界が一番進んでいると思ったら大間違いですよ?≫

<う~んっ、ポチ。その言い様って、あなた私の世界の全ラノベ読みを敵に回したわよ。>

≪ピッ、ふっ、現実と妄想の区別もつかないような者たちなど我々の敵ではありません。≫

<あら、なら私は王子を助けなくて良いのかしら?私も結構読むんだけどな、ラノベ。>

≪ピッ、あっ、妄想サイコーっ!ラノベは至高の文学です。純文なんてもはやゴミです。SFなんてそれこそ夢物語。ラノベこそが最先端っ!今後のノーベル文学賞は全てラノベ作品に贈られる事でしょうっ!≫

<そこまで言われると逆に白々しいわ・・。嘘よ、冗談。私が王子を助けない訳ないでしょ?>

≪ピッ、あーっ、そうでした。あなたって王子にほの字でしたね。う~んっ、からかわれてしまいましたか。≫

<ほの字って・・、あなたの語彙ってちょっと古いわ・・。>

≪ピッ、そうですか?一応1980年版の甲子園とかいう辞書を言語インターフェイスにぶち込んであるんですが。≫

<ポチ、それって多分広辞苑よ・・。甲子園は高校球児たちの憧れの地であって辞典じゃないわ。いや、野球が存在しないこっちの世界では意味が判らないか。えーと、甲子園とはラノベ読みにとっての異世界みたいなもんね。>

≪ピッ、おっと間違えてしまいましたか?あっ、本当だ。はい、私も確認しました。う~んっ、似たような言葉は間違え易いですねぇ。≫

<端と橋と箸の違いは判る?>

≪ピッ、ふっ、調子に乗られては困ります。私はそちらの世界で一番権威があると思われる辞書を参照できるのですよ?例え音読みが同じだろうと漢字表記して貰えるなら、たちどころにそれぞれの意味を説明して差し上げます。≫

<つまり、音読みだと判らないって事なのね。>

≪ピッ、いやっ、そ、そんな事はありませんっ!ただ正確を帰す為に漢字で書いて下さいとお願いしたまでです。≫

<『ず』と『づ』の使い分けの方法は?>

≪ピッ、ぐわーっ、ここで大学入試問題級の難問をぶつけてくるとはっ!≫

<えーっ、そんなには難しくないと思うけど?あれ?でも自分で言っておいてなんだけど、私も判らないな。>

≪ピッ、それってクイズの出題問題としてどうなんですか?≫

<いや、クイズじゃないから・・。でも最近はこうゆうのもありかなぁ。>

人は暇を持て余すとどうでも良い事に拘るのだろう。もしくは待たされ過ぎてイラついていた彼女に対して、ポチがそれとなく別の話題へと誘導したのだろうか?


そんなしょうもない会話を二人が彼女の脳内でしていた時、突然部屋の扉が開いて衛兵が入ってきた。そして室内をぐるりと見渡すと、廊下の方へ向って報告をする。

「室内に異常はありません。女は拘束しますか?」

「いや、構わん。お前も下がっていろ。」

「はっ!」

衛兵の問い掛けに答えたのはこの屋敷の当主であるプルターブ子爵であった。プルターブ子爵は衛兵と入れ違いに部屋に入るとそのまま彼女の対面の椅子に腰掛けた。そして挨拶も無く問う。


「お前はアルバート王子から手紙を託されたと門番に言ったそうだがそれに相違ないか?」

「・・ええ、そうです。」

いきなりの上からの物言いに彼女の眉間にしわが寄る。だが、取り敢えず待たされ続けた状況から脱した事に彼女は怒りを隠して返事をした。


「ここからアルバート王子がおられる王都までは400キロは離れている。そんな長い距離をお前一人でやってきたのか?そもそも現在南部行政区に入るには手形が必要なはず。まずはそれを確認させて貰おう。」

プルターブ子爵の言葉に彼女はポチに相談した。


<ちょっとポチっ!手形ってなによっ!そんなの聞いてないわよっ!>

≪ピッ、あーっ、多分ブラフです。現在南部行政区に入るのに手形が必要などというお触れは出ていません。区境の町がグレートキングダム王国の諜報員対策として独自にやっている可能性はありますが、行政区単位ではなしです。つまりプルターブ子爵はあなたにカマを掛けてきたんですよ。≫

<へっ、このおっさんがプルターブ子爵なの?>

≪ピッ、あーっ、そう言えば名乗りませんでしたね。えーっ、だとするとあなたがこの男をプルターブ子爵と知っているのはちょっとまずいです。なのであんた誰?って感じで対応して下さい。≫

<それだと、王子の使いの者としてご馳走を食べさせて貰うパターンに持っていけないじゃない。>

≪ピッ、はい、そうですね。でも事態はかなり我々に不利みたいです。なのでここは穏便に振る舞いここから逃げましょう。でないと、この流れだと多分牢獄にぶち込まれますよ。そしてお決まりの拷問です。≫

<うへっ、そんなんだから現代人に中世はって言われるのよ。>

≪ピッ、私のデータベースには、あなたの世界も直近の紛争で敵の捕虜を拷問したという記録があるんですけど?≫

<あなた変な情報ばかり知っているのね。>


「おいっ、聞いているのかっ!」

彼女とポチが脳内会話をしている間、外からは彼女がだんまりを決め込んだように見えるのでプルターブ子爵は自分の問い掛けが無視されたと思い声を荒げた。そんな子爵に対し、彼女は真っ直ぐ子爵の方をみる。そして逆にプルターブ子爵へ問い返した。


「私はアルバート王子よりプルターブ子爵への手紙を預かってまいりました。云わば王家よりの使者です。その私に手形を見せろとは王家への侮蔑にも等しい扱い。この事は帰ったら王子にご報告しなくてはなりませんね。プルターブ子爵に謀反の疑いあり。その結果、こちらの館のご当主にどのような裁断が下るかは考えるまでもないでしょう。さてさて、プルターブ子爵の家臣としてあなたはどうされるのかしら?」

「・・。」

小物と侮っていた小娘から逆に王家の権威を盾に恫喝されたプルターブ子爵は返事に窮した。元より小娘など威圧的な態度で恫喝すれば直ぐに泣き出して全てを吐き出すだろうと子爵は思っていたのだ。それがまさかの反撃を受けたのだから子爵が戸惑うのももっともである。

だが、この娘の訪問理由は本物の王子によって否定されている。いや、完全にではないが少なくとも王子本人はそのような手紙を出していないと言っていたのだ。

だとすると残る可能性は、王子も言っていたが王子の部下が緊急の知らせを王子の訪問先であるプルターブ子爵の元へ走らせたか、またはどこかでたまたま手に入れた王子の手紙を使ってプルターブ子爵から何かしらかの報酬を得ようとこの娘が企んでいるかのふたつであろう。

なのでプルターブ子爵はひとつづつ確認してゆく事にした。


「王子よりの使者よ。今は隣国グレートキングダム王国との紛争の最中だ。なのでこの程度の査問は当然であろう?それは殿下もお判りのはずだ。ではもうひとつ質問する。殿下は今いずこにおわす?」

「あらやだ。引っ掛け問題?王子は今グレートキングダム王国や親グレートキングダム王国派からの追跡をかわす為その身を隠しています。その事はプルターブ子爵もご存知のはず。あーっ、もしかしてあなたはそんな事も知らされていないの?はぁ~、駄目ねぇ。あなたじゃお話にならないわ。プルターブ子爵を呼んで頂戴。」

「・・。」

彼女の上からの物言いに子爵はまたもや黙り込む。これではどちらが尋問されているのか判らない。いや、どちらかと言えば子爵の方が押されていた。だが、ここで押し切られては子爵も王子に対して面目が立たない。なので子爵は責め方を変えてきた。


「では質問を変えよう。お前と王子の関係はどのようなものなのだ?また、それを証明できるのか?」

「・・、まぁそれくらい慎重なのは褒めてあげるわ。そうね、私は王子が現在潜伏しているとある宿の奉公人なの。宿の名前は教えられないわ。でもそれじゃあなたも判断に困るでしょうからお互い王子がいる宿の場所と名前を紙に書いて交換しましょう。そしてまず私があなたが書いたものを確認し、あなたがちゃんと王子の秘密情報を知っていると確認したら私が書いたものを見ていい事にしましょう。情報はお互い書面に認めるのだから後出しは出来ない。これならどちらにとっても公平でしょう?」

彼女の申し出に子爵は難色を示す。何故ならこの娘がグレートキングダム王国の手の者なら王子に関するトップシークレットをむざむざ開示する事になるからだ。だが、その事は彼女も理解していた。なので彼女はさらに子爵に提案する。


「仮に私が書いた内容がでたらめだったとしても、その時は外に待機させている護衛を呼べばいいだけでしょう?私の頭に王子の情報がインプットされたとしても、この屋敷から持ち出せなければ秘密は守られるのだから。逆にあなたが書いた情報が間違っていたとしたら・・、その時はちょっと厄介ね。因みに私がこの屋敷から戻らなければ、別の者が王子にこの事を報告に走るわ。そしてあなたのご当主様は反王家の烙印を押される。」

「・・。」

彼女の提案に子爵は直ぐに返事をしない。子爵は彼女の事を最初は小娘と侮っていたのだが、どうして実に達者な交渉をして来たのだ。この交渉態度だけを鑑みればこの娘がただの小娘ではない事は瞭然だ。だが、だからと言ってその事を持って彼女が王子の本当の使者だという証拠にはならない。訓練された諜報員ならこれくらいはやってのけるからである。

だが、彼女の提案に応じれば確かに証拠が得られる。現在王子の居場所はトップシークレットなのだ。プルターブ子爵ですら王子が尋ねてくるまでは知らされていなかったのである。いや、実は王子から聞かされた場所も本当かどうか怪しいものだった。それ程、王子の居場所は現在この国では重要機密だったのである。

なので子爵は壁の覗き窓の方にちらりと目線を飛ばす。その奥には本物の王子がいるのだ。その王子ならこの目の前にいる女が本当に王子が潜伏している宿の者かどうか判るはずである。

だが、覗き窓の奥にいる王子からはこちらの様子が伺えても、こちらからは王子の姿は見えない。なので指示を仰ぐ事は出来なかった。

一旦席を離れ王子に問う事はできたが、それでは小娘相手に尋問も出来ないのかと子爵の面目が丸潰れになる。子爵としてはそれだけは避けねばならなかった。

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