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雑文恋愛「卒業式では泣けない。だって・・」  作者: ぽっち先生/監修俺
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最初の出会い

そして月日は流れ彼女がこの高校に入学してきた。本来彼女が希望した高校は、学習レベルが1ランク下の彼女の家から一番近い高校だったのだが、中学校の担任から若い時分は志を高く持たなくては生きる意味を見失うとのよく判らん激に感化してしまい、彼女はがんばってこの高校を受験し見事合格を勝ち取ったのだ。


まぁ、その程度の理由で選んだ高校だったので熱しやすく冷めやすい青春期ど真ん中の彼女は当初の目標を達成してしまった故の虚無感に襲われる。そしてその後は何をする気も起こらずだらだらと過ごしていた。

確かに新しい環境は刺激的であり新しい友達も直ぐに出来たが、ふとした時に彼女は孤独を感じた。自分は間違った決断をしたのではないか?背伸びして入ったはいいが果たして勉強についていけるのか?そんな疑問が彼女を襲う。

まぁ、これは彼女だけに限った事ではないだろう。感受性豊かな若者たち全般に起こりえる自問自答である。そして、これを乗り越える事により彼ら彼女らは成長してゆくのだ。

だが渦中の真っ只中にいる当人たちにとってはそんな説明を受けたとしても受け入れられるものではない。そんな時期に彼女は胸像に出会ったのである。


その日、彼女は美術部に入部していた級友の代わり美術室の備品保管庫の整理と掃除を請け負った。見返りは町に新たに出来たアイスクリーム店のデラックス三つ乗せアイスである。因みに級友が掃除をバックレた理由はデートだ。なので彼女も級友の恋を応援しない訳にはいかずしぶしぶといった体でこの申し出を引き受けたのだ。まぁ、実際にはアイスの誘惑がその殆どを占めていたのだが・・。


「ふんふふっふ~ん。アイス、アイス。おいしいアイス~。どれを乗せてもたったの500え~んっ!」

今彼女はアイス屋のCMソングを口ずさみながら備品保管庫の掃除をひとりでしている。最初こそ別の美術部員がいたのだが、その上級生も何だかんだと理由を言って彼女を残して部屋を出て行ったからだ。


「あーっ、すまんが俺もちょっと用事があるんですぐ帰るんだ。まっ、別に誰が見に来る訳でもないから適当に掃除したら君も帰っていいよ。但しこの部屋のものは結構貴重な品もあるから気をつけてくれ。特にあの胸像は寄贈されたものらしいから倒したりしないでくれよ。」

上級生が指差す先には白いシーツに包まれたものが台の上にあった。だが彼女の視線はその横にあるモノに釘付けとなる。


「あーっ、その人体模型は丁寧に扱ってくれ。機嫌を損ねると夜に家までやってくるって噂があるんでね。それじゃ、よろしく。入り口の鍵は職員室へ返しておいてくれ。」

多分、上級生は彼女をからかっただけなのだろうが彼女は後ずさった。そんな彼女を残して上級生は立ち去る。


「くっ、なんで備品保管庫に人体模型があるのよっ!本来なら理科準備室にあるべきでしょうっ!」

彼女は誰もいなくなった部屋でひとり声に出して愚痴る。まぁ、彼女の文句も最もである。でもその真相は昔、美術部員の誰かが通常のデッサンでは飽き足らなくなり奇をてらってこの人体模型を借り出したのだ。そして返すのを忘れた。

もっとも理科系の先生も自分の管理する準備室に人体模型があるのを何故か嫌がっていたから渡りに船と返還を要求していない。必要な時はこの備品保管庫から持ち出して用が済んだらまたここに戻していた。

全く持って誰からも煙たがられるとは人体模型も可哀想である。もっともなら自分の部屋にこれがあったら納得するかと問われれば6人中5人は拒絶するだろう。全員でないのは中には変わり者もいると言うことだ。まさに人の嗜好とは千差万別。しかし、スタンダードは存在する。世の中はそんなスタンダードが牽引しているのだから。


さて、そんな気味悪い人体模型を見たくない彼女は目線をずらしつつ、気分を高揚させる為にアイス屋のCMソングを口ずさみながら備品保管庫の掃除を始める。だが気にしないと思えば思うほど気になるのは人のサガか。

彼女はどうしても人体模型が自分を見ているように思えてならなかった。こうなると逆に視線をずらしている方が怖くなる。へたに後ろを向いていていきなり飛び掛られてはなす術もない。

いや、彼女も判ってはいるのだ。人体模型が勝手に動き出す事はないと。だが、頭では判っていても感情がそれを許さなかった。そう、恐怖とは感情を蝕むのである。

一旦恐怖に駆られると人は風になびく柳の枝にさえ恐怖を覚えるものだ。ましてやそれが内臓パーツもあらわな人体模型では怖がるなと言う方が無理である。

なので彼女は対策としてある秘策を繰り出した。それは人体模型の横にある胸像にかかっているシーツだ。彼女はそのシーツを人体模型に掛ければ見えなくなると考えたのである。なので早速実行した。

だが胸像からシーツを剥ぎ取った彼女の動きはそこで止まる。そんな彼女の視線はあらわとなった胸像に釘付けとなっていた。


そこには古代ローマ彫刻風の男性の姿があった。大きさはほぼモデルとなったであろう男性の実寸大かもしれない。しかし美術彫刻によくある裸体像ではなかった。その胸像はいかめしい甲冑を付けていたのである。しかし、兜は被っていなかったのでダイナミックではあるが柔らかくカーブした髪や、眼光鋭く凛々しい顔立ちが胸像全体の雰囲気を和らげていた。

そして何より胸像は真っ直ぐ前を見ていた。そう、胸像の前に立つとまるで胸像に見つめられているかと錯覚しそうなくらい強い視線を感じるのだ。しかし、その眼差しは柔らかい。口元もなんとなく微笑んでいるように見えなくもない。

世間には目は口ほどにものを言うとの格言もあるが、まさにその胸像の目は前に立った者へ何かを語りかけているようであった。そして、彼女にはそんな胸像がこう自分に語りかけているように思えたのである。


「やっと見つけたよ、僕のジャンヌ。」

僕のジャンヌ。何故彼女は胸像がそう自分に語りかけているように思ったのだろう。彼女の名は『護国寺 未来 (ごこくじ みらい)』と言った。ならばここは自分の名前を当てはめるべきではないか?これは彼女がいつだか読んだ物語が影響しているのだろうか?彼女はその物語の中の主人公とこの胸像を重ね合わせたのか?だがその物語の主人公の恋人の名はジャンヌではなかったはずだ。

しかし彼女は自分を『ジャンヌ』と呼ぶ胸像の呼び掛けに違和感を抱かなかった。自分の名は護国寺 未来であったが、ジャンヌと呼ばれる事も何故か自然であると思ったのである。これは別に級友たちから呼ばれる彼女のあだ名が『ジャンヌ』だったなどというオチではない。そもそも彼女はそれまで一度たりとも他人からそんな名で呼ばれた事はなかった。

だが胸像は彼女を『ジャンヌ』と呼んだ。いや別に胸像が本当に喋った訳ではない。全ては彼女の脳内妄想だ。だが何故『ジャンヌ』なんだろう?何故自分はそれを自然と感じるのだろう?胸像を前に彼女は自問する。

だが幾ら考えても答えは見つからなかった。故に彼女は胸像の頬に手を当て問い掛けた。


「あなたは誰?何故私をジャンヌと呼ぶの?」

しかし、胸像は彼女の問い掛けに答えない。ただそこにいて優しい瞳で彼女を見つめているだけだった。

だがそんな彼女に話掛ける者ががいた。その者は彼女にこう言う。

「けけけっ、無理無理。この彫刻は魔法で胸像にされた王子様じゃないからな。ただ単にあんたの魂に反応して決められたメッセージを送っているだけだ。云わばテープレコーダーさ。あっ、テープレコーダーって判るか?最近はオーディオ関係も流行り廃りが早過ぎるからなぁ。あんたくらいの年齢じゃレコード盤なんて見たことすらないだろう?」

彼女に声を掛けたのはなんと胸像の隣にいた人体模型だった。人体模型が話しかけてくる。普通なら有り得ない事だ。百歩譲って学校の怪談話なら一バリエーションとして花子さんの次の次くらいに入れてもいいが、それとて子供たちが話のタネとして面白おかしく創作したもののはずである。


しかし、本来なら驚いて大声を挙げかねないこのシチュエーションを彼女は無視する。今の彼女はそれどころではなかったのだ。ただひたすら目の前の胸像に見入っていたのである。だがそれが人体模型の癇に障ったようだ。

「なんだよ、無視かよ。彫刻の胸像には見とれる癖して、俺はスルーかよ。ちっ、これだから女は嫌なんだ。俺を見てもキャーキャー騒ぐだけだからな。俺だって好きで腹わたを晒しているんじゃねぇってのっ!そうゆう風に作られたんだから仕方ないんだよっ!」

人体模型はそんな愚痴を彼女に投げつけるが彼女の耳は聞いていない。いや、実際には届いていたようだ。何故なら次の瞬間彼女は手にしたシーツを人体模型に投げつけたからである。

「うるさいわねっ!ちょっと黙っていてっ!」

彼女が投げつけたシーツは人体模型を頭からすっぽりと覆い隠した。そのせいなのか以後人体模型は沈黙する。

「あなたは誰?何故私をジャンヌと呼ぶの?」

人体模型が黙った事により再度彼女は胸像に問い掛ける。しかし、胸像は彼女の問い掛けに答えない。ただそこにいて優しい瞳で彼女を見つめているだけだった。

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