王子の事情
「まぁ、だが兄上の立場ではそれも致し方ないとも思っている。なんと言っても兄上の周りはグレートキングダム王国に近しい者たちが蠢いているからな。下手に動けばたちまち動向が相手に知られてしまう。くそっ、ジェームス共めっ!全く忌々しいやつらだ。」
アルバート王子は王宮にてフランダム皇太子の周りを固めている親グレートキングダム王国派の貴族たちを罵る。そんなアルバート王子が口にしたジェームスとは戦死したアリステア・シビリアン国王の弟君の事である。
そう、実はアリステア・シビリアン国王の弟であるジェームス・シビリアン公爵は親グレートキングダム王国派の筆頭だったのだ。
ガレリア王国において公爵の位とは王族から分家した者に与えられる爵位だ。その公爵が自分が属している国に侵攻して来た国に対して何故親しき関係を持っているかと言うと、これまた複雑な事情がある。
実はこの時代、他国との平和は主に王族同士の結婚によって保たれていた。そしてジェームス・シビリアン公爵は自分の娘をグレートキングダム王国の王家に嫁がせていたのである。そして自分の息子にもグレートキングダム王国王家の姫を迎え入れていた。
この事は平和な時には強力なコネとなりジェームス・シビリアン公爵のガレリア王国内における発言権の強化に大いに役立ったのだ。その力を使い公爵は、二国間の貿易なども全て公爵が独占的に取り仕切ったので財政的にも大いに潤った。そして公爵はその財力をガレリア王国内の諸侯にばら撒きガレリア王国内で一大勢力を築いたのだ。その勢力一派が先ほどアルバート王子が罵った親グレートキングダム王国派である。
「そうですな、ジェームス公も賭けに出られたのでしょう。なんと言ってもこの賭けに勝てばガレリア王国が手に入るのですから。」
「ふんっ、グレートキングダムの下僕としてひも付きの王位などに何の意味があると言うのだ。いずれは嫁に出した娘の息子に王位を譲る事になる。そうなればガレリア王国は完全にグレートキングダムに取り込まれるであろう。」
「まぁ確かにそうでしょうがジェームス公の血、強いてはシビリアン家の血統も残ります。それにグレートキングダム王家に何かあればガレリア王国のチカラをバックに逆にグレートキングダム王家を乗っ取る事も可能です。今回の争いの趨勢を考え、シビリアン家の血統を後世に残す事を考えればその選択もあながち間違いでは無いでしょう。」
「ふぅ、さすがはプルターブ卿ですな。お考えが思慮深い。」
アルバート王子はプルターブ子爵の推察を褒める。だがその事は既に王子も理解していた。ただ、敢えてプルターブ子爵に言わせる事により相手を持ち上げたのだ。云わばご機嫌取りをしたのであろう。
その事に気をよくしたのかプルターブ子爵は更に続ける。
「いえいえ、私のような新参貴族などはどのように振舞えば生き残れるかを考える毎日です。それ故このような考えが頭に浮かんでしまうのですよ。されど殿下はシビリアン家の直系です。ですのでこのような考えは邪道でしょう。この考えは云わば弱者の考えです。王道を歩かざる得ない殿下が取るべき道ではありません。」
「そうだな、私にはシビリアン家の直系を繋げるという使命がある。その為にはグレートキングダム王国の影響をこの国から排除しなくてはならない。協力して貰えるかな?」
プルターブ子爵の様子を伺っていた王子は、頃合良しと見て今回訪問した目的の本題を相手にぶつけてきた。
「勿論でございます。先ほど言いました例はあくまでジェームス公のお立場で考えたものです。私は先王のお后の系統です。先王がお亡くなりになったからと言ってジェームス公に鞍替えなどできません。」
「母上か・・。そうだな、母上がご健在なのがせめてもの救いだ。なんと言っても母上は諸侯の中ではジェームス公爵に次ぐ権威を持っているリオン公爵の血筋だからな。この繋がりは私には心強いものだよ。どちらに付くかを秤にかけている諸侯たちにもリオン公の名を出せば大抵服従してくる。」
「そうでしょうね、ですがリオン公も元を辿ればオーステリニア王国の血統です。あまり信を置かれましては今度は押すオーステリニア王国に足元をすくわれかねません。」
「うむっ、それは心得ておる。」
「して、話が戻りますが今回殿下自らおいで下さった理由はなんでしょう?まさか私がどちらに着くか探りに来られた訳でもありますまい?」
プルターブ子爵は自身の立場を表明した事により、王子に訪問の理由について突っ込んだ内容を聞いてきた。それに対し、王子も如何にもこれから話す事は極微事項だと匂わせて話し出す。
「実はな、私は神からの啓示を受けたのだ。そしてグレートキングダム王国からの侵略を打ち破る為に神は私に異世界からの勇者を召し使わすと申された。」
「なんとっ!勇者をっ!おおっ、さればアルバート王子の勝利は確実ですなっ!ええっ、私は信じていましたともっ!神は必ずや正当なガレリア王の血筋であるアルバート王子を導くであろうとっ!」
王子の口から出た言葉はプルターブ子爵にも予想外の事だったのだろう。それ程こちらの世界では勇者とは特別な存在だったのだ。
「うむっ、ところが迎えにやったハーツは戻ったのだが肝心の勇者を見失ってな。だが、当初の予定ではこの付近に召喚されるはずだとハーツは言っていた。なので貴殿にはそれとなく勇者の探索をお願いしたいのだ。ただ大掛かりにして敵に怪しまれるのは避けたい。故に私がこうして直に打ち合わせに来たのだ。」
「ハーツ殿とは殿下付きの羊飼いの事ですな?」
「うむっ、だがハーツは未だ転移の眠りから覚めぬ。なので勇者の詳細が我らには判らんのだ。」
「それでは探しようが無いのでは?」
王子から勇者を探すのに必要な情報がないと言われプルターブ子爵は無茶を言われては困るといった顔でそのところを王子に問う。
「まぁ、勇者は転移者だからな。なので見ず知らずの者が怪しいと思う。そこで身元のあやふやな者を片っ端から捕縛するしかないと考えている。」
「はははっ、それはまた乱暴な方法ですな。勇者の機嫌を損ねなければいいのですが。」
「うむっ、そこは後で謝罪するしかあるまい。下手に勇者を探しているなどと噂が立って偽者に名乗り出てこられてもこちらには調べる術もないのだから。」
「成程、ハーツ殿が目覚めない事には面通しも出来ないと。」
「うむっ、敵の魔法使いに情報が漏れるのを危惧して勇者の身体的特徴をこちらに知らせないようにしていた事が裏目に出たよ。だが、性別と年齢に関しては連絡が来ている。勇者は18歳の女だ。」
「なんとっ!女の勇者ですと?その様な事があり得るのですか?」
王子の言葉にプルターブ子爵は驚く。こちらの世界はそれ程酷い男尊女卑という風習はないものの、それでも性別による役割分担はあった。女は家庭で子を育て、男は外で仕事をし家族を養う。それがこちらの世界のデフォルトだった。
もっともその形はゆるいもので逆のパターンもあった。戦場にて戦う戦士の中にも女性の姿は稀ではあるが見かけるし、冒険者がパーティを組む時は絶対と言って良いほどメンバーには女性が含まれていた。
しかし、さすがに勇者のような特別な存在を女性が務めたという例はなかった。それ程勇者という肩書きと、勇者がなそうとする事は重く激烈なものだったのだ。
「うむっ、私も最初は戸惑ったが考えてみれば勇者とは人々を導く者だ。別に豪腕な戦士である必要はない。まぁ、それでも過去の物語で語られている勇者たちは全て屈強な男たちだったからな。違和感がないと言えば嘘になる。」
「そうでしょうなぁ、ええ、私も同感です。ですが逆に探し出すのは容易に思えてきました。仮に勇者を探しているとどこかで話が漏れても敵は男を探すでしょうからな。これは逆に勇者を隠す良い欺瞞になります。」
「成程、そうゆう見方もできるか・・。」
プルターブ子爵の言葉に、王子はその考えは思いつかなかったと感心した。
「それでは早速配下の者たちに手配しまょう。なに、別に身元のあやふやな者を片っ端から捕縛せずとも殿下か、またはハーツ殿が恩ある女性を探しているとでも流布すれば、勇者の方で察して尋ねてくれるやも知れません。」
「ふむっ、さすがはプルターブ卿だな。私には思いつかなかった案がポンポン出てくる。」
「いえいえ私など、ただただ下積みが長かっただけです。おかげで下々の動向などには敏感なのですが、逆に天上人足る諸侯の謀略にはころっと騙されます。それが嫌で、先王に願い出てこのような王都から離れた田舎の領主にして頂いたのです。」
「はははっ、謙遜が過ぎるぞ。だが今ではそれが功を奏して貴公のような人材を親グレートキングダム王国派から遠ざけておけたとも言える。これぞまさに天恵であろう。これからもどうかその世相を見極める眼力と経験にて王家を助けて欲しい。」
アルバート王子はそう言うとプルターブ子爵に向けて頭を下げた。それを慌ててプルターブ子爵が止める。
「殿下っ!なりませぬっ!私のような下位の者に頭を下げるなど王族のすべき態度ではありませぬぞっ!さっ、どうか頭をお上げ下さい。」
「うむっ、判っておる。この部屋に私と貴公だけしかいないが故の私の心からのお願いだ。私はともかく、王を亡くし、また皇太子を幽閉されお心を乱されている母上の為にも貴公の助力が必要なのだ。」
「判っております。今の私があるのはお后様のお声掛けがあったればこそ。私はそのご恩を決して忘れたりは致しませぬぞっ!」
プルターブ子爵はそう言ったが、これもまた貴族の処世術である。仮に本当にそう思っていたとしてもそれを反故にしなければならない時が来たならプルターブ子爵は悩むであろうが自身と家族を優先せざる得ない。何故ならそれが土地持ち領主の生き方なのだ。
自分が生き残る為に優位な方へ付く。これは一見狡猾で卑劣な考えと思うかも知れないが、それが守るべきものを持った者の生き方であった。そしてアルバート王子もその事は判っていた。なのであらゆる策を巡らしてプルターブ子爵を繋ぎ止めようとしているのである。なので先ほどの最高機密である勇者の件を話したり、プルターブ子爵に対して頭を下げたのも全て計算ずくであった。
そう、駆け引きとはまこと感情すら利用する非情なやり取りなのだ。故に腹を割って話せる存在を彼らは熱望する。そうでなくては魑魅魍魎が蠢く宮廷内部の荒んだ軋轢に心が折れてしまうのだろう。
そんな茶番を二人が繰り広げていた時、迎賓の間の扉を叩く音がした。そして扉の向こう側から執事の入室許可を求める差し迫った感じの声が届く。プルターブ子爵は王子に目配せして双方の座る席を交換してから執事へ入ように言った。
「入れ、火急の件とは何の事だ。」
「はっ、ただ今アルバート殿下からの使者と申す者が訪ねてきてプルターブ様宛の手紙を渡されました。確認しましたところ手紙の封印に不審な所はございません。如何致しましょう?」
「アルバート殿下からの手紙だと?」
執事の言葉にプルターブ子爵はテーブルの向こうに座る王子の方をちらりと見る。その王子は突然の成り行きに眉をしかめていた。その表情は手紙に関して覚えがないと言っているようであった。
だがここでの王子の身分は王家ゆかりの騎士である。まさか執事に直接手紙を見せろとも言えないので、取り敢えずプルターブ子爵に手紙を受け取り執事を下がらせろと目で指図した。
「よろしい、下がってよい。あーっ、手紙を持って来た者は客間で待たせておけ。このご時世だ、万が一という事もある。警護隊を配置しておけ。」
「かしこまりました。」
執事はプルターブ子爵に頭を下げると王子の方をちらりと見てから退室した。どうやら執事もこの訪問者の身元を薄々感づいているのだろう。それ故当人がいるのに後から届いた手紙に不信感を覚えたらしい。だが、相手が王族では執事の判断範囲を超えている。なので来客中であるにも関わらず当主であるプルターブ子爵の判断を仰ぐべく知らせに来たのだ。
そしてプルターブ子爵にしても、目の前にいる本人がいるにも関わらず、後から届いた手紙に何らかの謀略の匂いを嗅ぎ取ったらしい。それ故執事に手紙を持って来た者を軟禁しておけと指示を出したのだ。
そして執事が扉を閉め立ち去ったのを確認した後、プルターブ子爵は手紙を手に取り王子に問うた。
「これは単なる郵便事故ですかな?まさか手紙を託した者が寄り道でもしましたか?」
「いや、それはあるまい。だが何らかの事情で私が発った後に部下が私の名で送ったとも考えられる。なのでまずは内容を確認してくれ。」
「そうですか、それでは失礼して読ませて頂きます。」
そう言うとプルターブ子爵はペーパーナイフで封を切り手紙を読み始めた。