表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雑文恋愛「卒業式では泣けない。だって・・」  作者: ぽっち先生/監修俺
12/50

異世界へ

そしてとうとうその日が来た。彼女が胸像に始めて出会ってから2年半。初恋と言ってもいいくらい恋焦がれた胸像のモデルであるアルバート王子が待つ異世界へ彼女が跳ぶ日がとうとう来たのだ。

そもそも2年半に異世界へ跳ぶ為の魔法陣を作動させるには時期と場所の同調が必要とハーツに言われ、その時が来るまでの間を準備期間とし、且つ異世界でアルバート王子の手助けをするのなら必須事項だとハーツから課せられた理不尽な訓練要求に耐え続けてきた彼女である。

そんな彼女にとって、今日こそがその対価を受け取る事が出来る待ち焦がれた晴れの日だった。そしてそれはまた彼女が同級生たちと一緒に青春を駆け抜けた証でもある高校生活の最後を飾る卒業の日でもあった。


そんな卒業式もつつがなく終わり、あちこちで生徒たちが最後の別れにまたもや涙している中、彼女はひとり美術室の備品保管庫へとやって来た。そして彼女は胸像にかかったシーツをめくりとると胸像に話しかける。


「王子、とうとうこの日が来たわ。うんっ、長かった。あなたに初めて会ってからもう3年近くになるものね。」

しかし、何故か彼女に話しかけられた胸像はいつものようには反応しない。いつもなら心に聞こえてくる例のメッセージも今日は発せられなかった。但し胸像のダイナミックではあるが柔らかくカーブした髪や眼光鋭く凛々しい顔立ちはいつも通りだ。ただメッセージだけが伝わってこなかった。


だがそれは逆に今日がその日である事の証でもあった。彼女はハーツから事前に卒業式が終了した時点で胸像に掛けられた魔法は開放されると聞かされていた。それは彼女がアルバート王子の待つ異世界へ跳んだのちに痕跡を残さないための処置だそうだ。

何故そんな事をするのかと言うと、卒業式以降に彼女と同等の勇者特性を持つ者が胸像の前に立っても胸像が反応しないようにする為だとハーツは彼女に説明していた。


同時代の世界に勇者はひとりだけ。これは向こうの世界のことわりらしい。民主主義に染まった身では中々理解しがたい事かも知れないが、先頭に立つ者が二人いてはその後を行く者たちが互いにそれぞれの勇者を御輿に担ぎ上げ争うらしい。これは向こうの世界の人たちの遺伝子に組み込まれている逆らいようの無い本能であり、故に言葉で説得しても感情が納得しないのだそうだ。だからこれは良い悪いではなく、そうゆう仕様なのだとハーツは彼女に説明していた。


だが当の彼女はそんな事に興味はなかった。彼女の望みは3年近くの年月を恋焦がれていたアルバート王子に会う事である。それが今日実現するのだ。それを邪魔する者はチカラで排除する。それが彼女の感情であり行動原理の仕様であった。


「えーと、最後の別れはもういいかい?」

いつものように胸像の前に立ち話しかける彼女に、胸像の隣に立っていた人体模型が話しかけてきた。そう、その声の主は今や誰も驚きもしない異世界から魂だけやって来て人体模型に憑依している羊飼いのハーツだ。


「そうね・・、ちょっと寂しい気もするけどこの胸像はただの彫刻に戻ったのね。」

彼女は胸像の頬に手を添えながら呟く。それをハーツがちょっと茶化した。


「まぁな、それを言っちゃうと元々ただの彫刻でしかないんだけどな。でも人はモノにも感情を乗せられるからなぁ。九十九神なんていい例だし。」

「人体模型の九十九神はちょっと需要はないと思うわ。」

ハーツの言葉に彼女が切り返した。3年近くを共に過ごしたふたりは今や絶妙な漫才コンビだ。いや、口喧嘩友だちと言った方がしっくり来るだろうか?


「へーへー、さいですね。さて、それじゃ行くとするか。今更心変わりはなしだぜ?」

「そんなつもりなら元々ここに来てないわ。」

ハーツの最終確認を彼女は了承する。


「オーケー。なら段取りは昨日打ち合わせした通りだ。魔法陣の中央へ立ってくれ。」

ハーツに促がされて彼女は備品保管庫の床に5色の色砂で描かれた魔法陣の中央へと立った。足元には向こうの世界へ持って行く色々な品物が詰まったカバンを置いた。そして気合を入れる為か、彼女はビタンと頬を両手で1回叩く。

「よっし、準備完了っ!やるわよっ!大丈夫よ、未来。3回も確認したんだから絶対大丈夫っ!」

この魔法陣は2日かけて彼女がここに描いたものである。まぁ、実際に描くのに掛かった時間は3時間程度だったのだが、動作確認で3回ほどハーツから駄目出しを喰らい、その都度修正し漸くオーケーが出たのが昨日の午後だったのである。


そんな魔法陣の中央に彼女は立った。手には当然子供の頃買って貰った魔法少女のステッキを持っている。そして彼女は呪文を唱えた。


「テクニカ、テクニク、しゃらんらぁ~。魔法陣さん、私を異世界へ連れてってっ!」

しかし彼女が呪文を唱え終わっても魔法陣に変化は無い。だが彼女は辛抱強く右手に持ったステッキを魔法陣に向けたまま決めポーズを維持している。何故ならこの事はまたしても事前に彼女はハーツから説明を受けていたからだ。


「最終的に決めポーズを取ったら魔法陣が発動するまで暫く動かない事。今回の魔法陣はとあるシーケンスによって呪文者の正当性をチェックするように仕組まれている。なのでその確認処理が終了するまでは発動しないんだ。まっ、それでも処理にかかる時間は十数秒だ。でも魔法陣の描画精度が悪かったり、あんたの気持ちが揺らいでたりすると再チェックルーチンが始まっちまうかも知れないから少なくとも1分はじっとしていてくれ。だがそれ以上経っても変化が無いようならやり直しだな。」


そう、実は異世界へ跳ぶ為の魔法陣には幾重ものセキュリティーが施されていたのである。なので本来異世界へ跳ぶには偶然などという不確定な要素は有り得ない。トラックに轢かれて異世界へ跳ぶなんてのは都市伝説でしかないのだ。

だが、今回彼女が描いた魔法陣の描画精度はハーツから3回も駄目出しを喰らっただけあってかなりの精度で描画されている。それに彼女の気持ちに至っては一点の迷いも無かった。それは練習当初はあれ程赤面していた決めポーズを一発で決めた事からも伺える。故に失敗する要因は皆無と言えた。


そして待つ事30秒ほど。突然彼女の周りの魔法陣が光り出した。その情景を見て人体模型のハーツが安堵の溜息を吐いた。

「よしっ、成功だっ!ちょっと回転した時のスカートのひらひら感が弱いかなとも思ったがさすがだな。セキュリティーシーケンスを強い意志でねじ伏せたか。」

だがそんなハーツの言葉も彼女には届いていないようだ。何故なら彼女の周りでは既に砂で絵かがれた魔法陣から転移魔法成分が放出され彼女の周りをぐるぐると回っていたのである。それは徐々に回転を早め、且つ彼女が立つ魔法陣の中心に向って収縮していった。

そしてとうとうその光は彼女を包みこんだ。だがそれでも回転は止まらない、いや、それどころか更に加速する。その回転に何故か魔法陣の側にどかされていたテーブルや椅子がつられて動き出した。壁に貼られているポスターなどもピンを吹き飛ばしてバタバタとたなびき始める。これはつまり、この部屋の空気が魔法陣の回転に引きずられて回りだしたのである。

本来質量が無いはずの光の回転に物体が引きずられている。この物理法則を無視した現象こそが魔法が魔法である証だろう。


そして何の前触れも無く彼女を包み込んで回転していた転移魔法成分が消滅した。当然その中心にいた彼女の姿もない。床に砂で描かれていた魔法陣も無くなっている。いや、それどころか魔法陣の外に居たハーツの気配も既に無かった。人体模型はそのままだが、もはやそれは普通の人体模型でしかない。故にもう二度と喋る事はないだろう。


そう、今この瞬間を持って彼女たちは異世界へと旅立ったのである。


季節はまだ春も初旬。幾多の卒業生たちが不安と期待に胸躍らせてそれまで過ごしてきた学び舎を旅立った卒業の日。そんな節目の日に彼女もまた自分の愛する者を救うべく困難と波乱が待ち受けているであろう王子がいる異世界へと跳んだのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ