表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雑文恋愛「卒業式では泣けない。だって・・」  作者: ぽっち先生/監修俺
11/50

壁に耳あり、障子に目あり

「くんくん、うんっ、匂いは落ちたわね。ハーツ、そっちはどう?」

日の陽射しにより乾いた髪を鼻に寄せ匂いが消えた事を確認すると、彼女は洗濯した娘の服を乾しているハーツに声をかけた。


「んーっ、もうちょっとかな。でも魔法で集光しているからそんなに時間は掛からないよ。」

そう、羊の姿のハーツは洗った娘の服を太陽の光を魔法でレンズのように集めて急速乾燥させていた。だがそんな事が出来るのなら直接魔法で乾かせないのかと内心彼女は思ったのだが口には出さなかった。そしてその代わりではないが彼女は別の事をハーツに聞いた。


「ねぇ、魂だけならタイミングを気にせず異世界へ跳べるのなら王子のいる世界へも跳べるんでしょう?なら私、本体で跳ぶ前にちょこっと会っておきたいんだけど?」

「ほうっ、気付いたか。中々鋭いな。でも残念だがそれは出来ない。いや、跳ぶ事は出来るんだがそれをやっちゃうと、いざあんたの本体を転移させる時が来ても干渉が起こって跳べなくなるそうなんだ。あーっ、これは魔法使いが言っていた事なので詳しい事は俺には判らん。だから追求しないでくれよ。」

「むーっ、駄目なのかぁ。いい事思いついたと思ったんだけどなぁ。」

タオルに包まれながら彼女は自分の思い付きを却下されて些かお冠である。


「そもそも俺があんたの魂を異世界へ転移させられるのも魔法使いのサポートがあればこそだからな。俺だけじゃ、髪の毛一本ですら出来ないよ。」

「えーっ、そうなの?なんだ、ハーツったら神の使徒とか言っていた癖に大した事ないのねぇ。」

「くっ、全く相手の気持ちを気遣う事が無いのは世代のせいなのか・・。」

彼女の言葉にハーツはちょっとだけ傷ついたらしい。まぁ、確かに自分の主張だけを全面に押し出して相手の事を鑑みないのは人生経験の少ない若者の特徴ではあるが、残念ながら今は大人にも見受けられる現象だ。所謂アダルトチルドレンというやつか。いや、ピーターパンシンドロームと言った方がしっくりくるか?

だがこれらの現象の真っ只中にいる当人たちはその事に気付けない。なので彼女はまるで自分が世界の女王の如く振舞う。


「ところでハーツ。なんかお腹がすいたんだけど?私ハンバーガーが食べたいわ。」

「いや、食べたいと言われてもな。こっちの世界にハンバーガーはねぇ・・、あーっ、多分ないよ。」

彼女の注文にハーツは即答・・、いや何故か語尾を濁らせ答えた。つまりハーツ自身も知らないのだろう。確かに彼女が暮らす世界にあるハンバーガーは無いかも知れないが、それに類似した食べ物が絶対ないとは言い切れないのが異世界だ。

そもそも食文化などに関しては中世も現在もそれ程変わりは無い。物流の関係で香辛料や地域で取れる食物でない食材などは普及していないかも知れないが、人間の味覚は昔も今も変わらない。どちらかと言うと制約の多い範囲内で美味しいものを追求しているであろう昔の方が、強い刺激で誤魔化している現代の食べ物よりおいしいかも知れないのだ。

だがそんなハーツの返事に彼女はあっさりと解決方法を指示する。


「別にこっちの世界の食べ物を食べたいなんて言ってないわ。石鹸みたいに元の世界から持ってくればいいだけじゃない。あっ、支払いは立て替えておいてあげるわ。あなたお金持ってないものね。」

確かにハーツは現金を持っていない。何故なら彼女の世界ではハーツは人体模型なのだから。逆に人体模型が現金を持っていたらびっくりだ。掃除の時間に生徒が誤って人体模型を倒してしまい、その内臓部分から札束が出てきたら大事件である。いや、結構噂にもならないか?それを見つけた生徒は絶対ネコババするだろうからな。うんっ、するよね?えっ、しないの?なんで?


しかし、仮に彼女が支払いを立て替えるとしてももっと現実的な問題があるのではないだろうか?そもそも彼女の世界ではハーツは人体模型である。なので動けないはずだ。仮に百歩譲って学校の怪談が如く動けたとしても人体模型がハンバーガー屋に買い物に行ったら大スクープだ。道行く人たちは逃げるどころかこぞって動画撮影を始めるはずである。まさにこれこそ国民総投稿記者時代の象徴である。

なのでハーツは彼女の申し出をやんわりと断った。


「あーっ、石鹸やタオルは美術室にあったから持って来たけど、さすがにハンバーガーは無理だよ。いや、店から持ってくる事は出来なくは無いが会計が合わなくなってレジ係がマネージャーから叱られるだろう?」

「そうなの?ハンバーガーの代金を私の財布からレジに入れ替えておけばいいだけなんじゃないの?」

「いや、今はレジも色々機能がついているらしいからな。電子的に取引履歴が残るらしい。魔法使い辺りならそれらを誤魔化すのも朝飯前かも知れないが俺には無理だ。」

「ふ~んっ、そうなんだ。と言うかあなたなんでそんな事に詳しいの?それも前任者のインテリさんの知識?」

「いや、これはあんたの学校の生徒たちが喋っていたのを聞いた情報さ。ほら、備品保管庫の外ってちょっとしたテラスになっているだろう?あそこって結構生徒たちがたむろしているんだよ。」

「あーっ、そう言えばそうね。」

彼女はハーツに言われて備品保管庫の外部にあるパブリックスペースを思い出す。確かにテラスは校舎側は一面が窓の無い壁で前の方は少し背の高い植栽で囲まれている。故にちょっとした密室状態な為、特定の生徒たちの間では結構人気のあるスポットだった。

もっとも備品保管庫は2階にあるので、生徒たちもまさか自分たちの直上から自分たちのお喋りに聞き耳を立てている者がいたなど思いもしなかったのだろう。これぞまさに盲点である。安っぽいミステリーによく使われるトリックだ。


「なら仕方がないわね、ハンバーガーは戻ってから食べに行く事にするわ。となればさっさと戻りましょう。」

彼女はそう言うと乾いた服を受け取り着替える。当然その間、羊姿のハーツは後ろ向きだ。

その後、彼女とハーツは小川から触手を倒した場所へと戻った。たが、何故かそこには彼女にバールにて昇天させられたはずの触手の残骸はなかった。ハーツ曰く、野良犬にでも食べられたんだろうとの事である。


「げっ、触手って食べれるんだ・・。」

「まっ、別に毒はないからな。粘液の媚薬成分も人間にしか効かないらしいし。」

「う~んっ、ますますご都合主義ね。」

「食物連鎖ってのは試行錯誤の結果構築されるものだからな。適者が生き残るのさ。そこから零れ落ちたやつは歴史にすら名を残せない。」

「はぁ、さいですか。でも歴史に名を残す事だけが人生じゃないのよ。美味しい物を食べ、楽しい事をして過ごせれば私はいいの。」

「その為にはそれ相応の努力と労力が必要となる。」

「ふふふっ、まぁ普通はね。でも私は選ばれし者なんでしょう?物語ってのは基本ハッピーエンドなのよっ!故に私の未来は薔薇色よっ!」

そう言うと彼女は片手でVサインを作り高々と掲げた。当然もう一方の手にはバールが握られている。


「うわ~、それこそ現実逃避のご都合主義だ。まっ、あんたがそれでいいって言うなら俺は何も言わないがね。」

「何言ってるの、ハーツ。あなたは私の夢を叶える為の生贄なんだから元々発言権はないのよ?」

彼女は嫌味を言ってきたハーツの頭にバールをちょこんと乗せて恫喝する。そんな彼女をハーツは小声で呪った。


「くっ、魔法使いめっ!なんでこんな猟奇的なやつを勇者に選んだんだよ・・。普通、勇者って善人なんじゃないのか?こんな自分オンリーなやつが勇者だなんて魔法使いのやつ、絶対ラノベの読み過ぎだ・・。」

「なんか言った?」

「いや、別に。さて、それじゃ帰るか。」

彼女の問い掛けにハーツはとぼける。まぁ、バールを頭に乗せられた状態ではそれしか選択がないであろう。


「はぁ~、触手に襲われるなんて大変な目にあってもご褒美もなしなんてがっかりだわぁ。」

「いや、だからそれって訓練だから。でも触手なんて可愛いもんなんだぜ?現実世界では戦争の狂気に当てられた男たちなんてまさに野獣だからな。あいつらどうせ死ぬんだと思っているからやりたい放題なんだ。」

「ふんっ、そんなロクデナシはこれで地獄へ送ってあげるわっ!」

そう言うと彼女は手にしたバールを天に向けて掲げる。その姿はまるで聖剣エックスリカバリーを大岩から引き抜いた勇者のようであった。


「はぁ、あんたも素質だけはあるんだよな。ただ性格がなぁ。」

「なんか言った?」

「いや、別に。さて、それじゃ帰るか。」

「ふんふっふ~ん、ハンバーガー、ハンバーガー。頑張った私に私からのご褒美はハンバーガーっ!よしっ、今日は奮発してデラックスバーガーにしよっ!」

「はぁ・・、魔物とはいえ命を絶った直後でその食欲とは・・。」

「なんか言った?」

「いや、別に。さて、それじゃ帰るか。」

そしてふたりは元の世界へと戻っていった。後には地面に倒れこんだ現地の女の子と羊だけが残された。多分女の子が目覚めた時には憑依されていた時の記憶は残っていないだろう。仮にあったとしても夢だったと思うはずである。

記憶とはまさに曖昧なものだ。だから逆に映像などにころっと騙される。その映像がCGなどで作られたものだと知らなければ人は割りと簡単に騙されるのだ。目で見たものが真実とは限らない。それが情報を操作できるようになった人間が直面した新たな真実なのだろう。


その後、元の世界へ戻った彼女はいつもの生活へと戻った。但しその日常ルーチンに異世界での精神修行というページが追加された状態でだ。そして彼女には、そんな感じの訓練がこれから3年の卒業式までの間ずっと続いたのであった。


異世界での精神修行。確かに普通の高校生が勇者になるには必要な事なのだろう。それを疎かにしては万が一の時に動けなくなるはずだ。だがハーツは読み違いをしていた。現代において『努力と根性』という言葉は既に死語となっていたのだ。

現代の若者はほぼ全てが、血も涙も無い悪徳領主の資質を持っている。つまり他人の功績の上前を撥ねて快適な暮らしを満喫するのが当たり前となっているのである。そして現代はそれを可能とするだけのシステムが存在している。ただ、その度合いにも幅があり、下位の者は自身の立ち位置に不服をもち上位の者たちを弾劾する。しかし、その序列は人生の中で学習試験という制度で選別された結果だ。


少数の上位の者が多数の下位の者の上前を撥ねて快適に生きる。これこそ現代版弱肉強食の定義だ。そんな定義を小さい頃から叩き込まれてきた彼女たちにとって、権力ヒエラギーの頂点に位置する王族、特に王子とのシンデレラストーリーはまさに最高の夢である。だが、その実現に『努力と根性』という精神論を伴わせないのが現代の若者たちなのだ。いや、結構昔の若者たちもこんなもんだったか?そうゆう意味ではいつの時代でも若いってのは『可能性』と『わがまま』を併せ持った不安定な存在なのかも知れない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ