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模擬戦

 



 外野の能天気な空気に忍びたい。

 他人の恋バナが楽しいのは男女共通だろうが、戦闘位置に立たされている叶雨は心底辟易していた。



 周囲の戦闘期待ムードに負けるまでの時間を延ばす為、力富達と鐘ヶ島の模擬戦闘を振り返った。


「初っ端力富の奇襲、どう視た?」

「声を出すな、と思いましたが……先生の実力の一端を体を張って知らせたようにも映りました。本人が何処まで考えて行動したかは、分かりませんが」


 時間を置けば多少落ち着くかと願ったが、八色の熱は籠るばかりだ。分析対象の力富が壁にぐったりしたまま、発表会は続く。


「遠距離から二人後詰に一人。もう少し自分の位置を考えて足が動いたら、一・二合撃ち合えたかもしれません」

「なるほど……、車を斬った際の技、分かるか?」

「……刃部分だけ複数具現しての、同時攻撃でしょうか」


 外野がどよめく、あの攻撃を見抜けた人間は少ない。()()()()()()()()()()

 力富を助けていなければ、答えられなかっただろう。


「持っていた剣が車に触れて斬ろうとするタイミングで、車を囲うように刃が複数展開されました。剣の速度に合わせて車を同時に斬り、車が斬れれば具現を解く。傍目には一太刀で車が細切れになったように見えました」

「よく見えたな、あれは決められた型に銀賦が自動展開されるよう反射を鍛えた。名を〝無残(むざん)〟。日常と非日常を区切る意識が必要なので、安易な真似はしないように!」


 後半は全体に向けた言葉だ。どんな時でも上段斬りがあんな物騒では、迂闊に剣も握れない。使い分けが出来るようになれば、強い銀賦が自然に使えるようになる。これからの授業に期待だ。


「後は、まあ……。前後同時攻撃を仕掛けた力富君を、先生が放り投げました」

「放り投げられた要因は何だと思う?」

「力富君が先生の虚をつきました」

「虚を突いた方法は?」

「……私からは見えなかったんで、推測でしか―――」

「言ってみろ」

「…………攻撃に使った水銀とは別で、少量の水銀を背中に隠し推進力にしたのかと」


 力富の銀賦が水銀だけでなく自己強化可能な知覚型の技を使えるなら、マーフィーとの小競り合いでもう少し負傷を減らせた、筈だ。元々の身体能力を誤魔化していたにしては、加速が極端だったように感じた。

 消去法になるが銀賦で自らの背中を押したと推測する、避けられない距離でだ。

 他に力富個人の技量で出来る加速方法が、叶雨には思いつなかったのである。どうやら鐘ヶ島の満足のいく返答ではあったらしい。


「良し、悪くない観察力だ」

「有難うございます」

「それで。お前ならどうする?」


 叶雨の分析会を承諾したのはこれが狙いだったのか!?

 時間を消耗させ程々で授業の遅延を進言するつもりだったが、鐘ヶ島が聞いた()()()()()()()()()()という質問は拙い。

 力富をフォローする言い方では、点数稼ぎや仲の良さアピールに聞こえる。逆に粗を探して改善点を具申すれば、力富を貶めていると取られかねない。誰に取られたら困るかは、言わずもがなだ。

 心底争いの火種を派手にしたい性分なのだろう、笑みが深くなったように見えた。

 間を空けすぎると、外野から会話の裏を探られる。脳内で必死に無難を組んだ。


「……とても、難しいですが……。まず一人なら降参します。先程のメンバーで挑むとしても、近距離中距離は怖いので奇策に頼るかと……」

「奇策とは?」

「一例としては、他のメンバーに足止めを頼み私は()()()()()()()

「はあ!?ふざけてんの!?先生ごと力富殺す気!?」


 友達に宥められていた八色が、話しに割って入った。力富以外のクラスメイトを無視した怒声に、呆れるような感心するような面持ちになる。鐘ヶ島は止めず、目で先を促した。


「あくまで一例です、先生が生徒を傷付けない行動をしていた事を前提にしています。実際先生は銀賦以外への攻撃には、全く力を込めていませんでした」


 ()()()()()()()、授業で危ない目に遭いそうな生徒を捨て置かないだろう。


「蹴られてたじゃん!?」

「あれは走って来た生徒の進行方向に、伸ばした足を置いただけです。先生が本当に蹴っていたら、保健室どころではなかったと思います」

「そうだな、あれが蹴りに見えたなら心外だ。俺の蹴りは内臓の一つや二つ楽に潰せる」

「―――!?」


 鐘ヶ島の遠回しではない節穴発言が、八色の怒りを煽る。叶雨の挑発発言も悪かった、煽りを助長するような言い回しで嫉妬の視線が燃え上がった。

 入学初日の力富の忠告は現実になった。しかしあれだけ無実の怒りをぶつけられたら、叶雨でなくとも挑発気味の言動になる。相手の言い掛かりが過分ならなおの事。


「しかし、今の例も第三者の後出しに過ぎません。実際の戦闘でいきなり戦えと言われて戦える者は少ないかと……。部外者だからこそ言える戯言です」

「それは確かめれば分かる事だ」




 走っても一秒では届かない距離を空けた目の前には、憤怒の光を瞳に宿す女子高生八色。時計は無いが腹具合で、恐らく授業時間残り三十分前後。外野の興奮と鐘ヶ島の先導で、余儀なくされた開戦の舞台。

 逃げられないと諦め、八色の手元の金鉱石に注目した。


 銀賦という名が付けられてはいるが、この技術で最も幅広く使用されているのは金だ。鉱石市場に大地震を起こした歴史もあるが、それはいずれ授業で習うだろう。

 金鉱石は銀賦の生造型に特化した石力を持っている。複数の型にそれぞれ適した鉱石が存在し、生造型は読んで字の如く物質を生み造る力の事だ。銀賦を使用する者の大半がこの型を使い、又使う事が出来る。

 銀賦使うから金寄越せ、なんて造語が在るほどだ。きんと読むか、かねと読むかは状況によるだろう。


 嫉妬の目から逃れる為に八色の授業の様子、細かく言えば八色の銀賦を叶雨は知ろうとしなかった。だが金鉱石を持って、というか潰さんばかりに握っているので十中八九生造型だ。何かを生み出しそれを戦闘に利用するだろう。

 予想でしかないが三年生のマーフィーと違って、最近まで叶雨らは普通の中学生だったのだ。銀賦に反映できる殺傷能力の高い物を、日常的に触れていたとは思えない。ここで銃とか具現されれば降参しかないだろう。マーフィーの時は力富と二人で、叶雨自身の戦う理由が有ったからだ。

 鐘ヶ島が何かあれば割って入れる距離で、片手を上げる。


「模擬戦闘……始め!」


 最後の一文字が発せられる寸前で手は下がり、同時に八色の銀賦は具現されていた。

 アウト寄りのフライングで現れたのは鏡だ、叶雨と八色の間に脚と台が付いた全身鏡が具現される。大きな鏡が叶雨から八色を遮り、その頭上を何十という鏡が埋めた。






 いける。

 友達の心配を振り切って申し込んだ模擬戦闘はあっさりと快諾され、八色蜜葉(みつは)の恋情を応援してるようだった。思い付く限り一番効果が有りそうな銀賦で初撃を見舞う。

 壁として利用した鏡は、母方の実家に今も置かれている化粧台だ。


 母子家庭の蜜葉にとってただでさえ少ないお母さんとの時間を奪う化粧台は、子供ながら嫉妬の対象だった。一度真っ赤な口紅で鏡を落書帳にし、人生最大の雷を貰った位だ。

 とても怒られて、その声に負けない大声で泣いた。最後には折れたお母さんに抱かれ、久し振りに寝るまで傍に居てくれた事をよく覚えている。

 お母さんは住む場所を転々と変えたので、化粧台も同じだけ違った。五歳頃の蜜葉でも使えそうな高さも有れば、三人位が横並びで使えそうな鏡も知っている。あまりに姿を換える化粧台は、次第にやきもちより親近感が湧くようになった。

 昼も夜も家に居ないお母さんに代わり化粧台へ話し掛け始めたのが、世間では小学校に入らなければならない年だったろうか。


 他人を簡単に信じちゃ駄目、自分の事は自分で出来る様になりなさい。

 お母さんの口癖だった。実家に蜜葉を預けて二度と帰らなくなった母の、最期の言葉でもあった。



 相手の上空に覚えている限りの化粧台を具現した負担が、勝利の確信に飲まれる。視界を濁す霧は、作戦の達成感に負けたのだ。


「紅!」


 力富の声に一瞬の躊躇、それを上回る怒りが血圧を上げる。狭くなる視野、上がり気味だった視界と合わせて、蜜葉は成り行きを見ていなかった。


 胸の下辺りに添えられた拳、怒りの対象者が何も考えていない顔で立っていた。


「……そこまでだ」


 敗北を受け入れられない以前に、状況も分からなかった。背を向ける相手が横切ったのは、壁として具現した倒れている化粧台だ。

 授業を締める鐘ヶ島の音頭も、心配する友達の声も蜜葉には聞こえない。


 後に知った戦いの流れは単純だった。開始の合図が響いた瞬間具現されていた壁役の化粧台は、叶雨の視界を遮ると同時に蜜葉の視界も遮ったのだ。

 蜜葉が相手の居るだろう位置に鏡を降らせる為視線を上げた時、その相手は蜜葉へ走り出していた。鏡はあっけなく押し倒され、相手は蜜葉へ真っ直ぐに走る。投げ飛ばされた力富をキャッチ出来る程の運動能力で、最速勝利を収めたのだ。

相手を圧し潰す筈だった何十の鏡は、何も無い地面で砕け消えただけ。


 女子更衣室で脱力し、感情が喪失していく。

 証明したいと意気込んでも、現実は蜜葉の望みを叶えてくれない。あれだけ信じた自分に裏切られたような、力が抜けていく自分の心。

 ホームルームが終わる時間になって、やっと腰に力が回った。


 立ち上がった蜜葉の横で、扉の開く音が聞こえる。



「許せないでしょ?」



 男か女か、中性的な声が蜜葉の心に問いかけた。


自分(ひと)の男の横で笑って、盗人が自分より幸せなんてさ。……ね?」


 言葉が心の傷に染み入って、痛みとなり感情を再び刺激する。思考を停止させた蜜葉に、痛みを疑問に感じる余地は無かった。


「ちょっとだけ―――やり返したいって思うよね?」


 黒いキャラクター帽の触覚が、傾いた頭に釣られて揺れた。






 賦力基礎の授業後姿を見せない八色が気になったが、用事も有り叶雨は早々に教室を後にする。


「さっきの授業、何で紅が八色と模擬戦してたんだ?」


 背中に九割寝ている伯崎を引っ付けた力富が、横に並んで不思議そうな顔をしている。眩暈から回復した時には睨み合っている段階だったらしく、原因の本人が経緯を聞けないでいた。恋愛経験は皆無で人付き合いも豊富と言えない叶雨には、話すべきかの判断がつかない。

 返答を濁し、話題を無理矢理変えた。


「時間があったからやらされただけ。それよりこれから行くとこ」

「ああ、名前からして面白そうだろ?新発見部って」


 放課後の校舎を満たす生徒の賑わい、高校生活の青春代表である部活動が、賦力第三高校でも盛んに行われていた。

 この学校は部活動を強制していない。しかし部活動の利点は多く、部活に所属する生徒は全校生徒の九割を超えていた。

 成績は勿論、部の活動に関係した進学や就職先の融通。驚く事だが部活ごとに、購買で割引の対象になっている商品が在るのだ。運動部なら体をサポートする商品、文化部なら勉強道具等。

 部活を指導する担当教員が上の許可を得て実行する、寮生活が大半の学校らしいご褒美だ。それを知った力富が、部活見学に叶雨らを誘った。


「名前だけだと活動内容が全く想像出来ないな……」

「説明も銀賦やそれ以外で新しい発見を探す、としか書いてなかった。部活紹介とか無いからなここ」

「部活が強制じゃないからね。ていうか伯崎連れてくの?」

「誘ったら頷いたからな!」


 それ眠くて頭が揺れただけでは、と思ったが証拠も無いので口に出さない。中央校舎の左から伸びる渡り廊下を歩き、西校舎へ。

 賦力第三高校には旧校舎である北を除き、中央校舎の南と東西で三つの校舎がある。最も大きい中央校舎に普通教室や職員室が、東西に特別教室や体育館への渡り廊下、といった構造だ。

 ただでさえ特別な教育を基準とした面積の校舎が五階建て、それが三つ。プラスで三つの体育館と訓練場、更に校庭や屋外スペースを含めれば一年使っても利用しきれない設備の数々。性能と新品の量に、投資した人間の期待が火のように明らかだった。


 西校舎の端の端、音が一切無い一室の扉に新発見部の看板。何度ノックしても返事は無い、留守なのか文化部なら活動の無い日なのか。力富がドアノブを回すと普通に開いた。


「……失礼しまーす」


 開いてしまったので挨拶するも、やはり人は居なかった。大きさに関わらず物が所狭しと放置されていて、希少か判断できない機械も多い。不用心だと思わざる負えなかった。


「物置みたいな部屋だな」


 引っ付き虫だった伯崎が、ふらふらと機械に近付く。好奇心には睡魔も負けるのだろう。

 背中が軽くなった力富は、部屋と同じ汚い机の上から何かを取った。紙だ。鍵を掛けていない部屋とはいえ少し不作法だと咎めたが、当人は手元から意識を戻さない。


「力富?」

「……これ、心当たりあるか?」


 渡された紙には、何故か叶雨宛の内容が書かれていた。心臓が嫌な跳ね方をする。



【一年一組紅雫叶雨様 貴方の力について、お話しをしましょう。裏面に描かれた場所までお越し下さい。 近嵐未尋】



 椅子の背もたれに、皺の目立つ白衣があった。




閲覧有難う御座いました。

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