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単位

 



 賦力基礎は、賦力の名を借りた軍隊訓練だった。疲労して無駄な体力を消費出来ない状態でこそ、真の己を見出せる。鐘ヶ島の理論に基づき、全員がぶっ倒れるまで走らされた。

 最初のマラソンで叶雨は六・七番目まで残ったが、力富は最後まで走っていた。最後の一周で鐘ヶ島に煽られもう一人と勝負した時は、他の生徒も歓声を上げるヒートぶりで授業を忘れさせる。ゴールラインを同時に転がり通った後、二人は固い握手を交わした。


 直立不動も困難な疲労の生徒を前に、拳大はある鉱石が多種広げられた。金銀銅と、他の鉱石も乱雑に箱の中で積まれている。銀賦の存在を皮切りに鉱石の価値は上昇の一途、これだけの量なら高級車数台は買えるだろう。教師にそれを聞く猛者は流石にいなかったが。

 多種多様な鉱石に触れ、己だけの星、可能性を模索する。こればかりは的確な助言は難しい。疲労し無駄を削いだ思考を総動員して、無意識の自分と向き合わなければならなのだ。精神の疲労も蓄積される。

 ある者は石を凝視しある者は振り回しある者は転がす。多感なお年頃には確信を具現しろと言われても、これまでの日常とは別世界に等しい力の発現だ。歩みの幅も十人十色、しかし出来なければ退学である。


 体を痛めつけ頭も酷使する授業、五回目にもなると嫌でも慣れなければやってられない。繰り返し慣れてくると、他の事にも意識を向けられるようになってくる。

 とある女子も慣れてきてやっと、他に意識を向けられるようになったのだろう。


「良し、石を持て!前回反応が無かった者は、違う種類の鉱石を探すように!」


 体力を削られた後に出される石の小山から、叶雨は鉄塊を掘り当てた。金も銀も前回前々回に試しているのだ。


「結局知覚型に一番適用してる鉄かよ、違うタイプもやってみるとか言ってなかったか?」

「生造型なのに銀使ってる奴に言われたくない。そっちこそ他の可能性は試さないの?」

「いやー先入観ってあれだな、ヤバイよな?金だと思って使ってた鉱石が金色に塗っただけの銀鉱石とは……子供ながら昔はかなりショックだったわ」

「思い込みで銀賦使えるなら、そういう教育方針も有りかもね。そのせいで他の鉱石疑っちゃって、全く反応しないのは考えものだけど……」

「どうせ銀使えるなら反魂型使いたいんだけどなあ。……なあ、さっきから気になってたんだけど」

「何、あんまり喋ってると鐘ヶ島先生の剣が飛んでくるよ」

「……お前スゲー睨まれてね?」

「半分はあんたのせいだ」


 最近事有る事に、無くても視線を刺してくる女子。嫉妬と憤怒で触覚に作用する勢いの視線の主は、力富からは見えない角度で叶雨を射殺さんとしていた。

 気のせいかウェーブの掛かった茶髪が、怒気に呼応し揺れている。


「確か、八色(はちしき)、だっけ?女子ん中ではよく話し掛けてくる奴」

「マジか、その程度の認識なんだ。あんなにアピられてて……」


 二人で学食に行けば、三回に二回は乱入してきた。休憩時間にもあれだけ特攻されていたのに、当の本人は苗字さえ曖昧なのだ。同情する。

 憐れみに気付かれたのか単純に力富と会話しているからか、視線に強い敵意が嵩増しされていた。少々行き過ぎているが、恋する女子高生ならではの感情だ。巻き込まれる側としては、堪ったものではないが。

 鉄の凹凸を指でなぞり、力の脈動を探る。


「何した?早く仲直りしとけ」

「直すような仲でもないけど、多分土下座しても無理かな」

「そこまでか!女の喧嘩はこえーな」


 現在進行形で悪化させている本人に言われると、加害者でないにしろムカつくものがある。いっそ話すかと口を開き、鐘ヶ島の集合指示に中断された。

 まだ鉱石に対するアプローチ時間だ、授業の終了には早い。


「銀賦への認識で行き詰っている者が居るようなので、模擬戦闘を行う。参考にしろ」


 戦闘。現実にはとても馴染みが無いが、銀賦の使用で最も実働的と言えた。

 瞬間的な現実世界への誤認で、あらゆる角度から結果に干渉する銀賦。一瞬の駆け引きで消耗する物を完全に補填出来る銀賦は、安易な戦闘理由を世界中に撒いた。


 人の命を左右させる物が、あまりに容易く手に入る。

 ならば身を守る手段が同じ銀賦である事は、当然の流れなのだろう。


 しかも世界の修復力によって、命を奪った物は跡形も無く消える。これ程便利な軍事技術は無いだろう。銀賦が技術として国を繁栄させる限り、未来を担う子供にその技術を教えない訳にはいかない。戦闘の経験取得は、銀賦に関わる全ての者の義務である。

 最初の授業から度々出していた剣を生造し、生徒を一瞥した。


「相手は何人でも構わんが、最低でも銀賦を多少使えなければ許可しない。誰か希望者はいるか?」

「はい!俺行きます!」


 予想していたが力富が真っ先に手を上げた。続いて一緒にゴールラインを割った男子も手を上げ、無言で手を組み交わす。イケメン力富に呼応して揺れる女子が居たが、鐘ヶ島の一睨みで沈黙した。


「紅雫、お前はいいのか?」

「……ご期待に沿えず申し訳ありませんが、自信が無いので遠慮します」


 言葉の中に隠された意味を理解し、鳥肌が立った。興奮ではない、学校の今後の教育体制に対する不安である。

 授業中叶雨は銀賦の座学でも基礎でも、目立った動きはしなかった。出来なかったが一番近いが、授業を受けるようになってからは一度も、鐘ヶ島の関心に留まるような行動はしていない。断言出来る。

 が、もし心当たりがあるとすれば()()()()()()()()()()()()だろう。

 今の一言で学校側から、あの規模の問題は見て見ぬふりをしていると言外に語られた。目で追い切れない速度で()()()()()を撃ってくるような喧嘩なら、()()()()()()()()()()()()()()()()

 恐ろしい教育体制、そんな監視下で三年間生活しなければならない。その意味の重さに、鳥肌が消えない腕をさすった。


「そうか……。では掠り傷でも俺に浴びせられたら、前期の銀賦基礎の単位をやろう。どうだ?」


 この教師は生徒を煽るのが趣味なのか、乗って来た生徒を見て悪い笑顔を作る。自信があるとはいえ半年間自分の授業をサボっていいとは、教師としては失格だ。


 肝心の叶雨は釣られなかったが、六人の生徒を選び戦闘の位置に着かせた―――


「らあ!」


 事を確認する前に、力富が殴り掛かった。銀賦を発動しなかったのは、罪悪感がゼロではなかったからか。開始の合図を待たない奇襲に、鐘ヶ島は平然と手首を掴んで止めて見せた。

 顔面コース途中の拳は押しても引いてもビクともしない、腕力でも完敗した力富はゴミのように投げられる末路を辿った。受け身が不完全だ、あれは暫く動けまい。


「どうした、他も早く来い!」


 不意を打とうとしていた力富を当然と受け止め、動かない五人を叱咤する。叱られた生徒の内三人が、弾かれたように動いた。

 一人は野球の素振り動作から、球が当たる瞬間だけ具現されたバットでボールを打つ。どちらも三秒しか保たないが、ピッチャーからバッターボックス程度の距離だ。十分攻撃としてお釣りが出る。

 二人目は車だ。具現出来るギリギリまで近付き、鐘ヶ島の頭上に出した。青いキャンプカーがただ落ちるだけだが、質量を想像すれば野球ボールより余程危険である。

 三人目は力富と競争した男子が、鐘ヶ島の背後に回り込む。遠距離からの銀賦を行使出来ない以上、二人の攻撃には乗っかれない。ならば波状攻撃を仕掛けるだけだと、ボールと車の行末に注視する。


 瞬きもしていない筈だが、細切れになった男子二人の銀賦が忽然と現れた。

 叶雨の目には、剣を縦一閃したようにしか見えなかった。


 攻撃をしたのだと、それしか分からない。背後に回っていた男子が、無言で急襲する。奇襲で声を出した力富に見習わせたい。しかし急襲が剣の間合いに入る前に、鐘ヶ島の長い足が男子の鳩尾を抉った。


「っ!!?」


 突っ込んだ勢いだけの力が入っていない蹴りで、最初の位置より遠い場所まで転がされる。何もしていない残り二人にも、足元へ投げられた牽制が戦力外通告となった。へたり込み、完全に威圧されている。

 遠距離攻撃をした二人は、銀賦を無理矢理消された衝撃で膝を着いていた。冷静に無力化した生徒を見回す鐘ヶ島に、銀の弾丸が飛ぶ。


「水銀か……!」


 パチンコ玉の雨に剣を合わせて振り被る、視線は背後から低姿勢で迫る力富に向いていた。タイミングは水銀の弾丸を切り落としたと同時に背後から攻撃、()()()()()()

 叶雨でもそう感じるのだ、力富も表情を苦くする。一振りの風圧で弾丸を切り落とした剣が、動作を延長させ背後の力富へ流れていく。力富の奇襲がまた防がれる、その境目にあった後一歩が()()()()()()()()


「ぽ?」


 叶雨の隣に居た伯崎も珍しく目を開いていたのか、力富の動きに驚嘆を呟く。その加速が剣の間合いの内、拳の間合いをたった一歩で現実にした。


 届く―――!


 力富の渾身は、剣から外された片手に掴まれた。

 剣より速く後ろに着いた片手が、迫る拳を流す。低姿勢から顔面に繰り出される上方への攻撃は、方向も力も維持されて流された。拳の持ち主も流した本人も反射で動いた為、驚くような高さまで投げられる。

 力富の体が地面を離れた瞬間、叶雨も反射で走っていた。


「しまった!」

「あ―――」


 訓練場を照らす天井付近の窓、自然に投げられた力富は受け身の思考を地面に忘れていた。激突コースの両者間に、叶雨は身を滑り込ませる。()を使って勢い良く走れば、数メートルの壁走りは容易だ。マーフィーに砲弾を投げるのに跳躍した時よりは。

 窓硝子を足場に、力富を受け止める。


「ぐぅ!?」


 細マッチョである事実を思い出し、予想以上の重力に歯の隙間から呻き声が溢れる。このままでは硝子が割れると視て、()()()()()()使()()()

 勢いを受け止め切って、重力に引かれる。女子力を捨て足を開き、衝撃に備えた。


 ドンッ!!!

「うぐぅ―――!?」


 己より巨体な異性を抱いての着地に、衝撃の相殺が間に合わなかった。何回も人前で()を使う事に、無意識の制御が働いたのだろう。痛みを甘んじて受けた。

 天地が定まらない力富を、痺れる足で何とか壁際に運ぶ。振動を与えない様下ろす叶雨の背後に、男子を担ぐ鐘ヶ島の影が重なった。


「大丈夫か!?」

「はい。ちょっと目が回ってるだけです、少し休めば大丈夫かと」

「そうか……助かった、予想以上の健闘に体が無意識に動いていた」

「流石に浅慮だったと思います。先の投げは普通に大怪我します、双方の同意の上なら何も言いませんが、授業では止めて下さい」

「そうだな、()()()()。他に怪我人はいないな?模擬戦闘はここまで―――」



「先生!!」



 言葉が針となって、区切ろうとする空気を刺し止めた。

 火だ。

 毛先を焦がす感情の熱が、隠しもせず叶雨を焼く。炎に囲まれたと惑わされ、嫉妬に狂った陽炎で背筋が炙られた。冗談では済まない熱だ。

 眼光で人を火刑に処すような、八色の激昂が場を凍らせた。


「……模擬戦闘、生徒同士でやっていいですかぁ?」

「ふむ。いいだろう、内容によっては成績に加算しよう」


 鐘ヶ島は女子生徒の敵意の色を把握し、矛先を分かっていて許可した。理由などどうでもいいのだろう。そこに戦いの火蓋が在るのなら、アルコールを撒かずにいられない性分なのだ。

 八色の嫉妬心に、戦闘狂(かねがしま)が味方した。


「紅雫、さんとの模擬戦闘を希望します!」


 とても嫌です。

 空気を読める叶雨は、本心が漏れるのを堪える。学校選びをやり直せと、過去の己を殴りたかった。




閲覧有難う御座いました。

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