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銀賦

 



 国立賦力第三高等学校。

 第三まで創設された国立は、その名のまま賦力を専門にする学校である。

 賦力とは何か。

 門を叩く者達の大半は、それを知らずにやって来る。入りさえ出来れば、()()()()()()()()()のだ。未知を前に足踏みせず進める者に、この学校は知識を惜しまない。


 午前の座学。高校の基礎授業と並行して、〝銀賦〟の科目がある。言わずと知れた学校の創設要因だ。


「銀賦とは、特定の条件を満たした鉱物から発生する石力(せきりょく)と、人間が発する異力(いりょく)。この二つが重なって生まれる界力(かいりょく)で起こされた、五次元干渉による特異現象」


 教科書を読んでいる生徒も、どれだけ理解しているか不明だ。殊更に強調された力の単語、過分ではない。秘められた未知の可能性に、奇跡も破壊も等しく込められているのだ。

 朗読した生徒を座らせ、賦力講座担当教師が尖った形のサングラスを掛け直す。


「昭和初期に発見された隕鉄の周辺から、不自然な種類と量の鉱石が採取された。幾つもの新しい鉱物が発見されたかの事件が、銀賦初まりの歴史とされている。隕鉄から発せられた石力が布井理論によって環境異力と干渉、界力として五次元に作用した結果、鉱物一覧表を百年分早送りさせた。基礎中の基礎なのであえて言わなかったが、異力とは一定の脳波数の電位変動中に漏れる視認不可能な波動の事を指している。それが精神にも深く関係している事は、これから実技を交えて行けば全員が体感する」


 教卓には教科書と何かの資料、そして最終入試で叶雨達が触った石が置かれていた。教室の生徒全員が今の説明にあった、特定の石だと推察している。石力を発し、持ち主の放つ異力に反応して五次元を騒がせる物だと。

 退屈防止の一環か、ペンを下ろしその石を掲げた。注目度が跳ね上がる。


「五次元とは、並行したもう一つの可能性の現実、だとされていた。その考えが理論化されたのは、ひとえに銀賦による化学推進の成果だろう。現在はこの法則を疑問に思う者はいない、事実在ったかもしれない現実を物質として界力が証明してみせたのだから……」


 眼鏡の位置を指で直し、持っていた石が()()()()()()()()()()()()最後には()()()()()()()()。教卓に石を戻す。


「この石は試験にも利用された、銀賦の触媒に運用される鉱石を混合させた物だ。様々な種類の異力に敏感に反応して、形状や構造を変える。試験ではこれに何らかの変化を与えられた者は合格、変化を表せられなかった者は保留、と判り易い基準で行われた」


 教室内で暗い雰囲気を出す生徒が十数名、一人は保健室へ連れていかれた女子生徒だった。教室の机が余らなかったので全員合格かと思っていたが、青ざめた顔はそんな事情だったらしい。賦力学校の入学倍率を知っていれば、入学保留宣言はきついだろう。

 無理矢理合格して良かったと、明るい心境で授業に集中する。


「しかし正式にこの学校の生徒になった者も、退学の危険が消えた訳ではない」


 心読まれた。


「期末試験には中間と合わせて、必ず合格の最低ラインを設けている。それを下回り更には補習でも望みが無いと判断された生徒は、普段の授業態度がどれだけ高評価でも退学になる。肝に命じておけ」


 生徒会長の激励が頭を過ぎる。常識が刻一刻と塗り替えられる感覚は、気持ちの良いものではないが決して不快なだけではなかった。叶雨を含めた複数の生徒の胸に眠る、年齢に相応した負けん気を覚ます呼び水として実に有効だ。

 午後の実技では負けず嫌いが表面化されるだろう。



 とても名残惜しいが鯖味噌煮定食を腹七分目に納め、体操服に着替える。女子更衣室は手洗い場に並ぶ、女子の聖域だ。異性にはとても聞かせられない胸の内を、同性というだけでつまびらかにしていた。

 背後の高い声で語られるえぐい会話を無視して、脱いだ服をハンガーにかける。入学初日に破損した制服は、寮の管理人に頼むと翌日の早朝に新しくなって送られていた。

 本当にあの騒動は教師の目に入らなかったのか、入っていたとしてアフターケアだけで放置なのはどうなのか。学校の教育方針には、叶雨の常識が通用しない。同じく綺麗な制服で登校した力富は、学校の対応にただ感心していた。


「やっぱり力富がナンバーワンっしょ!」

「私は二組の星河君!」


 思い出していた男の名前が鼓膜に入り、勝手に盗み聞きする態勢になってしまう。隣では倒れる一歩手前の顔色をした女子が、肩を大きく跳ねさせた。


「三組もチラ見したけど、話しやすさと顔の総合判断で断トツだから!わざとぶつかったけど体もヤバい!めっちゃ抱かれたい!」

「細マッチョだったの?何それアガるんですけど」

「あー駄目だかんね!?ウチが狙ってんだから!ウチより乳無い奴は去れ!」

「巨乳好きなんて長続きしないし!」

「そのまま押し倒せば勝てるもん、乳嫌いな男はゲイっしょ!」


 かなり具体的かつ妄想入った意見が飛び交っている。聞いていて気分が悪くなるので、早々に更衣室を退出した。授業時間の十分前である。


「だからさー、邪魔な奴は合法でやれるんだってこの学校―――」


 閉じる寸前まで内容が恐ろしかった、早足で更衣室から離れる。

 校庭は学校行事に使用され、実技は訓練場で行われるらしい。玄関に建てられている案内板で、今日の実技場所である第二訓練場を目指す。テーマパークに匹敵する敷地には、地図が無ければ遭難者が出かねない。実際過去に三日間行方不明になっていた生徒が、いたとかいないとか。


「紅!早えな、第二ってこっちで合ってんの?」


 話題の細マッチョが現れた。下心ではないが、つい全身を観察する。

 男女でデザインの違いは無い、半袖長ズボンの黒寄りワインレッド体操服。制服程良い色ではないし、正直格好良くはない。だが女子達が注目していた筋肉は、半袖の上からでも僅かに布を押し上げて主張していた。

 ちょっと騒ぐ理由が分かった、これで顔もトップクラスなら仕方ない。


「看板見ながら行ってるんだし合ってるんじゃない?それより後ろに誰かいない?」

「ああ!ほら、あのずっと寝てた奴!机から微動だにしなかったから引っ張ってったら、一瞬で体操服に着替えたんだよ!んで連れて来た!」

「その経緯に至った理由が理解出来ないのは私が悪いのか?」


 入学式も今までの授業もほとんど寝ていた男子生徒、伯崎はくざき啓檎けいごは力富の背に頭を押し付け歩く以外の行動を任せきっている。振り払わない力富の器のデカさには、感嘆と呆れが沸いた。


 怠惰なくっつき虫を放置し案内に従うと、目当ての建物が見えてくる。倉庫と手洗い場、そして一つの巨大な空間だけの正に訓練場。トラックの線が引かれており、一周四百か五百メートルはあるだろう。

 時間まで無駄話に興じていると、背中に不可視の氷が刺さった。氷の視線は更衣室で力富を一番だと言っていた女子生徒からだ。爪の先まで手入れに余念がない女子からの視線は、先日叶雨たちを襲った野々の殺気に似ていた。

 教師の出現に、生徒は自然と集まり固まる。


「集まっているな。最低でも半年間このクラスの賦力基礎を担当する、鐘ヶ島(かねがしま)斐都(あやと)だ。この授業は半年後に選ぶ選択科目の為の足掛かりとして、最も多く時間割に組まれている。承知した上で、相応の態度で臨むように」


 二十代後半の精悍な顔をした男性教師である。女子の雰囲気が軽くなる気配を察知したが、力富押し女子の表情は変化無し。面食いと思っていたが、もしかしたら更衣室での話しは本気なのだろうか。


「賦力とは銀賦使いの総合能力値を言う。それを鍛え己の星を見極める。この学校に入学したのなら、唯一無二を創り出す義務が在ると心得ろ!」


 袖を捲り、手首の輝きで生徒を照らす。腕時計のようにも見えた。瞬間、西洋剣が顕現し地面に切っ先を埋める。異力による完全制御された銀賦だ。


 肌に媒介として運用される鉱石が接触している場合、無意識に未制御の異力が反応する事がある。誰でも持っていれば暴走する訳ではないが、この学校に選ばれた生徒なら可能性は有るのだ。なので鉱石の所持には国家資格が必要である。その資格を得る試験への挑戦も、学校の教育課程に含まれていた。

 早ければ二年後半、三年の前期には必須講習となっている。全員が合格は出来ないが、賦力高校の生徒合格率は毎年八割強。受験可能年齢が十六~二十九だと知れば、驚異の合格率である。

 資格を得ても三級二級とあるが、二年になってから考えよう。


 洗練された銀賦の行使に、既に銀賦を嗜む者はそうじゃない者より驚いた。銀賦に触れている者達にとって、剣という物質の具現がどれだけの壁を孕んでいるか、言葉が出ない程分かっているのだ。


「そこの生徒、名前は?」

「あ、アリーズ・アッシェンテです!」

「銀賦は何が可能だ?」

「えっと……理論上、人間が考え得る全ての可能性の具現です!」

「では何が不可能だ?」

「人間の想像範囲を逸脱した、存在値零の具現です!」

「悪くない言い回しだ、復習の賜物だな」

「ありがとうございます!」


 存在値。銀賦では証明された可能性の数値であり、零は絶対に存在しないと賦学上で断定された事を意味する。存在値が零のモノはどれだけ力と努力を費やしても、具現不可能だと言われているのだ。


「例えばこの剣。普通なら此処に存在しないが、剣という物自体の存在を俺は知っている。つまりこの場にある筈だと確信して異力の操作を行えば、五次元世界の法則を一時的に利用し具現させられる。信じるだけでは足りない、確固たる信念が曖昧な可能性を現実に昇華させるのだ。そしてこの法則を自在に使いこなす者が現れた時、()()()()()()()()()()()()()()()()()


 可能性が思考と成り、電気となって体を駆け巡った。存在の値さえ確定させれば、星すら創り出せる。これだけの力だ、()()()()より余程―――。


「しかし、それだけの力。世界への干渉は、代償無しには在り得ない。銀賦が世界の在り方を一部歪めてしまう力なら、抵抗する力が生じるのも道理。説明出来る者は居るか?」

「はい!」


 数人が手を上げた中で、一人だけ大声のオプションが付けば目立って当然だ。


「名乗ってから説明を」

「はい!力富・シルヴァーです!自分達が現在認識している三次元世界を超越し、銀賦は五次元干渉による可能性の具現を行います。その際現在の世界が異常な可能性の力を感知し、異物を排除しようと修復を施すような動きをします。この干渉を拒絶界応(きょぜつかいのう)と言います!」

「名称まで言えるとは思わなかった」

「ありがとうございます!そしてこの拒絶界応に抵抗し異力を操作する行動を、反抗界応(はんこうかいのう)と言います。これらの銀賦行使に必要な異力の操作は勿論、反抗界応等の銀賦使用に必須な技能の力を総称して、賦力、と呼んでいます」

「期待以上だった、有難う」

「はい!ありがとうございました!」


 拒絶と反抗は、銀賦を学ぶなら避けては通れぬ問題だ。力の大小に関わらず、使い手の壁となって邪魔をする。剣を具現して既に二分は経過している、それだけで鐘ヶ島の力量は察して余りあった。


「八・十五・六十。この数字は初心者が乗り越えるべき銀賦維持の秒数だ。六十秒を超え維持した者は、唯の人から超越した存在になったと言えるだろう。銀の称号を欲するなら、全力で挑め!」


 知らなかった生徒も、この激励で教師の力の一端を知った。鐘ヶ島斐都は間違いなく、銀賦を使う者としては最高峰クラスの実力と経験を持っている。改めて背筋が伸びた。


「では準備運動だ。トラックをざっと十周、さあ走れ」


 四・五キロメートルを準備運動と言ってのけた鐘ヶ島へ、咄嗟に文句を叫ばず堪えた己を叶雨は凄く褒めたかった。




閲覧有難う御座いました。

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