7話
「神野君、放課後職員室に来られる?渡したいプリントがいくつかあるんだけど」
「分かりました」
最後の授業が終わると、そう担任から声をかけられた。
まあ、急な転校だったし何かと渡すものがあるんだろう。
めんどくさいなぁなんて思いながら帰り支度をしていたら
「ねえ、神野君」
音無さんから声を掛けられた。
「何?」
「もし放課後帰る途中、桜木さんと一緒に荷物を調理室に運んだ後、桜木さんから花見に誘われたら明日の昼休み図書室に来てくれない」
「随分具体的な仮定だね。でもなんで?」
「なんでもよ。それがあなたの為でもあるの。じゃあ、また明日」
そんな意味深なことを言って音無さんは帰って行った。
なんなんだ、あの人は。
厨二病かなんかか。
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職員室での用事が終わり、帰ろうとすると桜木さんが重い荷物を運んでいるのが見えた。
これを運ぶと桜木さんから花見に……はっ、一瞬、音無さんのこと信じかけてしまった。
そもそも重い荷物を運んでるからって運ぼうかなんて言える間柄でもないし、このまま帰ろう。
人生には重要な選択肢がいくつも存在する。もしかするとこれが人生の大きな選択肢の一つだったのかもしれないな。
そう思いながら俺は寂しく校舎を出た。
「あら、神野君今帰り?」
「まあね、桜木さんはその荷物どこに持って行くの?」
「調理室までよ。近所の農家の方から野菜を貰ったの」
「重そうだね。よかったら調理室まで俺が持とうか」
「そんな、悪いわ。それに帰るの邪魔しちゃ悪いし」
「いいよいいよ。俺暇だし」
「そう?じゃあ、お願いしようかしら」
こうして俺は桜木さんの荷物を調理室まで運ぶこととなった。
さっきのモノローグはなんだったんだ。
なんか恥ずかしいなおい。
そもそもなんで俺、あんなこと思ったんだろ。
柄にもないというか、そもそも荷物を持つ持たないで何が変わるんだよ。
「神野君?」
「え、どうしたの?」
「考え込んでたから、どうしたのかなって」
「あぁ、えっと、この野菜何の料理にするのかなって」
恥ずかしいモノローグを考察してたなんて言えない。
「そうね。たくさんあるから色々作ってみるつもりよ。でも今作りたいのは玉ねぎのムースかなぁ」
「玉ねぎでムースなんて作れるの?」
「できるわよ。玉ねぎの甘さがとてもムースに合うのよ」
「へえ、そうなんだ」
「そうよ。とっても美味しいんだから。今度作ってあげるわね」
「ありがとう」
「そう言えば神野君って転校してきたのよね。もうこの町には慣れた?」
「慣れるも何もじいちゃんの家にはちょくちょく来てたから、割と順応してるよ。今回の転校もじいちゃんが倒れたからだし」
「おじいさん大丈夫なの?」
「まだ目が覚めないけど、命には別状はないみたい」
「そうなんだ。でも心配ね」
「まあね」
「じゃあ、今はおじいさんの家に住んでるの?」
「そう。でもばあちゃんは死んでいないから一人なんだ。だからコンビニばっかだけどね」
「じゃあ、今度料理持って行こうかしら。運んでくれたお礼に」
「いや、いいよ。悪いし」
律儀な人だなぁ。
というか知り合って間もない男の家に行くか普通。
「そうよね。じゃあ、今週の土曜日か日曜日、お花見しない」
なんでそうなる……はっ
「もし放課後帰る途中、桜木さんと一緒に荷物を調理室に運んだ後、桜木さんから花見に誘われたら明日の昼休み図書室に来てくれない」
音無さんの言った通りだ。でもどうして。
もしや、罰ゲームかなんかか。桜木さんはいつもそうやって男を騙していて、音無さんはそれを忠告してくれた。
でももしそうなら佐藤が知らないわけないし、知っていたとしたらクッキー程度で羨むことも無いしな。
いやいや、それすら佐藤の演技だとしたら……ってそれはないか。だとしたらあいつは助演男優賞受賞だってできるぞ。
「やっぱりいきなり迷惑だったかしら」
「そんなことないよ。嬉しいよ。花見なんてしばらくしてないし」
そうだ。明日昼休みに音無さんに聞こう。それで騙されてると言われたら、風邪引いたとか適当なこといって断ろう。
「そう、良かったぁ。じゃあ、土曜日と日曜日どっちがいい?」
「土曜日かな」
「時間はどうする?お昼時に合わせるなら11時なんてどうかしら」
「いいよ。待ち合わせはどこにする?」
「学校なんてどうかしら。学校の近くに良い花見のスポットがあるのよ」
「そうだね。学校なら俺も迷わずに行ける」
そんなことを話していると調理室に着いた。
あっという間だったが濃い時間だったな。
「ここに置けばいいかな」
「うん、どうもありがとう。じゃあ、神野君また日曜日ね」
「うん、じゃあまた」
桜木さんの屈託のない笑顔を見るとどうにも騙されているとは思えない。
やっぱり花見の誘いは彼女の優しさなのだろうと思う。
だが、こんな虫の良い展開があっていいのか。
うーん、分からん。
だが明日音無さんに聞けば何が分かるだろう。
とりあえず明日だ。
そんなことを考えながら俺は家に帰った。