育てる星 ─B─
━━録音開始━━
──それでは、これより潜入取材を開始します。
──狙いは1つ、「どうやって生態系を維持しているのか」です。
──事前の調査によると、この星では動物保護を開始してからたったの一種類しか絶滅していません。
──何らかのカラクリがあるはずです。
──とりあえず…レイヤさんが呼び出された部屋に向かいましょうか。
──防護服は着ないと悪目立ちしますが、一旦着ないでおきましょう。
──フクロウ=私と伝わっている可能性がありますから。
(小さく、ドアの開閉音)
──それでは、出発します。
[物音は殆どない為、中略]
──空き部屋を見つけました。
──予定とは違いますが、一旦ここに入りましょう。
(小さく、ドアの開閉音)
──ビンゴです。ロッカーがありますよ。
──どなたの物か分かりませんが、1着お借りしましょう。
──カッコ悪いタヌキなのは納得いきませんが……イカとアリジゴクよりはマシですね。
(着替える音)
──さて、それでは行きましょうか。
──これで堂々と歩けます。
(ドアの開閉音)
──あまり複雑な施設でなくて助かります。
──事前に地図が手に入らなかったのでね。
──セキュリティがかなり固くて……っと。
(近づいてくる足音)
[すれ違ったと推測される]
(離れる足音)
──堂々としていれば意外と大丈夫な物ですよ。
──さて、目的の部屋は何て言ったかなんですけど……ば○○う室って分かんないんですよねぇ。
──蛮行室?そんなバカな。
──ま、部屋の名前は入り口に書いてあるでしょう。
──今は方向さえ分かっていればいいんですよ。
──レイヤさんが歩いていった方向は足音があったので覚えてます。
[中略]
──ん?あの服は……
「やぁ、こんなところを歩いてどうしたんだい?トイレはあっちだよ?」
──体を動かしたくなったから少しウォーキングを。
「ハハ、外を散歩できたらいいんだけどねぇ。ま、そう言うことならあまり五月蝿くしないようにね」
──もちろん。
「それじゃ」
(離れる足音)
──ふぅ、対応には成功ですか。
──あのヒツジの着ぐるみに声……レイヤさんでしたね。
──やはりこちらで合っていたようです。
[中略]
──ここ、ですかね。
──『培養室』、ですか…
(ドアを開けようとし、カギに引っかかる音)
──ふむ?電子ロック…ではないみたいですね。
──これならちょちょいのちょいで…………
《ガチャリ》
──OK、入りましょうか。
(小さく、ドアの開閉音)
──これは……これが、培養室?
(しばし、記者の足音)
──すみません。少々驚いていました。
──この部屋にあるのは大きなガラスの筒です。
──数で言えば10本……ですね。
──人どころかゾウですら余裕で入りそうなくらいの大きさです。
──現在、その中には赤っぽい液体と……何かの生き物が入っています。
──ああ、写真をとって画像に残したいんですが……カメラの類いはこの星に持ち込み禁止だったんですよね。
──無事に戻れたら絵に書きましょう。
──それにしてもこの部屋、何なんでしょうね。
──数の減った動物を増やしてるのか、それとも……いえ、私は予想は言うべきではありませんね。
──私が伝えるべきは事実、ただそれだけです。
(ドアの開閉音)
(鍵をかける音)
──さて、次です。
──実はすぐ隣の部屋が気になっていまして……
──『記憶室』、何なんでしょうね?
《ガチャリ》
──さて、カギも開きました。
──行きますよ。
(ドアの開閉音)
──?
──??
──???
──これは…これは、何でしょう?
──大きな機械が1台に……コード?
──10本ありますね。先程のガラス管と合わせている……
──記憶室と言うのだから映像が保存されているのかと思いましたが……機械には特に画面がありません。
──いや、むしろ何かを挿す穴が……
《ガチャリ》
──っ!
「いゃあ、とんだ化け狸ですね。まさかここに入ってくるとは」
──レイヤ、さん…
「見られてしまったからにはただでは帰さない…と言いたい所なのですが、貴方が帰らなければそれはそれで問題になるでしょう」
「ですので、絶対に他言無用でお願いします。その代わり、全てをお話し致しましょう」
──もし、私がバラしたら?
「そうですね……とても残念なことですが彗星報道本社を人喰いの化物が襲うことになるでしょう。この星にはとても狂暴な子達がいるんですよ」
──分かりました。誓いましょう。
──私はこの星の外で、この部屋の中で見たものに関しては一切喋りません。
「この部屋?もう1つも見たんでしょう?」
──『培養室』で見たことも喋りませんよ、ええ。
「それは良かった。我々にとっても……貴方にとっても」
──しかし、個人的な知的好奇心は満たさせて貰いますよ?
「ええ。もう何でも話しましょう」
──まずはこの部屋……いえ、『培養室』についてから教えてください。
──一体あの部屋で増やしているのは何なのですか?
「何か、ですか。そうですね……今日、貴方と一緒に居たときに連絡がかかってきたことは覚えてますか?」
──ええまぁ。何を言っているのかは聞こえませんでしたが。
「あのとき私は《最後のメヌスが死にました。至急培養室へ》と言われました。ああ、メヌスと言うのは動物の名前なのですが……」
「聞いて分かる通り、その時メヌスは絶滅しました。そして、ここまで言えば想像もつくでしょうか」
──まさか、あそこに居たのは……
「はい、メヌスです。彼等はあと3日もあれば成体になってあそこから出られるでしょう。つまり『培養室』とは…絶滅した動物を復元する部屋です」
──動物の、復元!?
──そんなことが可能なのですか!?
「我々の技術力を持ってすれば、事前に細胞を確保できた生物は皆復元可能です」
──それが、絶滅数たった1種類の秘密ですか。
「ああ、絶滅した種……失敗でした。それはそれは大きな」
──何があったんですか?
「培養中に暴れたんです。どうしても育てきることができなくて、そのまま…」
──随分と辛そうですね?
「動物保護は私の人生ですから。この失敗は後悔してもしきれません。もう細胞の一欠片も残っていないんですよ……2度と彼等が蘇ることはありません」
──話は分かりました。
──それでは、この部屋は?
「『記憶室』…文字通り、記憶をいじる部屋です」
──記憶をいじる?
「先程の話の続きになりますが……産まれた時から成体である生き物は自然界で生きていくことができると思いますか?」
──成る程、確かに。
「この部屋では産まれたばかりの0歳児に大人の知識を植え付け、すぐに生きていけるようにします」
「生きていくための知識に限らず、ある程度の本能も植え付けます。例えば人間は傷つけない、だとか…場合によっては数の少ない動物を補食対象から外すこともあります」
──どうやって、その操作を行うのですか?
──私にはコードしか見当たらないのですが……
「まさにそのコードですよ。この星の動物の首に黒いアザがついているのに気が付きましたか?」
──はい。ついていないのも居ましたが。
「ああ、それは長生きな奴ですね。まだ絶滅したことが無いのでしょう」
──なんだ、イクナが言ってたのと真逆だったのか…
「話を戻しまして、記憶操作の方法ですが……このコードを首に刺します。そしてその機械に記憶データを差し込みまして、スイッチをいれる。それだけです」
──たった、それだけで…記憶が改竄される?
「『ボール』の操作はこの技術を応用した物です。こちらはコードを刺さなくて良い代わりに読み取りしか出来ませんが」
──成る程。よく分かりました。
──培養と、記憶の植え付け。
──その2つで貴方達は私達を騙してきたわけですか。
「騙したつもりはありません。培養された動物もしっかりと生きているのです」
──確かにその言い分も正しいのでしょう。
──しかし、しかし……
──真実を伝える記者として、私は貴方達を許したくありません。
「だから、どうします?これを公開したらどうなるか、分かっていますよね?」
──まずはその、巫山戯た服を脱いでください。
「防護服を?……まあ、いいですが」
──別に全部脱がなくても結構です。顔さえ出して頂ければ。
──もちろん、私も外しましょう。
「……それで、なんだと言うのですか。確かに変わった文化であることは認めますが、別に非難される謂れはありませんよ」
──やっと、目を合わせて話ができましたね。
「何を言って………」
──貴方達は何も見えちゃいない!
──曇ったレンズ越しにしか生き物達を見ず、彼等の生きる様には目も向けない!
──確かに体の構造も、生き方も、貴方達は再現できるのでしょう。
──しかし、しかしです。
──貴方は1度だって動物を対等に見たことはありましたか!?彼等の考えていることを理解しようとしましたか!?
──突然木に頭突きを始める動物がいました。
──何故なのかは誰も知らなかった。
──貴方達は動物に興味なんて無いんです。
──ただ、そこにその種類の動物が生きているという事実があれば満足なのでしょう!?
「だって、動物は……生き物は保護しなければ………」
──それです!
──それですよ!!
──口を開けば「保護」!「保護」!!「保護」!!!
──貴方達は神ではないっ!!
──他の生き物全てを管理していい気になってんじゃないですよ!
──とは言え、貴方個人の責任でもありません。
──この風潮を作った貴方の先祖の問題でしょう。
──ですので、1発でいいです。
──1発、殴らせろっっ!!
《ズゴォッッ》
──痛いでしょう。
──床に伏せるのは初めてかもしれません。
──野生に生きる動物達はもっと大変な思いを、毎日していますよ?
──これに懲りたら少しは…………ん?
「そう、ですね。そうかもしれません私は──」
──レイヤさん、1つ、良いですか?
「は、はい。なんですか?」
──その首にある、黒いアザ……それにその下にある018-Kという文字は何の意味が?
「………………………………え?」
取材後、追記
今回調査に成功した事実は隠しておくのがベストかと思われます。
報復の危険度もそうですが、これを公開するよりも定期的にこの星の生き物を紹介した方が多くの収益を得られることが予想されます。
なお、この星の人類が全員、動物優先に洗脳されている可能性があります。しかし直近に問題はありません。誰の仕業なのかも特に調べる必要は感じませんでした。
報告は以上です。